辺境の地で聖女をしていましたが、同じ聖女の妹と婚約者の浮気が発覚したのでちょっと闇堕ちしてみます。辺境を出た私は他国で宿を開きます! 治癒無料の良い宿ですよ〜
「ソフィーア。そういう訳だから、これからは三人で頑張っていこう」
「クルト、貴方は何を言っているの……?」
婚約者から訳の分からない事を言われ、私は頭を抱えてしまう。
「もう一度言ってくれるかしら? 聞き、取れなかったの……」
本当は聞き取れていた。
けれど、脳が理解する事を拒んでしまう。
「君の妹フリネを、妻に迎え入れようと思う」
婚約者であるクルトが私の妹であるフリネの肩を掴み、抱き寄せていた。
私とは違うフリネの大きな大きな胸が、クルトの腕に触れる。
意味が分からない。
妻……? それって妹もクルトと結婚するって事?
婚約者の私が居るのに……。
それも意味が分からないけど、この世界では普通なのかもしれない。
私、ソフィーアは日本人だ。
あの婚約者に、今直ぐビンタを繰り出してから話を聞きたい。
けれどそんな事は――聖女ならしない。
元日本人であるよりも先に今の私は聖女だ。
この開拓地を人々と共に切り拓く――希望の光。
そんな私が、感情にまかせて動くのは本当は良くない。
「それは、フリネを第二夫人にするという事ですか?」
「……いや、その……言いづらいんだが、正妻にしようと思っている」
「どいう事ですか? 私との婚約は、破棄なされるのですか?」
「いや、そうじゃない」
「だったら、どういう事ですか」
少し感情的になった私が、クルトに強く聞き返していた。
「君を――第二夫人にしたい。だからフリネとの結婚を先に行う」
「はい……?」
この人は何を言っているの。
一緒にこの地を開拓した私を第二婦人?
そんな事で周りの人々が納得すると本気で思っているの?
第一、私の理解が得られると思っている方が恐ろしい。
「無理です」
静かに答えていた。
無理、無理。
妹が第二婦人なら、数万歩譲って良いとしよう。
絶対に良くないけど。
なのにそうじゃなくて、私が第二婦人?
妹よりも後。
更には――開拓した人々にもどう思われる事か。
何でそんな思いをしてまで、私が貴方と結婚しないといけないのか。
まるで理解が出来ない。
貴方が一緒に開拓して、良い町を築こうと言うから付いて来たのに。
それも数年間、一緒に私は頑張って来たのに。
来て、半年も経たない妹の方が良い?
これがマンネリ化というものなの。
ずっと一緒に居る私には飽きた……つまりはそういう事なのね。
そうよね。
それに妹の方が胸も大きいもんね。
結局男ってのは、そういう生き物なのでしょ。
だったらもう知らないわよ。
私がこの地に残る理由も無いじゃない。
好きにしてなさいよ。
「分かりました」
「そうか分かってくれた! 君なら分かってくれると思っていたよ」
「ありがとうございますお姉様」
そう言ってフリネが大きな胸をクルトの腕に当て、二人が更に身を寄せ合った。
その無駄な肉を、削ぎ落としてあげたい。
けれど――まだ聖女である私は、そんな酷い事はしないわ。
「何を言っているのかしら? 貴方達二人が、どうなろうと知りません。婚約は破棄させていただきます」
「ソフィーア?」
「お姉様、どういう……」
「これからはお二人で、この地を開拓してください」
「それは無理だ、君の力がなければ――」
「フリネも聖女です。開拓の速度を上げようとしなければ、出来るでしょう。それとも、出来ないのですか? 私一人でやっていた事を、妹のフリネには」
「そんな訳はない! フリネは優秀な聖女だ! だから僕は妻にする事を決めた。先日だって、一人で人々の手当を全て行ったんだぞ! 君が森で休んでいる間に――!」
「休んでいる?」
初耳だ。
というか酷い言いがかりだ。
私は休んでいない。
寧ろ、寝る間も惜しんで働いていると言うのに。
「何のことを言っているのですか?」
「いつも森の浄化作業があるからと森に行くが、フリネに聞いた話では。この森は、そこまで浄化を行う必要がないと言うではないか!」
「そうですよ、私だって確認しました! なのにお姉様は毎日森に行って。後から呼びつけた私を働かせて、楽をしたいだけではありませんか……だから私は、情けなくてもクルト様に助けを……」
あぁそういう事なのね。
クルトにそんな事を言ったの。
絆でも恋心でも何でも良いけど、それが数年ある私よりも妹を信じるとは。
流石に悲しくなってしま。
「でしたら……」
もう私が居る意味が、本当にない。
居ても、信じてもらえないって事になる。
そんなのは嫌だ。
「私が居なくても、なんの問題もないという事でしょう」
それに、森が平穏だって?
ありえない。
この森の土を少し掘って、地中に意識を向ければどれだけ腐敗しているかは一目瞭然だ。
聖女である私達は嫌というほど教え込まれる。
目に見えるものだけを信じるな。
腐敗は見えない所から進むと。
けれど私は――見逃してしまったようですね。
この屋敷で進んでいた腐敗を。
「もう良い! 貴様など居なくても私達でどうにかしてみせる!」
吹っ切れたクルトが私に声を荒げた。
良かった、これで私の責任じゃなくなる。
「そうですか。それでは、今まで働いた分のお金はいただいて行きますからね。聖女の基本給、それを働いた年月の分だけ」
「そこまで卑しい奴だったとは、思わなかったよ。好きにしろ」
私の方も、そこまで馬鹿な人だとは思わなかったわよ。
人は、誰と一緒に居るかで変わるものなのね。
次の機会があったら気をつけないと。
きっとクルトは妹と関わらなかったら、もう少しマシなまま人生を終えたのでしょうね。
人を後から変えようとするのは難しくても、徐々に影響は受けてしまう。
それは紛れもない事実なのでしょう。
最期に、良いことを学べましたわ。
「失礼いたします」
そう言って私は、しっかりとお金を手に持ってから屋敷を後にした。
最後に目にした妹の顔は少し笑っていた。
見間違いと思いたいけど、きっと間違いじゃない。
その事実だけが、とても悲しかった。
***
開拓地の人達に先に事情を話してから去る。
止められたけれど、居場所がない事も理解してもらえた。
それに、彼らも貴族には逆らえない。
そんな事をすれば、家族共々この地を追い出されてしまう。
私と違って、彼らは次の場所に行ったからと、どうにかなる訳ではない。
必ず仕事がある訳ではないのだから、事情も理解している。
「聖女で良かったなぁ~」
誰も居ない森。
そこを私は一人で歩いていた。
此処は本来――未来に開拓される筈の場所になる。
つまりは人が殆ど居ない。
寧ろ、居たらそいつはヤバい奴である。
ここから先は死の森とも呼ばれる区間だ。
私が住んでいた王国と、隣国に当たるフェルト王国。
北に神聖王国。
南にある自由都市に挟まれた巨大な森。
そこが死の森と言われている。
此処は大昔に各国が兵士を送り込み、戦が繰り返された土地だ。
だから戦士者の遺体も数多く眠っている。
けれど数十年、百年以上かけて戦争は停戦。
今度は、現れた魔物の脅威に人類が対抗し始めた。
やがて切り拓かれていたこの地は自然に戻り、森へと姿を変えてしまった。
そこに住み着いた魔物が、同じ年月で成長したのは言うまでもない。
凶暴で手が付けられない。
それに比べて山脈などの資源もないこの地は、人が立ち入らない区域となった。
それを私が住んでいた国は、ゆっくりと開拓するという行動に出たのだ。
正直言って馬鹿馬鹿しい。
不可能に近い。
けれど、人の住む場所というのは必要だ。
それに貴族も功績が欲しい。
だから私は選ばれ、クルトならと……手を貸したのが間違いだった。
「次の街でも、聖女をするのはちょっと嫌だなぁ」
近くで茂みが動き、魔物が現れる。
四足歩行の狼型の魔物を目にする。
黒い毛並みに、茶色の眼。
そして鋭い爪と牙を持つその体は、私よりも大きい。
「ウルフドッグじゃん、乗せてよ」
私が声を発した瞬間に、逃げられてしまった。
「待って! 待って――」
せっかく見つけた魔物だ。
乗せてくれないにしても、食料になる。
私はあの国には戻りたくない。
一分一秒でも、違う地に行きたいのだ。
だからこんな森を進んでいる。
「待ってって、言ってるよねっ――!」
落ちていた石を拾い上げ投げる。
聖女である私の魔力が宿っている石だ。
狙いは逸れ、魔物の進行方向に落下し、光の壁が現れた。
「ワォンっ――」
怯えた様に足を止めた、ウルフドッグ。
私はそこに飛びかかっていた。
「さーて捕まえたよ。逃げようとして食べられるのと、言う事聞くのどっちが良い?」
「ワォァン……」
弱々しい鳴き声だった。
「よしよし、良い子だよ~」
私が頭を撫でても、更に体が震えてしまう。
「あっごめん。魔力出したままだったね」
私が魔力を弱めると、突然ウルフドッグが元気になった。
「グゥゥッ――」
唸り声を出したので、また魔力を出す。
「ワンゥ……」
「次やったら、ないよ?」
ウルフドッグが無言で、首を縦に振った。
「いやぁ、聖女は良いですなぁ」
聖女だって、魔物には襲われる。
けれどそれは、魔力の濃度と総量が弱い聖女だけだ。
ただ魔力を放っている今の私は――魔物からしたら燃え盛る炎と何ら変わらない。
近づきたくなければ、食べたいとも思われない。
だから魔力を消したら、調子に乗るのは美味しい人に変わるからだ。
「良い? 私はあっちじゃない国に行きたいの。でもこの森って凄く遠いでしょ? 乗せてくれる?」
「ワン!」
「よーし、良いぞ良いぞ。流石ポンタだ」
「ワンっ!?」
「えっ、ポンタだよ。貴方の名前。嫌だった……?」
首を横に振るってくれる。
「良し、そうと決まれば隣の国、フェルト王国を目指して出発!」
ポンタが仲間に加わった。
旅は一人よりも、仲間とである。
ちょっと聖女っぽいかも。
そんなポンタの背に乗って、私は森の中を突き進み始めた。
自分で歩いていた何倍も速く、森の中を颯爽と駆け抜けてくれる。
「うわぁあ凄い、流石ポンタ! この調子だと、一週間もあれば抜けられるじゃん!」
一つの国がすっぽり収まる程には広い森。
そこを私は、魔物と共に突き進むのだった。
***
そして森を駆け出して六日目の昼。
私とポンタは、血まみれで倒れている人達を見下ろしている。
全員が騎士らしき格好をしている。
――勿論、私達がやった訳ではない。
途中で食べた、赤い牛とは訳が違う。
血の匂いを嗅ぎつけた私とポンタが、自然と訪れたに過ぎない。
ずっと怪我人の手当をしていたからか。
ポンタよりも私の方が先に気づいたのはちょっと怖かった。
ポンタも鼻をかきながら、近くの木の根本で座ってもらっている。
私の方が先に気づいて、落ち込んでいるのだ。
気にしないで……ポンタ。
きっと、私がおかしいだけだから。
「大丈夫ですか?」
「うぅぅ……」
「息はあるね、良し次」
辺りに倒れている人達は二十人は居る。
手早く重症な人から診て、手当する順番を決める。
そして私が八人目を見ている時だった。
「私は良い、先にテオ様を……」
一人の騎士が、まだ診てない青年を指さしていた。
様?
偉い人かな。
面倒だと思いつつも、私はその人の元に行った。
白髪の短い髪の青年。
近くで見ると、更に顔立ちの綺麗さが目に入る。
それに鼻筋もしっかりしてて、折れてはいない。
「腕の骨は折れてるけど」
けれど、衣類をめくっても腹部など打撲痕はなく、それ以外は普通だった。
それに脈もまだ大丈夫そう。
「良し、後回しだね」
「先に……」
近くに居た別の男性にもそんな事を言われてしまう。
「怪我人は、大人しくしてて貰えますか? それとも、治療しなくて良いですか?」
街の聖女さまじゃないんだよ。
こんな森に、聖女も連れずに入った貴方達が悪いんじゃん。
「それは……」
「無駄な言い合いは時間を使うだけですよ? 黙っててくれますか? 貴方が一番重症っぽいんですから」
そう言って私は、見えていなかった男性の側面からかなりの血が流れているの目にして、治癒魔法を使い始めた。
「身を酷使する者を癒し、明日の活力を与え治し賜え――ヒール」
傷口がゆっくりとふさがり始める。
やっぱり治癒魔法は一瞬じゃないのが厄介だ。
どれだけ精度を良くしても限界がある。
これは、聖女の魔力を瞬発的に負傷者に注げないのが原因だ。
理論上は傷口だけなら、数秒で治す事も出来る。
他の後遺症とか、その人の魔力回路が焼き切れるとかも無視すればだけど。
最悪の場合は、身体が内側から膨らんで破裂するとか。
なんて悲惨な言い伝えもある。
試そうだなんて思えないけれど。
「はい、次ね」
「頼む、先にテオ様を――」
血を吐きながら、何か言ってる。
知らん知らん。
怪我人優先。
重症者優先。
お偉いさんは後回し。
それが今の私のモットーだ。
「はーい。次誰かが同じ事言ったら、治癒しないで去りますからね~」
周りに聞こえる様に言って、私は治癒を続ける。
そして――最後に、例のテオ様と呼ばれている人を治した。
本当に貴族だから後回しにしたのではなく、一番軽症だったのだ。
「助けていただき、本当に礼を言う」
テオさんが意識を覚ます前に、最初に助けた男性が頭を下げていた。
それに続いて、他の人達もボロボロの装備のまま頭を下げている。
少し不満そうな顔をしている人も居るのが謎だ。
「まぁ良いですよ。っと言いたい所ですが、私も訳ありの旅人なので、ただという訳にはいきませんが」
「重々承知しております。貴方様程の治癒魔法を扱える人に助けていただいたのです。然るべき時に、相応の金銭をお支払いいたします」
「良いんですか、その人が寝ている間にそんな事を言って」
「はい。私の権限で使えるお金だけでも、かなりの額にはなります。それに加えて、此処に居る我々の給金を貴方様にお支払いする分に含めれば、足しにはなるかと思っております。勿論、ツヴァイ家もお支払いの意は示していただけるものと思っておりますが」
「そうですか。皆さんがそれで良いなら、それで構いませんが、回復の順番が最後で文句を言いたそうな人達に言いますけど」
一瞬で何人かが私に視線を向けて来る。
「貴方達が悪いんですよ。ちゃんと守って、一番軽症にしたんですから」
それを聞いてどう思ったのかは知らない。
けれど、優秀な人達である事は確かだ。
守ろうとした人の為に、身を挺する。
実に立派だ。
「痛み入ります」
「いえいえ」
そんな私達の会話が一段落して、ポンタがゆっくりと近づいて来た。
「それで……その……そちらの魔物は……」
全員が今にも剣の柄に手をかけそうな状態だった。
というか何人かの騎士は身体の震えを必死に抑えている。
「あぁ、この子ですか? ポンタです」
「ポンタ? 魔物を使役されているのですか?」
「使役ってか、うちの子です。毛並みモフモフですよ。触ります?」
「グルゥゥ――」
私がポンタの手並みを他の人に触ってもらおうとしたら、ポンタが威嚇し始めた。
「ポンタ。そんなんじゃ街に連れていけないでしょ、良いの? 焼いて食べるよ?」
「ワンン……」
しょんぼりとしたポンタがゆっくりと身体を、騎士たちの方に近づける。
「どうぞ」
「では……」
恐る恐るっと言った感じで、一人の女性騎士が最初に手を伸ばした。
「何と、此処までふかふかになるのですか!?」
「そうみたいです。ほんと、私も驚きましたよ。でも乗り心地も悪くないんで、今は仲良くしてます。ねぇポンタ」
「ワンっ!」
ホントかよ。
って感じで騎士達が見ているが、大人しいポンタが暴れる気配はない。
物分りが良い子は良い子である。
「それで皆さんは、こんな所で何してるんですか?」
「私達はこの森に居るとされている、レッドビーカと呼ばれる魔物の討伐を目指している」
「何の為にですか? 人が入らない場所なので、ヤバい魔物には関わらない方が平和ですよね?」
「それはそうだが、それがある事によって、テオ様の今後に関わるのだ」
なるほど、貴族の面倒な制約ね。
数年に一度は功績を上げたがるのが貴族だもんね。
「そのレッドビーカってどんな、魔物何ですか?」
「私達が知っている情報は、牛型の魔物らしい。全長は四メートルにもなる巨大な」
「それと、赤いと聞いています」
「あぁ」
そう言えば居た。
私とポンタに向かって、突進して来た馬鹿な牛だ。
「見たのか!? 何処だ――! 何処に居た、私達はその牛の討伐した証が必要なのだ」
「お願いします、教えていただけないでしょうか!?」
「「お願いします」」
目の前の男性が私に迫る。
他の人達も後ろで頭を下げていた。
近い近い、それに声も大きいですって。
「それにその……、何処って言われても。美味しかったよね、ポンタ」
「ワンっ!」
ポンタが元気良く返事してくれる。
「なっ……食べたのか……レッドビーカを」
「だって見た目はただの牛ですよ? そりゃ食べますよ」
「それで、魔石とか何か。倒した証は――」
「ありますよ、この赤い角が二つと、魔石なら」
騎士達が目を輝かせる。
まるで飢えた獣だ。
「上げませんよ?」
「そこを何とか、押して頼むっ!」
近くに居た一番偉いであろう騎士が肩を掴んでくる。
「いやいや、物理的に押そうとしないでくださいっ!」
少し困りながら私は身をひいていた。
「んんっ、騒がしいな……いったい何の騒ぎだ……」
そして問題のテオ様と呼ばれている青年が目を覚ました。
「テオ様!」
「「テオ様ッ」」
「ご無事で――」
一斉に他の人達の視線がそっちに向く。
「私はいったい……」
良し今のうちに去ろう。
それが良い。
私がポンタを連れて、離れようとした。
「待たれよ」
けれど呼び止められてしまう。
振り返りたくない。
絶対、他の人達もあっっていう顔を……やっぱりしていた。
「何ですか……」
「何ですかとは失礼では、ないだろうか。私は――テオ・ツヴァイ。フェルト王国の――」
「知ってますよ、そちらの人達から聞きました。それよりも、命の恩人に、失礼じゃないですか?」
テオと呼ばれた人が周囲を見渡す。
すると周りの騎士たちがそっと頷いていた。
「なるほど。そういう事か」
「テオ様!? まだ休んでいて下さい」
テオと呼ばれた人が身体を起こし、私に近づいて来る。
綺麗な白髪の短い髪を血の付いた手で上げたのか、少し血で染まっていた。
そして近づいて何をするのかと思えば、膝を突いていた。
「仲間を助けていただき、感謝する」
両手も地面についたまま、頭を下げられてしまう。
「先程の非礼を許していただけないだろうか、女神様」
まさか森の中でど座げをする人が――って今はそんな場合じゃない。
「女神様!? というか、顔を上げてください」
ど座なんて知らないだろうけど、後ろの人達が私を凄い睨んでいる。
「起きたばかりで混乱していたとは言え、失礼な態度だったのは違いない。この通りだ」
「あぁもう! 良いですからって」
私は青年に近づき、顔をあげさせる。
「女神様、恩情に感謝いたします」
「女神じゃないですよ」
元、聖女ですけど。
フェルト王国って、そんなに信仰心の強い国だっけな。
違う国の方がもしかして、良いかな。
私はそんな事を考えながら、目の前の青年を立たせていた。
「私は、ソフィーアです」
「テオ・ツヴァイです」
です?
明らかに口調が違っていた。
「何か気持ち悪いですよ、普通にしてください」
「貴様は!」
「先程から聞いていれば、いくら恩人とは言え――!」
後ろ人達が何かを言い始めるも、テオさんが手で制していた。
「もう何でも良いんで、行かせて貰えますか?」
「それは出来ない」
「えぇ、それは……どうしてですか?」
「君が持っているその角を、買い取らせていただけないだろうか」
赤い角が指さされる。
気づいていたんだ……。
「だったら取引しませんか?」
そして私は――取引を持ちかけるのだった。
***
深い森とは違い、活気に満ちる街。
テオ・ツヴァイを領主とする、ツヴァイアの街。
あの人は森に隣接しているフェルト王国の辺境の地を管理する領主様だった。
爵位は子爵家。
街は大き過ぎず、小さすぎず。
けれど人は多い。多い理由としては、死の森以外にも魔物が多い広大な森と面して居て、近くにはダンジョンもあるから冒険者が多いという話も聞いた。
そんな街で、大通りから一つ外れた場所で宿を始めました。
しかも家賃もかからず、税金なども免除された私の所有物件。
本当は大通りに面した所が良かったけど、ポンタが居るので広い敷地が居る。
だから少し離れた場所になってしまった。
けれど、殆ど生活費はかからないし、お客さんは居る。
なんたって『治癒無料の良い宿ですよ~』『聖女あり!』
というおまけの看板が出されている。
宿の名前は【怠惰の宿】だ
物騒とかそういうのも全部、打ち消してくれる。
それに冷やかしで来た野蛮な人達も、ポンタが追い返してくれる。
まさに、大成功である。
「聖女さま、水もらえる?」
「はーい」
「聖女さま、少し傷したんだけど、治してくれるかな」
「聖女さま止めときな、こいつ帰り道にわざと切ったんだぜ、聖女さまと話す為に」
「まぁまぁ治しますけど、忙しかったら治せないので。次からはしないでくださいね? それとも、ポンタの遊び相手になってくれるなら、怪我をしても治しますよ?」
泊まってくれている方々が私に話しかけてくれる。
そして庭に繋がる大きな窓から、顔だけを窓枠に乗せたポンタも宿の中を覗いていた。
「いえ、それはちょっと……遠慮させてください。悪いなポンタ……」
お客さんが冷や汗をかきながら断っていた。
「だってさ、残念だったねポンタ」
「ワンっ……」
少し残念そうなポンタ。
けれど、ポンタと遊ぶハードルは高い。
なんせ、ただじゃれてくる体が大きすぎる。
だからか。
大剣を振り回す屈強な人でも、遠慮してしまうのだ。
「いらっしゃいませ」
扉が開き、私が視線を向ける。
そこにはテオさんが立っていた。
「領主様、また来たの~」
「案外、暇なんすかね」
お客さんも今では軽口を聞いている。
それもこれも、この宿にはもう一つのルール。
貴族もただの人です。
権力や立場を振りかざす人は、ポンタの餌になってもらいます。
そんなルールを設けていた。
だからここでは、テオさんはテオさんだ。
「どうしたんですか?」
「君が前居た場所の噂を聞いてね」
テオさんをカウンターに座らせる。
そして私は――その話に耳を傾けるのだった。
***
ソフィーアが居なくなった開拓地。
クルトとフリネが住む屋敷の夜は騒がしかった。
二人が夜の運動している声ではない。
腹の奥底から出す悲鳴が響いている。
「クルト様! どうにかしてくださいッ!」
「フリネこそ! 聖女ならどうにかしてくれ!」
「無理です! 私には――」
屋敷の正面扉を二人が必死に抑え、他の使用人たちも窓を抑えている。
その理由は外から入ろうとして来るスケルトンを抑える為だ。
「どうしてこんな急に、ソフィーアが居なくなって、まだ二週間だぞ」
「私に言われても、分かりませんっ――」
「君が大丈夫だと言って、森の浄化を行わなかったんじゃないか。こんなにスケルトンが居るなら、分かった筈だろ!」
「私が悪いというのですか!」
こんな時でも、いやこんな時だからこそ言い合う二人。
けれど、扉を叩く音は増え扉が少しずつ開き始めてしまう。
「もうっ持ちません!」
「持たせるんだッ、この屋敷だけは」
開拓地に回される資金さえも使って揃えた家具達。
ここを失えば、資産を全て失うに等しい。
「うあ――」
「きゃぁ」
扉が吹き飛ばされ、二人の身体が地面に倒れ込む。
その開いた扉から姿を見せたのは夥しい数のスケルトン達だ。
「我が身をお守りください――ホーリフィールド」
聖女であるフリネが魔法を使う。
現れた光のカーテンが目の前で展開された。
しかし、スケルトンがそこに押しかかり、その光は一瞬で破られてしまう。
「いやぁあああああっ――」
「フリネ!」
立ち上がっていたクルトが、倒れて来るスケルトンを避けた。
けれど、お尻をついたまま魔法を使っていたフリネは避けられず、倒れたスケルトンが足に乗っていた。
「いやぁ、離して! 離しなさいよッ!」
足で蹴って一体のスケルトンが弱々しく蹴飛ばされる。
けれど、更に一体、一体とその脚にも乗っかかり、手を動かせないスケルトンが脚に噛みついていた。
「いやぁああ気持ち悪い! クルト様! クルト様! お助けください!」
「いま――」
助けようとしたクルトが、更に入り込んで来るスケルトン達を目にする。
その数はもう、数える事すら難しい程だった。
「すまない、無理だ」
「クルトさま――?」
「必ず助けを呼ぶ、お前たち、行くぞッ――!」
「クルトさま!? クルトさま――!」
クルトが他の使用人を連れて、裏口の方に走って行った。
フリネが蹴るだけでどかせるスケルトン。
他の者達と協力すれば、間違いなく助け出せただろう。
けれど、クルトにはそれが出来なかった。
そのままスケルトンがフリネの上に覆いかぶさり、手足に噛みついていた。
「いやぁ、離して、離しなさいよ――」
手も使って振り払おうとも、直ぐに別のスケルトンが覆いかぶさる。
全員、手が使えないのかぶら下がっているだけだった。
それが救いでもあると同時に、どんどん噛みつかれてしまう。
肉が引き裂かれる痛みはないものの、他のスケルトンが覆いかぶさる。
そこから更に、スケルトンの骨同士が絡み合っていく。
やがて殆ど動かせないまま、身体中をスケルトンに噛みつかれていた。
手足や腹。
首に至るまで全てを。
「いやぁ、いやぁあ、クルトさま! クルトさまッ!」
骨に埋もれれるフリネの声がクルトに届く事はない。
既に屋敷を出て、人の多い場所へ走っているのだから。
フリネが噛まれて死ぬ事はない。けれど、助け出されるまでの半日以上――スケルトン達に下敷きにされ――身体中を噛まれたまま叫び続けるのだった。
**
「という、事があったみたいでね」
「何ですかそれ、えげつないですね」
「でも、スケルトンでも人の肉は噛み千切れるんじゃ」
宿でお客さんの一人がそんな事を言った。
「それはないですよ」
だけど私はハッキリと答える。
「だってそのスケルトン達、私が腕と顎の骨だけ、弱まるように浄化したんですから」
「えげつない……」
「生殺しな……」
「いやいや、私だってやりたくてやった訳じゃないですよ!?」
「浄化にかかる時間だね?」
テオさんが、私の代わりに答えてくれる。
「はい。動けないように一体一体を浄化するには、不可能な数でした」
だから私は最善策をとっていたに過ぎない。
人が死ぬことのない調整として。
これで手が残っていたら、引っかかれたり大変だ。
それと噛まれる方も大変だ。
だから私は、苦肉の策でそうしたに過ぎない。
「でもまぁ、生きてるんですよね? なら良いじゃないですか」
「そうだね……。噛まれながらヒールを使ったみたいだけど……」
「それ、私のせいじゃないですからね」
彼女の腕じゃ、それはやらない方が良い行動だ。
噛まれたままヒールを使う。
そんな事をしてしまえば、僅かな傷口は塞がるだろうけど、皮膚が噛まれた状態を覚えてしまう。
つまり今の彼女は、身体中に歯型があるのだろう。
少し可哀想だけど、私はフリネが笑ったのを忘れていない。
「自業自得です」
「それもそうだね」
テオさんが同意したので、この話は終わりました。
私は悪いくない。
おかげで私は、気楽に宿を行えている。
寧ろ解放してくれた妹には感謝している。
今度、会う事が奇跡的にあったら、その傷を治してあげたいぐらいだ。
「聖女さまが、何か考えてますよ」
「踏み込んじゃいけないよ、あれは悪役聖女さまなのさ」
「ちょっとそこ? いま何か言いましたか?」
「「いえ!」」
「なら良いですけど」
「それじゃ頑張ってね。また来るから」
「はーい」
私はテオさんを見送る。
また来るとは、本当にテオさんは暇なのかもしれない。
けれどそんな事は気にしてられません。
閉まっていた扉が、再び開いた。
お客さんだ。
私はすぐに対応を始める。
「いらっしゃいませ。聖女が運営する怠惰の宿へ、ようこそ」
そして私は、今日も宿を運営するのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも『面白い!』そう思っていただけましたら、下記の☆☆☆☆☆から評価や反応など、何卒よろしくお願いいたします。
皆様の応援が、執筆の原動力に繋がっています!
――海月花夜――




