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#10

 そう感じたのは、直感からではあった。根拠なんてものは微塵もない、ただただひたすらな、なんとなく。


 だがしかし、それで言うならばもう既に夢なんていう、さらに根拠のないふんわりとしたものを頼ろうとしているだろう、と。頭の中のイザベラ自身がツッコミを入れる。


 で、あるならば、と。今やるべきことを自分自身に自問する。


 しかし、考えるべくもなく、答えなど見えきっていて。

 なにせ、イザベラの本能は考えろ、と。自身に対してそう訴えかけてきているのだ。


 ならば、必死になって頭を回す他ないだろう。


 アルベール様が、心配してくださっている。それに対してなにも返せていない自分の態度は不敬に当たるだろうが、しかし、今はそれよりも、なによりも。知ることに貪欲になるべきだと思った。


 少しでもいい。なんだっていい。気づくべき事柄がないか。あるいは、見落としているものがないか。

 記憶の中の夢の光景と。そして、現実の周囲とを交互に見回しながらに観察をしていく。


(夢の中では、なにが起こっていた?)


 記憶は断片でしか残っていない。だがしかし、それを繰り返していたからだろう。

 刺されていたそのシーンに関しては、強く、焼き付くようにして残っている。


 突如としてアルベール様が何者かによって、胸を一突きされてしまう。

 あまりに突然過ぎたがために、イザベラは手を伸ばすものの、その凶行を止めることはできず。そのまま視界がぐらりと傾き、地面に向けて落ちていって――、


(……いえ、少し待ってください。それは、たしかにおかしい)


 それも、なぜ気づいていなかったのか。それも、おかしなことはふたつもあるじゃあないか。

 だがしかし、どうして気づいていなかったのかと聞かれると、もっとずっと、他のことばかり気にしていたからだろう。例えば、この夢の場所はどこなのか――であるとか。


(いいえ、言い訳なんてそんな真似はやめておきましょう。今はそれよりも、コレを考えるために、頭のリソースを使いたい)


 イザベラ自身が感じた、違和感。その答えを探るべく、改めてそれについてを確認する。


 まず、第一におかしいことが、私もアルベール様も。その突然の攻撃に対してなんら防御姿勢であったり、あるいは阻もうという行動をしたり。つまるところが、全くもって反応ができていない、ということだ。

 少なくともイザベラの忠告によって警戒度が高まっている状態だ。それだというのに完全に意表を突かれているという状態を鑑みるに、普通の状況ではない。


 正直、言っては悪いが。今のイザベラやアルベール様であればたとえそれが共通の旧知の仲であろうとも、面と向かって話す際には、それなりに警戒を敷いた状態で応対する自信がある。それは相手を信じていないからではなく、ふたりともがイザベラの夢のことを信じているから。信じるしか、頼りがないからとも言い換えられるが。


 では、そういう状況でもなく。しかし、ふたりがともに反応できないほど、不意の攻撃が飛んでくる必要性がある。


 つまり、それほどに前方の視界が限られている。あるいは、なにかしら視界を遮ることができるなにかがそこにあることが必要になってくる。


 ぐるりと周囲を見回してみるが、さて、どうだろうかこの場所は。

 ……薔薇の低木がいくつも並んでいて。お世辞にも視界の確保という意味合いでは、良好とは言えない。


 そして、もうひとつの違和感。それはアルベール様の腹心(かげ)が対応できていないということ。

 ある意味では先程のことと同様に扱うこともできなくはないが、これに関しては程度が大きく変わってくる。


 本来、知覚ができないだけであって、腹心(かげ)である彼はアルベール様を即座に守れるような距離にいるはずである。

 例外的に、直近ではイザベラの監視にあたっていたりしたが、その時であっても別な人がその代わりを努めていたはず。

 つまるところが、その凶刃は、どうあがいても本来、アルベール様の元まで届くはずがないのである。

 それが、たとえどれだけイザベラやアルベール様の不意をついたとしても。


 そういう意味では、やはり、夜会の毒殺未遂のときと比べると、計画に大きな差があるように感じる。

 凶行に対して、好い判断、というのは正しい評価ではないが。しかし、毒殺を狙ったというのはよく練られた作戦であると再認識する。

 なにせ、直接の物理的な攻撃ではなく、意識外から、毒物により体内を侵すという手法であるために、腹心(かげ)による妨害が入りにくい。いや、腹心(かげ)だけではない。周囲の誰からの意識をも抜き去って、アルベール様の命を奪うことができる。

 もちろん、そのための前提としてどうやって毒物を混入させるのか、といったような問題は依然残っていたりするが。しかし、どちらにせよ。そこにあるのは入念に準備された作戦であるということだった。


(で、あるならば今回も入念に作戦を準備して、腹心(かげ)の方を警護から外す誘導を仕込んでいる? いえ、しかしそんな方法どうやって――)


 全く、思いつかない。そもそも原則的に主人の安全を最優先にする仕事だ。それを疎かにして離れる理由が全くない。

 それこそ、可能性があるとするならば。アルベール様が彼に対して私の監視を命令したように、アルベール様からなんらか正当性があるような命令を下された場合であるとか。


「そう、いえば。アルベール様、その、腹心(かげ)の方は」


「いや、大丈夫だ。未だこちらに誰かが来たという報告は上がっていない」


 報告はあがっていない。つまり、状況は変わっていない。

 誰も、この栽培小屋の中に入ってきていない。彼の言葉の意味合いを解釈すると、そうなるだろう。


 私たち以前に誰かが入ってきておらず、私たち以後にも誰も入ってきていない。

 この場にはイザベラとアルベール様のふたりきりなのだから、少なくとも今はなにかが起こるということはないはずで――、


「……違う」


「えっ?」


 アルベール様は、ポツリとつぶやかれた私の言葉に。そんな、素直な疑問の反応を示す。

 当然だろう。突然に、違うとだけ言い放った人間が目の前にいるのだ。その疑問は真っ当だ。

 だがしかし、イザベラはそれに返答をしている暇などなく。

 いいや、仮にその余裕があったとしても。その返答が叶うことはなく。


 直後、猛烈な頭痛とともに、夢での記憶がフラッシュバックする。


 胸に突き立てられたナイフによって、鮮血が噴き出す。

 その刃を阻もうと動いていた私の身体は、しかしその望みを叶えることはできずに、前傾になった身体は、そのまま視界に地面の様子を映す。


 血溜まりに、噴き出した鮮血が振りかかり――、


 いや、おかしい。そんなはずはない。

 噴き出す前に、地面に血溜まりがあるはずもない。


 じゃあ、この血のように赤いものはなんだ。血でないとするならば、この、赤く丸いものはいったい――、


 痛みに悶つつ、目を開くと。そこには血溜まりがあって。

 まさかと思ったが、しかし、アルベール様はこちらに対して心配する様子は見せても、彼自身になにかがあったというわけではなく。


 では、これは。


 ああ、そうか。なぜ、その可能性を頭に入れていなかった。

 少なくとも、ここに来た時点で考えておくべきだったろう。


 気づいた私は、自然と頭の中から除いてしまっていた事柄について、強く後悔をして。

 しかし、今はそれを悔やんでいるべきではない。すべきことは、守ることだ、と。


「アルベール様ッ! こちらに!」


 私が、そう気を吐きながらに。アルベール様の身体を引っ張る。

 突然のことに体勢を崩した彼ではあったが。それとほぼ同時。


「イザベラを、苦しめるなあッ!」


 ガサリ、という大きな音を立てながらに薔薇の低木が大きく揺れて。

 彼のその背後に。ギラリと鈍く光る刃が、空を切った。


 なにが起こったのか。この場にいる、全員が十二分な理解には及んでいなかっただろう。

 ただひとつ、間違いなく言えることは。アルベール様は死んでいない、という。ただ、それだけ。


 ――なぜ、私は。この栽培小屋を、誰もいない場所であると思っていたのだろうか。

 今日に関しては私が鍵を預かっており、また、お父様からは今日はこちらには来ないと、そう聞いていたからだろうか。そんな状態で、ここに訪れたときに小屋には鍵がかかっていたからだろうか。


 そんなもの。いくらでも過去にひっくり返されてきただろう、と。

 お父様は、私のほうが先に出発して、先に到着して、鍵を開けたと思っていたのに。なぜか、私よりも先に到着していただろう、と。


 そう。最初から、この小屋は人払いなどできていなかったのだ。もちろん、それはあくまで、イザベラにとっての想定外の要因によるものではあるのだが。


 全ては、イザベラが膝を付き、地面に視界を取られたときに気づいた。

 その時視界に映った、血溜まりに誤解したそれは、落ちた薔薇の花びらであった。

 同時、夢の中で見た、それであるとも。そう感じた。


 つまりは、犯行が行われたのは、薔薇のそばということになる。

 加えて、低木のそばであれば、視界が塞がれる。特にイザベラやアルベール様が他のなにかに気を取られている最中であれば、ふたりから気づかれずに、低木を挟んだ反対側から攻撃を仕掛けることは可能だろう。


 併せて、今であれば。偶然ではあるものの、アルベール様の腹心(かげ)が入り口の警備にあたっているため、即座の対応ができない。

 アルベール様も。おそらくは、腹心(かげ)である彼も、それで十分な警戒が可能であると思っていた。もちろん、イザベラにとってもそうだと思っていた。だけれども、実際には、違った。犯人は、既に中に入っていた。


 だから、誰にも悟られることなく。その刃が胸にまで届いてしまう。その状況が、奇跡的にも揃ってしまっている。


 アルベール様を庇うようにして私は前に立つ。それに対峙するようにして、犯人はこちらにナイフを向けていた。

 その、手は。ひどく震えている。


 凶行の犯人は、外套を身に纏っており。暗がりということもあって、それゆえにその姿は見えない。

 しかしながら、アルベール様へとナイフを突き出したその瞬間、犯人は声を出した。その声には、心当たりがある。

 その心当たりは、とてつもなく、嫌なもので。勘違いであってほしいもので。しかしながら、それを、私が聞き間違えるはずもなく。


「どういうつもりですか、マリエル」


「……その、これは」


 悪事を咎められたときの、彼女――マリエルそのままの反応をする犯人に。私は、確信する。


 この事件の、その犯人は。間違いない。


 ――私の幼馴染である、マリエルだ。






 程なくして、騒ぎに気づいたアルベール様の腹心(かげ)が中に入ってきて、犯人を取り押さえる。

 安全が確保されたその状態で、犯人と外套を取り去ると。そこには、予想通りの顔があって。


 最後の最後まで、どうかなにかの間違いであってくれと、そう願ってはいたものの。どうやら、そんなことはないらしく。まざまざと、現実が目の前にやってくる。


「もう一度聞きます。どういうつもりですか、マリエル」


 疑いようのない凶行に走った幼馴染に対して、私はそう尋ねる。

 声には様々な感情がぐちゃぐちゃになりながら混ざっていて。だがしかし、間違いなく含まれていた怒気に、彼女が「ひっ」と怯む。


「あなたがやろうとしたことの、その意味。わかっていないとは言わせませんよ。マリエル、答えなさ――」


「イザベラ。気持ちはわかるが、少し落ち着こう。完全に萎縮してしまっていて、会話どころではない」


 アルベール様に諌められて、はっとして、今の状況を見直す。

 完全に気がやられてしまったマリエルは、怯えた子犬のように縮こまり、ああ、であるとか、うっ、であるとか。そんなうめき声しか出せなくなってしまっている。


 失礼しました、と。私は自身の過熱ぶりを謝罪して。


 そうしてしばらく、マリエルが落ち着くのを待ってから。アルベール様は、柔らかな口調で尋ねる。


「先程、私に攻撃をしようとしたとき。君は私に対して、イザベラを苦しめるな、と。そう言ったね」


「……はい」


「私を傷つけようとした理由は、それで合っているかな?」


 マリエルからの反応はない。だがしかし、答えは無くとも、彼女の気持ちはその表情に十二分に現れていて。

 そして、それが肯定からくるものだということは。考えずとも理解ができた。


「マリエルから嫌われているという自覚はあったが。殺したいほどだとは思っていなかったよ」


「えっ……」


 アルベール様のそのその言葉に、私は思わず驚く。

 しかし、たしかに言われてみれば。彼女はアルベール様のことを嫌うまでは私に見せずとも、苦手にはしていた。

 けれど、先述の通り、嫌うまで行っているとは――、


「イザベラは気づかなくて当然だろう。なにせ、この感情において、君は歪にも内側に入り込んでしまっていて。それゆえに、気づかなかったのだろう」


「それは、どういうことでしょう」


「そんな難しい話というわけでもない。単純な話だ」


 そう言いながら、アルベール様は。ただの子供の癇癪のようなものだ、と。そう前置いて。


「君は。大好きなイザベラが、私に取られてしまうということが、とてつもなく嫌だったのだろう?」

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