第十三章 玄関広間で謎解きを 3
「――それでは、今回の一連の出来事は、治安判事の事件簿には記録させないことにしますよ。どこからも訴えはないようですしね」
ハックニーはそう言い置き、
「エルフィンストーン準男爵、お会いできて光栄でした。いずれあなたの森で狩りに招いていただきたいものですな」
と、如才ない挨拶を残して帰っていった。マッケンジーも粛々とそれに続く。
客人二人が帰ったあとで、フレデリックがクリス・マスグレーヴに視線を向け、びくりと怯んだ相手に単刀直入に頼んだ。
「ミスター・マスグレーヴ、少々席を外していただけるかな? ミス・アボット、できればあなたも。タメシス魔術師組合の長として、こちらの二人の魔術師のお嬢さんがたに内密の話があるんだ」
フレデリックが愛想よく笑いかけると、バーバラはちょっとばかり照れくさそうに顔を背けながら頷いた。
「どうぞごゆっくり。――エレン、ジゼル、何か用があったらすぐベルを鳴らしなさいね?」
と、釘を刺し、
「ミスター・マスグレーヴ! せっかくですから中庭をご案内しますわ。南翼の二階から生徒たちが鈴なりになってあなたを鑑賞するはず」
と、名残惜しげに魔術師のお嬢さんがたを鑑賞していたクリス・マスグレーヴを引きずって部屋を出て行ってくれた。
あとには三人の魔術師だけが残る。
エレンは何とも言えない居心地の悪さを感じた。
――ええと、ジゼルとサーってどの程度知り合いなの……?
「ありがとうございます――と、言うべきでしょうかね?」
ジゼルがおもむろにフレデリックに話しかける。
全く友好的とは思えない冷ややかな声音だ。
腕を悠然と肘掛に預けてカップに口をつけていたフレデリックが眉をあげ、古典的な美貌に完璧な作り笑いを浮かべる。
「マダム、あなたのお役に立てれば幸いですよ。――ところでミス・ディグビー」
「え、あ、はい何でしょう?」
手持無沙汰にスコーンの残りに齧りつこうとしていたエレンは、スコーンを慌てて皿に戻しながら応えた。
フレデリックが親しみの籠った――幼い妹か愛犬でも愛でるような――微苦笑を浮かべる。
「実際のところ、行方不明者たちを助けていたのは誰だったんだ?」
「ああ、それはですね――」
エレンはおとぎ話でも語るような気分で、名忘れ草の群生の近くで〈カササギのオーリー〉に呼ばれ、上位精霊の上王とまみえるまでのいきさつを話した。
「――ですから、倒れていた行方不明者たちを見つけたのは〈カササギのオーリー〉で、彼から知らされた上王が、『近頃クリーク川を遊泳している水蛇』に報せて、彼らを最も家に近い水辺まで送り返してくださっていた――と、いう流れのようです」
「なるほど」と、フレデリックが頷き、ジゼルに目を向ける。「マダム・ヴァリエ、その水蛇というのが、昨日われわれを助けてくれたあなたの契約魔なのですね?」
「ええ。わたくしのサフィールです」と、ジゼルは諦めたように頷いた。「この土地の水は良質ですから、彼女はときどきこの邸の濠からつながる小川へと泳ぎに出ていたようです。そのときに行方不明者を助けていたのでしょう」
「では、その都度あなたが依頼していたのでは?」
「いいえ。――溺れている人間を見つけたら助けて欲しいとは日ごろから頼んでありますから、サフィール個人の判断でしょう」
「なるごど。善良な水蛇ですね」
「当然です。わたくしの伴侶ですよ?」
ジゼルは右眉を軽くあげて応じ、不意にわずかに顔を歪めて訊ねた。
「サー、この話をあなたがたの組合の記録に残しますの?」
「ええ。そのつもりです。時にマダムーー」
「なんです?」
「思いますに、あなたはやはりわれわれの組合に加入するべきですよ。なんといってもあの森は私の所有地で、あなたの契約魔はその土地の土地精霊として根付いたのですから。あなたが案じる魔術師の戦時動員については心配いりません。私個人の意見がどうであれ、あなたが戦いたくないという意志は必ず尊重しますから」
フレデリックは真摯な声で頼んだ。
聞くからに誠実そのものの有能そうな男の声だ。
エレンは自分が幼い子供に戻って厳しくも優しい父親の傍で護られているような安心感を覚えた。
――そうよ。任せておけばいいんだわ。大丈夫よジゼル。彼は善良な人だから。
そんな思いを込めてジゼルに目を向けたとき、エレンはハッとした。
ジゼルは優美な眉を吊り上げ、ハシバミ色の眸に怒りを湛えてフレデリックを睨みつけていたのだ。
「サー・フレデリック・エルフィンストーン、そのお話でしたら昨日お断り申し上げたはずですけれど?」
「ですから、改めて再度お誘いしているのですよ。なあミス・ディグビー。あなたもそう思うだろう?」
フレデリックが親しみの籠った――幼い妹か愛犬でも見るような視線を向けてくる。
エレンは一も二もなく自分に賛成するはずだ――と、頭から信じている顔だ。
エレンはその表情に反発を覚えた。
――サーはもちろん善い方だけれど。いつだってわたくしが言いなりになると思われるのは困っちゃうわ。
なんだか無性にジゼルに味方してやりたくなる。
「そうですわね――」
エレンはわざと勿体をつけて考えこんでみせてから、今ハッと気が付いたように訊ねた。
「ところでサー、少し話がそれるのですけれど」
「ん? 何だい?」
フレデリックが次の一手でチェックメイトと言わんばかりの余裕の笑顔を向けてくる。
エレンも負けずに極上の職業的笑顔を拵えて訊ねた。
「あの南の森の名忘れ草はあなたがお植えになったのですよね?」
「ああ。―-もちろん月室庁から栽培許可はとっているよ?」
「勿論そうでしょうとも。でも、わたくしの記憶では、名忘れ草の栽培許可は、『どこで栽培するか』まで限定して申請するものだったはず。――あなたが南の森を購入なさったのは今年の四月ですわよね?」
「え、あ、うん。まあそうだね」
フレデリックの笑顔が強張った。
ああ、やっぱりとエレンは思った。
フレデリックは能力が高い一匹オオカミの自信家だ。
露見しなければいくらでも法は破る。
南の森での名忘れ草の栽培は思った通り無許可だったのだろう。
ジゼルが眉をあげる。
「エレン、そのことが栽培許可とどう関わりますの?」
「あのねジゼル、恥を打ち明けるようだけれど、われらが連合王国の月室庁の事務仕事はものすご――く! 遅いの。申請書類が受理されて実際に許可が下りるまでに一か月以内なんてことはまずもってありえないわ」
「あら! じゃあつまり」
ジゼルが嬉しそうに応じ、性質の悪い白猫みたいな笑みを浮かべてフレデリックを見やった。
「ねえエルフィンストーン準男爵」
「――なんですマダム?」
「わたくしは一介の片田舎のアルビオンの教師で、月室庁だとか名忘れ草だとか、そんなことはちっとも分かりませんの。ですから、勿論あなたがたの魔術師組合に加わる必要もありません。お互いのために、そういうことにしておきません?」
フレデリックはしばらく考えてから、なんとも悔しそうなため息をついた。
「ええマダム、喜んで。――しかし、私としてもひとつだけ言いたいことが」
「何でしょう?」
「タメシスから駅馬車で三時間の村を片田舎はあんまりでは?」
フレデリックが告げるなり、ジゼルは眉をあげて応じた。
「アルビオンの片田舎とは申しておりませんわ?」




