#12
その後、夢についての現状報告を軽く済ませ。ひとまず、今回直近で見ていたものについてがおそらく解決してたと見ていい、という。私とアルベール様との共通の判断が得られたところで、この場についてはお開きとなった。
「また、同様の夢を見ることがあれば、連絡をしてくれ」
「もちろんです」
今回の事件は、マリエルの勘違いによる独断専行。つまるところが、以前の毒殺未遂と関連性がない。
つまり、未だアルベール様を狙っている犯人がいる、ということになる。
「マリエルも、その際には、できるならばイザベラと一緒に行動してくれると助かる」
「は、はい!」
マリエルは緊張の籠もった声でそう答える。
実質的にマリエルへの罰として言い与えられたこれではあるが。しかしながら、事実上、表向きにはなんら起こっていないということを維持しなければいけない都合、彼女にとってほぼ強制力はない。
だからこそ、アルベール様も「できるならば」とつけているし。まあ、これに関しては貴族令嬢である以上、家の事情などで行動できないことが可能性としてあるから、ということなどもありはするのだが。
「イザベラ、そういうときは、絶対に呼んでね! 私、絶対についていくから!」
「……ええ、わかりました」
だがしかし、それらはいずれも、マリエルには通用しない話である。
彼女にとって、この罰は自身のしたいことと利害が一致している。その上、マリエル本人の性格とそれをよく知っている彼女の両親の考え方。それから、ブランシャール家とラングレー家とが仲がいいことなどもあり、ある程度事前に話を通しておけば、余程のことでもない限りマリエルは自由に立ち回ることができる。
変に息を巻いて、なんらかやらかしそうではあるものの。しかしながら、こうしてやる気になってくれていて。そして、元気そうにしているマリエルを見ると。小さく、笑みが浮かんでくる。
「……さて、さすがにそろそろ帰ることにするよ。今日は本当に楽しかったよ、イザベラ」
「それは、なによりです」
楽しかったこと以外、についても起こってはいるはずだが。
しかしながら、この件については不問であり、表には出せない。だからこそ、この場にいる全員が「なにも起きなかった」というテイでいる。
「それから、マリエル。君の行ったことについては、公にはならないものの赦されるべきことではない。だがしかし、今日行動をした君のその考え、理由については。しっかりと私も胸に受け止めておくことにする」
「…………ありがとう、ございます」
そうして、この場は。あくまでもなにも起きなかったものとして。ただ、私とアルベール様とが話していただけのものとして。マリエルと私とについては、屋敷に戻る途中でたまたま出会ったというテイを保つものとして。今回の事件は、収まることとなった。
アルベール様が帰られるのを見送ったあと。私の隣にはマリエルがついていた。
彼の乗る馬車の影が見えなくなったくらいで、マリエルの肩から力が抜けるのがはっきりとわかる。
「さて、マリエル?」
「うん? どうしたの、イザベラ?」
少しだけ、いつもの調子を取り戻したマリエルに。私はあくまで笑顔を崩さないままに。しかしながら、威圧感を込めつつ。
まるで、ただの世間話が始まるものだと思っていた彼女は、私のその様子の変遷に。緊張と戦慄とで顔を少しだけ引き攣らせて。
「後先考えずに行動するのはやめなさい、と。そのことが重大なことであれば、その分だけ十分に冷静になってから行動しろ、と。いつも言っていましたよね?」
「あはは、それはその。ええっと。……ひいっ!」
まるで蛇に睨まれた蛙のように、彼女はその身体を縮こまらせて。ほんの少しプルプルと震えながらに。
……まあ、このくらいでいいか。と、そう思ってしまうあたり、私自身も甘いのだろうけれど。だが、彼女の行動の理由を知ってしまった今となっては、一方的に強く責め続けられないというのも事実ではあって。
もちろん、万が一のことを考えると。今回の襲撃が成ってしまっていたならば。マリエルは両親共々連座させられていただろうし、現場となってしまったイザベラにとっても、不都合どころの騒ぎではないのだけれども。
しかしながら、結果論ではあるものの失敗に終わり。また、加えて今回の件が起こった要因は自分にもある。
そう。私自身が、キチンとマリエルに対して説明や相談を行っていれば、起きなかった事件ではある。……もちろん。では、それが可能であったか、と言われると全くの別問題になるのだけれど。
しかしながら、そういう事情が前提にあり、かつ、結果論的には全て不問で終わったとはいえ。こうしこれほどの事件に対してこの言葉で済ませてしまうあたり、以前からルイーズに口酸っぱく言われている言葉そのとおりなのが自覚できる。
「……あなたが、私のことを想って行動してくれたこと。それがたとえ赦されないことであっても、その心だけは、嬉しかったです」
「うん!」
「別に、褒めていませんよ。言ったとおり、心だけは、です。行動そのものについては肝を冷やすかと思いました」
「ご、ごめんなさい……」
塩を撒いた青菜のように萎れるマリエル。そんな彼女の普段とは違うその様子に。ふふっと、少しだけ笑みが漏れてしまう。
「そういえば、どうやって栽培小屋に入れたのです?」
「えっと、それは。その。……あはは、私、むかーしにイザベラのお父さんから、あそこの裏に入る道を教えてもらったことがあって」
なんとなく、そんなところだろうとは思っていたが。なにせ、最近はともかくとして、子供の頃にあの薔薇園に強い関心を抱いていたのは私よりもマリエルだったし。そんな彼女に、お父様は好い感情を抱いていた。
マリエルの性格のことだから、イタズラなどの不利益を行うことはないだろうし。そのときに、教えたのだろう。
そのあたりの把握が漏れていたことが、今回のことを引き起こしたのだと思うと。やはり、なんだかんだでマリエルは侮れないな、と。そう感じる。
完全に不意を突かれた。夢のことがあったから反応できたが、それがなければ、と思うと恐ろしい。
行動力と思い切りの良さ。そして、自分の手持ちのカードの中から、それを実行に移せるようにするだけの機転がある。
「頼りにしていますよ、マリエル」
「……ッ! うん!」
実際、頼りにしているのは本当だ。マリエルは軽率に動いてしまうことこそあれど、本人の力量だけは本物だ。学校での評価としては運動系統の成績が非常に高く、勉学方面はそれなり、ではあったが。しかしながら、追いついていないのは知識面。思考や観察については、非常に頼りになる。
それに。なんだかんだで身近に事情を把握している友人がいるというのは大きい。
今までは、今の私の抱えている夢について知っているのはアルベール様しかおらず。強いて言うなれば彼の腹心の方も把握はしているのだろうが、いずれにしても気軽に話せる状況ではない。
当然だが、誰かに話して見るなんてことも原則的には不可能なわけで。そうなってくると、このことについてはどこまで行っても、自分で抱え込む他なかった。
だが、マリエルが事情を知ったことにより。気軽に、とまではいかないにせよ、話すことができる相手か生まれた。
精神面のことを考えると、この差は大きいだろう。
「なにがあっても、絶対に守るからね!」
ふすー、と。興奮気味に息を巻くマリエル。
どうやら、本人に精神的な支柱になれているというその自覚はないようだが。まあ、そのほうがマリエルらしいとも言える。
「この、突っ走り癖がなければ、いいのですが」
なんとも、存在としてはありがたいものの、扱いの難しい親友を持ったものだ。と、苦笑いを浮かべながらに。私は小さく呟いた。
ひと悶着あったということもあり、ルイーズとミシェルを待たせる形になってしまっていた。
私の方はアルベール様との話が少し長引いた、とそう言えば問題ないが。しかしながら、マリエルの方が離席の理由をお手洗いと言っていたために、あまりにも長すぎると不自然ということで、帰りにたまたま出会って、その場で今日の所作云々などについてを少し話し込んでしまった、ということにしておいた。
それならば、ふたりで揃って戻ってくることにも、比較的納得しやすい理由がつくために都合がいい。
「しかし、アルベール様がいらっしゃるというイレギュラーはあったものの、今日はとても楽しかったですわね」
ふふふ、と。上品に笑いながら、ルイーズがそう言う。隣に座っているミシェルも、それに倣うようにして首を上下に動かしていた。
こちらとしても、それだけ満足してもらえたのなら、招待した甲斐があったというものだ。
「今回は招待を受けた側でしたし、今度はこちらにいらしてもらう形にしたいですわね」
「予定などの都合もあるでしょうけど、そのときには、是非」
「ええ、もちろん。それに、意外と機会はそんなに遠くないかもしれませんし」
なにやら付け加えられたその言葉に、私は首を傾げる。
ルイーズは「まだ、正式には決まっていないので、詳しいことは言えないんですけれど」と。そう言って。
それならば、これ以上追及することはしないでおこう。
少なくとも、こうして示唆をするということは、悪い話ではないだろうし。
「ねえ、ルイーズ。そのときは私も呼んでくれる?」
「むしろ、なんで除外されると思ってるの? あなたも、当然ながら私の大切な友達ですから」
そう、真っ直ぐに。ルイーズからマリエルに向けて伝えられる。
その、あまりにもストレートな物言いに。珍しくマリエルが押され気味になりつつ。少し、照れていた。
「ともかく、今回はマリエルに感謝してるんですよ? こうして、再びイザベラやマリエルと交流できるようになったんですから」
優しい言葉が、マリエルに投げかけられる。
たしかに、彼女は今回問題を引き起こした。とてつもない問題ではあった。
だがしかし、それと当時に。私たちにとって、大きな一歩を踏み出すキッカケにもなってくれていた。
「ありがとうございます、マリエル。これからも、よろしくお願いしますね」
「うん! こっちこそよろしくね、イザベラ!」
* * *
「しかし、本当によろしかったんですか?」
「それは、マリエルの処遇についてか? それについは、先程話したとおりだが」
腹心の彼が、そう確認を取ってくる。普段は原則感情を表に出してこない彼だが、珍しく、声に動揺が乗ったままである。
「ですが、悪感情を抱かれているのを把握した上で、事実上の罰がない状態で実質の放置、とは」
彼の言うことは、あながち間違ってはいない。国家反逆罪に相当する行動を行ってしまったにも関わらず。たとえそれが非公式の場で、かつ、完全に秘匿された状況で行われたとはいえ、罪を与えず、放置するなどあってなならない。
そう。放置ならば、あってはならない。
「なにも放置しているというわけではない。言っただろう、イザベラの警護にあたるように、と」
あの言葉は、もちろんイザベラの身を案じてのものではあるが。しかしながら、それだけが目的ではない。
そのほうが、確実で。なおかつ、最良の効果を得られると確信しているからだ。
「マリエルは、自分で考えて行動することを苦手としている。しかしながら、行動力。とりわけ、思いついてすぐ行動するということに於いては抜きん出て優秀だ」
そして、それはイザベラとは真反対の性格であり。でこぼこながらに、彼女らは今まで互いの不得意を補いながらに行動してきていたように、アルベールの視点からは見えていた。
特に、マリエルについてはその性質が強い。なんだかんだで一人でやりきれてしまうイザベラはあまりその性質が強くは出ないが、マリエルは、まさしくはっきりと浮き彫りになる。
「彼女は、誰かの指揮系統。特にイザベラの元で行動しているときが最も自身の能力を発揮できる。それに、その状況下ならば、マリエルの制御はイザベラの手により一括で行える」
ただ放置するだけならば不安要素がひとつ宙ぶらりんになるだけだが。しかし、イザベラの元に置いておくだけで、不安要素が消えるだけでなく、こちらの戦力として数えることができる。それも、かなり大きなものとして。
それならば、わざわざ大事にして彼女を隔離するよりも。大きなリターンがあるだろう、という判断だ。無論、世情の操作という理由もあるが。
「しかし、あの様子を見る限り。イザベラの予知夢体質は昔からのようだな」
マリエルが、そのことについて把握しており。そして今回の話をしたときも、多少驚きはしていたものの、逆に言うならばその程度ではあった。
「つまり。やはり彼女の狂言ではない、ということでしょうか?」
「もちろん、その可能性が完全に否定できるわけではない。……無論、マリエルの性格や嘘への不得手を考えれば、あまり強くはない線だが」
むしろそれすらも折り込みで演技をされたのなら、完全に一杯食わされた形になるが。……まあ、一度その線は置いておいていいだろう。
ただし、必ず、考えから外してはいけない。今回のことも。前回のことも。イザベラならば、計画を立てて、防ぐところまでを作り上げることができる、ということは。
「……しかし、夢、か」
「なにか、心当たりがあるんですか?」
「まあ、な。……少し、似たようなことを言っているところを、過去に見たことがあるからな」
無論、彼女は誰にも相手にされていなかったが。
そんな昔話についてを、少し考えつつ。馬車はカラカラと小気味の好い音を立てながらに車輪を回していた。




