第29話 身バレ
~織原朔真視点~
◇ ◇ ◇ ◇
「な!?俺に任せとけば上手くって言っただろ?」
オレンジ髪の青年が僕に声をかけた。彼はニコリと笑うと、異常に尖った糸切り歯が見えた。
「どこがだ!?お前の存在は多くの人が知ってるんだ!無闇に人前にでちゃダメなんだよ!!」
僕はオレンジ髪の吸血鬼、エドヴァルド・ブレインに怒鳴った。
「無闇にって……」
エドヴァルドはかったるそうに首に手を当てながら続ける。
「俺はお前なんだぞ?俺が人前に出ても問題ないだろ?」
「問題ありありだ!身バレは絶対に引き起こしちゃダメなんだ!!」
「あのさぁ、じゃあお前はあの時、音咲華多莉の悪口を言われてても良かったのかよ?彼女はお前の好きなララなんだろ?」
僕は沈黙する。そして音咲さんと身バレを金色の頼りない天秤にかける想像をした。
「っけ!いいか?お前は1人の女の子を救ったんだ」
「そのせいで怪我をした…そのせいで身バレしたかもしれない……」
「お前はリスナーを守ったんだ」
「身バレしたせいで他のリスナーが幻滅するかもしれないじゃないか!!」
「お前の顔や年齢がわかって離れるようなリスナーなんていらねぇ!!Vチューバーはな!!ルッキズムの象徴でもあり同時にそれを否定してん──」
「もういい!やめてくれ!!」
エドヴァルドが捲し立てるように熱弁しているのを僕は耳を塞いで聞こえないようにした。
◇ ◇ ◇ ◇
身バレ。それはVチューバーで活動する者達にとって最も気を付けなければならないことだ。
チャンネル登録者数の多いVチューバーや昔違う動画投稿サイトで既に配信者として活動していたVチューバー達の中には、身バレや前世バレとしてリアルの顔をSNSに拡散されている者もいる。また、前世のSNS上に過激な発言をした者が過去を掘り起こされ炎上し、終いには活動休止や、それが企業勢Vチューバーならば解雇されることもあった。
しかし、身バレを起こしても今のVの活動にはあまり差し障りない者もいた。開き直ってVとは別の本名のアカウントを取って自分の新たなファンを獲得していたりする者もいる。
炎上と聞くと、その火消しに躍起になるものだと思うが、それも捉え方次第ではプロモーションの一端を担うのことだってある。
チャンネル登録者数150万人超えの天久カミカもSNSの裏アカがバレて身バレやその経歴も明かされたことがある。しかし彼女のリアルの顔が天久カミカとあまり変わらなかったことで大きく炎上することはなかった。
炎上とは不思議なもので、表の顔と裏の顔、或いは表の性格と裏の性格とのギャップが激しければ激しいほど炎上するものだ。
そうなれば僕がもし身バレを引き起こしたとしたら大炎上待ったなしだ。見るからに陰キャオタクが陽キャのフリをしているのだから。
──夢の中でエドヴァルドは否定していたけれど……
昨日、3年生の先輩にドロップキックを入れられた顔面が痛い。現在、学校につき、教室へ向かって歩いている途中だが、僕の顔に絆創膏が貼られていることに、誰も気付いていない。僕が俯きながら歩いているからなのかもしれないが、しかしおそらく誰も僕なんかに興味がないからだろう。
しかしこの人だけは違った。
「ぇ…っと織原君大丈夫?」
昨日助けてくれた一ノ瀬愛美さん、通称マナティが僕を覗き込むようにして訊いてきた。彼女の魅力的なショートカットの毛先がふわりと揺らぐ。
僕は、彼女の真っ直ぐな目線から逃げるように逸らしながら言った。
「…だ、大丈夫…だす……」
我ながら情けない声がでた。
──しかも途中で噛んだ……
一ノ瀬さんは恥ずかしがる僕のことを想ってか、それなら良かったと言って教室に戻る。
僕は彼女が自席に戻っていく後ろ姿を目で追いながら、廊下側の一番後ろの自分の席についた。
チャイムが鳴り、一時間目の授業が始まる。隣の音咲さんの席を囲っていた野次馬が方々に散る。野次馬達がいなくなると音咲さんの視線は僕を捉えていた。
「ひっ……」
僕は彼女の鋭い視線によって悲鳴を漏らし、目を逸らす。そしてその一瞬で、自分が昨日、何をしたのかを思い出した。
──……あ!あれか?昨日、先輩達が酷い言葉を吐いてるときに僕がそれを聞いてたからか?いや待てよ…も、もしかして僕が先輩達に食って掛かったのを聞かれていたのか!?
身バレ。その言葉が頭によぎる。
──ララさんである音咲さんならば、僕の声を聞けばエドヴァルドだって一発でわかるのではないか?
彼女が何故僕を睨んでくるのか僕は気になって仕方がなかった。
すると、あろうことか音咲さんは始業のチャイムが鳴ってもまだ騒がしい教室を利用して堂々と僕に訊いてきた。
「昨日の放課後…私と階段ですれ違った後、この教室の前で誰かと会わなかった?」
ギクリとした。これから授業が始まるというのに、音咲さんの言葉で僕は肝を冷やす。
──やっぱり聞いてたのか!?でもこれを僕に尋ねてくるということは、僕が先輩達に食って掛かるところを直接見た訳じゃなさそうだ……
もし直接目撃していれば、第一に僕の正体について訊いてくる筈だ。そうではないということは、彼女の中で何か確信が持てないことがあるのだろう。
僕は昨日、自分でもあまりよく覚えていないのだが、結構大きな声を出してしまったと思っている。音咲さんが階段で僕の声、エドヴァルドの声を訊いていてもおかしくはない。
──いや、もしかしたらただ自分の悪口を聞いた可能性のある人を探しているのかもしれない。あの先輩達に変な噂を流された時の対処法として、あの場にいた生徒を把握したいだけなのかも……
僕は一か八か──ほぼ音咲さんからのプレッシャーに逃れるため──あの時先輩達から追われ後ろを振り向いた際に、先輩達の後ろをたまたま通りがかっていた男子生徒、山城勇人を指差した。あの時同じフロアにいた者であることは確かである。
音咲さんは僕の指が示す男子生徒を見やると、目をキラキラと輝かせてから僕に言った。
「ありがと」




