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また来てしまった……。
まあ、呼ばれたからには来ないといけないのだけれど、それでも元恋人の寝室に足を運ぶのは気が進むことではない。
と、私は小さくため息を吐いて、ランパード王子の部屋をノックした。
「どうぞ~」
すぐさま気の抜けた返事がする。
寝室の扉を開くと、いつも通りの寝間着姿でランパードがベッドに横になっている。
「やあ、サラ。こんばんは。今日も来てくれてありがとう」
ランパードは爽やかな笑顔で私を迎えた。
「あのね、いつまで私を呼ぶ気なの? これでもう1ヶ月連続なんだけど」
私はうんざりして言った。
『価値観の相違』を理由にランパードに別れを告げられたものの、その翌日から私はランパードの寝室に通わされている。
別れたばかりの元恋人を毎晩呼び出すとはどういう了見なのだろう。
と、最初は疑っていたものの、ランパードには彼なりの訳があった。
「だって、俺、サラの耳かきがないと寝れないんだもん」
そう。
ランパードが私を呼び出すのは耳かきをしてもらうため。
決して卑猥な動機などはなかった。
「それは知っているけれど……」
元々ランパードは不眠だったのだ。
その不眠が私と出会い、私が耳かきをするようになってから改善された。
我ながらとんでもない耳かきテクニックがあるのかもしれない。
まあ、特別なことをしているつもりはないんだけど。
「耳かきするだけじゃーん。いいじゃん、それくらい~」
まるで小さい子供みたいにランパードがベッドの上でバタバタとただをこねる。
「でもね、ランパード。あなたの新しい恋人さんはいい気がしてないと思うわよ」
「ああ、モニカのこと? 大丈夫、彼女にはちゃんと伝えてあるから。僕らは至って健全な安眠耳かきをしているだけだって」
「それで納得しているの?」
「うん。それなら良いって言ってるよ」
なら別に構わないのか……?
ていうか、私を振ってすぐに新しい恋人を作ってる男に毎晩耳かきをしに来るとは、私もどうやら未練がましい女なのかもしれない。
王子からの呼び出しとはいえ、断ろうと思えば断れないこともないのだもの。
それこそ、しらばっくれて遠くの街に引っ越すとか……ね。
「いいから~! 早く耳かきお願いっ! 今日は公務でクタクタなんだよ。早く寝たい~」
「疲れてるなら自然と寝れそうなものだけど」
「それがそうはいかないんだよな……」
「はいはい」
私はランパードのベッドに上がり、彼の頭を自分の膝の上に乗せた。
「膝枕っ!」
ランパードが嬉しそうにする。
馬鹿か、あんたは。
私はもうあんたの恋人でもないのに、それにあんたには新しい恋人がいるのに、良くそんな顔で元カノに微笑むことができるな。
そんな天真爛漫?なとこが彼の魅力の1つで、私はそこに惹かれていたわけだけどさ。
「寝るんでしょう。大人しくしてて」
「はーい」
まるで子供と母親のやり取りである。
まあ、『サラは恋人ってよりはお母さん感が強いんだよね』というのが私が振られた最大の理由だったからな。
母性本能をくすぐりまくるんだよ、この男は……。
「はあ……」
分かっているのに抗えない。
私は丁寧にランパードに耳かきをしてしまう。
耳の奥を優しくカキカキと擦ると気持ち良さそうな顔をしてウトウトし出すランパードが可愛くて堪らなかった。
「ったく、この人たらし」
「んー、むにゃむにゃ」
いつも通り、私が耳かきを始めて10分ほどでランパードは眠りに落ちた。
「おやすみ、ランパード」
私は彼を起こさないようにしてベッドから降りる。
そっと掛け布団を掛けて、部屋を後にする。
これで今日の耳かきもお仕舞いだ。
なんか、付き合ってた頃よりもこの部屋を後にするのが名残惜しくなってしまっている。
嗚呼、まだ私の心にはきっとーー、
いやいや、ダメだ。
そんなことは考えるな、私。
もっと現実的なことに思考回路を使いなさい。
そう、私はいつまでランパードの耳かきをしないといけないんだろう、とか。
もしかして、王子様専門の耳かき師に任命されたりなんかしてっ!?
それはそれで楽な仕事で良いよなあ。
ありかもっ!
「……あ」
と、無益なことを考えながらランパードの寝室から出たところで1人の女性と鉢合わせた。
栗毛色の長い髪に淡いブルーの瞳。
整った顔立ちは少女のようなあどけなさを残した美少女のそれだった。
そう、彼女はーー、
ーーモニカ・リリック。
ランパードの新しい恋人だ。




