第30話 ファンと一体化
~音咲華多莉視点~
昼休み、私は織原朔真からもらった情報を便りに、いつも私の身の回りを気遣ってくれている美優と茉優に頼んで山城勇人を呼び出す。恥ずかしながら同じクラスメイトなのに話したことはない。だから彼の声を私は知らない。自己紹介の時は、私がいつものアイドル用の自己紹介をやらされたのもあって自分の気持ちを落ち着かせる為にララとなってツイートをしていた。そのおかげで、他の生徒の自己紹介はほぼ聞いていない。
──ていうか、呼び出すって言うのはその、あんまり響きとして良くないよね……ご召喚?え?わかんない!!
私は舞い上がっていた。
もし彼が本当にエドヴァルド様なら会話なんて出来ない。
おそらく彼の声によって私はその場にひざまずき、感謝を告げることしかできない。いやそれすらもできないかもしれない。何にせよ不敬に当たることは絶対にしないようにしよう。
少し早く体育館裏についた私は胸に手を当てた。
──男子を呼び出すなんて初めての経験だ……いや初めてではないのか……
織原朔真が初めての相手だ。そんな事実を思い出した私は首を激しく左右に振り、織原朔真の顔をかき消した。
鼓動が大きく脈打つ。自分の顔が紅潮しているのがわかった。
──オーディションより緊張するんだけど……
これから告白するわけでもないのに。
──自分が敬愛する人に会うのがこんなにもドキドキするなんて……
この時、私は自分に会いにくるファンのことを思う。ファンとの握手会でニヤついた男性を見ると私は寒気を催したことがあった。鼻息が荒くて汗まみれな人達と握手する時、嫌悪感みたいなモノを抱いたこともある。
──もしかして、みんなもこんな気持ちだったの?
私は悔い改める。
──そりゃあ、汗まみれにもなるか……
自分の手にかいた汗を握り締め、いつまでたってもドキドキしている胸に手を当てた。そして握手会にやって来たファン達、一人一人のことを思い出す。
──みんなも今の私みたいな気持ちだったのかな…それならとっても、嬉しいな……
きっと今、私のことを第三者が見たらニヤついている私にドン引きするだろう。しかしそんなことは関係ない。大好きな人、勇気をくれる人、生き甲斐だと思える人を待つだけ。
私は自分のファンと一体化していくのを感じた。
そして足音が聞こえる。整備されていない雑草を踏み締める音。
──あぁ、この音…体重にして63kgかそこら…エドヴァルド様の体重と一致してる……
山城勇人が姿を現した。彼は片手で後頭部をかきながら言った。
「…音咲さんがまさか俺のこと好きだなんて思わなかったよ」
色々とツッコミどころがあった。私の熱と汗がひいていく。
先ずはコイツの声について言いたい。
──エドヴァルド様と全っ然違う!!
──身バレを懸念して多少声を変えてるのかもしれないけどそれでも全然違う!!!
──そして呼び出しただけなのに、告白されるとか勘違いしている!!
私は軽蔑の眼差しを送りかけたが、山城勇人が続けて口を開く。
「お、俺昔から音咲さんのファンなんだ」
その言葉で私は、軽蔑の眼差しを送るのを中断した。いくら妄想で変なことを口走る彼のことを、先程ファンと一体化した私が、私のファンであると言ってくれている彼のことを無碍にはできない。
「そ、そうなんだ!ありがとう!!実は山城くんに聞きたいことがあって……」
「彼女?彼女ならいないよ!」
私は笑顔を絶やさなかった。
「そ、そうじゃなくて昨日の放課後、私達の教室の前の廊下で誰か見なかった?」
「昨日の放課後?」
そう、と私は笑顔で頷く。彼は少しだけ考えてから言った。
「…3年の男の先輩達がいたかな?」
「他には誰かいなかった!?」
私は一歩前へ踏み出して訊いた。
「わ、わかんない…誰かいた気はしたけど覚えてないかな……」
そう、と私は残念がって俯き体育館裏をあとにする。私が足早に去るのを引き止めようと山城は言った。
「そ、それだけ!?」
私は笑顔で振り返った。
「そうだよ!教えてくれてありがとう!!これからも応援してくれると嬉しいなぁ」
私がそう言い残すと彼はそれ以上何も言わなかった。
そして、私は雑草を織原朔真に見立てて体重をかけながら踏み締めた。
──アイツ……
何故だか文句を言ってやりたかった。理不尽なことかもしれないけど、思っていた人と違う落胆が、やり場のない想いが、私の中で渦巻いた。
校舎へ続く渡り廊下で私を待ってた美優と茉優がどうだった?と訊いてきた。
「違った。私の探してた人じゃなかった。だけどありがとう」
そう言い残して、2人とすれ違う。私の剣幕を見て2人は戸惑っていたが、すぐ後ろをついてきてくれた。
校舎に入っても私の床を踏み締める強さは体育館裏のそれと変わらない。
「ど、どうしたの華多莉?」
「……」
私は茉優の問い掛けに黙ったまま教室に向かった。
私は教室へ入り、廊下側の一番後の席に1人でいる織原に向かって歩いた。
「ちょっ──」
文句を言おうとしたが、その第一声を挫かれる。
「せんぱ~~い!!」
甲高い声。織原の座っている廊下側の後のドアからリボンカチューシャをつけた女子生徒が現れ、織原に向かって叫びながら抱きついたのだ。
──は?
その光景を目撃した私は何故だか嫌悪感を抱く。
織原は戸惑いながら後ろを振り向き、顔を赤らめていた。それを見た私の嫌悪感はますます煮詰まり、先程の苛立ちと混ざりあった。
兎の耳のようなリボンカチューシャをした金髪の女子生徒は織原の背中に頬擦りしながら言った。
「ウフフ…探しましたよぉ~!せんぱ~い♡」
文句を言ってやろとしていた私の怒りはいつの間にか冷めていた。その時、美優と茉優がようやく教室に着き、私に言う。
「何があったの華多莉?」
私は後ろを振り向いて笑顔で言った。
「ううん?なんでもないの。だから気にしないで」
上手く笑えていただろうか?




