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#17

「今日はお招きいただき、感謝する。セルジュ・エルフェ侯爵」


「こちらこそ、提案に対して前向きな意見を持ってもらってありがたい限りだ。エリック・ブランシャール伯爵」


 エルフェ邸のその玄関口にて。イザベラの父であるエリックとルイーズの父のセルジュとが挨拶を交わす。

 今日は事前から言われていた商談の日。表面上ではお互いに柔和な笑みを浮かべているが。その実、おそらくは、付け込まれぬようにキチンと感情を張っているはずである。


 ここで立ち話をするのもなんだろう、ということで、そのままセルジュがエリックを応接間へと案内をする。


「ね、ねえイザベラ。私もついていっていいのかな!?」


「少し落ち着きなさい。とりあえずは着いていきますよ」


 あわあわとあからさまに慌てているマリエルを宥めながらに、私はそう言う。

 私はやや呆れに近い様なため息を漏らすが。しかし、彼女がどうすればいいのかと狼狽えた理由もわからなくはない。


 マリエルにはひとまず現状の夢の内容についてを伝えた上で、さらに、この場についてきてもらうにあたりどういう理由でエルフェ邸を訪れているのかを教えている。

 だからこそマリエルは自身が招待されているということも知ってはいるが、同時に、この場で商談が執り行われているということも理解している。

 なので、おそらくは「部外者であろう自分がそんな話を聞いていいのだろうか」と、大方そう思っているのだろう。


「安心しなさい。父もエルフェ侯爵も元より私たちよりもずっと多くの経験を積んできた人たちです。他に聞かれてマズいような話を私たちがいる場所でしないですよ」


 それこそ、必要なのなら自然な流れとしての人払いならいくらでもできる。

 ルイーズをあてがって、私たち同士で話をしてくるようにでも促せば、それだけで離すことができる。

 しかしながらそうしていないということは、今のうちは聞かれてマズいような話をしないということであろう。


「そ、それならいいんだけど……」


「まあ。マリエルは基本的には私のそばにいてくれればそれでいいですよ」


 結局のところ彼女が気にしているのは、なにやら粗相をしでかしてしまわないか、と。そういうことを心配しているのである。

 それならば、イザベラから大きく離れないようにだけしてもらえれば、最悪自分が止めることができる。

 それに、都合がいいのはそれだけではない。


(……今のところ、アルベール様の姿は見えていない)


 けれど、エルフェ邸にはたしかに狩猟が可能な森がある。そして、今回、そこで狩猟をしようという話が挙がっている。

 警戒はしておくに越したことはない。そして、それならば。なにかあったときに味方として動いてくれるマリエルの存在はできるだけ近くに置いておきたい。


「ねえ、イザベラ。……ほんとに、起こると思ってるの?」


 ヒソヒソと、マリエルがまわりに聞こえないように小さな声で話してくる。

 万が一を考えれば、できれば不用意にその手の話を振ってほしくはないのだが。まあ、周りに聞こえていないようだし、具体的な内容については触れていないので大丈夫だろう。


「正直、今のところは微妙です。が、悪い方向に予想をしておいて、杞憂で済めばよかった、と。そう言えたほうがいいとは思っています」


 私のその答えに、彼女は「そっか。……うん、そうだね」と、そう理解を示す。

 彼女にも、緊張を与えてしまっているのは自覚している。けれど、対策不足だけはなにがあっても起こしてはいけない。


(……夢の中で、私の手は今まで一度も届かなかった)


 アルベール様を守ろうと伸ばした私の手が、彼の体に届くことはなく。救えないままに夢が覚めていく。

 場所がわかっただけに、行き方がわかっただけに。最適な行動をすれば、あるいは、と。そう思ったのだけれども。

 しかしながら、私の手はあまりにもアルベール様から遠くて。


 私の腕がもう少し長いなら。あるいは、私の脚がもっと速ければ。

 そんなないものを強請ったところで解決するわけもなく。


「イザベラ? なにか、すごく難しい顔をしてるけど、大丈夫?」


「……いえ、大丈夫です。少し、考え事をしていただけなので」


 反射的に、そう誤魔化し気味な答えをしてしまう。マリエル相手なのだから、そこまで隠す必要もなかっただろうに。

 しかしながら彼女は然程気にする様子もなく、そっか、と。そう言ってから。


「イザベラ。私は貴女の味方だからね。だから、なにかあったら遠慮なく頼ってね!」


「……ええ、頼りにしてます。マリエル」






「お久しぶりです、エリック伯爵。そして、イザベラとマリエルも」


 応接間にて、流麗なカーテシーで出迎えてくれたのはルイーズ。その傍らには、やや慌てつつも同じく彼女に倣って挨拶をしているミシェルの姿もあった。


 マリエルはマリエルでよくルイーズから指摘を受けるが。そういう意味ではある意味、ミシェルもミシェルではあるな、と感じる。

 まあ、だからといってマリエルみたく問題を引き起こすとかそういうわけではないので、別にこれといって咎められることはないのだけれども。


 お父様はルイーズのその応対に、一瞬だけ緊張を見せるが。すぐさま平静を取り戻し、柔らかに対応を続ける。

 一応、私の方からの視点でのルイーズについてはお父様に伝えているが。あくまで私の主観を多分に含んでいるために、念の為に身構えていたのだろう。

 特に、本来ならばブランシャール家はルイーズにとって因縁の相手なのだから。

 だがしかし、ルイーズの様子を見て、おそらくはイザベラの主観で大きく違いはないだろうとそう判断したらしい。無論、警戒を完全に解いたわけではないだろうが。


 ひとしきりの挨拶を終えてから、それでは、大まかな話を進めようか、と。そのような流れになりかけて。

 そこで、ひとりの侍女が入室してきてルイーズになにかを報告する。そうして彼女がスッと動いて、そのままなにかの用意のために退室をした。

 なるほど、ここで私たちは一時退場するのだろう、と。そう思ったその時。


 一瞬、廊下から。彼女の驚きを含む、大きな声が聞こえた。

 その場の全員が、なにごとだろうとそちらに意識を取られる。

 特に、彼女と親しい人物は、その疑問が大きく膨らむ。

 なにせ、この声を上げた主がマリエルやミシェルであればともかく、ルイーズなのだ。

 なんだかんだと自信家で、負けず嫌いで、という性格はありはするものの。しかしながら、自身の役割を十二分に理解しており。そして、それに相応しくあらんとしているルイーズが。会談を行っているということを理解しながらも、大声を出すことを抑えられなかった、ということになる。


 しかし、気になるとはいえ大きく動くこともできず。ひとまずはルイーズが帰ってくるのを全員が待っていると。

 コンコンコン、というノックが聞こえて。そして、彼女が戻ってくる。


「先程は失礼しました。思わず、はしたなくも大きな声を」


 やや緊張した面持ちで彼女はそう言いながら、入室して。そして、同時にひとりの人を案内する。

 だがしかし、その人物の顔を見て。誰一人として彼女の先程の行為を咎められる人はいなかった。なぜならば――、


「申し訳ない。道中少しトラブルがあり、約束の時間より少し遅れてしまった」


 そこにいたのが、なにを隠そう、アルベール様であったからだ。


 約束の時間、ということはつまりアルベール様がここに来るのは予定されていたということだろう。しかし、少し不思議なのはそのことに対して、ルイーズはおろか、セルジュ侯爵までもが予想外である、というような様子を見せていたからだった。

 ミシェルに至っては信じられない、とでも言いたげな表情であった。

 当然、マリエルも驚いている様子で。私から「万が一の可能性を考えて」と、いろいろ伝えられていたとはいえ。まさか、という表情を浮かべている。


「アルベール殿下。ま、まさか殿下が直々にいらっしゃるとは……」


「ああ。驚かせてしまってすまない。私が向かうことは、かなり急に決まってしまったのでな」


 言い回しなどを考慮するならば。曰く、元々は別の人が訪れる予定だったらしい。


 だがしかし、どういった事情でここに? と。

 そう尋ねようとしたものの、しかし、驚きが先行していて、うまく言葉が纏まらない。


 私がやきもきをしていると、思わぬところから言葉が飛び出す。


「あっ、あの! どうしてアルベール様がここに?」


 私の隣。マリエルが、そう声を出した。

 突然のことで私がマリエルを御することもできず、やや冷や汗をかきそうになったが。アルベールは笑顔を絶やさないままに口を開く。


「ああ、今回のブランシャール家とエルフェ家の取引が、鉱山資源に関することなのでな」


「鉱山資源……あっ」


 彼の言ったその言葉に、私はやっと気づく。そして同時に、なぜ、今までそのことを忘れていたのか、と。


 原則、この国では自由な取引が保証されている。貴族間での取引にしても、そこに国が介入することは基本的にはなく、それぞれの意思で協力や競争を行うように、というスタンツをとっている。


 だがしかし、ひとつだけ。こと鉱山資源に関わることについてのみは、国としても重要な資源であり、所在をある程度明らかにしておく必要がある、という側面もあって。ある程度国が介入することになっている。


 まあ、だからといって。それを理由としてこの場にアルベール様がいらっしゃるだなんて。そんなことを予想しろという方が無理な話ではあるが。

 なにせ、別にアルベール様である必要はなく。それこそ、行政に関わっている事務員であれば構わないのだから、王族が来る理由のほうがないのだ。


 そう思っているのは、もちろんイザベラだけではなく。セルジュ侯爵も同様らしかった。


「それにしても、わざわざ殿下がいらすほどでもないでしょうに」


「私もそれはそうだと思うが。父から業務の勉強の一環だと言われてしまったので。……まあ、他の意図もあるのかもしれないが」


 ははは、と。柔らかに笑いながら、アルベール様はそう仰られる。


 国王のお達しともあれば、誰もなにも言えない。無論、アルベール様であったとしても。


「すまない、私がいるせいで妙な緊張を与えてしまっているだろう」


「いえ、そんなことは全く――」


「セルジュ侯爵、大丈夫だ。理解はしている」


 遮るように告げられたその言葉に、セルジュ侯爵はスッと頭を下げる。


 アルベール様はそんな彼に、もう一度大丈夫だ、と。そう告げてから。スッと視線をイザベラに合わせてから「他の皆も、すまない」と。


 その動作に含まれた意味は、大方私にも伝わった。

 忠告があったにも関わらず、こうしてこの場にやってきてしまったこと。そして、それによって私に再び、よろしく頼む、と。そういう意図を含んでいるものだ。


「ね、ねえイザベラ。これって、もしかしなくても――」


「ええ、そういうことである、と。そう考えておくべきでしょう」


 今まで、もしかしたら違うかもしれない。と、そう思っていたのは、この場にアルベール様がいる理由がなかったから。いや、ないと思い込んでいたからである。

 しかしながら、現状ではたしかにいる理由もあり、そして、間違いなくそこにいて。


「そうです、殿下。この後で私とエリック伯爵とで狩猟をしようという話をしていたのですが、殿下もどうでしょうか? 銃なら私のものをお貸しできますし」


「それはいい。殿下の狩猟の腕は有名ですしね。どうでしょうか?」


 セルジュ侯爵のその発言に、お父様もそう頷く。事情を知らないから仕方がないのだけれども、余計なことを、と。我が父ながらに思ってしまう。


 一瞬、こちらに視線を遣ったアルベール様。やめておくべきかどうか、という判断であろうが。しかし、ここで下手に断るのも不自然ではあろう。

 無論、断れるのであれば、それに越したことはないのだけれども。しかしながら、夢がああであった以上、回避は難しいと考えていい。


 私はそっと目を伏せて、彼の質問に答える。


「……では、せっかくなので」


 少しだけ迷った様子ではあったが、アルベール様はそう答えていた。


 まあ、こればっかりは仕方がない。……ならば、やるべきことは、一つであろう。


 小さな声で、隣にいるマリエルに伝える。


「そのつもりで、考えておいてください。周囲の様子をしっかりと見て、なにか違和感があったら、すぐに報告を」


「わ、わかった。了解だよ、イザベラ」


 このような偶発的な場面に対して、外部犯として狙ってくる可能性は低いだろう。


 で、あるならば。犯人になり得るのはこの場にいる人物、あるいは、侍女や執事といったこの家の関係者であろう。


 なんとしてでも、あの夢のようにはさせてはいけない。

 イザベラは、強く拳を握りしめた。

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