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悪役からヒロインになるすすめ  作者: 龍凪風深
二章 とある少女の逃走劇
22/66

21 隠蔽、そして戦闘

 「……っ……!」


 ったぁ……!

 私が絶句する中、新垣先輩は私のYシャツの首元を広げると、首筋に顔を埋め、まるで吸血鬼のように獣特有の鋭い牙で左肩に無遠慮に噛みつく。

 痛みと共に、肩からはたらりと鮮血が伝う。

 下りたとは言え、悪役が悪役を襲うとか有り得ないっ……!


 「……っ誰が」

 「……あ?」


 肩から流れ出る血液を舐めとり、新垣先輩が顔を上げる。

 取り敢えず、言いたい事が一つ。


 「っ誰が、誰が先輩の餌食になんてなってやりますかっ?! ふざけんな、このっクソ狼ぃっ!!!」


 私の怒声に続き、ごおんと鈍い音が響く。

 音の発生源は言わずもがな、私と新垣先輩、互いの額からである。

 私は思いっ切り、新垣先輩に頭突きをかましたのだ。

 女子が頭突きなんて、とは思うが、この際構いはしない。額が痛いのも気にしない。私、割と石頭だし、額より肩のが痛いし。

 何より、今は逃げるのが先決。誰が大人しく食われてなどやるものかっ。


 「~っっ!!!?」


 新垣先輩が痛みに堪らず、額を両手で押さえた事で、私の拘束がなくなる。

 私は瞬時に新垣先輩を突き飛ばし、距離を取った。

 私に突き飛ばされた新垣先輩が、よろけながらも、転ばずに何とかその場に踏み留まる。


 「……っいった……!」


 突き飛ばした際の反動で肩が鋭く痛むと同時に、傷口からは新たに血液が伝い落ち、制服と床を僅かに汚す。

 私は咄嗟に傷口を手で押さえる。

 傷は深くはない、けど……血が……。

 おまけに、中のYシャツは黒だから目立たないものの、外側のジャケットは白な為、大層赤が映える。


 「ってめぇ、この暴力女がッ……許さねぇ!!!」

 「! っ先に仕掛けたのは先輩ですから! 許さないとか知らないです! さようならッ!」


 案外、立ち直りの早かった新垣先輩に怒気の含んだ鋭い目つきで睨まれ、私は早口で捲し立てると、扉にダッシュする。


 「逃がさねぇ……っつってんだろぅがッ!!!!」

 「ふぉわっ……?!!」


 持ち前の狼の敏速さで、いとも簡単に距離を詰められ、扉の一歩手前で腕を取られる。

 私はそのまま力任せに、新垣先輩に引っ張られ、よろけるも、何とか踏み留まり、振り返り様に掴まれた腕を引っ張り返す。


 「っっぁ……」


 痛い痛い痛いっ……傷っ……!

 噛まれた方の腕を引き合い、私は痛みに僅かに顔を歪める。

 握り潰さん程に掴まれる手首も、それに比例して痛む。


 「……っ離して!」

 「! っぅお?!!」


 骨が軋み、このままでは折られるような錯覚を覚え、私は新垣先輩の臑を狙って蹴りを入れる。

 それを、新垣先輩が反射的に避け、私は僅かに緩まった手の力に、慌てて掴まれた腕を振り払い、再び距離を取った。


 「暴れんじゃねぇよ、暴力女ッ!!!」

 「暴れてません、逃げてるんです! それに、私が暴力女なら貴方は何なんですか」


 自分だって私に対して、投げたり、押し倒したり、噛みついたり、掴んだり、引っ張ったり、酷い事したじゃないですか。

 自分を棚上げしないで貰いたい。

 

 「おい、暴力女。てめぇのその篠之雨亨椰より高い霊力……ただの女子生徒なんて言わねぇよなぁ? 大方、陰陽師だろぉ?」

 「そう言う先輩は狼でしょう」


 新垣先輩が私の霊力を食らった事で、その高さが一般人の比でない事に気が付いたらしく、確信めいたように問うてくる。

 私は否定も肯定もせず、ただ新垣先輩の正体を告げた。


 「相手が陰陽師なら話は早ぇ……ぶっ潰して屈服させてやるよ、人間。陰陽師に手加減はいらねぇよなぁっ? 暴力女?」


 黙秘を肯定と捉えた新垣先輩がニヒルに笑う。

 どうやら、本気のようだ。

 私は校内で人狼相手にり合わなければならないらしい。

 勘弁してくださいよ、先輩。

 私の血を、霊力を少量とはいえ食らったお陰で僅かに傷が癒えているでしょうし……。

 何でそんなやる気満々? 全然見逃してくれなさそうなんだけど。

 逃げる為に戦うにしても、どうする?

 校内で式神なんて喚べない。


 「てめぇ、何考えてやがるんだ、あぁ?」


 新垣先輩、睨まないでください。

 今どう戦うか思案中です。

 まあ、選択肢なんて略無いに均しいけど。

 式神が駄目なら、隠蔽系の術を行使し、私の存在、霊力を悟らせないように隠すしかない。

 隠蔽系の術は本来戦闘中に使用するものではなく、霊力を込める間は集中を切らせない為に無防備である。

 それを承知で戦闘中に使用するとしたら、初手は恐らく、避けられずに受ける事になる。ならば、一撃必殺の攻撃がくる場合、壁役なくして使用する暇などない。が、逆に通常攻撃なら受ける覚悟さえしていれば、平気だろう。

 今回の相手は人狼、新垣紅弥。

 先輩はきっと後者。けれど、人狼の身体能力からいくと、打撲か骨折か……いや、骨折したら不味い、色々と。

 どうにか出来ないか……。


 「……よし」

 「あ?」


 どうやって隠蔽術行使の時間稼ぎをするか決まった所で、私は先輩を見据えた。

 黒髪切り事件以来肌身離さず常備している、御札をスカートのポケットから二枚取り出し、右手の人差し指と中指の間に挟んで構える。

 

 「ようやくやる気になったのかぁ? 暴力女」

 「えぇ、まあ……ようやく貴方を倒す算段が付きました」


 まあ、そんなの嘘だけど。算段が付いたのは、隠蔽術の使用までで、先輩をどうするかはまだ……。


 「言ってくれるじゃねぇか、暴力女……!!」


 私の安い挑発に乗って、新垣先輩が怒気を含んだ声音で言いながら、突っ込んでくる。

 私はそれを見据えながら、左手を再びスカートのポケットに突っ込む。

 まだ、もう少し、引きつけて……。


 「うらぁっ!!!」


 新垣先輩から攻撃が繰り出される。

 首元を狙った、右足上段回し蹴り。 

 今だっ……!

 ポケットから取り出した物を素早く開け、迫る攻撃を姿勢を低くし、飛び退いて避ける際に新垣先輩に中身をぶっかける。

 そして、私は慌てて鼻をジャケットの袖で覆い隠す。

 う、臭っ……!


 「?!! ぐぅあッッ!! げほっ、ごほっ、げほっげほっ……んだ、臭ぇッ……!!!?」


 私がぶっかけた液体──オーデコロンを頭から思いっ切り被った新垣先輩が、強烈な臭いに咳き込み、制服の袖でそれを激しく拭う。

 今使用したコロンは柑橘系の香りで、内容量は30mlと小さなタイプである。

 香りの持続時間は一時間から二時間。

 これで暫く鼻は使えず、おまけに濃い匂いに悶絶間違いなし。

 流石、イヌ科の優れた嗅覚。今回はそれが仇になりましたね、先輩。

 私は再び新垣先輩から距離を取りながら思う。

 このまま逃げてもいいが、新垣先輩は絶対に私を追い掛けてくるだろう。私の霊力、食う気満々だし。

 そうなると非常に面倒くさい。校内や寮内を少々キレている新垣先輩を引き連れて逃げるなんて、無理。周りになんて思われるやら。

 一回、伸したら気は済むだろうか……?


 「……我は乞う、常しえの安寧、災厄からの隔絶。我乞う、幻想を纏いて、現世うつしよより隠さん。隠視いんし


 そこまで考えて、私は取り敢えずと、一枚目の御札を消費し、隠蔽術の一つ── 術者が除外しなかった不特定多数から術を使用した対象を隠す術、隠視を自らの霊力に行使する。

 まだ、新垣先輩は悶絶中。


 「幻覚、幻影、紛れて揺れて、霞の果て、夢と現の狭間に迷いて、まことの姿よ、虚空の彼方に沈みゆけ。姿霞すがたがすみ


 続いて、二枚目の御札を消費し、この教室全体に、術者が除外しなかった不特定多数から術を使用した対象の認識を甘くする術、姿霞を行使する。

 これで、私の霊力とその痕跡は共に隠され、今この教室は外と切り離されたような空間となった。

 多少騒いだ所で、誰かが近付く事はない。

 篠之雨先生や八神先輩、陰陽師の方々には、姿霞が見破られる可能性がなきにしもあらずなので、近くを通る前に片付けなければ。

 

 「っぶぇっくしゅ! っだぁー、臭ぇ!!!」


 うわぁ、ワイルド。

 感想を言うなら、そんな所だろうか。

 新垣先輩はコロンの強烈な香りから逃れる為に、水道に頭を突っ込み、蛇口を捻る。

 蛇口から直に流れ出る水を頭から被り、コロンを洗い流す。と、言っても、所詮は気休め程度で、コロンの香りはそう簡単に消えはしない。


 「……っげほ、げほっ……暴力女、てめぇ」


 新垣先輩が顔を上げ、犬のように顔を振るって水滴を飛ばす。

 びちゃびちゃと辺りが水で濡れる。


 「……水も滴るいい男、てやつですね、先輩?」

 「おちょくってんのか、てめぇッ?!!」


 びしょ濡れの新垣先輩に感想を述べると、新垣先輩が再びこちらに突っ込んできた。

 私は素早く新たな御札をポケットから取り出す。

 ポケットに一体何がどれだけ入っているんだ、て感じだが、まあ入るだけ色々と詰め込んだ結果とでも言っておこう。


 「っ至って真面目ですが、何か……? 風霊符ふうれいふ!」


 私が質問に答えて直ぐ、新垣先輩から顔面狙いの右ストレートが繰り出される。

 私はそれを痛む左手を我慢して受け流し、取り出した御札を右手に構え、新垣先輩へ突き出す。

 すると、御札は薄く光を帯び、突風が新垣先輩を吹き飛ばした。

 仮にも女の子の顔を狙うのはどうかと思います。


 「ちっ……生徒会といい風紀委員といい、てめぇといい……気に入らねぇ」


 吹き飛ばされた新垣先輩は、空中でくるりと一回転し、体勢を立て直すと、綺麗に床に着地する。

 物体を飛ばす程度の風を瞬間的に操る風霊符では、ダメージを与えられはしないか。伸す、なんて言ったけど、次はどうするか。まさか、刀で一刀両断とはいかない訳だし。

 私が考察する中、新垣先輩は舌打ち混じりに言う。

 そして、新垣先輩が纏う妖気の質が変わった。

 ……先輩、本気モードですね。

 新垣先輩の妖気が高まると共に、頭には耳、臀部には尻尾が生える。灰色の狼の耳と尾。

 強い妖気を纏った新垣先輩が床を蹴り、先程より幾分も上がった速度で目の前に迫る。

 ……腐っても人狼、早いっ。

 繰り出されるのは、鳩尾を狙った拳打。

 私は素早く上体を反らして躱すと、そのまま顎を狙って蹴り上げる。


 「っ足癖悪ぃなぁ?」

 「……先輩程じゃないです、よ!」

 

 蹴り上げた足はあっさりと掴まれ、制止される。

 ぎちり、と握り込まれた足が痛い。

 私は瞬時に床に手を付き、それを交差させ、少し足を開いて体を捻り、足の拘束を解いて後ろへ飛び退く。

 その際、新たに御札を構えるのを忘れずに。


 「……っ足癖悪いのはっ、先輩の方じゃないですか!」

 「はっ! 知るかぁっ、暴力女!!」


 直ぐ様、距離を詰められ、新垣先輩から横蹴りが来る。

 あー、もう、埒が明かない。いっそ退魔刀でも出して鞘に収めたままぶん殴って気絶させようかっ?

 物騒な事を考えながら、私はそれを屈んで躱し、足払いを掛ける。


 「っはぁ!」


 新垣先輩が私の攻撃を後ろに軽く飛び退いて躱す。

 私は直ぐに体制を立て直し、一気に新垣先輩の懐に入り、顎……は難しいので、心臓を狙って掌底を打ち込み、そして、くるりと身体を回転させ、後ろ蹴りを見舞う。


 「…ぐっ!」


 掌底打ちは決まるも、後ろ蹴りは腕でガードされてしまう。

 けれど、これでいい。


 「裁きの鎖、罪過の足枷、御身の名の元に、悪しきを縛る戒めと成さん。鎖縛さばく!」

 「っ……ぬぁ?!!」


 新垣先輩が僅かに怯んだ隙に、御札を投げつけ、言霊を唱える。

 御札は新垣先輩の頭上で薄く発光すると、幾本もの灰色の鎖を生成。瞬時に新垣先輩を拘束する。

 鎖縛──これは捕縄ほじょう術の一種であり、そう簡単に振り解く事は出来ない。

 ただ、欠点は追尾型ではない為、発動した一定範囲でしか効果を発揮せず、捕まえられなかった場合、術を発動した意味がない事と、御札から鎖が具象化するのが相手から見える分、避けられる可能性がある事。

 故に、確実性を出す為に一度怯ませるのがベストなのだ。

 さて、取り敢えずは捕まえたけど……どうしようか。

 眠らせてから、術解いて放置プレイ?

 ぶん殴って記憶消去?

 もう一層、滅する?

 …………いやいやいや、三番目はないだろう。普通にダメだから。二番目も物騒だよ、物騒。

 やるなら一番目か。


 「……っよくもまあ、んな霊力隠せるもんだなぁ? だが、良かったのかぁ? 俺にんなもん見せちまって……バラすぞ?」

 「……無問題ですよ。一般生徒、それも女子を襲うような妖怪の言葉を誰が信じると?」

 「はっ、確かになぁ?」


 私の心内を余所に、新垣先輩が恨めしげな視線をこちらに寄越して言う。

 確かに少しは考えた事だけど、新垣先輩が嫌っている生徒会や風紀委員、先生方、陰陽師に密告するとは思えないし、一般生徒に話した所で意味はない。

 それに、ゲーム内の新垣紅弥と言う人物は噂を流したり、密告したりするようなまどろっこしい性格はしていなかった筈。

 私はじと目で新垣先輩に言葉を返すと、新垣先輩は自嘲した。


 「さて、先輩をこれからどうするかなんですが……取り敢えず、寝てて貰います」


 淡々と新垣先輩の処遇に付いて告げながら、新たな御札を取り出して近付く。

 脳内会議の結果、新垣先輩を気絶させて、術を解いて、放置して、とんずらに決定。


 「っ……ぐぅ、あッ……!!」


 びちゃり──唐突に新垣先輩の呻き声と共に血が飛ぶ。

 ……な、えッ?

 新垣先輩の腹部からじんわりと赤が滲んでゆく。


 「え……は、えっ……先輩ッッ……?!!」


 鎖縛に捕らえた相手をどうこうする力なんてないのに、何でッ……?

 生徒会にやられた傷が悪化したッ?!

 私は慌てて新垣先輩に駆け寄り、捕縄術を緩めた。


 「……甘ぇよ、陰陽師」


 え……?

 にやり、新垣先輩がほくそ笑む。


 「っぅあッッ……?!!」


 ぶちり、ぶちり、鎖縛の鎖が呆気なく新垣先輩に引き千切られる。

 そして、次の瞬間、私の身体は宙を舞っていた。

 手から御札が零れ落ちる。

 コンマ数秒遅れて、新垣先輩に蹴り飛ばされた事に気付く。

 鳩尾に鈍い痛みが走り、意識が徐々に遠くなる。

 ああ、最悪だ。失敗した。

 恨みがましく新垣先輩を見遣る。

 血に塗れた鋭い爪、腹部に真新しい横線の傷……まさかの自作自演。

 敵が怪我して焦った自分は馬鹿か。

 私は意識を朦朧とさせながら、次にくるであろう衝撃に備え、目を瞑った。


 「……っっ……な、んで……?」


 壁に叩きつけられる衝撃にしては柔らかく、温かい感触に受け止められる。

 私は感触の正体を確かめるべく、開いた目に映ったものに絶句。

 思わず、疑問の言葉が口から洩れた。


 「随分と躾のなってねぇ犬だな」

 「ッ! 俺は犬じゃねぇ、クソ風紀委員がっ!」


 何これ、何で……。

 二人の声を最後に、私の意識は黒く塗り潰された。






あわわわ、八神先輩のターンと予告しましたが、そこまでたどり着けませんでした……! 申し訳ないです;;

うぅ、次回……次回こそはっ……!






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