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#15

「……さて、今日もこの夢、ですね」


 今、自分の意識があるのが夢の中であると自覚して。すう、と。思考が鮮明になっていくのがわかる。

 ぐるりと周囲を見回してみれば、見慣れた――とまでは言わないまでも、しっかりと記憶の中には刻みつけられている光景。


 繰り返し見続けた森の景色。

 まるで、覚えろ、と。そう言われているかのように見せられ続けておるそれらを。ならばやるしかなるまいと、その一心で見続けて。覚え続けて。

 無論、最初の何回かはどうにもならなかった。だが、日が進むごとに少しずつではあるものの、今、自分のいる場所がわかるようになってきた。

 頭の中に、大まかな地図を作り上げることができてくる。無論、その範囲を超えて動くと、自身の把握できている領分から外れてしまうために、完全な位置の理解はできないのだけれども。しかしながら、夢の開始地点周辺の地理と、それから銃声が聞こえてきた方角は覚えられている。

 だからこそ、自身の把握している範囲を超えても、だいたいどちらの方角に進んでいけばいいのか、ということはわかる。


 自身の記憶を頼りに、足早に。けれど、情報は拾い落とさないように、観察を交えつつに小走りで走り抜けていく。

 どれくらい走っただろうか。夢の中であるがために、そのあたりの感覚が曖昧になってしまっている。

 だがしかし、長くはなくとも、決して短いとも言えない程度の時間が経過した頃合い。


 ついに、私は視界内に収める。


 この夢を見るようになってから、十数日。やっと、進展、もとい、手がかりを得ることができた。

 だがしかし、それは、私にとって。予測はしていたものの、もしかしたら違うかもしれない、と。そう思っていたもの。思いたかった、もの。


 銃声が、あたりに鳴り響く。

 以前聞いたときよりも、ずっと間近で。鼓膜を割きそうなほどのおとをかき鳴らして。

 凶弾が、発射される。


 高速で撃ち出されたそれは、猟銃の本来の標的である動物や鳥類を仕留めるではなく。


「ぐ、がはっ……」


 そこに立っていた、ひとりの人間――、


「アルベール様ッ!」


 アルベール様の、その胸に届いてしまう。


 時間が止まってしまったかのような、そんな錯覚に陥る。あるいは、本当に止まっていたのかもしれない。なにせ、これは夢である。

 私の認識がそうであったのならば、実際にそうあっててしまっているのかもしれない。


 なんとか手を伸ばそうとしてみるも、彼の体まで届かない。……そもそも、すでに私の手よりも先に、凶弾がたどり着いてしまっている。


 間に合わなかった。その事実だけが、ただそこに残っている。


 ぐらり、と。視界が大きく歪む。もう間もなく、夢が終わるということだろう。

 伸ばした手が握り込んだのは、ひとつのおおきな進歩と。そして、あまりにも大きすぎる、自分の無力感だった。






 ベッドの上。身体を起こしながらに、思考を巡らせる。


 今回の被害者も、やはり、アルベール様だった。


 正直なところ、そうだろうなとは思っていたし、だからこそ、既にアルベール様には手紙で報告済みだった。


 だがしかし、今までは。いちおうは曲がりなりにも、殺害されたその場面を見たわけではなかった。

 そこにあったのは、銃声のような破裂音が聞こえて。それとほぼ同時、夢から現へと引き戻されるという、ただ、それだけ。


 無論、それらが経験則から、おそらくアルベール様の身になにかがあったことに依るものだろうという、そういう推測自体はあった。

 けれども、確証はなかった。

 だからこそ、私は心のどこかで、もしかしたら違うかもしれない、と。

 そもそも、今のところは、イザベラ自身が森に関わりそうな案件でかつ、猟銃が引き合いに出てくるような場面が、ルイーズたちエルフェ家からの商談に伴うものしかない。

 そして、そこにはアルベール様が関わることはないだろうと、そう思っていたから。……そういうことがあったから、そんな希望的観測でしかない勝手な願望に。少しだけ、心を委ねようとしてしまっていた。

 ……今思い返してみたら、言ってしまえばこれも、私が縋りたい仮定にただただ縋ろうとしていただけなのだろう。


「とりあえず、今、やるべきことをしましょう」


 ひとまずは、アルベール様への再度の報告。より、強い警告を彼に伝えなければいけない。

 以前のものは、可能性ばかりであったり、凶器が不明、被害者が不明であったりした。

 だがしかし、今日の夢によって、そのあたりが確定した。確定してしまった。


 イザベラはゆっくりとベッドから降りると、そのまま机に向かう。

 例によって引き出しの中から専用の紙を取り出して、今日の夢の内容についてをしたためていく。


(……私は、手が届かなかった。伸ばした手が、アルベール様の身体に)


 そんな後悔が、ぎゅっと身体を締め付けていく。


 わかっている。あれが、夢だということは。

 わかったいる。まだ、現実には起こっていないということは。


 けれど、たしかに。たとえ、夢であろうとも。

 イザベラの手は、届かなかったのだ。


 もちろん、言い訳ならできる。当然ながら、今回、イザベラは初めて踏み込むエリアに入った。

 だからこそ、マッピングのために周囲のことを覚えながらに歩いていた。

 ならば、真っ直ぐにあの場に走り切っていれば、間に合ったのかもしれない。


 ……けれど、


(それはあくまで、仮定の話だ。ただでさえ森の中は悪路。そこを満足に走り切れるかはわからないし。そうでなくても、今日の夢では、アルベール様まで、距離があった)


 視界には収められたけれど、手が届くまで、遠い。

 それが、夢な中でイザベラが感じたことだった。


 はたして、全力で走り切って。それで、手が届くのか。

 ……いいや、届かさなければいけない。


 この夢が、ルイーズたちに招待されたエルフェ邸の森で行われるものなのかは、わからない。もしかしたら、それよりもずっと先なのかもしれない。

 だが、少なくとも。こと今回のことについては、エルフェ家との会談以前に入る可能性は、余程のことがない限りは無いと見ていいだろう。


 ならば、まだ、時間はある。

 多いとは言えない。決して余裕があるわけではない。

 けれど、まだ、探せる。打開をするための、その手段を探す、時間が。


 わざとらしく、私が机の上から目をそらすと。いつものごとく、その一瞬の合間に紙が机の上から消える。

 とりあえず、これで大丈夫だろう。ふう、と。大きく息をついて、椅子の背に身体を投げ出す。


 ちょうどそんなタイミングで、自室の扉がノックされる。

 どうやら、サーシャが朝の支度を手伝いに来てくれたようだった。


 私がどうぞとそう伝えると、彼女は恭しく頭を下げながらに、失礼します、と。


「今日も書き物をされていたんですね」


「ええ。少しね」


 私が半分正直に、半分誤魔化しつつにそう言うと。しかしながら、サーシャは少し複雑そうな顔をしながら。


「お嬢様。その、一介の侍女風情が、差し出がましいことかもしれませんが。なにか、隠し事をされていませんか?」


「……サーシャ」


 驚かなかったといえば、嘘にはなる。間違いなく、その指摘にドキリとした私が居はした。

 だがしかし、サーシャは私の側付きをしてくれている侍女だ。

 常に私のことを気にかけてくれている彼女なのだから、私の様子に対して思うことがあっても不思議ではない。


 だが、はたして彼女に伝えていいことなのだろうか。

 サーシャは、仕事に真面目な人間だ。

 侍女の中には噂好きな者もいるし、そういうのも人それぞれ、その人の性というものなのだから仕方ないというか、そういうものなのだと割り切っている。

 だからこそ、たとえ侍女に対してであったとしても、家の内情について、話せないことについては話したりしない。

 だからこそ、たとえ味方だと確信できているとしても。侍女相手に、アルベール様のことを伝えることは、できない。


 しかし、サーシャは、先述の通り、仕事に真面目だ。


 だからこそ、彼女であれば話しても問題はない。問題自体は、ない。


 けれど、


「サーシャ。私は、貴族です。隠し事をしなければならないのは、立場上仕方のないことです」


「そう、ですか。……申し訳ありません、出過ぎた真似を」


「いえ。あなたは自身の仕事を全うしようとしただけでしょう。気にしないでください」


 ただ、はたして彼女を巻き込んでいいものなのだろうか、と。


 サーシャは、私の言葉に肯定の言葉を返しつつも。しかしながら、その顔は少しだけ暗かった。


 サーシャが頼れない存在というわけではない。むしろ、力を借りれるのならば、強力な味方ではあることだろう。

 アルベール様の腹心(かげ)ほどではないものの、それなりに諜報などもできるし。そもそも、優秀な彼女の頭脳が借りられるだけでも大きいだろう。

 しかしながら、ことが大きすぎる。彼女に一方的に背負わせていいものか、と。そう思ってしまったのだ。


 おそらくははぐらかされたその理由を、自身の力不足だと思っているであろうサーシャに。そうではないと声をかけてあげたいものの。しかしながら、それを説明することができないもどかしさに。私は心の中でごめんなさい、と。彼女に謝った。






     * * *






 気づいたのは、いつからだったろうか。おそらくは、違和感自体はかなり前からあったように思う。

 しかしながら、それが確信に至るようになったのは、ここ数日のことだった。


 イザベラお嬢様は、最近、朝早くに起きて書き物をされている。

 それ自体は全く以て変なことではない。勤勉な方なので、朝早くに目覚めたから、時間つぶしのために勉強を、というのは自然な話だ。


 だがしかし、数日前に同じようなことがあった際、気づいてしまったことがひとつあって。

 ……それは、直前まで書き物をされていた、と。お嬢様がそう仰られていたにも拘らず、机の上に紙のたぐいがなかったということ。

 不思議なことに筆記具はあるというのに、それを書きつける紙がない。


 自然な流れとして考えるならば、わたしがやってきたことによって片付けた、ということだろう。

 しかし、それにしてはお嬢様にしては珍しく、筆記具を片付けていない。一度であれば偶然と断じていいだろうが、それが一度ではなく、数度起こっていて。

 そして、今日もそうであった。


 で、あるならば。お嬢様は私がやってきたがために、それまで使っていたものを片付けた、のではなく。

 見られてはいけないもの――例えば書かれていた物事の内容がそうであるとか――がそこにあるからこそ、隠したのではないだろうか、と。


 だからこそ、差し出がましいと自覚しながらも。思わず、私はイザベラお嬢様に質問をしてしまった。

 なにか、隠し事をしているのではないか、と。


 その質問に、お嬢様は少しだけ考えてから。直接的な言葉では返さなかったものの。

 隠し事はある、と。私の疑いに対して、否定をすることなく。


 そうして、迂遠ながらに。私が関わる案件ではない、と。そう言われてしまった。


 直近のことであれば、以前ご当主様より仕事の話で呼び出されていた案件であろう。

 そのことについて、話の内容がなんであったかは知る由もないが。しかしながら、それ以来にエルフェ家に対しての情報収集が家令から使用人たちに対して仕事として振り分けられていた。私は、お嬢様の側付きであるために、関与してはいないが、話としては聞いている。

 だからこそ、タイミング的に考えるならば、それに関する話であろう。家としての繋がりは薄いものの、寄宿学校時代に良き友人でいらしたルイーズ様のご実家であるエルフェ家からの業務提携について。


 だがしかし、そうではないと。そう、やや確信めいたものを持っている。

 理由は明白。お嬢様の異変に関するはっきりとした確証を得たのは最近ではあったのものの、変化そのものに関しての素振り自体は、それ以前からあったから。


 無論、可能性として、エルフェ家との仕事の話が関係していないとは限らない。むしろ、最近お嬢様が件の不審な書き物をする頻度が増えているところを見るに、なんらか関与自体はしていると考えたほうがいい。


 だがしかし、根底にあるのは。……お嬢様をなんらか蝕んでいる障害は、もっと根底のところにあると。そう、思うのだ。


 私は、イザベラお嬢様に使える側付きの侍女として。彼女に付き従うに相応しい侍女であろうとしている。……つもりだ。

 公私をしっかりと分けようとするお嬢様に倣うように、しっかりと、感情は感情として仕事とは切り離すように心がけている。

 だけれども。


 ――わかっている。お嬢様とて、悪意あって私を離したわけではないだろう。むしろ、あのときの表情を見るに。私のことを思いやってのことであろう。


 それをわかっていたとしても。

 ぎゅっ、と。握り込んだ拳が、今の私が、そう在れていないことを明確に示している。


 悔しさが、もどかしさが。たしかに、そこにあった。 

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