第九章 四人目の被害者 1
「ミス・ディグビー、この後どうします? ビル・ロビンの生家に向かいますか?」
バルーシュ馬車へと戻りながらコリンズが興味深そうに訊ねてくる。
エレンはしばらく考えてから首を横に振った。
「いいえ。ひとまず学校へ戻ります。昼食には戻るようにとアンに言われているの」
「承りました」
コリンズが残念そうに言う。「せっかくだから昼飯はまたカササギ亭で私がご馳走しようと思っていたのに」
「ありがとうございます。またの機会を期待しますわ。――ところで、ミスター・コリンズはもともとこの村の御生まれですの?」
さりげない世間話に聞こえるように気をつけて訊ねると、コリンズはなぜか誇らしそうに、
「いや、違いますよ!」
と、答えた。「生まれはタメシス市域でしてね。ミスター・ハックニーの御縁でこっちに職を得たのです」
「あら、そうでしたの。村の方々の名前をよく知っていらっしゃるから、てっきり生まれ育った土地なのかと」
「それはミス・ディグビー、職業意識というやつですよ――」
馬車を御しながらコリンズが得々と語る。
機械的に相槌を打ちつつ、エレンは頭の中で第一の推論を固めにかかった。
--まずは純然たる事実を並べてみましょう。
ジョアンナ・ディーンは、本当は今朝まで家にいた。
庭の卵と苺の状態からして、この点は間違いないはず。
だから隣人は嘘をついている可能性が高い。
――ビル・ロビンの場合もおそらくは同様でしょう。
ミスター・コリンズの職業的観察眼を信じるなら、彼は本当は昨日までこの辺りにいたし、もしかしたら今朝もあの食料品店の二階にいたのかもしれない。
でも、店主は昨日から不在だと嘘をついた。
--ナンシー・ブラウンの麻疹は――医者に真偽を確かめれば本当のことはすぐに分かるはず。
ああ、でも、もしも医者も同じく嘘をついたら? ……困ったわ。まるで村中すべての人間が一致団結して何かを隠蔽しているかのよう……
そこまで考えたところでエレンはハッとした。
――「まるで」ではなく本当にそうだったら?
村中殆どすべての人間が、実は口裏を合わせて巡査部長から――いいえ違う、「タメシスから来た有名な諮問魔術師」から何かを隠そうとしているのだったら?
――その場合、そんな大規模な隠ぺいを命じられるのは――……この村で一番の有力者は、この馬車の持ち主で治安判事のミスター・ハックニーよね?
だけど、彼はそもそも警視庁に相談を持ち掛けた当人だし、こうして配下の巡査部長を調査に貸してくれている。
そうなると、他の地主――たとえばジョアンナ・ディーンの雇い主だったミスター・マーフィーの可能性は?
あるいはマスグレーヴ家の関係者――……三人は「どこで行方不明になったか」を忘れているのだから、何かを見てしまった可能性が高い……
「……――ミス・ディグビー、大丈夫ですか? なんだか顔色が悪い。馬車が揺れ過ぎましたか? 少し休みましょうかね?」
コリンズが気づかしそうに訊ねてくる。
エレンはわれに返った。
「いえ、大丈夫ですわ。ありがとう。どうかお気遣いなく」
機械的に笑って答えながら、心配そうにこちらを覗き込むコリンズの明るいブルーの眸を密かに観察する。
その目には純粋の気遣いだけがあるようだった。
エレンは腹を決めた。
彼はたぶん信用できる人だ。
同じくアンとバーバラと――あのあけっぴろげなミスター・マッケンジーも信用できるような気がする。
「あのねミスター・コリンズ」
「何でしょう?」
「ひとつお願いしたいの」
「おお、どうぞ何なりと!」
「先ほどミセス・ブラウンが仰っていたナンシーが麻疹だという話ね、あれが本当かどうか、お医者様に確かめていただけるかしら?」
「勿論喜んで! あなたがお食事をなさっているあいだに、ひとっ走り行ってネルソン先生に訊いてまいりますよ! 他に何か御用は? 何なりとお申し付けください」
コリンズがもしも猟犬だったらふさふさした茶色い尻尾を元気よく振り回していただろう。エレンは笑って首を横に振った。
「今のところそれだけです。よろしくお願いしますね」
ちょうどそのとき車輪の下が砂利道に変わった。
並木道を抜ければもうすぐにロビヤール女子寄宿学校だ。




