聖女筆頭候補でしたが、妹に細工され聖女不適合の烙印をおされ追放されました。そんな私の最後の役目は、他の大陸にも聖女候補を派遣しているという名目上の捨て駒になる事のようです。
「あぁあああああああぁぁあッ――」
教会に響く悲痛な声。
魔力がコントロール出来なくなった男性が、目の前で暴れ苦しんでいる。
私は必死に男性を抑えながら叫んだ。
「スサンナ! 薬師から魔力抑制剤を貰って来て!」
「ぁ……」
部屋の入り口付近で立ち尽くす妹に、もう一度声を投げかける。
「何してるのッ! 貴方も見習い聖女なら、人を救う気持ちがあるのでしょ! 早くしてッ!」
「はっはい!」
スサンナが部屋が飛び出し、薬を取りに行ってくれる。
***
「お姉さま、持って来ました!」
渡された小瓶を受け取り男性に飲ませる。
すると、数秒は暴れ続けるも、一分後には落ち着き始めてくれた。
薬を飲めば無理やり体内の魔力を無い状態にする事が出来る。
効果が一日で切れるから、明日にはまた投与しないとだけど、それぐらい問題はない。
「はぁぁ、良かった。これで一安心ね……」
ただの怪我なら、この教会に居る聖女の方々でも対処出来る。
けれど、魔力暴走に対しては治癒が効かず、薬が有効的な手段だ。
――この世界の医療はどこかおかしい。
薬が効くからと、その魔法の研究は行われていなかった。
私の記憶にある世界とは違う。
私アリシアは転生者だ。
だから、見習い聖女に抜擢させて訳ではない。ただ、この世界で一緒に生まれた姉妹揃って適正があると判断されたからに過ぎなかった。
勿論、妹のスサンナは転生者ではない。
だから私だけが疑問を抱いている。
「もっと、治癒魔法の研究を行えば良いのに……」
医科学では説明できない事も、魔法ならどうにか出来てしまう可能性を秘めている。
現に、一部の聖女さまに至っては欠損部位の復元が出来ると聞く。
私も直接見た訳じゃないから、半信半疑ではあるけど、本当なら神の御業だ。
「お姉さま、どうかなさいましたか?」
「いえ、大丈夫よ。少しお願いね」
「はい、お任せください」
私はスサンナに任せ、少し休むことにした。
***
それから四日で男性の容態は安定して、教会を立ち去った。
「お姉さま、残ったこの薬は――」
「薬師に返して来てくれる? 貴重だから、余った物は返す決まりなの」
「承知いたしました」
教会でもいくつか保管して置きたいけど、何故か許されていない。
余った分は返す。
それがこの神聖王国の規則だ。
だからこそ私は、魔法でも魔力暴走を治癒出来る可能性を探りたい。
そしたら助かる人は増えるし、苦しむ時間が短くなる。
扉から出ていったスサンナの代わりに、一人の男性が姿を見せた。
「お疲れ様、大変だったね」
神聖王国の第三王子、イデオン・アルスフィア。
私の婚約者だ。
民を思う、優しいお方だ。
いつも私に会う為に、街中を移動して来てくれる。
「ありがとうございます、イデオン様」
「イデオンで良いって言っているのに」
「とんでもございません。私は見習い聖女、イデオン様はこの国の王子でございます」
「けれど、それも来週には終わりだ。君が正式に聖女となった証には、僕たちは結婚するのだからね」
近づいて来たイデオン様が、私のおでこにキスをしてくれる。
「はい。聖女になれるよう頑張ります」
「頑張らくても大丈夫だよ。君は、定期検査では歴代でも類を見ない素晴らしい聖女と、皆が言っているからね。王宮でもその話でもちきりだよ」
「そんな、大げさですよ」
優しく抱きつかれる。
二度目の人生。
大変な事も多いけど、こんなにも幸せで私は満足です。
転生させてくれた神様に、日々感謝しています。
ずっと続いてください。
それだけが今の私の願いです。
***
そして迎えた聖女判定の儀式。
儀式と言っても、聖女として適正があるか大々的に測るだけで定期検査と殆ど変わらない。
だから、問題など起こる事がない。
「これより、聖女の判定を行う。次代の聖女として、新たなにこの二名。アリシアとスサンナを、皆さまの前で、聖女にふさわしいかを見ていただきます」
王族だけでなく、最高司祭さまも訪れる。
国王陛下に会うのは聖女となった後だ。
それでも、この場に居る方々だけでも国の意思決定権の大多数を占めている。
「アリシア、前へ」
「はい」
そして私は祭壇に近づき、そっと手を伸ばした。
「それで始めるぞ」
祭壇の周囲に四角形の陣が現れる。
光を帯び、次第に魔力が収束していた。
魔導石も光を帯び始め、このまま光れば私は聖女に――。
けれど、
光らなかった。
「どうして……」
光を失い、周囲の陣からも光が失われていく。
「どういう事だ」
「いったい何が起きておる」
「アリシア」
小さな声が聞こえ、私はイデオン様と目が合った。
私は……聖女じゃなかったの……。
どうして、今までは何も問題なかった。
半年に一回の測定でも何もっ――。
「もう一度、お願いします!」
「しかし、判定は一度のみで」
「お願いしますッ!」
嫌だ、嫌だ。
こんなのって無い。
どうして、これまで頑張って来たのに……。
「もう一度だけじゃ。手を前に」
「はいっ」
手を前に出した。
再び陣が現れてくれて、魔力が集まり始める。
先程よりも強く、強く……。
けれど――その光は余りにも弱く、とても聖女とは言えない。
そして数秒も経たずに、魔力が霧散してしまった。
「そんなっ……」
「非常に残念であるが、アリシアには、聖女の適正はないものとする」
周囲がどよめくなか、私は膝から崩れ落ちてしまう。
何で、どうしてこんなことに……。
「退きなさい。次の者が待っている」
私が自ら立つよりも先に、他の方々に両脇を掴まれ私は無理やり立たされていた。
そして入れ替わる様にスサンナが祭壇に近づく。
「これより、スサンナが聖女にふさわしいかを判断する」
同じ様に祭壇に手が伸ばされ、魔力が集まった。
――けれど明らかに違う。
陣が浮き上がった。
私の時には現れなかった、正方形の陣がスサンナを囲う。
祭壇に置かれた魔導石も光は弱くとも、光り輝いていた。
「おぉ、聖女だ」
「スサンナが聖女であったか」
「姉妹揃って、聖女かと期待したのに、この様な事になるとは」
身体が祭壇から離される最中、私はイデオン様を見つめる。
「イデオン様、私は――」
「話しかけないでくれるかな。聖女、アリシア……。いや、不適合の烙印をおされた者よ」
目すらも合わせてはもらえなかった。
どうして……。
私が聖女じゃなかったから……。
でも、イデオン様はそんな事で。
「イデオン様、きっとこれは何かの間違いです。もう一度行えば」
「立場をわきまえよ! ここは神聖なる場所だぞ! 貴方は不適合とされたのだ! ただちにこの教会から立ち去れ!」
「イデオン様……」
記憶にないぐらい強い口調で言われ、私は呆然としてしまう。
そんな、これで終わりなの。
何もかも……。
私はこれまで頑張って来たのに、たった一回のこんな訳の分からないもので……。
「君には、失望したよ」
そんな小さな呟きと共に、イデオン様が前を向いた。
そして駆け寄って来るスサンナと顔を合わせる。
「聖女スサンナ。君が聖女だったようだね。王族として嬉しく思うよ。これからも民の為に、その力を使っておくれ」
「勿論ですイデオン様。この身が朽ちる時まで精一杯、聖女の務めを果たしてみせます」
そう言ってスサンナが腰を折った。
そして離れて行く私を見て、そっと微笑んでいた。
スサンナ……?
憐れむような表情ではなかった。
まるで、悪魔が宿ったかのような人の悪い笑みを浮かべている。
「さようなら、お姉さま。私が聖女として、お姉さまの分まで頑張りますわ」
「スサンナ? スサンナ……!」
そして私は気づいた。
スサンナが何かしたのだと。
「スサンナ。貴方何をしたのッ! スサンナッ!」
「まぁお姉さま酷い。私のせいにするなんて――」
スサンナがイデオン様に抱きつき、身体を震わせていた。
「大丈夫ですよ。聖女スサンナ。あの者は、直ぐに追い出しますから」
イデオン様の合図で、更に何人かの兵士がそばに来て私を無理やり教会から出そうとする。
「止めてください! 私は何かをされたのです! 話を――!」
「まぁ見苦しい」
「あれが聖女になれなかった者の末路ですか」
「これは、儀式の判定は正しかったようですな」
周囲から自然と声が溢れ始める。
何で……。
ずっと聖女見習いとして、尽くしてきたのに。
それすらも報われないと言うの……。
「あれではまるで、聖女ではなく。ただの村娘ではありませんか」
こんな仕打ち、あんまりじゃない。
「出て行くが良い、聖女になれなかった者よ――」
沈黙を貫いていた最高司祭さまの言葉と共に、私は教会から押し出される。
それだけじゃない。
聖女になれなかった見習い聖女にも、最後の務めが残されている。
それは西側にある大陸に行き、人々を助ける事だ。
正確には何をやるとは決められてはいない。
ただ――神聖国が、魔物との戦闘も多く、文明の発達も多少遅れている大陸に対しても、私達は聖女にもなれる治癒に詳しい者を派遣していると、周辺の国々に宣伝するための処置だ。
だから、見習い聖女でも送り込まれる。
私が向こうに行けば、その後は全く関与されない。
人を助けようが、野垂れ死にしようが無関心。
唯一気にするのは、戻って来る事が許されない。
過去に戻った事がバレて投獄された見習い聖女が居た。
それが――この神聖王国が長年にわたって行って来た事だ。
聖女となれば、専任の見習い聖女を付ける事が出来る。
だから最悪、スサンナがなれなかったとしても大丈夫だと思っていた。
私が呼び止めれば、どうにでもなる。
二人でずっと生きられる筈だった。
けれど、そう思っていたのは私だけだったみたいだ……。
呼び止めに来る者が一人も居ないまま、私は港から船に押し込められてしまった。
***
「暑い……」
船でまる三日かけて到着した港町。
途中の記憶は殆どない。
薄暗い船内で船酔いと共に、泣いていたと思う。
そして着いたと言われ、どうにか身体を起こして来たに過ぎない。
そして私が居た大陸とは違う、暑さが身を襲う。
じめっとしていて、肌が焼けるように痛い。
まるで、南のリゾート地に行ったようだ。
日本人だった頃に行ったのは、修学旅行の沖縄だけど……。
一番近い体験はそれだと思う。
「そんな事よりも……どうしようかな」
放り出されたのは港町。
神聖王国の王都と比べたら、十分の一もない小さな街だ。
だからか、人がはけるのも早い。
どこに行ったら良いかも分からなかった。
宿……?
まずは宿だよね。
宿がないと、でもお金もすぐになくなる。
だったら冒険者ギルドとかに言って、仕事を紹介してもらわないと……。
「すみません」
「あぁ!? 何だ嬢ちゃん」
「冒険者ギルドは……どこに行ったら、ありますか?」
「そんなものこの街にはないよ。隣街に行きな」
そう言って大柄な男性が立ち去ろうとした。
「あの、馬車は! 何処に行けば乗れるか教えてください!」
「この暑い中、ただで教えろってか? 嬢ちゃん、外に出るのは初めてなのか!?」
場所を聞いただけなのに、どうして。
他の人に聞いた方が良いかな。
でも周りにはもう人が居ない。
それに居たとしても、同じ事を言われるかもしれない。
だったら。
「あの、余りお金も持ってないので、これで教えて下さい」
頭を下げて、手に載せた硬貨を差し出す。
銀貨一枚。
たった一枚だけど。
私からしたら大金だ。
「はぁぁ、本当に外に出た事のねぇ嬢ちゃんかよ。良いよそんなの」
「えっ?」
私がゆっくりと顔を上げると男性が片手で大きな荷物を持ったまま、もう片方の手で頭をかいていた。
「そうやって、むやみに金を見せるんじゃねぇよ。本当に奪う奴だって居るんだぜ。それに嬢ちゃん一人だろ? 男どもには気をつけろよ。ここは船が出発した神聖王国じゃねぇんだ、人攫いだっている」
「すみません、気をつけます」
「それと、馬車は向こうの広場で乗れる。ちょうど見えてる、あの屋根が尖ってねぇ平らな建物の向こうに馬車が何台か止まっている筈だから、ちゃんとクロアヴァーラって街に行くか聞いて乗れよ」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、これ買ってくれ」
「え?」
大柄男性が、持っていた荷物を開いた。
そこには革の水筒がいつも入っている。
その一つ取り出し、私に近づけた。
「銀貨一枚だ。中には何も入ってねぇから、さっき言った建物で水でももらえ、あそこは乗合場だから水ぐらいただで貰える」
「良いんですか?」
「良いも何も、商品だって言ってんだろ。さっさと買ってくれよ。俺も、この島に来ていきなり一つ売れたとあれば、その後の商売も縁起が良いって話だ」
「では、下さい」
私は銀貨一枚と引き換えに、革の水筒を手に入れた。
「それじゃな、気をつけるんだぞ。それ、本当は銅貨九枚だ」
「えっ……」
銅貨十枚で銀貨一枚だ。
けれど、教えてくれた事を思えばお得でしかない。
「ありがとうございます!」
どうにかやっていけるかもしれない。
そんな甘い希望が、どこからか湧き上がるのでした。
***
「もぅ駄目……」
馬車に揺られ数時間。
船酔いしていたのか、暑さにやられたのか。
はたまた、ずっと座り続ける木材におしりが悲鳴をあげたのか。
良く分からないけれど、相当まいっていた。
もう辛い、そもそも精神的にもゆっくりと休みたい。
それなのに、そんな暇すらもらえない状況なのだ。
全てを投げ出して、今直ぐ近くを流れている川に飛び込みたい。
とても聖女らしさはないが、もう私は聖女じゃないんだ。
「嬢ちゃん大丈夫かい? 夕方には着くと思うから頑張りな」
「はいっ……」
御者の男性が私を気遣ってくれる。
なんて情けないんだ私は。
もっとしっかりしなきゃ。
でも……しっかりって言われても……。
しっかりしててこの有様だ。
また直ぐに頑張る方が難しかった。
それかも馬車は暑い中を進んだ。
進み続けた。
「嬢ちゃん、すまない。今日は着けないよ」
突然そんな事を言われてしまう。
「どうか、したんですか……」
もう私は限界だった。
全然休めない。
この世界で馬車に乗った事は何度もあった。
なのに今回に限って辛い。
馬車の前の方に行き、顔を出した。
目に入ったのは、目の前で倒れている馬車とその周囲で戦う人達。
人を取り囲んでいたのは魔物だ。
大きな岩の魔物。
手足と思える箇所を持ち、全長三メートル程の体が人に向かっている。
私が居た大陸にも魔物は居る。
けれど、街と街を繋ぐ街道で被害にある事は珍しい。
それぐらい討伐され、数を減らしているのだ。
なのに、私の目の前ではそれが日常であるかの様に起こっている。
御者の方も、冷静に引き返そうとしていた。
「頼む! 助けてくれッ!」
少し離れた場所に居た騎士の一人が叫んでいだ。
馬車によりかかっている男性を手で抑えながら。
「行きましょう」
「無理だ! 行った所でどうにも出来ねぇよ。あの数の魔物が見えねぇのか!」
数を数えても、六体。
私はあの魔物の強さが正確には分からない。
戦っている人達の実力も未知数だ。
けれど、怪我人を見捨てる選択肢もない。
「せめて、あの怪我人の人だけでも乗せてもらえませんか!?」
「正気か!?」
「正気です。お願いします!」
少し迷った後に、御者の人が口を開いた。
「危なくなったら、置いてでも逃げるからな! それでも良いんだな!」
「それで大丈夫です。なので行ってください、お願いします!」
「しっかり掴まっておけ」
馬車が走り出してくれる。
先程とは違って大きく揺れて、私の身体が何度も浮いてしまう。
近づいた馬車は、魔物の近くで急停車する。
「捕まってろ!」
「えっ!?」
走っていた馬が前足を上げ、そのまま魔物を蹴り飛ばした。
「今だ! 怪我人を乗せろ!」
その声で倒れていた青年が馬車に乗せられる。
「頼みます! この方を助けて下さい! 街に!」
「貴方たちは!?」
「我々は自力で脱出しますので、お願いします。どうか先に!」
「分かった、無事でな。そいつを抑えてろよ!」
「待って下さい! まだ――」
馬車が動き出してしまった。
付近で戦っていた人達が魔物に飛ぶ付き、私達の馬車に攻撃が向かわないようにしている。
そのまま通り過ぎたかと思えば、どんどん離れて行く。
「一時間だ、一時間で街に着かせる! それまでどうにか傷口でも抑えててくれッ!」
御者の人が私に布を投げてくれる。
私は直ぐに視線をおろした――。
抉れた腹部から血が溢れ、布を当てても意味がなかった。
駄目、これじゃ意味がない。
早く治療しないと。
前に出した手が震えてしまう。
治療? 私が……?
聖女でもない私がやって、何の意味が……。
それに治癒魔法を行っても、この傷口は私じゃ治せない……。
抑える傷口から血が溢れ続ける。
止まってくれない。
寧ろ、溢れているようにも思えてしまう。
「どうしたら、どうしたら……」
布に染み込んだ血が私の皮膚に触れ、温かい感触が届き続ける
止まって、止まって。
お願いだから、止まって。
聖女じゃなくても良い。
誰かを助けられるなら、それで良い。
妹が聖女でも良い。
私がただの不適合者でも良いから。
お願いだから――「止まって!」
突然、手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がった。
「なにこれ……」
見たことのないものだった。
治癒魔法のものとはまるで違う。
治癒魔法の陣は緑色に近い。
けれど今目の前に出ている魔法陣には色がなかった。
薄い灰色で現れたそれが、この青年に魔力を流している。
「血が……止まって」
傷口はふさがっていない。
なのに溢れていた血が止まった。
このまま治癒魔法を発動出来たら、ゆっくりと。
「出来た――」
左手から治癒魔法が発動してくれた。
無くなってなかったんだ。
聖女として不適合だった私でも、まだ治癒が使えた。
けれど、そんな事はどうでも良い。
私は――目の前に居る青年に意識を向け続ける。
「よく分かんねぇが血が止まったなら、そのまま抑えててくれ!」
そして怪我人を乗せたまま、馬車が街へと急いだ。
***
到着したクロアヴァーラ。
そのギルドの一角で、治癒魔法が使える冒険者と共に私は同じ部屋に居た。
怪我を負っていた人も目を覚まし、ベッドに座ったまま自身の傷口を確かめている。
「助かったのか……君が怪我を?」
「私が来た時には、殆ど傷口が治っていました。彼女が行ったかと」
二人だけでなく、冒険者ギルドの職員までもが私を見ていた。
「君かい?」
「いえ、私は何も……」
私自身良く分かっていない。
治癒魔法を使った事は分かるけど。
私程度の治癒じゃ、あの傷が治せない事は分かっている。
「まぁそんな遠慮しなさんなって」
そう言って御者の方が、私に話しかけてくれる。
「いえいえ、本当に私は。助けたって言うなら、馬車を動かして欲しいという無茶なお願いを聞いていただけたからですよ」
「嬢ちゃんが助けたいって言わなければ、魔物に向かう度胸なんてなかったよ」
御者の人も困ったように私より後ろに立っていた。
「それに、あの負傷から確かったのは、間違いなく貴方さまが何かしらなされたのではないですか?」
戦っていた人達の中に居た女性の方が、そんな事を言ってくれる。
「私が何かしたんですかね……」
「えぇ、でないと。助からない程の重症でした。本当に、テオドル様を救っていただきありがとござます」
この街に入る時も、門番の方が一目で慌てていたのを思い出す。
テオドル・クロアヴァーラ。
この街を治める領主様だった。
若いから違うと思ってたけど、そうじゃないらしい。
若くして引き継ぐというのは、良くある話しだと聞いた。
本当に命の危険が多い場所なんだと、いやでも理解させられる。
「どちらにせよ。君たちが恩人なのは間違いない、何かお礼をさせてもらえないだろうか」
「そういう事でしたら、運んだ運賃をいただけますかい。それと魔物に当たった時に馬車の骨組みも損傷してしまったので、その修理費用さえ貰えたら後は何も要りませんよ。沢山あげるというなら、こちらの肩にお願いします」
そう言って御者の方が私の方を示した。
いや待って。
私だって、当たり前の事をしたに過ぎない。
それなのに、馬車を直す以上の金額なんて受け取れない。
「分かった、手配しよう」
「ありがとうございます。それでは私はこれで」
そう言って御者の人が部屋を出て、冒険者の治癒が扱える人も一緒に出て行く。
待ってほしかった。
けれど、もう遅い。
視線が私に向けられ、貴様は何が良いと言わんばかりの空気を作られてしまう。
「君は?」
ここは正直に言おう。
どの道、生活に困っているのは確かなんだから。
「私はその、出来れば冒険者ギルドで仕事を貰えたらなぁ……なんて。それと、暫く住む場所がないので、宿代をいただけたら、非常に助かります……」
情けない話ではあるが、今の私に余裕はない。
勇気を振り絞って話すと、そんな事で良いのかという顔をされてしまう。
「冒険者ギルドの登録は問題ないよね? 私からの推薦という事にしといておくれ」
「はい、勿論でございます」
同席していた職員さんが頷いた。
「宿は、そうだな。どうせなら、私の屋敷の空き部屋を使うと良い」
「えっ!? いえいえそんな、流石にそこまでしていただくのは」
「そう言わないでおくれよ。命の恩人に、宿代を渡して終わりでは、私の方が納得出来ない。それか、あの方にも金貨二十枚は渡すつもりだけど。君は、そうだな。金貨五十枚は受け取ってくれるかな?」
「五十!?」
五十って何。
見習い聖女、何十年分!?
そもそもそんな金額……「無理です!」
私はハッキリと答えていた。
お金はあっても困らない。
けれど、大きすぎるお金は災の元でしかない。
「受け取れません!」
「なら決まりだね。君がギルドの仕事で安定するまでは、屋敷で住むって事で」
少し納得出来ない所もあるけど、仕方ない。
それに領主様の屋敷なら、この大陸についても色々と知れるに違いない。
そう考えた私は承諾するのだった。
「……お世話になります」
「よろしくね」
私が頭を下げると、向こうも微笑んでくれる。
「いけない、僕とした事が名乗ってなかったね」
遅れて挨拶がされた。
「テオドル・クロアヴァーラだ。これからよろしく」
「アリシアです。ただのアリシアです。よろしくお願いします」
「よろしくね、アリシア」
聖女にはなれなかったけれど、何だかやっていけそうな気が少しはします。
なのでこれからか、どうにか生きていこうと思います。
今度こそ、きっと良い方向にいきますように。
そう私は――願うのでした。
***
それから暫くして。
神聖王国の新しい聖女さまの噂を耳にしました。
何でも、負傷者に対して優しさがないとか。
いつもカリカリしているけど、王子の前では甘い声を出しているとは。
けれど、王子との夜の相性は悪いとか。
夜な夜な街に出ているとなど、沢山の噂を耳にしてしまいます。
一番酷いと思った噂は、薬草と毒草を間違えた。
なんて話も聞きましたが流石に嘘だと思いたいです。
ですが、真相はどうでも良いです。
私は――今が幸せなので。
「行って来ます、テオドル様」
「気をつけてね」
屋敷を出る時にいつも声をかけてくれるテオドル様。
そして他の使用人の方々も、私の事を受け入れてくれて。
それだけで嬉しかったです。
ここに居て良いんだと思える。
十分過ぎる幸せです。
「はい、行って来ますね」
だから私は、今日もギルドで依頼を受けて頑張ろうと思います。
今度は――駆け出し冒険者としてですが。




