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久澄村エルフ奇譚   作者: 小町 翔平
39/39

寛治、満月の下で。

とうとう、と言ってもいいと思います。

私の率直な気持ちです。

最終回です。みなさんはこの結末をどう思いますか?


では、どうぞ。

 暗闇に、六つのかがり火だけ。

 観衆は、水を打ったよう。

 今、始まる。


 豊穣祭りで奉納される踊りは、「久澄舞」と呼ばれている。

 久澄丸という少年の母親が疫病に罹ってしまうところから始まる。

 山の頂に住まわれるといわれるしろへび様に助けを乞おうと、久澄丸は頂を目指す。

 谷で猪を助け、中腹で山賊と戦い、遂に久澄丸は頂にたどり着く。

 雷雲を切り裂いて、しろへび様がそのお姿を現す。

 しろへび様が問う。

「母だけが助かればよいのか?」

 久澄丸は己の浅はかさを知り、苦悩する。

 ここで久澄丸のおらは、しろへび様を操る三人の大人に三つの煩悩を表す三人の子どもと、四分以上にわたって踊り続ける。

 そして煩悩を振り払う。

 久澄丸は言う。

「人の命はみな尊い。しかし我にとって母の命より尊きもの無し。罰なら受けよう。この命、差し出そう。みなを救ってたもれ。しかしまず一番に、母を病から救ってたもれ」

 と。

 その覚悟にしろへび様はひとつ条件を出す。

「山に住む妖怪を倒したらなら、そなたの願い、叶えよう」

 久澄丸は迷わず、妖怪の居場所を聞き、退治に向かう。

 山をひた走り、久澄丸は妖怪と対峙する。

 戦いの果てに、久澄丸は妖怪にとどめを刺そうとする。

 すると、妖怪は久澄丸の母へと姿を変える。

 振り上げた斧を下ろせないでいる久澄丸に、妖怪は飛びかかる。

 崩れ落ちる久澄丸。

 しろへび様が現れ、舞台を隠すように横切り、言う。

「そなたの心、しかと見た」

 久澄丸は立ち上がり、本当の姿に戻った妖怪を打ち滅ぼす。

 膝をつく久澄丸。

 しろへび様はたたずんだ後で、久澄丸の頭に自分の頬をつける。

 そして去っていく。

 久澄丸が家に帰ると、母が手を振って出迎える。

 しろへび様が願いを叶えてくれたと知る。

 母が手招きすると、母親と子どもふたりの家族がやってきて久澄丸に礼をする。

 しろへび様の優しさに、久澄丸は涙する。


 幕間を挟んで一時間と少し。

 おらは演じきった。

 喝采を浴びて、肌が泡立つというのを初めて体験した。


 おら、やったよ。

 目を閉じて、話しかけた。

 おら、やったよ。

 ひとつ息を吐いて、お客さんを見渡した。みんなの笑顔がかがり火でほんのり赤らんでいる。

 おら、やったよ。

 秋の夜風が、おらの火照った体をすり抜けていった。

 おらも興奮状態で、だからどこまでが錯覚でどこまでが本当かはわからないのだけど、

なんだか懐かしい匂いがしただ。


 舞台から降りると、共演した大人も子どももこぞっておらを褒め上げた。

 子どもの中には三津男君もいたのだけど、みんなの輪が解けた後でおらに近づいてきて、短く言った。


「これ、やる」


 おらの手に強引に握らせたものは、三津男君の宝物の、ピカピカに磨かれた外国の硬貨だった。


「これ」

「やる」


 そう言ってさっと人混みの中に消えていった。


 おらが余韻に浸っていると、おっ父とおっ母が兄弟を連れてやってきた。

 すぐ後ろには豊兄ちゃんと鈴もいた。

 やったな、寛治。

 兄ちゃん、カッコよかった。

 おら以上に興奮していたみんなは、おらを取り囲んで平手で肩を叩いたりもした。

 家族の顔を見て、褒められて、実感というものがわいてきた。

 おらは、えらいことをしたのだ。

 大声で叫んであたりかまわず飛び跳ねたい気持ちになったのだけど、さすがに控えた。


 中秋の名月、とは言わないのかもしれないけど、秋の夜空にぽっかり浮かんだ大きな月を、ひとりが見上げてため息をもらすと、ふたり、三人と月を見上げ、少し黄みを帯びた月を、気がついたらおらも含めてたくさんの人が見ていた。


 お客さんを帰してから、神社の広間で、みんなでわいわいとご飯を食べるのが恒例だった。

 席に着けるのは豊穣祭りで踊った人とその家族だけなので、もちろんおらは初めてだった。

 おらの家がふたつ分丸ごと入ってお釣りがくるくらいの大広間で、今まで気にも留めなかった鈴虫の鳴き声も風流に感じられる、嫌味に聞こえてしまうかもしれないが、まあ、ありていに言うと金持ちはいるんだと、羨ましいとかではなく、感心した。

 腹がいっぱいになるまで食べて寝転んでいると、しろへび様の使いが牛になったと笑われた。

 とてもいい気分だった。

 村長さんが挨拶をして、それでお開きになった。


 手を振って言葉を交わして別れ、神社を後にしようと神社の階段に目を向けると、ひとつの人影があった。

 月明かりに目を凝らすと、鈴だった。

 鈴は鈴のおっ父が亡くなってから、豊兄ちゃんとふたり、神社の神主さんに引き取られて、生活している。


 鈴はおらとわかると、足早に駆け寄ってきた。

 笑顔だった。


「寛治兄ちゃん、あのな、踊り、とってもかっこよかったよ」


 それがいいたかっただけ。

 じゃあ、お休みな。


 そう言って鈴は家に入ろうとした。

 おらはおらの心の中に芽生えたつぼみが、まだ意識できない程度のつぼみが、おらに必死になにかを伝えようとしていると感じた。

 それは気のせいかもしれない。

 でも、もしも気のせいじゃなかったら、おらはきっと後悔する。


「鈴。ちょっといいが?」


 おらに呼び止められて、鈴は少し驚いたようだった。

 家族には神社の階段の下で待っていてくれと、そんなには待たせないからと言って、鈴とふたりっきりになった。


「あのなあ、鈴。おら、謝んなきゃなんねえ。おら、鈴との約束を忘れたわけではねえけど、しろへび様に会っても、なかなか訊けずにいたんだ。そんでしろへび様に訊いて返事をもらっても、そのことをなかなか言い出せずにいただ。しろへび様は、助けようとする前にもう手遅れになってたって、そう言っただ。だいちゃんのことを見捨てたわけでは、決してねえ。遅くなって、ごめんな」

「もういいだよ。しろへび様のこと、悪くいう気なんてねえだよ」

 と鈴は変わらずの笑顔で答えた。

「そんでな、こんなときにこんなこと言うのは、間違ってるのかもしれねえ。でも言わせてくれ」


 また風が吹いて木々がざわめいた。

 鈴の顔の半分は月明かりの陰になっている。

 おらは勇気を出した。

 あるいは勇気を出せるように誰かが背中を押してくれたのかもしれない。

 

 そして、髪飾りを、そっと手渡した。

                                〈了〉


一ヵ月近くか、それ以上か。

長らくお付き合いくださってありがとうございます。

寛治は彼女とはもう二度と逢えなかったのでしょうか?

何年か後に、逢えたんじゃないかなあ、と

私は想像します。寛治が結婚して子どもをもうけて

そんな何年か後に。笑顔で。

二人には、ハッピーエンドになってほしいですから。

もう一度、感謝の言葉を言わせてください。


ありがとうございます。


では、次回作でお会いしましょう。

してくださいますよね(笑)


では、また。

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