寛治、勇気を出して。
頑張れ、寛治。頑張れ、寛治。頑張れ、寛治。
では、どうぞ。
夏休みに入って、踊りの稽古の特訓が始まった。
豊穣祭り保存会の人たちも混ざっての本格的な稽古だ。
おらたち子どもは六人で、大人が、大人といっても十代の人もいるのだけど、この日は七人、集まって(豊穣祭りの踊りは子ども六人と大人十人、そこに歌と楽器の三人の、計十九人で行うのだ)、第一部の「しろへび様の出現」を合わせて踊ることになった。
神主さんの説明を受けて、いざ稽古を始めようとなった段で、三津男君が言った。
「神主さん、寛治君が、何か言いたいことがあるそうです」
「なんですか?」
「神主さん、おら、久澄丸、精一杯躍らせてもらうだ」
おらは宣言した。
「そうですか。頑張ってくださいね」
神主さんは笑った。
三津男君はみんなの前だから何も言えなかった。
週に一回は授業でやってきたとはいえ、大人と合わせて久澄丸を演じるのはまた勝手が違った。
何度も間違えて何度も指導を受けて、授業では教えてもらえなかった踊りのコツも教わって、やっと慣れてきたところで昼になった。
二十分弱の第一部の稽古で三時間、休憩をはさみながらだが踊り続け、汗だくでくたくたになっただ。
それは今までに味わったことのない、充実した疲労感でもあった。
みんながそれぞれ帰り支度をしていると、大きな蟷螂が教室に入ってきた。
一番年下の四年生の男の子が走り回って捕まえて、ペンダントみたいに勲章みたいに胸につけた。
みんな笑った。
学校近くの森の蝉たちの大合唱が響く中、太陽を浴びながらおらたちは帰った。
おらはひとつ、覚悟をしていた。
だから先に帰った三津男君が、剛君と大吉君を連れて立っているのが遠くに見えたときも、ひるんだりはしなかった。
おらはずんずんと歩み寄った。
「よお、寛治。おらは辞退しろって、そう言えって言ったよな」
「三対一じゃなきゃ弱い者いじめもできない腰抜けが、偉そうに言うな」
「なんだと!」
相手が言うより速く、おらは飛びかかった。
おっ父から教わった喧嘩の仕方その一、先手必勝だ。
まず三人並んでいるうちの一番右、大吉君を狙った。
三人の中では二番目に強いからだ。
相手の態勢が整う前、もしくは相手が攻めに転じる前に頭もしくは胸倉のどちらかを掴んでぐいっと引き寄せる。
そしておっ父から教わった喧嘩の仕方その二、頭突きだ。
鼻をめがけておでこを思いっきり打ちつける。
大吉君の手が顔をかばうより速く、おらのおでこが大吉君の鼻をとらえた。
一撃。
貧弱なおらでも一撃で倒せた。
大吉君は鼻血を出してへたりこんだ。
三津男君も剛君も、いつもやられてばかりのおらが反撃したことと、大吉君から流れている血を見てひるんでいた。
その隙に今度は剛君に狙いを定めた。
一直線に走って顔を掴みまた頭突きだ。
さっき見てわかっているからかばおうとする手は大吉君よりも速かったが、鼻に顎にと狙いを変えて三発入れた。
三発目で倒れた。
これがもし、三人の中で一番弱い剛君を先に倒してしまっていたら、二番目に強い大吉君には通用しなかった手かもしれないのだ。
二番目から狙って間髪入れずに三番目を落とす。
おっ父から教わった喧嘩の仕方その三だ。
残るは三津男君ひとりだ。
でも三津男君は二度も見ている。
おらが頭突きで倒すところを。
頭突きは警戒されている。
そこで、おっ父から教わった喧嘩の仕方その四だ。
前のふたりと同じように一直線に走っていく。
向こうは当然頭突きだと思って身構える。
だから今度は頭か胸倉を掴むとか見せかけて腕を掴む。腕を掴んで、思いっきり噛みつく。
もしも剛君と大吉君が健在だったら、急所攻撃をされるかもしれない。
それではこっちがやられてしまう。
だからまず二人を片付ける、これが重要だった。
三津男君は右利きなので右腕に噛みつくことが望ましい。
左手で殴られても利き腕の右よりは力が入らないからだ。
そしたら後は根競べだ。
噛みつかれた痛みに三津男君が根を上げるのと、おらが殴られる痛みで口を離すのとどちらが先か。
離せ、離せと何度も頭を殴られた。
痛かった。
でも痛いからといってここで離したらおらに勝ち目はなくなってしまう。
痛いと思うたびにさらに歯を食いしばった。
おっ父から教わった喧嘩の仕方その五にして一番大切なこと、それは、喧嘩は自分の大切な人を守るためにする。
この場合は自分だ。
このままいじめられっ子のまま生きるのか、理不尽なことに立ち向かう勇気を持って生きるのか。
生まれて初めての喧嘩で、三対一で、三人とも自分より喧嘩が強くて、怖かった。
だからおらは心の中で、おらが負けたら大切な人を守れなくなる、そんなの嫌だ、頑張んなきゃ駄目だって繰り返した。
おっ父、おっ母、千代、穣、雪、盛彦。
りっちゃん。
おら、負けたくない。
頑張りたい。
おらに勇気をくんろ。
どれくらいの間、噛みついていたのか。
「わかったよ。おらが悪かった。謝るからもう離してくれよ」
泣きべそ声で三津男君は言った。
おらは、勝ったんだ。
「久澄丸を演じたかった気持ちはわかる。でも自分の思い通りにならないからって暴力を振るうのはやっちゃなんねえことだ。いいか、三津男君。力っていうのは、自分より弱いもんを、その人より強いもんから守るために使うもんだ。弱い者いじめ、二度としないって約束できるか?」
「……する」
「もう一回、ちゃんと謝って」
「ごめんなさい」
三津男君はうつむいて肩を震わせていた。
剛君と大吉君は怯えた目でおらを見ていた。
おらは歩きだした。
三津男君たちから離れて興奮が少しずつ収まってくると膝ががくがくしだした。
でもおらは喧嘩に勝てたという以前に、喧嘩ができたということが嬉しくて、こないだよりも強くなった自分が誇らしかった。
おらはひとつ、男に近づけたのだ。
腹の虫がぐうぐうと鳴って、おらはひとりで笑った。
よくやった、寛治。よくやった、寛治。よくやった、寛治。
では、また。




