番外編――ハウステンボスに行こう
「うわ~~、すっご~~い!」
目の前に広がるのは、綺麗に咲き誇るチューリップの花々!!
大きな風車に、運河を渡るクルーザー、白い跳ね橋、船着き場はオシャレな木造のデッキ。
レンガ造りの建物に、シンボルタワーの時計塔。
オランダの街並みが、広がっている。
しかし、ここはオランダではない。
長崎県佐世保市にある、ハウステンボスなのだ。
今日は向井さんとデートをしに来たのである。
「すごいですね、まるで海外にいるようです」
「他のテーマパークとは違って、オランダの街並みを参考に、作ったところだからな」
「なるほど!」
ハウステンボス内にある建物のほとんどにモデルがあり、忠実に再現する形で建てられているのだとか。
「あの時計塔は、オランダにある、ドム教会の時計塔がモデルだ」
「ほうほう」
ドム教会、またの名を聖マルティン大聖堂。
オランダで最も高い教会塔であり、ゴシック様式の美しい建築物だ。
こだわりにこだわりを重ねて作ったハウステンボスの街並み。
その極みが、女王陛下の居住まいを再現した、『パレスハウステンボス』。
「ハウステンボスオープン一年前に、レンガの外壁を確認していたオランダの責任者が、たった二ミリの違いを指摘したらしい。それで、約四千万円の費用がかかるやり直しの工事を、ハウステンボス側は実行することを決めたとか」
「ひえええ~~!!」
大英断だったのだろうなと、当時の責任者の判断に慄く。
しかし、その事件をきっかけに、ハウステンボスの本気を感じ取ったオランダとの信頼関係は厚い物になったとか。
「もともと、ハウステンボスは、オランダ王室の宮殿の名前で――」
意味は「森の家」。その名称を使うことも、特別に許可をもらったようだ。
長崎県民でも、知らない人が多いらしい。
「森の家か~。素敵ですね」
そんな言葉を呟いた途端、向井さんの動きがピタリと止まる。
「どうかしました?」
「いや、何年か前、知人に情報量が多くて、景色が楽しめないと言われたことがあったことを思い出して……」
眉間に皺を寄せ、複雑そうな表情となる向井さん。
以前、東京の知り合いを長崎に呼んで、観光に連れて行った時も、さきほどのように歴史や文化について喋っていたらしい。その際に、言われてしまったとか。
「余計な情報だったら、すまない」
「いえ、私はお話聞くの好きですよ。わかりやすいですし、いつもなるほどな~って思いながら拝聴しております。ハウステンボスの建物だって、実際にある物をモデルにって聞くと、見方も変わりますもん」
私は向井さんの腕を掴み、目の前に見えた建物が何かと質問する。
あれは何かと聞くと、すぐに「○○だ」と答えるので、面白くなってアレコレ質問を重ねた。
「そういえば、どうしてオランダとチューリップって結びついたのでしょう」
「……長くなるが?」
「喫茶店に入りましょう」
平日なので、比較的すいている。
関東のテーマパーク比べて、のんびり楽しめるのが、ハウステンボスのいいところだろう。
最近はアトラクションなども充実していて、土日は賑わっているようだけれど。
ハウステンボス内をクルージングしながらお茶とお菓子を楽しむ喫茶船という物があったので、乗船することにした。
窓の外には、白鳥が優雅に運河を泳いでいる。可愛かったので、スマホで撮影した。帰ったら、諒子ちゃんに見せなければ。
内部は二組しか入れないようだ。私達の他に、老夫婦が乗っている。どうもと会釈して、席に座った。
メニューはケーキセットかお酒のセット。
二人揃って、ケーキセットを頼む。
頼んだら、すぐに運ばれてきた。
船はのんびりと動き出す。
しばらく、ハウステンボスの街並みを楽しむ。本当に、綺麗なところだ。
途中、跳ね橋が上がって通る場所もあって、ちょっと興奮した。
向井さんとつり合うように、大人の女性を目指すと心の中で誓ったばかりなのに、すぐこれだ。
向井さんの目付きも、お父さんが娘を見るような、穏やかなもので……。ちょっとやだ。
私は居住まいを正し、話しかける。
「あ、そうそう。オランダとチューリップの関係、聞かせてください」
話は本題へと移る。
「チューリップがオランダに持ち込まれたのは、六世紀ごろの話だ」
「原産国じゃないんですね」
「ああ。トルコのアナトリア地方が原産とされている。オランダは、球根の産地だ」
日本で販売されているチューリップの球根の多くが、オランダ産らしい。
「チューリップはオーストリア大使とその友人の手で、ヨーロッパにやって来た」
オランダの植物園で育てられたチューリップは評判となり、愛好家による購入で価格が高騰した。
「中でも、無窮の皇帝と呼ばれる、赤に白の線が入ったチューリップは、小さな家が建つほどの価値があったらしい」
「小さな家! たかが、チューリップ一輪で……」
「信じられない話だが、事実だ」
元々、オランダ人は花畑に囲まれたお屋敷に住むことをステータスにしていたらしい。
そこで登場したチューリップの花に、人々は熱狂したのだ。
皆がチューリップを求め、価格はぐんぐん上昇。
チューリップで商売ができると、さまざまな人達が市場参入した。
しかし、当然ながら、それも長くは続かなかった。
チューリップ市場は突然崩壊したのだ。
「まさか、そんな歴史があったなんて」
その後、チューリップは庶民にも手の届く花となり、オランダ全土に広まった。
「広々としていたオランダの地は、チューリップ栽培に向いていたらしい」
「そうだったのですね」
オランダ人にとって、高貴の象徴たるチューリップは、現代において経済を支える事業の一角となっているようだ。
「とまあ、楽しい話でもなかったが」
「いえいえ、勉強になりました」
話を聞いているうちに、クルーズは終了となった。
それから、実際に園内を歩き回り、景色やアトラクションを楽しむ。
あっという間に夜になってしまった。
ハウステンボスは暗くなってからも、楽しみがある。
なんと、園内がライトアップされ、幻想的な様子に変わるのだ。
中でも、時計塔の上から流れる、光の海は圧巻だ。
もう、語彙とか死んでしまった。すご~いときれ~いしか言っていない。
人も増えているからか、迷子にならないよう、向井さんは手を繋いでくれた。
ハウステンボスはチューリップだけではない。
五月からは薔薇、六月は紫陽花、七月は百合、八月は花火、九月から十月はオクトオーバーフェスト、コスモス、薔薇、ハロウィン、十一月、十二月はクリスマスなど、年間を通してさまざまな催しがある。
一回言っただけでは、楽しみ尽くせない。
「また来ましょうね!」
そんなことを言ったら、向井さんはにっこりと微笑んでくれたのでした。
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