4 王太子からの招待
「聖女様、お加減はいかがでしょうか」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」
翌日、まだ体は痛むもののいつまでも休んでいるわけにはいかない。ただでさえ『能無し聖女』なのだから少しでも仕事をしなければ僕への非難は高まるだけ。
僕が大丈夫だと答えてもヴァーノン様は心配そうな顔をする。でも僕が置かれている状況をよく分かっているから「そうですか」と返事をするにとどめている。
「こちらをどうぞ。薄暗い部屋にずっといても気が滅入るだけでしょうから」
そう言われて手渡されたのは小さな花束。僕が自然に囲まれた田舎で畑仕事をしていたことと、花が好きだということを知ってわざわざ持ってきてくれたようだ。
そっと鼻を近づけてみればとてもいい香りがする。久しぶりの花の香り。なんだか心が落ち着く。
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「いえ、その辺りに咲いていたものを採ってきただけですので」
「え? ……ふふ。ははははは」
「……なぜ笑うのですか?」
折角花を持ってきてくれたのに笑ってしまってヴァーノン様は少し不機嫌になってしまった。慌てて馬鹿にしたわけじゃないと説明する。
だって笑ったのはヴァーノン様が言っていたこととこの花が言ってることが真逆だったから。
「ごめんなさい、ヴァーノン様。この子たちが『違うよ』って教えてくれたから」
「どういう、ことでしょうか……?」
「僕は昔から、なぜか野菜や植物が何を言っているかなんとなくわかるんです」
もちろん言葉になって聞こえているわけじゃない。気持ちというか、感情というか、そういったものがなんとなく伝わるのだ。この花たちはヴァーノン様が庭師の人に頭を下げて譲り受けたものだよと教えてくれた。だからヴァーノン様の言った言葉が嘘だとわかってしまったのだ。
そしてなぜか、僕が育てた野菜たちはいつも他の人が育てたものより早く大きく育つ。味もとても濃く、食べるとなんだか体が元気になる気がすること。そういったことをヴァーノン様に話をした。すると顎に手を当ててヴァーノン様は考え込んでしまった。
「……もしかすると、聖女様の聖属性の力がそうさせているのかもしれませんね」
僕の聖属性の力が漏れて野菜に伝わり、早く大きく育つ。聖属性の力を取り込んだ野菜だから食べると元気になるのかもしれない。ヴァーノン様はそう話してくれた。
だから僕はこの子たちの気持ちがなんとなくわかるのか。今まで不思議だったことの謎が解けてなんだかすっきりした気分だ。
「ありがとうございます、ヴァーノン様。この花のお陰で元気が出ました」
「……そうですか。何よりです」
花たちは『よかったね。頑張って』と励ましてくれる。久しぶりの感覚に心が温かくなった。
だけど花たちから伝わったのはそれだけじゃない。ヴァーノン様が庭師の人に花を少し分けて欲しいと言った時、庭師の人はとても嫌な態度をとったそうだ。花たちはそれが悲しかったとそんなことも教えてくれた。
ヴァーノン様は優しいだけじゃなく、とても格好いい人だ。背も高くてさっぱりと短くしたダークブロンドの髪はとても綺麗だし、紅い瞳は神秘的。顔もとても格好よくてきっと女性たちが放ってはおかないだろう。
そんな素敵な人だから僕のような『能無し聖女』に付けられて申し訳なく思っていた。
だけど花たちの言葉を聞いて、もしかしてヴァーノン様もあまりいい待遇ではないのかもしれない。そんなことを思った。
もちろん花たちがそんなことを言っていたことはヴァーノン様には内緒にする。
「明日からまた仕事に戻りますとお伝えください」
「……かしこまりました」
ヴァーノン様はそのことを伝えに、一つ礼をして部屋を出ていった。
◇
それから更に一年が経った。相変らず本物の聖女様は見つかっていない。あれほど国の隅々にまで役人が派遣されているのにだ。
そして僕の能無し具合にイライラがどんどんと積もり、僕への待遇も更に悪いものへと変わった。元々使用人が付いているわけじゃないけれど、服は洗濯され綺麗なものが用意されていた。だが今はもう自分で洗濯しなければならず、食事も一日一回に減らされてしまった。
洗濯のために外へ出るも僕の姿を見た人に石を投げられたりするため、夜中にこっそり行わなければならなかった。冷たい水で洗うのは村でもやっていたから慣れている。でも僕のこんな状況に胸を痛めてくれたヴァーノン様は憤っていた。
でも僕付きのヴァーノン様も同じように待遇が酷くなっているらしく、ヴァーノン様へも石が投げられたりするようになってしまった。
「ヴァーノン様、これ以上僕についていなくてもいいですから。ヴァーノン様まで悪く言われることは望んでいません」
「いいえ。私は聖女様についていることに不満はありません。……それに元々待遇がいいわけでもありませんし」
やっぱりヴァーノン様は僕付きになる前からあまりいい環境にいたわけではないみたいだ。だけどそれ以上教えてくれることはなかったし、僕も詳しく聞くのは憚られた。
でもヴァーノン様はどうやっているのか、少ない僕の食事を補うためにどこからか食べ物を持ってきてくれる。パンだったり果物だったり、その日によってバラバラだがとてもありがたかった。
「ヴァーノン様も一緒に食べませんか? ずっと一人の食事は正直寂しくて……あ、もちろん嫌でしたら無視してもらっても――」
「いいえ。嬉しいです、聖女様。一緒にいただきましょう」
「本当に? ……へへ、嬉しい」
こうやってヴァーノン様と一緒に食べることが今の唯一の楽しみと言ってもいい。
◇
聖女様が見つかる前に僕は殺されてしまうんじゃないかと不安に思っていたある日、今まで一度も来たことのない王太子殿下が突然僕の部屋を訪ねてきた。形だけとはいえ婚約を結んだ後も一度も会ったことはなかったのに。
部屋に入るなり顔を思いっきり顰めている。初めて会った時は優しく微笑んでくれたのに、今じゃ嫌悪感を隠しもしない。青い髪と緑の瞳が綺麗で格好いい人だと思ったのに、もうそんなことを思うこともなくなった。
「……なんと辛気臭い部屋なのか。こんなところに一秒たりともいたくないな」
部屋に来るなり開口一番がこれか。だったらわざわざ来なくてもいいのに。そう思っても顔にも出さず、ただ静かに頭を下げる。早く帰ってくれないかな。一体何をしに来たんだろうか。
「おい能無し。よく聞け。明日、謁見の間へお前を招待してやろう。必ず来い。目にものを見せてくれる!」
「……かしこまりました」
僕がそう返事をすると、殿下はもう用はないとばかりにさっさと姿を消した。いなくなったことで肩の力が抜け、知らず知らずほっと息が漏れる。
「……一体何をする気なのでしょう」
「わからないですけど、絶対碌なことじゃないと思います」
ここまで僕を蔑んできたんだ。悪いことしか起こらないだろう。もしかしてそこで僕は殺されるんだろうか。
そう考えてぶるりと体が震えた。




