2.キョーちゃん
いくら電車が揺れても、窓から見える緑色の田んぼはずっと続いていく。
通勤ラッシュも終わり、人が少なくなった車内で俺は太陽の光に充てられながらぼけーっと外を眺めていた。
『キョーちゃん、キョーちゃん』
『どしたの、サナちゃん』
『おうちかえるとき、ひとりでかえらないでね。さなもいっしょにかえるから!』
『おっけー! かえるときにいうよ!』
『そのあと、おうちであたらしいおにんぎょうかったから、あそぼう?』
『おっけー!!』
幼稚園のサナは、いつも俺の後ろをひっついているような奴だった。
俺が友達とスーパー戦隊ごっこをしていても、俺たちが飽きるまで後ろでじっと見続けていた。
その時の俺は、サナとの約束なんて完全に忘れて一人でさっさと家に帰ってしまったがために、夜までサナが幼稚園で待ち続けて寂しくなって号泣してしまった事件もあった。
今でも申し訳なくなるし、その分今でもずっと覚えている。
だが次の日にはそんなことなどまるでなかったかのように、常に俺の後ろにサナはいた。
小学校の頃は、クラスが一度も同じになることはなかったものの、登下校は常に一緒だった。
休みの日にはお互いの家族同士で夏はバーベキューもやったり、冬はスノーボード旅行に行ったりしていた。
常に横にサナがいることが当たり前すぎて、他の皆からは『付き合っている』と幾度となく噂が立った。
だが実際のところ、俺たちはお互いに恋愛感情などはなかったと思う。
腰まで長く伸ばした、艶のある黒髪をいじくりながらサナは俺にぶっきらぼうにモノを渡してきた。
『はい、キョーちゃん。一応これ義理だから』
『……おぅ、ありがと』
『他に誰かからもらったりした?』
『かーさんから一個』
『そ。今年も0じゃなくて良かったじゃん』
毎年このような会話が為されながらも6年連続義理チョコだったのだ。
クラスの男子全員にチョコを配る優しい女子のサナからもらうその義理チョコは、他の男子のものとそう変わったものでもなかった。
中学になると、サナは私立の中高一貫の女子校に通い始めた。
対する俺は、地元の友達と共に普通の公立の中学に行った。
サナは陸上部に入って朝早くから夜遅くまで部活に熱中していたようだった。
俺はといえば、剣道部に入ったはいいものの1,2年で先輩との上下関係や誰が誰を食い散らかしただの、誰が誰の女を取っただのと部内で頻繁に問題が起こり始めて、県大会の出場者を決める部内大会を蹴った2年の春からは帰宅部になった。
バカ友達とせいいっぱいカラオケにいそしんで声もろくに出ないほど遊び倒したあの日。
『回覧板、サナんちまわしとかなきゃな』
地域の回覧板をまわしにサナの家に向かった際、偶然部活帰りのサナと遭遇したことがあった。
『あ……サナ。久しぶり……だな』
久しぶりに見たサナは腰まで伸びていた綺麗な黒髪は肩口までにばっさりと切られていた。
小学校の頃も充分細かったが、どちらかというと筋肉的に引き締まっていると言った方が最適であろう細い身体をしていた。
『あー、久しぶり。ありがとね、キョーヤ』
淡泊な答えと共に、若干疲れたような表情でサナは俺から回覧板をひょいと取った。
夜まで時間を潰して遊びまくって帰った俺と、陸上部のレギュラーになってもなお自分を磨き続けるサナが家の前で会っても下らない会話すら交わすこともなくなったのも自然な流れだった。
だが、事態が急変したのは2年の冬だった。
べたついた雪が降る寒い夜。
松葉杖を投げ捨てて玄関で泣きじゃくる彼女を見て、俺たちの関係は再び大きく変わっていくことになったのだった。
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