第六章 番犬の帰還 1
「それじゃサラ、ありがとうね」
〈サフィール、また今度〉
「おうエレン。気をつけろよ」
〈ジゼル、いつでも呼べ〉
顔合わせを済ませた契約魔がそれぞれどこかへ消えていってすぐ、車輪の下が土ではなく砂利道になったのが分かった。
右手の小さい円い窓から覗くと、薄暮の空へと枝を拡げるほっそりしたポプラの並木が見えた。
どうやらもう邸の敷地内に入っているらしい。
じきに馬車ががたりと停まり、
「お嬢さんがた、着きましたよ――!」
外から御者が陽気な声で呼ばわって扉を開けてくれた。
「ありがとうグレッグ。――ミス・ディグビー、どうぞお降りになって」
バーバラに促されるまま塗装の剥げた踏台に足を卸すと、白いシャツに赤いベスト、赤いほっぺに鳶色の髪の素朴な見た目の若い御者が恭しく手を差し伸べてくれた。
「ありがとう。ええと――グレッグ?」
エレンの後にジゼルが降り、最後にバーバラが続く。
そこは小さな石造りの田舎家の隣の屋根だけの車寄せだった。
左手に厩があり、幅6ヤードほどのそう広からぬ灰色の砂利道の向かいに、白い柵に囲まれた菜園のような一画が見える。
「ミス・ディグビー、こっちよ」
バーバラが砂利道に出て、芝居がかった仕草で左手を示した。
「ようこそ、わがロビヤール女子寄宿学校へ」
手の示す向きの先にあったのは、水を湛えた幅広い濠に囲まれた古風な邸だった。濠の向こうに低い石壁がめぐらされて、その上から邸の屋根が覗いていた。
小さいながら重厚な小城塞のような邸だ。
「――随分立派なお邸ねえ!」
跳ね橋を渡りながらエレンが感嘆すると、前を行くバーバラが得意そうに応じた。
「この邸はもともと北ホーン州でも指折りの地主だったマスグレーヴ一族の旧宅だったのよ。三十年くらい前に直系が絶えて他所に住む遠い親戚が地所を相続なさってね、それ以来放りっぱなしで荒れ放題だったのを、六年前にわたくしと姉のアンとで買い取ったの」
跳ね橋の先はアーチ門で、上を見あげると落とし格子の尖った歯先が見えた。
見た目より厚みのある石壁の左右に門番小屋まであるが、扉はつけられず、中には樽だのロープだのがごたごたと積み上げてあった。
エレンの視線に気づいたのか、バーバラがはにかんだように笑う。
「まだあちこち荒れているの。人手も足りていないし」
「それにしたって大したものだわ! 六年前といったら、あなたもお姉さまも随分御若かったでしょう? よくこれだけ立派なお邸を手に入れられたわね!」
バーバラは年齢不詳だが、話していると三十半ばほどではないかという気がしてきている。六年前なら今のエレンと同年配だろう。
いくら地価の高いタメシス市域とはいえ、二間だけの事務所兼下宿を借りているだけで汲々としているエレンは、口惜しさと敗北感に駆られて思わず率直な疑問を口にしてしまった。
するとバーバラが低く喉を鳴らして笑った。
「一部は父の遺産よ。大した額ではなかったけれど、牧師禄をマーフィー一族が買い取ってくれたから。それに姉のアンの寡婦産。アンはカーリーのロビヤール一族に嫁いだのだけれど、早くに夫を亡くしてね。弟さんが家を継いだから、娘のフィリッパともども追い出されるみたいに父の家に帰ってきていたの。ロビヤール一族は不人情だけど、わたくしの義理の兄――アンの亡き夫はしっかりした人でね、結構な額の動産をアンに残してくれたの。それをみんなつぎ込んだってわけ! なかなかの大博打でしょ?」
笑いながら話すバーバラの声からはまだ隠し切れない哀しみが感じられた。
ジゼルが横目でちらっと睨んできた――ような気がする。
エレンは自分の無頓着さに自分で腹が立った。
「……ごめんなさいね、事情も知らずに無神経なことを聞いたわ」
「仕方がないわよ、あなた捜査官なんだから」と、バーバラが悪戯っぽい目つきで笑う。「どうぞ安心なさって。わたくしたち姉妹は贋金つくりにも人さらいにも手は染めていませんから」




