第十章 思いがけない来訪者 1
「夫人の話では、昨日こちらのお邸を訪問するといって出て行ったきり、そのまま帰ってこなかったのだそうです」と、コリンズが沈鬱に説明する。「夫人はマスグレーヴ家から預かっている地所の見回りをしているのではないかと思って一晩は待ったのだそうですけれど、一日経っても戻らないために駐在所に――要するに私の借家にですが、報せに来たのだそうです」
「ああ、それであなたが外出していたから治安判事に報せにいったのね?」
「はいミス・バーバラ。その通りです。――念のためですが、こちらのお邸を出る前、ミスター・マッケンジーに何か変わった様子は?」
「勿論ありませんわ」と、バーバラが心外そうに応える。「いつも通り元気そのものでしたとも。ねえエレン、あなたもそう思うでしょう?」
「ええ。勿論。――ただ、ひとつ訊きたいことが」
「何です?」と、コリンズが期待に満ちた視線を向けてくる。
「他家に売却されたという南の森の管理も、今もってミスター・マッケンジーが?」
「や、すみません。私はそこまで」と、コリンズが肩を窄めて情けなさそうに答える。エレンは無造作に頷いた。
「分かりました。では、すぐミスター・ハックニーのところへ。それからバーバラ」
「なあに?」
「このお邸に、わたくしにサイズの合いそうな古い乗馬服はあるかしら?」
乗馬服は幸いアンのものがあった。
エレンは大急ぎで着替えてから、コリンズとともにバルーシュ馬車でハックニー邸へ向かった。
この村きっての大地主の邸は予想通り豪勢だった。
マントルピースの前に熊の皮を敷いた古風な玄関広間で長身痩躯の品の良い老紳士が待ち受けていた。
「ミスター・ハックニーですか?」
「ええ。――あなたがタメシスからいらした諮問魔術師どので?」
「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。タメシス警視庁任命の諮問魔術師を務めるエレン・ディグビーと申します。今しがた、ミスター・マッケンジーの行方が昨日から分からないという話を聞きました」
「ええ」と、ハックニーが眉だけをあげる。「前の三件と同じ事件だとしたら、これで四件目になります。諮問魔術師どの、あなたのご見解は?」
エレンは腹を決めて打ち明けた。
「――もし前の三件と同じ経緯だとしたら、彼は――他の三人と同じく――南の森に踏み込んでいるはずです」
「南の森に? なぜそう思われるのです」
ハックニーが疑わしそうに訊ねる。
エレンは前の三人がマッケンジーの留守を狙って密かに苺を摘みに入っていたのではないかという推理を告げた。
するとハックニーは愕いたように目を見張り、そのあとで満足そうに笑った。
「なるほど、なるほど、素晴らしい! 私もあなたの御推測が正しいと全面的に賛成いたしますよ。――これまでの経緯と同じであったら、彼は少なくとも三日待てば戻ってくる――はずですよね?」
「ええ。――すべての記憶を失くしてね」と、エレンは眉間に皴をよせてから、きっと表情を引き締めてハックニーを見あげた。
「治安判事どの、諮問魔術師としてお願いいたします。今すぐカーリーにお住まいだというマスグレーヴ家の今の御当主にご連絡を。そして、南の森を売却した相手の家名を確かめてください」
エレンは事務的に頼んだ。
ハックニーはひどく愕いた様子で、てきぱきと自分に指示をとばす若い女を見つめていたが、じきに真面目な顔で頷いた。
「お引き受けしましょう。他に何かご要望は?」
エレンは一瞬躊躇ってから頼んだ。
「あなたの配下の巡査たちを貸してください。それから、できれば猟犬も」
「――その服装から推測しますに」と、ハックニーが顎に手を当てて呟く。「今すぐご自身で南の森へ?」
「探索先は敢えて明言せずに置きますわ」と、エレンはこの頃馴れてきた職業的な笑みを浮かべて応えた。「何しろ、わたくしは余所者ですから、第四の被害者の自宅周辺を探索しているあいだに、気づかないうちに少しばかり私有地に踏み込む――なんてことも、時にはあるかもしれませんけれど」
「ああ、それはやむをえないアクシデントですね」と、ハックニーは心得顔で頷いた。




