「第六十五話」英断
(視点変更がございます)
玉座より見下ろす床、そこに住まうぬかるみより、此度の災厄は現れた。
赤い髪、年相応の慎ましい発育……そこに宿る幼さと若々しさは、まさに生きる力に満ち溢れていた。──どこからどう見ても、ただの少女。実際にこの目で見ても、この少女が世界を滅ぼすような存在だとは到底思えない。
ああ、なんて可哀想なのだろう。
この期に及んで私は、この小娘に同情していた。
この国を救うためには、この娘を殺すより他に方法がない。それほどまでにあの男は冷酷であり、既に手の施しようがないほどに勝利へと近づいていた。腕や足を狙えるような余裕はとっくに潰えた……ここからは、頭を吹き飛ばさなければいけない。
「……」
杖を強く握りしめる。
簡単なことだ。起きているならばいざ知らず、今も尚出血を続けながら「回復」にその力を割いているような、こんな……こんな瀕死の儚い命を吹き飛ばすなど。
迷っている時間はない。
イレギュラーが多すぎるんだ。
『からくり』の生き残りが暴れ、シェバルは情に流され裏切り……しかもその両者が組んだ。目的など分かりきっている、この小娘を助け出そうとしているのだろう。
そうだ、これは世界を救うための英断なのだ。
シェバルは間違っている。『からくり』は存在自体が悪なのだ。
対して私はどうだ、現在進行形で世界を救おうとしている魔法使い……人としての理を捨て、闇の魔法にも手を出し、こうして今まさに滅びの喉笛を食いちぎろうとしている。
そう、これは正義なのだ。
たった一人の少女、何の罪もない……外道によって運命を作り変えられた少女の。
その輝かしい、輝かしくあるべきだったはずの未来を踏みにじることは。
「……恨むぞ、ゼファー」
歯を食いしばり、私は魔法を叩きつける。
あの時と同じ方法、境遇……同じ赤髪の少女を、殺すために。