混沌は叫ぶ
「そうか」「まあ、予想はしていたよ」「では、強硬手段をとらせてもらうよ」
ラートの言葉を受け、男は少年を無理やりにでも連れていくことにした。
男は右手を徐に挙げた、それが合図だったのだろうか。ラートの周りから物音がごそごそとし始めた。
ラートは驚いてあたりを見回すが、何も今までの光景と変わらない。
視線を男に戻す、男は先ほどまでと変わらずそこに立っていた。
その瞬間、男の後方で何かが光った。その次の瞬間、ラート前方からの強い衝撃で吹き飛んだ。
混乱するラート、しかし、そうしている間にも攻撃は続く。衝撃で吹き飛んで滞空しているラートに次の攻撃が襲い掛かる。滞空するラートの背中にまた衝撃が走る。その衝撃でラートは今度は上に吹き飛んだ。そして、重力に引かれ背中から強く地面に体を打ち付けた。地面からの反動をそのまま全身で受けてしまったラートは、狼と戦闘してすぐに男と出会ったため強い疲労と戦闘で受けた傷で体が弱っていたこともあって、なすすべなく倒れてしまった。意識の途切れる一瞬前に、ラートは自分を攻撃したものの正体を見た。男の背後にいた、短い手足とそれに見合わない巨大な頭を持つ真っ白な怪物。その面相は、それこそ怪物じみた仮面に隠されて、見ることはできなかった。
男はほくそ笑みながら、ラートに近づいていき、倒れたラートを観察した。
ラートが気を失っていることを確認すると、男はラートを軽々と担ぎ上げ、もといた茂みに戻った。茂みには、灰色の継ぎ目のない小さな箱のようなものが隠してあり、男がそれに手を近づけると、その箱は微妙に発光しだし、光が収まると、箱のあった場所に白い円状の光が存在していた。男はそこにラートを投げ入れ、そのあと自分も光の中に飛び込んだ。
すると、どうだろう、光は一種の転移魔法で、二人をどこかに飛ばしてしまった。
§
二人が飛ばされた先は、無機質な白のみの不気味な空間だった。まるで、神が創造することを放棄した世界のように思えた。
男は先に投げ入れたラートを見た。すぐ近くにいたラートは、先刻同様気を失っていた。
しかし
男はラートの姿に違和感を見出した。いや、正確には見出してはいない、感じ取ったのだ。今までのラートと何かが違うことに、その正体は次の瞬間、急速に変貌した。
ラートの周りの白い空間がドロリと溶け、新しい形を作り出した、それはラートを包み、どんどんと大きくなっていった。その形は繭に似ていた。
男はその形、つまり繭を見たとき、ある種の予感を感じた。
それはほどなく、本物になった。
繭が内側から砕け、中から人型の何かが出てきた。
それはラートの内側に潜んでいたもの、普通だったら一生現れないもの。
男は、贈り神ルフカは恐れとともにその正体を口にした。
「混沌……」
混沌は叫んだ