#14
「失礼します」
コンコンコン、と。ノックして。中から、返事があったのを確認して、私は入室する。
執務室の中ではお父様が、待っていた、と言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「イザベラ、よく来てくれた」
「いえ。それで、サーシャから仕事に関する相談事と聞いていますが」
「ふむ。そうなんだ。……先方から、取引の提案がされたんだが、それを受けるべきかどうかで少し判断に悩んでいてな」
お父様のその発言に、私は少し首を傾げる。
それこそ、私が口を出す領分ではないだろうとそう思いつつ。しかしながら、差し出された資料に目を通す。
そして、なるほど、と。合点をする。
提案されている取引の内容としては、かなり、コチラにとって好条件であることがわかるものだった。
それだけをみれば、ブランシャール家との繋がりを持ちたいがために、やや不利益になることを込みに考えてでも取引を行いたいがため、というように解釈できなくもない。
しかし、そんなこと、当然お父様も理解している。だからこそ、彼が不可解に思っていて。なおかつ、私に対して意見を聞きたい、と。そう思っているのは。
「エルフェ侯爵家、ですか」
ブランシャール家と、家としての関わりは少ない貴族。更に言えば、家格としては伯爵家であるブランシャール家よりも上になる。
取引の内容は、ブランシャール領内の鉱山資源に関するもの。比較的新規に見つかったもので、最近になってようやく採掘や精錬などの準備が整ったものであった。
ブランシャール家としては、買い手がつくのはありがたい話ではあるが、一方でエルフェ家からしてみれば、わざわざ領地間の距離があり、輸送費が大きく掛かるブランシャール家から買う理由はない。より近いところに頼むか、あるいは、自身の派閥のところから買うほうがより安価に購入できることだろう。
見た目上では、不平等な取引だ。……もちろん、ブランシャール家が有利という意味で。
だからこそ、お父様からしてみればこの取引の真意がわからない。はたして、繋がりを求めるための取引であったとしても、下手に出るだろうか、と。そう邪推をしてしまう。
なにせ、ほとんど関わりがないために、社交会上で飛び交う噂以上には知らないからだ。
「無論、情報を買うことについても考えたし、取引をする場合は、いちおうそれはするつもりだ」
「ええ、それはそのほうがよいでしょう。ですが、情報を買うよりも、その前に」
「ああ。イザベラの。――唯一、エルフェ家との関わりがあるお前の意見が聞きたい」
そう。私は、エルフェ家と。もっと正確に言うならば、ルイーズ・エルフェ侯爵令嬢との関わりがある。
なんなら、先日に茶会を開いたほどである。
寄宿学校時代の友人であり、関わりがしばらく途絶していたとはいえ、彼女についてをよく知っている人間がいるのであれば、参考にしない手はないだろう。
「私が知っているのは、あくまでルイーズの。つまりは、エルフェ家の一部分にはなりますが」
「無論、それは理解している。だから、最終的には情報なんかはしっかりと揃える。だが、その前段階として、そもそもその一部分ですら警戒するべきなのであれば、そもそも辞めておくべきだろう?」
なんなら、世間体的なブランシャール家とエルフェ家の関係性についての評判で言えば、どちらかといえば険悪と認識されていることだろう。
実際のところは、少なくともブランシャール家としては無関係の無関心。イザベラ個人としてはルイーズには好感情を抱いているのだけれども。
そんな世間からの評判の原因となっているのは、おそらくはイザベラとルイーズのせいであろう。
もちろん、イザベラとルイーズの個人としての話でいえば友人であり、好い仲であるのだが。しかしながら、私やルイーズと親しい仲である人物でなければ、そんなこと知る由もなくて。
そういった人たちからしてみれば、私たちの関係性は、アルベール様の婚約者の座を巡って、最後の最後まで争い続けた敵同士である。
最大のイメージであろうそれを鑑みれば、険悪である、というイメージがつくのも理解できる。
(……それに、あくまでこれは、私の視点だからこそ、言えることではある)
そう。勝った側の人間だからこそ、言えるようなことではある。負けた側であるルイーズからしてみれば、実際のところ、彼女がイザベラにはたしてどのような感情を裏に隠しているのか、ということはわからない。
ただ、少なくとも先日の茶会での彼女は、悪感情のようなものは抱いていないように感ぜられた。もちろん、彼女も貴族であるために、真意が別であったとしても隠している可能性はある。特に、あの場にはアルベール様もいらっしゃった。
だが、しかし。
「私は、この取引については受けても問題がないと、そう、思います」
ルイーズの性格を。少なくとも、私の把握している限りでの彼女の性格を鑑みるのであれば、あのときの彼女の感情は、表に出していたそれのそのままであろう。
ルイーズは、嫌な相手に対してはハッキリとその旨を伝えることが多い。勝負を仕掛けるにしたとしても、しっかりと正面から、正々堂々と行いたがる。
貴族としてどうなのだ、というところでもあるが。むしろそれこそが、彼女の貴族としての矜持なのであろう。
まあ、そういった都合があって。むしろ、深読みをされすぎて恐れられ、敬遠されることも多かったのだが。
この取引の内容を読んでいても。まるでルイーズ本人と対面しているような。彼女と話しているような、そんな感覚を抱く。
だからこそ、エルフェ家はこの取引自体を本気で行いたいと思っている。もちろん、やや不平等な取引である以上、そこに他の意思があるということは間違いないだろう。だからこそ、警戒自体は解いてはいけない。
だが、その他の意思を押し通すために家格という拳を振りあげず、こちらにとっての利益になるような提案をしているのは。エルフェ家が好い取引をしたい、というそういう意志があるからだろう。と、推測できる。
あくまで、エルフェ家の一部分であるルイーズの性格から鑑みれば、という話ではあるが。
「なるほど。イザベラの意見としては、そうなのか」
「はい。エルフェ家全体としてはわかりませんが、少なくともルイーズについては、友人として、十分に信用していいとそう思います」
「……そうか。わかった」
お父様は、そういいつつ。ゆっくりと、顎に指を当てながら、しばらく考え込んで。
「前向きに検討しつつ、情報を揃えて置くことにしよう。イザベラも、準備をしておいてくれ」
「準備、ですか?」
「ああ、この取引についての話をする際に、同行してくれ。おそらくは、お前とルイーズ嬢とが友人であるからだろうが、都合がつくならば是非、と。そう書かれていたのでな」
聞けば、表向きとしては貴族同士の交流の場としてセッティングされており、その場での話としてこの取引を進めていく予定のようだった。
おそらくは、互いの親睦を深めるという目的も含んでいるのだろう。特に、繋がりを結ぶという意図を含んでいる取引であれば、その目的はより重要なものになってくる。
「わかりました。私も一緒に行きます」
そういえば、ルイーズが茶会のときに、なんらか言っていたのを思い出した。あのときの話は、おそらくこの取引についての話であったのだろう。
まだ、確定的でないから詳しくは言えないが、と。そう言っていたものが、こうして決まったのだろう。
「手紙の方にはマリエル嬢も日取りが合うならば是非と書かれているが」
「そちらについては、私から聞いておきます」
おそらくこちらは、ルイーズが気を利かせてくれたのであろう。あのとき、彼女も是非に行きたいと言っていたから。
ということは、ミシェルも来るのだろうか。
そんなことを思っていると、お父様がふと思い出したかのように「そういえば、久しく使っていなかったし、取り出してメンテナンスをしておかないとな」とつぶやいていた。
「メンテナンス、ですか?」
「ああ。交流の一環として、狩猟をしないかと誘われていてな。ただ、猟銃はしばらく使っていなかったから、調子を見ておかないといけないと思って」
「猟、銃……」
「イザベラ、どうかしたか?」
「……いえ、なんでもありません」
ただの、偶然の一致だろうか。
前回の一件については、偶然、予定していたお茶会のタイミングと、アルベール様の訪問のタイミングが一致してしまって。結果、どちらの予定もずらせずに、一緒に行うことになってしまった。
それとは違って、今回はあくまで、ブランシャール家とエルフェ家との話である。
で、あるならば。あの夢は。夢の中で聞こえた銃声は、関係がないだろうと。そう、思いたいのだけれども。
なせだろうか。無性に、嫌な予感がしてしまって。
どうにも、頭から離れようとしない。
* * *
その日も、夢を見た。
場所は、やはり見覚えながない森の中。昨晩夢に見たものと、同じだ。
「……偶然の一致、とは思いたいのですが」
だがしかし、改めてこの場所のことを思えば、たしかに狩猟のための場所と言われれば納得がいく。
前回の夢で、銃声に驚いた動物たちが逃げる音が聞こえたし、その、銃声の音も、合点が行く。
もちろん。では、ここがはたしてエルフェ家の所有する狩猟用の森なのか、とか。そういうことについてはわからないのだけれども。
けれど、前回の一件が偶然に、予定が合致してしまったのだ。今回ももしかしたら、なんらか理由ができてアルベール様がいらすかもしれない。
だとすると、猶予となる期間は予定されているエルフェ家での話し合いの日まで。さすがに両家の予定などもあり、日取り自体はやや先ではあるが、情報が十分に得られていない現状からしてみると、時間が潤沢にあるとは限らない。
今のうちから、しっかりと夢の中で、なんらか対策法を掴まなければ。
「しかし、それにしても。……どうしたものでしょうか」
銃声がしたのは覚えている。だがしかし、ただでさえ土地勘がない場所であることに加えて直前に走り回っていたこともあって、どちらから銃声が聞こえてきたのかということが全くわからない。
なにをすればいいのかが、わからない。
そう、思いかけた。その瞬間。
「――っ、マズい」
迷っていては、足がまた、地面に貼り付いてしまう。
重くなりかけたそれを、影から引き離すようにして、ぐっと持ち上げる。
なんとか前へと足を動き出させて、改めて、気を引きしめる。
しっかりと、自分を持たないといけない。弱く持ってしまっては、夢の中に飲み込まれる。
やるべきこと、やらねばならないことを考える。今、私がここで動けていないのは、場所がわからないからだ。前回、最後に聞こえた銃声の方向がわからないのは、無作為に動きすぎて、自分の場所を見失ったからだ。
……土地勘がないのなら、身につけるしかないだろう。
無論、それが容易でないことはわかっている。どこもかしこも同じような木が立ち並んでいる都合、どうしても目印などに乏しく、現在位置を見失いやすい。
他の植物なんかが目に付けばいいのだけれども、木々の枝葉によって日が遮られる都合、森の中には目立った植物が生えにくい。
けれど、だからといって弱音は吐いてられない。
似ている木が多い、とは言っても、全く同じではない。
進む向きに十分気をつけながら、周囲をしっかりと確かめながらに、一方向に進んでいく。
途中、キノコなどが目に入れば、特にしっかりと頭の中に抑えつつ、簡単に頭の中に地図を作り上げていく。
少しずつでいいから、わからないなりに、情報をかき集めていく。
歩み自体はちょっとしたものではあるが。しかしながら、一度場所を把握してしまえば、それを次に活かすことができる。
たとえば、次の夢では。さっきのキノコのところまでは足早に進んでしまって問題ない、ということになる。
地道な作業だ。途方もないやり方だ。
でも。やるしか、ない。
しばらくした頃、昨日も聞いた破裂音が森中を駆け巡る。急いで、方角を確認する。影の指す方向の、逆側。日の登っている方向からだ。
無論、木々の反響などもあって正確であるという保証はない。けれど、無策に突き進むよりかはずっといいだろう。
周囲の状況を可能な限り頭の中に叩き込みつつ、ぐらり、と。頭が重くなる。
どうやら、そろそろ時間切れのようだった。ギリギリまで、なんとか少しでも情報を拾いつつも。遠ざかっていく感覚、ついに意識を手放した。




