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#11

「嫌いだったのは、そのとおりです。それが、とっても嫌だったのも。アルベール様の仰るとおりです」


 ゆらり、と。それまで黙りこくっていたマリエルが、ゆっくりと口を開いた。

 私も、アルベール様も。その彼女の言葉をジッと待つ。


「でも、殺したいほど、嫌いではありませんでした。……少なくとも、そのときは」


「では、そうなった時期、理由があるというわけだな」


 マリエルは、コクリと頷いて。

 そうして、また、話し始める。


「以前の夜会。……イザベラが、アルベール様の体調不良を具申した、その夜会の、その少し前からです。いえ、それよりも前からも少しずつ悪くなっている様子はあったけど、顕著ではなかったかな」


 マリエルは俯きながらに話を続ける。

 ……そう。マリエルは、イザベラと、仲がいい。仲が良かったからこそ、知っていたことがあった。


「イザベラが眠れなくなっていたんです」


「――ッ」


 私とアルベール様とが、揃って息を呑む。

 仲が良かったからこそ、マリエルはイザベラが睡眠不足に悩まされていることを知っていた。

 そして、それが悪夢に依ることも知っていた。


「そして、その原因の一端が。アルベール様であることも、なんとなく、察知してしまって」


 彼女に、なにかしらを漏らしたとか。言葉で伝えたということはない。

 だがしかし、なんとなくか、あるいは、行動の端々の断片から。マリエルは、その結論に行き着いた。

 そして、それは、いちおうの意味では正しくて。


「最初は、そりゃ、アルベール様にイザベラが取られるのは嫌だった。でも、それと同時に、イザベラがとても嬉しそうだったから、納得はしてた」


 けれど、状況が変わった。イザベラが、アルベール様に絡む事柄で、苦しい思いをしているのを知ってしまった。

 それゆえに、彼女はアルベール様のことを許せなくなっていった。


「イザベラがアルベール様と一緒になることが、イザベラの幸せになるってそう思ってたから! 自分の気持ちとか全部押し殺して、イザベラのことを祝福して、アルベール様に託そうってそう思ってたのに。でも、……でも!」


 彼女の悲痛な叫びに、イザベラはギュッと拳を握りにしめる。

 だからといって、じゃあマリエルの行為が褒められたものかというと、間違いなくそんなわけもなく。

 そもそも王族に向かって刃を付き立てようとするなど、どんな理由があろうとも赦される行為ではない。


 しかしながら、その行動の理由に自分がいて。自分が彼女に心配をかけてしまっていたからこそ、今回のことが起こっているのだということを知って。後悔が生まれる。

 キチンと状況について話しておくべきであったかもしれない、と。


 到底信じられるような話でもない。そして、下手に漏らすべき話ではない、と。そう思っていた。だからこそ、イザベラはアルベール様が殺される夢についての話を彼以外には話していなかった。

 もちろん、マリエルにも。


 だがしかし、マリエルはイザベラにとって近すぎる人物であった。それこそ、イザベラが見る夢が現実に起こりうるということを知っているくらいには。

 そして、大きい信頼をイザベラに置いてくれている人物でもあった。

 まあ、まさかその信頼がこんな凶行に走らせるまでとは思ってもみなかったが。しかしながら、話しておいても良かったのかもしれない、と。そうも思っていた。

 そうであれば、少なくともイザベラがある程度マリエルの行動を制御して、こうして後手の対応になってしまう事態は防げただろう。無論、その代わりにイザベラに別途仕事が降りかかることにはなっただろうが。


「マリエル。私が今、十分に眠れていない、というのは事実です。その原因がアルベール様であるというのも、あながち間違いではありません」


「……やっぱり」


「でも、それは私が望んだことなのです」


 私のその言葉に、マリエルははっと顔を上げて。どういうこと? と。言葉としてそうは出さないまでも。あからさまに顔にそう写して。

 そんな彼女に、やはり、きちんと話しておくべきだっただろうか、と。しかし、もう過ぎてしまったこと。たら、であるとか、れば、であるとか。そういうことを言ったところでどうにもならないのはよくわかっている。


「マリエルは、私の夢についてをよく知ってますよね」


「えっ? う、うん」


「私が悪夢を見ているのは、つまるところが、そういうものです」


 これだけ言えば、彼女にはイザベラの見ている悪夢が、現実に起こりうるものだということが理解できただろう。

 そして、マリエルもバカではない。いや、傍から見ればバカなことをしている、とそう評価されることが多い彼女ではあるが、どちらかというとバカというよりかは十分に考える前に行動を起こすがためにバカに見える、という方が正しい。

 つまるところが、バカなのではなく考えが十分ではないのだ。


 私がアルベール様の方へと少し視線をやると、彼は目を伏せて小さく頷く。自由にしていい、ということだろう。

 まあ、ここまで関わってしまったのだから、下手に隠しておくほうがむしろ変な誤解を生みかねないだろう。


「あの夜会で、私がアルベール様の体調不良を指摘した、ということをマリエルは覚えていますよね?」


「う、うん」


「あのとき、アルベール様は別に体調不良でもなんでもなかったのです。アルベール様は、私の狂言に即興で合わせてくださったに過ぎないんです」


 そうして、私はマリエルに向けてこれまでの事情を話す。夢でアルベール様が服毒死しているところを見たこと。それがあの夜会であったこと。

 毒殺を目論んだ犯人が、未だ見つかっていないこと。それゆえに、イザベラもアルベール様も、警戒をし続けているということ。


「……ちなみに、今回のことも。最近、ずっと夢としてみていました。それゆえに、寸前で対処することができたのですが」


 マリエルは、バカではない。だからこそ、こうして考えるための時間と情報とを与えて。そしてしっかりと考えるように促してやれば、マリエルは人並み以上にキチンと理解する。理解、できる。


 サアッ、と。マリエルの顔から血の気が引く。

 マリエルが。いかに、自分がとてつもないことをしでかしていたか。

 自分の行動が、勘違いで。そして、自分自身がイザベラを苦しめる遠因になっていた、ということ。それを理解したからだ。


 もちろん、これについてはイザベラもマリエルを責めることはできない。

 こうなってしまったのは、イザベラがマリエルに事情を話していなかったからだ。それが簡単に話せるようなことではない、ということは重々承知の上で。


「い、イザベラ! 私、私! その! いっつもイザベラにちゃんと考えてから動きなさいって言われてたのに、それなのに……!」


「マリエル。謝るべきは、私ではないでしょう」


「あっ」


 当然、ではあるだろう。

 マリエルが謝るべきは、私ではない。もちろん、彼女の行動によってなんら不利益を被っていないかというと、そういうわけではないのだが。しかしながら、直接的になにかされた、とか。そういうわけではない。

 だがしかし、この場にはあともう少しでマリエルが原因となって命を喪う事態になりかねなかった人物がいるのだ。


「あの、えっと。……アルベール様。その、今回は、私が考え無しに、ええっと、その」


 なんとか言葉を紡いで、謝罪の言葉を作ろうとするマリエル。だがしかし、マリエル自身こういったことがなれていないということに加えて、現在の彼女は様々な感情が綯い交ぜになりつつ、また、動転しているという事実もあって、どうにも言葉がまとまらない。


「マリエル。君がそういうことが苦手ということは知っている。だから、言いたいことだけ、シンプルに言うといい」


 それをアルベール様も理解しているからこそ、彼はそう助け舟を出す。

 ただひたすらにシンプルな言葉であったとしても、マリエルにとってはそれが本音であり、本当にそう思っているということが伝わると、そう理解しているから。


「えっと、その! ごめんなさいっ!」


「私からも、謝ります。アルベール様。今回は私の友人が失礼では収まらならないことをしでかしてしまったこと。それについて、事前に他のやりようがあったというのに、それに気づかず、行わなかったことを」


 並んで、私も頭を下げる。マリエルの行動が私のためであり、私のせいでもあるということを知ってしまっては、私も謝らざるを得ない。


「ふたりとも、頭を上げてくれ。……それから、マリエルの拘束を外してくれていい」


「……よろしいのですか?」


 腹心(かげ)の方が、緊張の籠もった声でそう言う。


「大丈夫だ。誤解は大方解けているし、その上でマリエルが私を襲う理由がない。それに、先程の不意打ちと違って今度はなにかがあったとしても対処ができる状態だ。問題ない」


 マリエルとて、バカではない。この状況でヤケになったところでどうにもならないことは理解しているし。万が一そうしてしまった場合に今度こそイザベラごと処分を下されるかもしれないということも理解来ている。

 やや慎重にではあるものの、マリエルの拘束が解かれる。マリエルはアルベール様に指示され、立ち上がって。


「さて。それでは処遇について話すこととしようか」


「――ッ」


 マリエルの顔に、ピシャリと緊張が走る。おそらくは私も同じくなっていることだろう。

 当然の話だ。マリエルはアルベール様に対して不敬では言い表せないほどのことをした。殺害未遂だ。

 それが果たしてどういう動機から行われたものであるとしても、それが赦される行為であるはずもなく。で、あるならば処分が下されるのは当然。


「とはいえ、先程のイザベラの説明からも理解しているとおり。私は今、かなり厄介な状況下にいる。そして、イザベラも同じくだと言っていい」


 アルベール様の命が狙われているということ、それについて、私自身も関係する身になってしまっているということ。

 今回のマリエルの件については、感じていた違和感がそうであったように、おそらく件の毒殺未遂とは関係ないと見ていいだろう。

 で、あるならばまだあの事件は終わっていない。警戒は、未だ解けない状況になる。


「マリエルにとっては、許しがたい状況であるのには変わりないとは思う。君の指摘について、私としても否定できないところがある。イザベラを、利用する形になってしまっていることには、なんら違いがないからだ」


「それ、は」


 マリエルか少し口を開きかけて、しかし、すぐに言葉をつまらせる。


「しかし、そうする他ないというのも事実なんだ。その点については、理解をして欲しい」


 そして、その上で、と。彼はそう前置いて。


「今回の件については、不問とする」


「……えっ」


 私とマリエルの発言が揃う。アルベール様の腹心(かげ)も、動揺を見せる。

 まさか、誰一人としてそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。


「無論、表向きには、という話ではあるが。とはいえ、都合のいいことに、この場には私たちしかいない。なにか証拠が残ることが起こったわけでもない。だからこそ、揉み消しができる」


 多少薔薇が荒れてこそいるものの、それについては誤って私が転んでしまったなど言い訳すれば、誤魔化しは十分利く。

 つまり、彼の言うとおり。全てを無かったことにできる。


 だがしかし、マリエルや、あるいはイザベラの立場からしての利点はあれど、アルベール様からしてみれば、これを隠蔽する理由があるのだろうか、と。


「なぜ、という顔をしているな。だが、そうするのがもっとも都合がいい、と。そう思っただけだ」


 そう言って、彼は理由を説明してくれる。

 聞けば、なるほど。理屈が通った話だ。


 つまるところが、イザベラとアルベール様。その両者が正体不明の誰かから狙われているこの状況で、下手な騒動を引き起こすべきではない。と。

 特にマリエルはイザベラの親しい友人である。それは、社交界に於いても周知の事実として広まっている。

 そんな彼女が不祥事を起こしたということが広まってしまえば、イザベラの立場にも不都合が起こりかねない。

 犯人に、そのような隙を見せるべきではない。そうなれば、そこをうまく付け込まれてしまうだろう。


「だからこそ、不問とする。……まあ、都合今回のパーティについては、起こったことは不問とすると、最初に言っていたこともあるしな」


 と、彼は冗談めかしながらにそう言う。

 この場については、もはやパーティの範囲からも外れているだろうし、加えて行為のそれも、無礼講の領分からは外れているだろうが。しかしながら、彼はそう言って、だから、この件については問題としない、と。


「だが、あくまで表向きとして、だ。実質的には、キチンと処分は下す。……とは言っても、そう構えないでいい。表向きに問題にできない以上、そう直接になにかということはない」


 そう言いながら。そしてアルベール様は少し笑って。「それに、君にとってもある意味では都合がいい話だろう」と、そう言って。


「イザベラの悪夢のこと。そして、私の殺害未遂のこと。それらを知った以上、下手に置いておくよりも、関わらせてしまうほうが、こちらとしてとやりやすい」


 特にマリエルの場合は、そのとおりだろう。

 考えを飛ばして行動することが多いものの、ポテンシャルだけは高いのだ。だから、下手に野放しにするくらいなら、手元に置いて制御するほうが、確実だし有益だ。


「イザベラの身辺警護――とは言っても、基本的には彼女と一緒にいるときだけでいい。可能な限り、彼女に協力し、守るように。それを、罰として言い渡す」


「――はいっ!」

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