第五章 契約魔たちの対面 2
ジゼルは自分の契約魔の美を微塵の迷いもなく信じているようだった。
「え、ええ。とても綺麗なサファイア色ね!」
バーバラが引きつった笑顔を浮かべながら礼儀正しく褒めると、水蛇は冷たく湿った息を吐きながら真ん中の頭を低め、
「メルシ」
と囁いた。
ルテチアの魔術師の契約魔はルテチア語を話すらしい。
蛇らしく掠れた声は女とも男ともつかない。
「ほほーう。こりゃ珍しい。よその土地の言葉持つ水か! お初にお目にかかる。見ての通り儂は火蜥蜴じゃ」
エレンの肩の上で火蜥蜴がホーっと淡い焔を吐きながら話しかける。
途端、もっとも小さな右側の首がキャーッともフシャーっともつかない声をあげながら、ジゼルの栗色の髪の結い目に頭を突っ込んでしまった。
〈ジゼル、ジゼル!〉
〈コワイヨ!〉
〈焔ガクルヨ!〉
途端に、隅の何本かが火蜥蜴に向けて小さな銀色の牙を剥きだして威嚇にかかった。
シューシューと冷たい微細な霧を吹きかけられて、今度は火蜥蜴が「ギャっ」と叫んで首を上向ける。
〈サフィール、落ち着きなさい! この狭い車内で互いを相殺するつもりなの?〉
ジゼルがびしりと叱る。
すると水蛇はすべての頭をうなだれてしょげてしまった。
火蜥蜴がなぜか羽をパタパタさせながら猫撫で声で話しかける。「おう、すまんかったお客人がた、小さいのを驚かせてしまったな。ほーらおチビさん、怖くない、怖くない、おじさん何にもせんぞう?」
「――サラ、それじゃ不審者よ」
〈……やめてくれ翼もつ焔よ。私は九頭で単体だ〉と、水蛇が不本意そうに言う。
「この通り頭の数が多いですからね」と、ジゼルが言い添える。「隅まではなかなか理性が行きわたらないのでしょう」
「そいつは難儀じゃのう!」
「頭が沢山あるって大変なのね!」
エレンサラが同時によく似た反応を示す。
バーバラが堪えかねたように噴き出す。
サフィールはしばらくエレンを見つめてから、鎌首をジゼルの耳元に擦りつけながら訊ねた。
〈ジゼル、彼女は何者だ? 死すべき人の子にしては随分純粋の焔の性を帯びているようだが〉
〈彼女はミス・エレン・ディグビー。アルビオンの魔術師よ〉と、ジゼルは簡潔に応えた。
「御若いの、そなたの伴侶も人の子にしては随分と混じりけなしの水の性じゃな」
火蜥蜴がエレンの肩から告げると、水蛇はシューっとだけ答えた。
熱い乾いた吐息と冷たく湿った吐息が箱馬車の真ん中で交じり合い、ごく小さな渦巻きを生んでいる。
「なんだか不思議な光景ねえ」と、果敢なバーバラがサフィールの一番小さい頭部にそろそろと指を伸ばしながら呟いた。「お伽噺の世界の中に迷い込んでしまったみたい」
すると、ジゼルがため息をついて笑った。
「わたくしにはここが現実ですわ。逃れがたい現実です」
その貌はひどく寂しげだった。
エレンは不意に胸を切られるような傷ましさを感じた。
水の性の幻獣は本質的に土地に深く根ざしているものだ。
ジゼルのサフィールも、きっと本来はルテチアのどこかの土地の水辺を領域として顕現する〈土地精霊〉だったはずだ。
そんな伴侶をもつ魔術師が愛する故郷を離れて、なじみのない言葉を話す異邦人ばかりの土地で暮らしているのだ。
そう思うと急に気の毒になった。
「ねえマダム・ヴァリエ――」
思わず声をかけてしまう。
「何です?」
「ええとね、あなた苺は好き?」
とりあえず思いついたことを訊ねると、ジゼルは訝しそうな顔をしながらも頷いた。
「ええ勿論」
「なら、この村はあなたにとってはいいところね! あの話を聞いた? あの『上位精霊の贈り物』の話を」
「上位精霊の贈り物?」
「なんじゃその話は」
契約魔たちが興味を示す。
するとバーバラが嬉しそうに語り始めた。
「あら知らないの? このファンテンベリーの苺はね――」
バーバラが得意そうに話すのをジゼルは頷きながら熱心に訊いていた。
九頭の水蛇も同じほど熱心に、無数の頭をゆらゆらさせながら聞き入っている。
そのあいだに箱馬車が右折し、登坂に差し掛かるのが分かった。