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第十章 思いがけない来訪者 2

 ハックニーはすぐにコリンズに命じて五人の巡査たちを呼び集めてくれた。

 五人とも皆この村出身のボブやトムやジムどもである。

 みな純朴そうな顔つきで、乗馬服姿のエレンを見ると一様に目を見開き、

「えええ、魔術師のお嬢様ぁ!?」

「ご一緒においでなさるので?」

「危ないですよ、いけません! 俺たちがきちんと見てきますから、どうぞこちらのお邸でお待ちになっていてくだせえ!」

 と、アナグマ狩りのダックスフントの群れみたいにわらわら群れ集まってきた。


「おいお前ら、諮問魔術師殿に失礼だろう!」と、コリンズが腰に手を当てて部下どもを一括する。「さっきも話した通り、我々はこれからミスター・マッケンジーの家の周りの探索を行う! 何事もこちらのミス・ディグビーのご指示に従うように!」

 コリンズはよく徹る声で命じてから、

「……ミス・ディグビー、お困りのことがあったら何でも私にご相談くださいね」

 と、小声で耳打ちしてきた。


 表面上はエレンを立てつつ、実際の現場での指揮はあくまでも自分が取ろうというつもりらしい。



 ――まあいいわ。魔術的な異変が生じたら、そのときはわたくしが主導権を握らざるをえないもの。



 心の中で自分にそう言い聞かせて、エレンは職業的な笑みを拵えて頷いた。

「ええミスター・コリンズ。頼りにしていますわ」

 言いながらふと思う。



 ――たぶん、数か月前のわたくしだったら、若い女だからと侮られていると思って、自分が捜査を主導すると言い張って険悪な空気になったのでしょうね……



 だが、よく考えてみなくても、この村はコリンズの縄張りで、自分は余所者なのだ。

 もし今回の連続行方不明事件に魔術的な要素が絡まないとしたら、捜査を主導すべきは当然コリンズたちだ。



 ――こういう風に思えるようになったのは、たぶん、わたくしに余裕が生まれてきたからなのでしょうね。



 経験値から来る余裕というやつだ。

 そう思うと自分が誇らしくなった。



「ではミス・ディグビー、お気をつけて」と、ハックニーが自ら先導して玄関広間から送り出してくれる。

 ファサードの前に二頭立ての四輪馬車が停まって、艶やかな金色の毛並みのレトリバーが一頭と、白に茶と黒の斑が入ったビーグル犬が一頭、お仕着せ姿の従僕に連れられてきちんと前足を揃えていた。


「あら可愛らしい!」

 犬好きのエレンが思わず声をあげると、ハックニーは嬉しそうに頷いた。

「我が家の犬舎で最も優秀な二頭ですよ。リリーとオーリーといいます」

 名を呼ばれると、利口な二頭の猟犬はそれぞれ「ウォン!」と返事をした。レトリバーがリリーでビーグルがオーリーのようだ。

「オーリーという名前は、あの伝説から?」

「ええその通りです。リリーもあの伝説からですよ」

 ハックニーが答えながら四輪馬車の扉を開けてくれる。

 タウンコーチ型の瀟洒な馬車だ。黒い牛革張りの二人掛けの座席が対面式になっている。エレンが後部座席に乗り込み、コリンズが隣に座る。

「ボブとジミー、お前たちは中に。御者はジャックだ。ジムとウィルは外の補助座席に!」

「は、はい巡査部長!」

 コリンズの指示に従って若者たちがおずおずと乗車する。最後に猟犬二頭が――当然のような顔をして――馬車の中に乗り込んできた。

 四人掛けに犬二頭で車内はぎゅうぎゅう詰めだ。

 エレンはこれ幸いと可愛いビーグル犬を抱え上げた。

「オーリー、お前はわたくしの膝よ?」

 利口そうなビーグル犬は艶々した黒いガラス玉みたいな眸でエレンを見あげ、「ウォン!」と返事をした。

 レトリバーのリリーが足元に横たわり、頭をコリンズの脚へともたせ掛ける。

「ジャック、出してくれ!」

「はい巡査部長!」

 緊張と興奮のないまぜになった若い声が答えるなり、ピシリと鋭い鞭の音に続いて馬車が走り出した。エレンはふと思い出して命じた。

「あ、クリーク上橋の手前で止めてください!」



 巡査を満載した瀟洒なタウンコーチは衆人注視のなか中央大辻を抜け、クリークサイド道を北へと折れて緩やかな坂路を登り始めた。

 外の喧騒が静まったところで、エレンはふと気になったことを訊ねた。

「ねえミスター・コリンズ、ひとつお聞きしたいのだけれど」

「どうぞ何なりと!」

「この犬たちの名前ね、オーリーはカササギだとして、リリーというのはどういう由来なのかしら?」

「え? カササギ?」

 コリンズが妙な顔をする。


 エレンははっと思い出した。

 そういえば、この若い巡査部長はタメシスの出身だった。


「ごめんなさい、忘れて。カササギ亭で耳にしたこの村の伝説の話なのよ」

「あ、オーリーと苺の伝説ですか?」と、前に坐った若者――おそらくはボブーーが嬉しそうに口を挟んでくる。

「おいボブ、なんだそりゃ?」と、コリンズが不機嫌そうに唸る。

「この村の昔話ですよ。大した話じゃねえんですがね――」と、ボブが照れくさそうに頭を掻きながら例の伝承を話してくれる。


 筋立ては勿論カササギ亭の亭主が話したのと殆ど同じだったが、ところどころに微妙な差異があった。


 最も違ったのは結末だ。

 推定ボブの語るバージョンでは、カササギに変じたオーリーが苺のことを告げにきた相手は母親ではなく新妻だったのだ。


「……――オーリーは綺麗な若者で、〈美しいひとびと〉の姫君に気に入られちまったんですよ」と、ボブが気の毒そうに言う。

「そうそう、それで〈美しいひとびと〉は森の王の怒りを鎮める代わりに、オーリーはずっと姫君のところに残るようにと言うんです」と、ジミーが口を挟む。

「それで、可哀そうなオーリーは五月祭で結婚したばかりの新妻のリリーと別れて〈美しいひとびと〉の住まう常春の岸へといっちまうんです」

「まあ」

 エレンは無意識に猟犬のオーリーの小さい頭を撫でながら応じた。「悲しい結末ね!」

「そうなんです。哀しい結末なんですよ」と、ボブが得意そうに結ぶ。

 頷きながら、エレンはふと疑問に思った。



 ――カササギ亭バージョンだと、森の王の怒りを鎮めたのは「南から来た司教さま」なのよね? でも、ボブとジミーのバージョンだと森に棲む上位精霊(エルフ)たちが鎮めたことになる。――そうなると「森の王」は、上古のファウンテンウッド大森林に棲んでいたという上位精霊の最後の上王(ハイキング)――あの〈ダーム・ドゥ・フォンテーヌ〉を指すのではなく、彼女に鎮められた何か別の怪異を指す――のかもしれない……



「……ミス・ディグビー、どうしました?」

 コリンズが心配そうに訊ねてくる。

 エレンははっとわれに返って笑った。

「いえ、少し考え事をね。――そろそろ橋の傍かしら?」

 誤魔化し笑いを浮かべて訊ねたとき、タイミングよく外からジャックの声が響いた。

「お嬢さん、巡査部長、もうじきクリーク上橋ですよ――!」


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