第八章 村ぐるみの隠ぺい? 4
考え事をするあいだに左右に建物が増え始めていた。ここだけ見ればタメシス郊外のちょっとした住宅地のようだ。
「さあて着いた。中央大辻ですよ!」
コリンズが誇らしそうに宣言する。
辻で最も立派なのは、左手の奥の角に見える赤レンガ造りのカササギ亭だ。
食料品店はそのはす向かいだった。
柱や窓枠は黒木で壁は白漆喰、赤い瓦屋根を備えた可愛らしい建物で、赤みがかった木製の扉の上に大きなカウベルが下げてある。
コリンズが店の前で馬車を止めるなり、どこかから子供が飛び出してきた。
「巡査部長の旦那、俺が馬を見ていてやるよ!」
「おうハック頼むぞ」
コリンズが無造作に小銭を投げ渡して命じ、カランカラン、とカササギ亭のそれより深みのある音を立てる鐘を鳴らしてドアを開けた。
「どうぞミス・ディグビー」
「ありがとうごさいますミスター・コリンズ」
室内は薄暗かった。
左手の壁の窓から陽が射して、黒木の床の左三分の一だけに煙るような白い光を落としている。光の奥に階段が見え、右手にカウンタが見える。
カウンタの後ろも右側の壁も天井まである棚で埋め尽くされて、様々な小瓶や小さな樽や木箱や紙包みが並んでいる。
しかし人気はなかった。
「おーいジェンキンスの親父さん!」
コリンズが馴れた様子でカウンタに肘をつきながら呼ばわると、階段の上からパタパタと軽い足音が駆け下りてきた。
「はいはいお待たせいたしました、何が御入用――」
愛想のよい声で言いながら階下へ降りてきた小柄な初老の店主は、青帽子の巡査部長を目にするなりヒッと喉を鳴らして後ずさった。
「おいおい親父さん、何をそこまで愕いているんだ?」と、コリンズが苦笑する。「悪いが今日は客じゃねえんだ。こちらの諮問魔術師殿がビルの奴の話を聞きてぇって仰るんでな。あいつ住み込みだろ? ちょっくら呼んでもらえねえかね?」
コリンズが砕けた口調で告げるなり、店主はまじまじと目を瞠ってエレンを見あげてきた。
「え、諮問魔術師殿?」
「ええ」エレンはいつもの誇らしさとともに、身分の証である銀製の印章指輪を嵌めた右手を示した。「わたくしはエレン・ディグビー。タメシス警視庁任命の諮問魔術師です」
「え、え、ええ、タメシス警視庁……?」
店主はみるみる蒼褪め、目に見えて狼狽えた様子で左右を見回してから、きっと眉を吊り上げ、台詞みたいな棒読みで応えた。
「申し訳ありませんが諮問魔術師殿、ビル・ロビンは昨日から生家へ帰っております」
「え、おい、嘘だろ?」と、コリンズが慌てる。「俺昨日あいつ見かけたぞ?」
「で、ですから、急に生家から報せが来たのですよ!」と、店主がアワアワと慌てながら応じる。「あれですこう、年寄の母親が急病に罹って!」
「……あいつのおっ母さんはハックニー旦那のとこで副コックを務めているはずだぞ?」
「え、あ、いや、それじゃ祖母さんだったかな? とにかく!」と、店主はやけくそみたいにカウンタをバンっと両手で叩いた。「あいつはいないのです! お話なさりたいならどうぞ生家を訪ねてください!」
店主の態度はあからさまに怪しかった。
「--ミス・ディグビー、二階に踏み込みますか?」
コリンズが耳元で囁いてくる。
エレンはしばらく考えてから首を横に振った。
「いいえ。とりあえず次に行きましょう」
どっちにしたって今は警視庁の正規の捜査ではない。
家主が嫌だといっているのに住居内に踏み込んだら家宅侵入罪でこっちが訴えられてしまう。
――結論から言って、その日の聞き取り調査は三件とも不発に終わった。
ジェンキンス食料品店のあとでクリーク小川下流の水車小屋の近くのブラウン家へと向かうと、蒼褪めた顔の母親が出てきて、
「ナンシーは麻疹でございます。だれにも会わせちゃならないとネルソン先生が仰せです」
と、泣き出しそうな顔で繰り返した。
そのあとでクリークサイド道を南へ上って独り暮らしらしいジョアンナ・ディーンの借家へ向かうと、窓に鎧戸がおりていた。
「あれ? 婆さん何で窓を開けていないんだ?」
コリンズが訝しそうに呟き、
「ミス・ディグビー、ちっと様子を見て参りますんね」
エレンを馬車に残し、柘植の石垣の真ん中に設けられた白漆喰塗りの木戸を押して狭い前庭へと入った。
コンコン、とドアを叩いても全く反応がない。
呼び鈴を引いても同様だ。
「おーいジョアンナ婆さん――! どうした、具合でも悪いのか――!?」
コリンズが心配そうな大声で呼ばわったとき、右隣のすっかり同じ形の借家から女が顔を出し、
「巡査部長の旦那、婆さんなら昨日から出かけていますよ!」
と、一声叫んでまたドアを閉めてしまった。
「え、おい出かけるってどこにだ? はっきり言わねえとためにならねえぞ? 警視庁の御用なんだぞ?」
コリンズが外から威嚇しても隣家の窓はピクリとも動かなかった。
ディーン家の前庭を三羽の牝鶏がウロウロしている。
エレンはふと思いついて馬車を降りると、開けっ放しの木戸を抜けて前庭へと入った。
狭いが綺麗に手入れのされた庭だ。
左手にはローズマリーの灌木が植わって、右手の小さな一画は白い石で囲んだ菜園になっている。手前に絡み合う蔓は苺のようだが、熟れた実は一粒もない。
エレンはざっと灌木や生垣の根元を確かめた。
――思った通りだわ。
ひとつも卵がない。
三羽の牝鶏を庭に放し飼いにしてあれば卵は毎朝産まれると考えるのが自然だ。
今この庭にひとつも卵が残されていないということは、ジョアンナは、少なくとも今朝まではこの家にいたということだ。




