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流れ着く先

 エルフのハオーディ少年の朝は早い。

 誰よりも早く、それこそ太陽よりも早く寝床を抜け出し、日課の腕立て五十回と腹筋五十回を3セットずつ、家から少し離れた森の広場のような場所で行う。それが終われば次は素振り三百本だ。

 一頻り汗を流すと、水浴びついでに湖の水を汲みに行く。満タンにした水瓶は重く、家と湖を往復するだけでも重労働である。剣士を志すハオーディにとってはこれもまた修行の一つとなるのだ。


 ハオーディは今日もまたその日課をこなしていたのだが、なんだか朝から嫌な寒気を感じる。冬本番が近付いて来たため寒いのだと自分に言い聞かせるが、湖に近付けば近付くほど寒気は酷くなる。

 それがエルフが先天的に持ち、年齢とともに成長してゆく『直感』スキルによるものだと気付いた時には既にハオーディは湖にたどり着いてしまっていた。

 本当は今すぐにでもこの場から逃げなくてはいけないのだが、まだ成長途中の『直感』スキルはよく近くにいる兎や鳥などの小動物にも反応してハオーディに嫌な予感を与えていた。今回もそのパターンだろうとたかをくくり、また、あるかもわからない敵の影に怯えて逃げるなど剣士としては言語道断だと判断したハオーディは湖へとずんずん進み、水瓶をいっぱいにして湖から出た。否、出ようとした・・・・・・

 ヒヤリとした何かが、彼の左足首を掴んだのだ。


 ビクッと肩を揺らし、ハオーディは固まった。ただの水草が足に絡まっただけだろう。そう自分に言い聞かせて、足首に感じる五本指の手のような感覚を無視した。

 なにも見ずに早々に湖から出るべきだ。そう思っているにもかかわらず、足は凍りついたように動かない上、視線が左下へと落ちそうになる。

 ハオーディの心臓はばくばくとかつてないほどの速さで脈打っていた。


 その時、ふと絡んでいた指の感覚が無くなる。逃げるなら今しかないと覚悟を決めたハオーディであったが、後ろから聞こえた大きな水音につい、振り返ってしまった。



「あ"……あ"ぁ……ぅう"うぅ……」



真っ黒な髪の毛の塊のような頭、青白く細い腕、そして手にはその幼い子供程度の大きさの人型の何か・・よりも大きいであろう人間を掴んでいた。

 言葉で表すのならば『異様』の一言がもっとも適切だろう。


 立ち竦んだハオーディの前に立つそれの口がぱっかりと開き、髪の毛の間から不気味な程青い眼が見えた瞬間、ハオーディは声にならない悲鳴を上げながら一目散に家々のある方面に走り、自分の次に早起きな者のいる家へと駆け込んで叫んだ。




「長老! 湖から化け物が!!」




   *  *  *  *



 いつの間にか気絶していたようで、はっと気がつけば湖の流れに沿って流されていた。幸いにしてカウィールの服が私の手に絡まってそのまま流されたようで逸れるなんてことにはならなかったが、生きているのか死んでいるのかもわからないような状況だ。いや、多分気絶しているだけなんだとは思うけど。多分。

 何にせよ早く岸辺にたどり着いて安全を確保しなくちゃいけない。

 長時間冬の水に入っていれば風邪を引いてしまうのは間違いないし、下手をすれば凍死してしまう。

 カウィールの服の首の後ろを掴み、水面に顔を出させる状態にしたままで流れを横断するように泳ぐ。湖のくせになかなかに流れが速いから、ここは本当は大きな川か何かだったんじゃないかとさえ思えてくる。


 3分も泳がないうちに岸が見え、ありがたいことに水汲みをする人も見える。

 急いで泳いで近付くにしても、バシャバシャと音を立てたのではせっかく発見した村人Aに逃げられてしまうかもしれないと考え、潜水状態で近付いてその人の足を掴んだ。

 そして掴んだ後にビクッと揺れ、明らかに固まってしまったのを掴んだ足から感じ取り、しまったと思った。水汲みしてたらいきなり水の中から足を掴まれるとか最早恐怖でしかないじゃないか。うっかりすっかり気付かなかった。

 悪いことをしたなと思い手を離し、潜水状態をやめて湖の底に足をつけて立つ。

 あれ? 思っていたよりこの辺浅いぞ。水に潜っていたせいで後ろ髪も全部前に来てしまった酷い状態で顔を上げれば、村人Aは白い肌で、耳の尖った青髪碧眼の美少年だった。おおー……すげーカラーリング。

 完全に固まって驚愕の目をこちらに向ける少年に「やあ、ここは一体どこかな?」と聞こうとしたら出てきたのは烏の鳴き声のような変な音だった。

 ありゃりゃ、流されている間に水でも飲みすぎたか?


 そんなことを考えていたら美少年は口をはくはくとさせた後、脱兎のごとく湖から出て走り去ってしまった。

 え、ええー……私何かしたか? あっ、足掴んでビビらせたか。それにしてもあそこまで逃げなくてもいいのに。

 最早見えなくなった美少年の後ろ姿を見送り、喉に手を当てて調子を確かめる。



「あ"っ、あ"ぁ……ん"ん"んんっ……よし、声も戻ったな」



 若干まだ鼻詰まりを起こしたような声だが気にしていられない。これからどうするべきか。

 さっきの少年が走って行ったのは私たちを助けるために人を呼ぶためかもしれないし、幻覚扱いされて何も見なかったことにされるかもしれない。

 一番最悪であり得そうなのは、さっきまで魔法使い達に攻撃されていたみたいに「黒髪だから見敵必殺サーチアンドデストロイ」をするために大人を呼んでくる、ということだ。

 少年が置いていった(というよりは落としていった)水瓶をみつつ考える。今、一体何をすべきなのか。



 「……カウィールを風邪ひかないように温めてやるのが先決かだな」



 とりあえずまた火を起こすことからはじめなくちゃ。

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