19 ハンカチ
翌日の朝。
早起きをした私は、安泉さんに先に行く事を伝えた後、訳あって早めに学校に登校していた。
「……三-A、の」
まだ登校時間にしては早い為、余り人気のない廊下を、三階、三年A組の教室を目指して私は歩く。
この時間帯は、基本体育系の部活の朝練の生徒くらいしか登校していないから、賑わっているのは体育館や校庭くらいだろうか。
まあ、たまに生徒会や委員会の生徒も早く来る時があるらしいが……。
「……えー、確か窓際の……」
目的の教室に辿り着き、私は一人呟きながら八神先輩の机へ向かう。
三-Aは八神先輩のクラスであり、私は用があってここに来ている。
この間、八神先輩に会った時、貸して貰ったハンカチを返しに来たのだ。
本当は本人に面と向かって返す方が良いのだろうが、極力関わりたくない。
暫し思案した結果、ハンカチは袋にしまい、お礼を綴った手紙を添えて机の中に入れて置く事にした。
そこは下駄箱でもいいんじゃ……とは思ったのだが、玄関は割と人目がある為、止めておいた。
「ここか」
窓際にあり、尚且つ一番綺麗な机を探す。
それが八神先輩の机だ。
自分が使う物品は綺麗に使ってるらしい。
後は、この中にハンカチと手紙を置いてくだけ……。
「おい、てめぇは……そこで何をしてやがる?」
「っっ……?!!!」
唐突に背後、扉の方から声が掛かる。
私はぎょっと目を剥き、慌てて振り返った。
「……っえっと、これは、ですね……」
振り返った先に居たのは、眉間に皺を寄せた八神先輩ご本人。
うわ……やはり、今年は綾部鎮馬にとって厄年なのだろうか。また背後から急に声掛けられるとか、昨日もあったよ、こんなの。
はぁ……何て説明したらいいのやら、言葉に困る。
「あの、これを!!」
「……あ?」
私は八神先輩に向かい歩いて行くと、勢いよく手紙とハンカチを渡す。
八神先輩は微妙な表情をしつつも、受け取る。
よし、これで目的は果たした。
後は…………、
「では! 私はこれで!」
「おいっ!」
逃げるだけだっ!
八神先輩の制止の声を振り切り、私はダッシュで教室を出る。
そして、そのまま全速力で廊下を駆け抜けた。
きっと今、生徒指導の先生や風紀委員に見付かったら、こってり絞られる事だろう。
まあ、その風紀委員の副委員長から今し方逃げてきたのだけど。
廊下を過ぎ、階段を駆け下り、自らの教室の中に飛び込むようにして入る。
「っはぁ」
八神先輩が追って来た気配はなく、私は静かに息を付いた。
びっくりした。何で居るんだ、先輩。来るの早いです。
こんな時間に……いくら風紀委員だからって、まだ登校時間じゃないんじゃ?
……まあいい、無事にハンカチは返せた訳だから、こちらから接触する必要性はもうなくなったし。
「……?」
廊下を駆ける音がする。
多分、八神先輩ではないと思うんだけど……誰だろうか?
こんな朝早くに廊下を走るなんて、私くらいしか居ないと思ってたけど。
「溜息さん!」
誰が通るのかと教室の扉の方を見ていると、足音は扉の前で止まり、ガラリ──開け放たれた扉から焦ったような顔の瀬戸くんが現れた。
「? 瀬戸、くん……?」
今度は何だ。
私は瀬戸くんに視線を向け、首を傾げる。
「考え直した方がいい!!」
「……は?」
つかつかとこちらに歩み寄り、瀬戸くんは私の両肩を掴むと、力一杯言った。
私は目を丸くして瀬戸くんを凝視する。
何? この烏天狗は私に何を考え直せと?
「あの、その……な、おれが言う事じゃないってのは分かってるんだ。でもさ、知らないで泣かされたりとかしたら、後味悪いって言うか何と言うか……」
「えっと……?」
「一匹狼って言うかさ、そんな感じの雰囲気とかが皆良いって言うのかも知んないけど! 溜息さんって先輩の事深くは知らないだろ?! 先輩、超怖いし直ぐ手ぇ出るからさ! それでもって言うなら止めないけど……」
「うんと……?」
「いや、別に先輩が悪い人って訳じゃなくてだな?! 優しいには優しいんだけど分かりづらいって言うか……ただ、もう少し考えてからの方がいいんじゃないかなって!!」
困惑する私を余所に、瀬戸くんが意味の分からない事を力説する。
彼は一体、何を言っているんだろうか?
一体、何を勘違いしているんだろう。
「溜息さんって何か騙されそうだし!」
「……」
騙されそうとか、失礼だな。君に私の何が分かる。
見掛け? 見掛けで判断したの、それ。
私そんなに騙されそうな雰囲気出してるんだろうか?
「……っえ~と、おれが言いたいのはそんだけ! じゃあな!」
言いたい事だけ言い終えた瀬戸くんは、やっと私を解放すると、さっさと教室を出て行ってしまった。
「……だから、君は何なんだ」
また一人取り残された私は静かに呟いた。
ちょっとした勘違いの話。
今回は前回と次が長いので短めです。




