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第十三章 玄関広間で謎解きを 2

 ジゼルに先導されて向かった玄関広間(サルーン)には思いがけないほどたくさんの人がいた。


 暖炉を背にした肘掛椅子にバーバラが坐り、茶菓の支度を整えたローテーブルを挟んで向かい合う一対のソファに、フレデリックとマッケンジー老人、治安判事のハックニーに加えて、エレンは知らない赤っぽい巻き毛の若い男がいた。

 校長先生の前に引き出された学校通いの少年みたいに緊張しきった面持ちで、青い花模様のカップを手にしてフレデリックと向き合っている。



「ああエレン! よかった、目が覚めたのね!」

 真っ先に声をあげたのはバーバラだった。

 目を潤ませながら立ち上がり、暖炉と向き合う位置にある赤天鵞絨のクッションをのせた肘掛椅子を手ずから引いてくれる。

「坐って。あなたまだ紙みたいな顔色をしているわ。オートミールはきちんと食べた? 食欲は? まだ何か食べられそう?」

 椅子にエレンを座らせながら心配性の親鳥みたいに矢継ぎ早に訊ねてくる。

 右隣の椅子にかけながらジゼルが低く喉を鳴らして笑った。

 エレンも極まり悪く笑いながら答えた。

「大丈夫よバーバラ。もうすっかり元気。オートミールは食べましたとも! 最後の一匙までね。きちんと食べたら食後に苺ジャムを貰える約束だったのだけれど?」

「勿論すぐあげるわ!」

 バーバラが嬉しそうに笑って、ローテーブルの小皿にスコーンを乗せると、クロテッドクリームと真っ赤な苺ジャムをたっぷり添えて渡してくれた。


「はいどうぞ。召し上がれ。今お茶を淹れ直させますからね」

 バーバラがマントルピースの上に伏せた大型のベルを鳴らすとすぐにミセス・カーティスが現れた。

 バーバラがハウスキーパーにお茶のお代わりを頼んでいる。


 そのときに至ってようやく、エレンはほか四名の同席者たちからの強烈にもの言いたげな視線に気づいた。


「ええと――」

 膝にスコーンの皿を乗せたまま、何と切り出したものかと困っていると、

「ミス・ディグビー、元気そうで安心したよ」

 と、フレデリックが笑いながら声をかけてきた。


 エレンは胸を撫でおろして訊ねた。

「ありがとうございますサー。ところでそちらの若紳士は?」

 見知らぬ赤毛に目を向けて訊ねるなり、相手はカッと耳たぶまで真っ赤になった。

「ああ」と、フレデリックが笑って頷く。「彼はカーリーのミスター・クリス・マスグレーヴ。マスグレーヴ家の今の御当主だ。―-ミスター・マスグレーヴ、彼女はセルカークのミス・エレン・ディグビー。わがタメシス魔術師組合に所属する開業魔術師にして、タメシス警視庁所属の諮問魔術師です」


「初めましてミスター・マスグレーヴ。ご紹介に預かりましたディグビーです」

 身分の証である右手の印章指輪を示しながら挨拶すると、クリス・マスグレーヴは薄茶の目を零れんばかりに見開き、酸欠の金魚みたいに幾度か口をパクパクさせたあとで、

「は、は、はい、初めましてミス・ディグビー!」

 と、上ずった声で叫んだ。

 フレデリックが苦笑する。


 ちょうどそのとき新しいお茶が運ばれてきた。



 バーバラが大型のポットから七人分のカップに紅茶を注ぎ直す。

 コポコポと気持ちのいい音を立てて澄んだ琥珀色の液体がカップを充たしていく。

 エレンはそのあいだにありがたくスコーンを頂戴した。


 全員の手元にカップが行きわたり、エレンのスコーンが半分以下になったところで、それまでじっと黙って同席者たちの表情を観察しているようだった治安判事のハックニーが口を切った。


「さて諮問魔術師どの、人心地おつきなら、改めてあなたのお話をお聞きしたいのだが」

「ええ治安判事どの、何でもお聞きください」

「では、この二か月のあいだに起こった三件――いや、四件の行方不明事件について、何がどうして生じたのか、あなたのお調べになったことを、順を追って話して貰えますかな?」

 ハックニーがそういった瞬間、右隣に座るジゼルの横顔がわずかにこわばるのが分かった。



 ――ジゼルはきっとサフィールのことを話して貰いたくないんだわ……



 彼女が本当に「魔女」であることはもうこの村では周知の事実だろうが、ジゼルとしては、きっと、さほどの力は持たない「村の呪い師」程度の存在だと思われていたいのだろう。

 今やこの地の土地精霊(ゲニウス・ロキ)となった水蛇(ヒュドラ)を伴侶とする強大な力の持ち主だということは、できるだけ知られたくないに違いない。



 ――サフィールのことを伏せたまま上手く話せるかしら?


 

 エレンは内心心もとなく感じたが、ともかくもやってみようと口を切った。


「ではご説明いたしますね。そもそもの発端は、そちらにおいでのミスター・マッケンジーが、先祖伝来の所領であるファンテンベリーの〈南の森〉を、サー・フレデリック・エルフィンストーンに売却したことでした。――サー、南の森とマスグレーヴ一族との関わりについてはどうかあなたから」

「ああ。――先ほどお話した通り、あの森には〈レックス・シルヴァヌス〉と呼ばれた強力な土地精霊(ゲニウス・ロキ)が存在していて、マスグレーヴ一族があの地を所有する限り人には害をなさないという契約が結ばれていたようなのです。あの森を購入してすぐ、私は念のため、森の奥に人が踏み込まないよう、〈名忘れ草〉と呼ばれる魔術性の植物を、土地精霊の力が及ぶ範囲との境界と思しき付近に植えておきました」

「え、じゃあ旦那様はこちらにいらしたことが?」と、マッケンジーが狼狽えた声で訊ねる。

「ああ」と、フレデリックが頷く。「目立たないよう姿を晦ましてね。――君の話ではあの森に立ち入る村人は皆無だというから、本当に念のためのつもりだったのだが――」

 フレデリックは言葉を切るなり、やおら立ち上がってハックニーに頭をさげた。

「治安判事どの、まことに申し訳ない。森に踏み込んだ四名が行方不明になったのは、すべて私が不用意に植えた〈名忘れ草〉の効能です」

「では、帰ってきたのはどういう成り行きで?」

「森には他にも様々な人ならぬものが棲んでいます」と、フレデリックは妙に重々しく言った。「そのなかで、人に好意的な何かが、倒れている彼らに気付いて、レックス・シルヴァヌスの支配の及ばないクリーク川の流れに沿って彼らを森の外へと戻してくれたようです。――そうだったのだろうミス・ディグビー?」

 フレデリックが訪ねながら目配せをしてくる。

 エレンは一瞬考えてから笑って頷いた。

「ええ、その通りですわサー。――人に仇為すレックス・シルヴァヌスについてはご心配なく。昨夜の雷で梢から根まで裂かれてしまいましたから。ひこばえとして蘇っても、再び巨樹へと育つまでには数百年がかかるでしょう」

 エレンがそう告げると、短い沈黙のあとで、クリス・マスグレーヴがおずおずと訊ねてきた。

「あの、ミス・ディグビー?」

「何でしょう?」

「そのレックス・シルヴァヌスというのは樹木だったのですか?」

「え? ああそうです。年経た大きなオークの巨樹でしたわ」

「そうですか。樹だったのですか――」

 クリス・マスグレーヴはそう答え、なぜか自分の喉元に手を添えて考えこむ様子だった。


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