契約者達と将軍の家族
「うーん、夜風が気持ち良いわね」
「主よ、此処は蒼王国の中で国境からも離れている。気を抜くのは良くないぞ」
「ルードル、帰って来てから心配性になっているわよ。今居る場所を考えればいらない心配でしょう。心配されていた魔獣も怯えて襲ってこないし」
私はそう言って微笑むと、下を向いて闇の中に小さく見える森を見つめた。あの森の中には好戦的な人肉を好む小型の魔獣が多く住んで居て、空を飛べる魔獣も沢山いると聞いていた。だから侵入する時に襲われる可能性を考えていたのだ。しかし・・いや、やはりと言うべきか、龍のコジャスの背にいる私達には襲ってこなかった。
「まあ確かに小型の魔獣と聞いていますし、此処までの高度を取っていれば問題無いでしょう。でもカリーナ油断は禁物ですわ。私達は援軍と一緒に砦に着いたリグトン団長に全てを押し付けて、更に反対を押し切って出て来ているのですわよ」
「あー、確かにリグトンさんには無理を言って悪い事をしたわね。でも・・・」
「主よ。此処まで来ておいて今更だが、本当に此れで良かったのか?僕がいない間にジェスター将軍は亡命を断ったのだろう。それでは事情を聴いたリグトンが反対するのも当然だ。僕も主が無駄に危険を冒す必要は無いと考えるのだが・・・」
私はルードルの発言に顔を顰めた。確かにルードルがそう言うのも分かるのだが、私は断った時のジェスター将軍の悩み抜いて憔悴した雰囲気と、お兄ちゃんの言葉から行動する事を決めていた。ただ私自身も冒す危険と得られる物が見合うのかは分かっていなかった。
「・・・・・ねえ、フレイ、タマミズキ。今更だけど私の判断は間違っているかな?」
「明確に間違っていると思ったら、捕虜達に将軍の領地の話をさり気無く聞いた時に止めていますわ。ただ今回は潜入なのですから、見つかったらお終いだと思って置くべきですわ。だから気を抜くのは論外ですわ」
「ウッ、分かったからそんなに睨まないでよ、フレイ」
「クスクス、そうですわね。行動の是非は終わってみないと分かりませんが、もし誰かに見つかったら私が死人に口なしと言う事で処分しますわ。だからカリーナもフレイも安心して良いですわ」
ギョッとする私とフレイに艶然と微笑んだタマミズキは、夜闇の中で月明かりを浴びて、惹きつけられる美しさを醸し出していた。その姿には悔しいが、今の私には持ちえない大人の魅力が溢れていた。もっとも光か闇かと問われれば闇で、惹きつけられて触れたら最後、抜け出せずに破滅させられるのが、明確に思い浮かべられる姿でもあった。
「たた、タマミズキ、雰囲気が何時もと違うわよ」
「クス、少し昔を思い出した所為ですわ。昔の私はよく夜闇にまぎれて色々やっていましたの、うふふふふ」
聞いているだけで背筋がゾクゾクしてくるネットリとした笑い声に、私は見てはならない深い闇を見た気になっていた。そして何時の間にか冷や汗を掻いていた私は生存本能に促されて、見られたのが関係無い村人だったら如何するの?と言う浮かんだ疑問を口に出せなかった。
「そそ、そう。アッ、森を過ぎたし、簡単な手筈を説明するわ。フレイが魔法で音を断ったら、私が屋根の上に飛び降りて、近くの窓をそっと破って侵入するわ。其処からは状況次第だけど、私に付いて来るのはルードルとタマミズキよ。フレイは屋根の上に留まって周囲の警戒と中から逃げ出す者が居たら倒して頂戴。コジャスは大きいから上空待機よ。今回の目的はジェスター将軍の妻と娘の確保よ。良いわね」
その言葉に皆が態度を改めて頷いたのを見届けた私は、一瞬で真剣な顔になって前を向いた。お兄ちゃんが如何とでもすると言ったとは言え、やはり私が失敗して負担をかけるなど願い下げなのだ。口元を引き締めた私は、ようやく見えてきた村を前に手をギュッと握りしめていた。
「ヨッ、ウッ、なかなか手ごわいわね。流石貴族が使う窓水晶版だわ。素材の強度が全然違うし、防犯用の魔道具に加工されているわ。此れは安易に壊したら気づかれるわね」
「気づかれない様に破れないのか?なら・・・」
「結論を急がないの、ルードル。こんな事もあろうかと思って、ちゃんと用意してあるわよ。修理用の特殊な魔道具をね。修理する時に魔道具が作動したら困るでしょう。だから其れ用の魔道具があるのよ」
私が其れを取り付けてごそごそやっていると、フレイの呆れた様な声が聞えた。
「私は殆ど一緒に居たと思うのですが、何時の間にそんな魔道具を手に入れたのですか?抑々そんな魔道具があったら防犯にならないのでは?」
「ヨッ・・・クッ・・・・そうね、此れは管理が厳しくて、悪用すると一族郎党全てが国賊として処分されるわ。だから取り扱う者は決められていて、貴族でも簡単には手に入らないの。でもまあ今の私は王族の様なものだし、金の炎を使って犯罪者共を捕まえた時に、使えそうな物を空間に入れて持って行っても問題無いでしょう」
「・・・・・・・・・カリーナ・・・貴女・・・・・・」
「クスクス、そう言う考えは嫌いではありませんわ」
「・・・主・・・・ロベールに知られても知らないからな」
私の後ろで軽い非難と楽しそうな声が聞こえてきた。
「はいはい、皆が話さなければばれないわよ。確か教わった説明では・・・・ここをこうして・・・・うーん、説明と微妙に違うわね。国が違うからかな?まあ良いわ。魔力を込めて見れば分かるでしょう」
言葉を聞き流しながら、ぶつぶつと呟いた私は、魔力を込めてとうとう窓水晶版を安全に取り外す事に成功していた。しかし途中までは大変だったのだが、最後の瞬間にはカポッと拍子抜けする様に取れてしまい、初めての作業に内心不安だった私の顔には、何とも言えない苦笑いが浮かんでしまっていた。
「よし取れたわ。取れてしまえば後は・・・・ふんふふん、よし鍵も無効化出来たわ。さあ見つからない内にさっさと入るわよ。じゃあフレイ、後はお願いね」
「分かりましたわ」
上手くいって鼻歌まで歌った私は、上機嫌でするりと窓枠の中に体を滑り込ませて、意気揚々と部屋の中に入った。しかし私は入った瞬間に眉を顰めてしまった。その部屋は長く使われていない様で、埃が積もって哀愁を感じさせられたのだ。
「此処は・・・・・・・」
「ええ多分、ジェスター将軍の部屋でしょうね。掃除もされていないと言うよりは、封鎖でもされているのでしょう。家族との関係を考えれば分からなくもありませんが・・・・。さて、中の物は如何しますか?カリーナなら持って行けるでしょう」
「そうね、一応入れて置きましょう。何か分かるかも知れないし、ここで朽ちさせるよりは、ジェスター将軍の元に持って行った方が良いでしょう」
私とタマミズキが手当たり次第に空間に目につく物を入れていると、ルードルが鼻をひくつかせて警告してきた。
「主、この館はおかしいぞ。人の匂いが殆どしない。貴族の屋敷ならもっとしているのが普通のはずだ。其れに何か嫌な臭いが微かに漂っている様な気がする」
「そう、なら気を引き締めた方が良さそうね」
私は空間を閉じると、慎重に足音を殺して扉に向かった。そしてそっと扉を開くと、外の様子を窺って目を見開いた。
「ねえ、タマミズキ、此れを見て如何思う」
「廊下の絨毯にも埃が積もっていますわね。此れでは歩けば足跡が残りますし、足跡が無いのが、人が暫く歩いていない証拠になりますわ。・・・この館は既に放棄されているとも考えられますが・・・・でも・・・・」
「そうよ、タマミズキが考えた通り、さっきルードルは人の匂いがすると言ったわ。ねえ、ルードル、人の匂いはこの階からするの?それとも下かしら」
「・・・・・下からもするが、一番近いのは右に向かって三部屋目からする」
「そう・・・・扉の前に足跡は無いのに匂いはあるのね。フゥ、此れは覚悟を決めて向かうとしましょうか」
「クス、そうね。何か出そうな雰囲気が漂っていますわ」
「タマミズキ・・・・・もう、やめてよね」
私はジロッと睨んでから、そっと部屋を出て問題の部屋の扉を開けた。其処は家具で窓を封鎖しているらしく、真の意味で真っ暗だった。
「ウッ、何で真っ暗なのよ・・・」
もう其れだけで嫌な予感がヒシヒシとする部屋の中に、私はごくりと喉を鳴らしながら、掌に灯した炎で闇を祓うように踏み込んだ。
「・・・失礼します。誰かいますか?」
不安を払う様に声に出した私は、言ってしまってから自分の言動のおかしさに気づいた。そして勝手に忍び込んでおいてそれは無いだろうと思っていると、後ろからタマミズキの笑いを殺す気配がしてきた。其れに顔を羞恥で赤くした私は、返事の無い部屋の中央まで足早に進んだ。そしてそこで私は、ギョッとするものを発見してしまった。
「ちょ、此れは如何言う事?何でこんな・・・・・・」
「此れは・・・・まだ生きてはいますわ。でも此のままでは・・・・・・」
其処にあったのは、数多くの魔道具に繋がれてガリガリに痩せ衰えた人間の女性だった。叫ばなかった事自分を褒めたいくらいの酷い有様だったが、服装から判断して貴族の女性の様で、この人がジェスター将軍の妻だと思われた。
「・・・・・・・・この魔道具、取り外して良いと思う?」
「状況が分からないから、止めて置いた方が無難ね。この魔道具は・・女性の状態を維持する機能を持っているみたいだもの」
「・・・・・・分かったわ。まずは手分けして此の部屋を探るわよ。何か状況が分かる物を探して」
私が率先して窓を閉ざしている家具に向かうと、ルードルは扉からもっとも遠い部屋の隅に向かった。私には何も無い様に見えるが、鼻をスンスンと鳴らしているので何かあるのかも知れなかった。一方タマミズキは机に向かって行き、施錠された引き出しを魔法で無理やり開けていた。そして日記だろうか?一冊の本を見て真剣な表情になっていた。
「しかし窓を塞いでいるから何が入っているのかと思ったけど、此処は衣類や装飾品だけの様ね。まあ良いわ、此れもついでに空間にしまっておきましょう。・・・・あら、これは・・・参ったわね・・・何で血染めの服が入っているのよ。はあ、此の状況でこんな物が出てくると、不気味と言う言葉ですら手緩く感じるわね」
私が鳥肌をたてた肌を擦っていると、一瞬右腕が疼いた様に感じた。そして私が確かめ様とした時、ルードルの緊迫した呼び声が響いた。
「主、ちょっと来てくれ」
「分かった、すぐ行くわ」
ハッとした私はルードルの緊迫した声に返事をして、反射的に持っていた血染めの服を空間にしまって速歩で移動した。
「ルードル、何があったの?」
「此処なんだが、何か液体の様なものが乾いた跡がある。此処から先程感じた嫌な臭いがする」
「何かは分からないの?」
「分からない。だが今まで嗅いだ臭いの中では混沌獣のものが最も近いと思う」
「・・・・・・・それは確かなの?」
「ああ。だが近いと言うだけで、同じでは無い事も確かだが・・・・」
「そう、でも此れは早めに目的を果たして退散した方が無難そうね」
私がそう結論づけていると、今度はタマミズキが鋭い声で呼びかけてきた。私が今度は何よと思ってルードルと共に向かうと、タマミズキは顔を顰めながら手に持っていた日記を突き付けて読むように促してきた。
「如何したのよ?」
不審に思いながらペラペラとめくってみると、私は目に入ったその内容に慄然としたものを感じた。慌てて初めから読むと、出だしの方こそ娘が如何したこうしたと言うものと、夫の行動とそれに対する考えが書いてある、普通?と言っても良い物だった。しかし途中からは一変していて、私はルードルにも聞かせる為に小さく声に出して読んでいた。
「最近村の人達の様子がおかしい。良く知っている人のはずなのに、初めて見る人の様に感じる事がある。それに酷い時など、人間に見えない事すらあるのだ。娘が拒絶するので夫に頼れず、義父達も死んだ所為で精神が病んでいるのだろうか?此れは一度治癒師に診て貰った方が良いかも知れない」
此処で一度切れていて日付が大幅に飛んでいた。そして次が問題の部分だ。
「私は恐ろしい事を知ってしまった。村人は既に人では無いのだ。私が見たのはブヨブヨした物体が、人の血を垂らすとその血の持ち主と同じ姿になる様子だ。垂らしていたのは今度村長の勧めで新しく侍女になったキキラだ。目的は分からないが、此のままにはしておけない。実家から連れて来た古参の従者に、夫への手紙を託そう」
ルードルが目を細めて四肢に力をいれて周囲を窺い始めた。書いてある事が本当なら此処は既に何が起きるか分からない危険地帯なのだ。
「従者は帰って来ず、夫からの返事も無い。もう此れ以上は待てない。あれから分かった事を此処に記す。如何やらキキラは私と娘の事は、何らかの企みに利用する心算で、殺す心算は無い様だ。故に娘には何も知らせない事にした。その方が安全だろう。そして推測だが夫に対して何かをするのではないだろうか?私達の利用価値など其れしか無いはずだ。今日此れから残された者達と行動する。動けない娘の為にも勝利が得られんことを・・・・・」
室内に重たい沈黙が生まれる中、私は沢山の魔道具に繋がれてガリガリに痩せ衰えている姿の女性をジッと見つめた。この状態が示す通り、彼女は戦いに敗れて捕らわれているのだろう。私の胸にやるせなさが生まれていた。
「タマミズキ、あの魔道具は拘束用と食事などをせずとも生かす為の物と考えて良いわね」
「ええ、状況から考えればそれしか考えられません。ですが外すのは止めて置いた方が無難ですわ。あのガリガリの姿を見れば、外した瞬間に限界を迎える事も考えられます。万全を期すならロベールの元まで其のまま運ぶべきです」
「・・・・・そうね。私の時空魔法はお兄ちゃんや龍程じゃないから、面倒だけどフレイに運んで貰ってコジャスの空間に入れて運びましょう。余裕が無いとは言わないけど、此れから何があるか分からないしね」
そう言った私は窓を封鎖していた邪魔な家具をルードルと共に退けた。そして窓を開けてフレイを呼んで事情を説明していると、タマミズキが背中から声を掛けてきた。
「カリーナ、一応彼女が人間か如何か確かめておくべきではありませんか?」
「・・・・そうね。金の炎で確かめてみるわ」
私は人間以外を燃やす炎で肌をあぶってみた。しかし燃えない所を見ると、何も問題無い様だった。
「燃えないわ。フレイ、後は任せるわ。私達は此のまま娘の方の探索に向かうわ」
「分かりましたわ。でも予想外の事態ですし、音の遮断は出来なくなるので気を付けてくださいね」
フレイは風の魔法で彼女を優しく包み込んで空を飛んで行った。
「さあ、行くわよ。ルードル、人の匂いがする場所はどっちなの」
「初めの部屋の方に進んで行って、突き当りの壁をまがった先に居る様だ」
ルードルが先頭になって、廊下を足音を殺して進んでいると、途中にあった階段前でピタリと歩みが止まった。
「如何したの?ルードル」
「僕達以外の足跡がある」
「・・・・・・うわ、本当だわ。娘さんは動けないはずだから、此れはキキラと言う奴の物かしら?」
私が薄らと笑いながら名を口にすると、ルードルがビクリとして毛を震わせた。
「カリーナ、足跡は目的の部屋に続いているわ。扉の前で魔法を使って中の声を拾ってみてくれる」
「やってみるわ」
私は扉の前で部屋の中の様子を探って見た。すると女の話し声が聞こえてきた。
「お母様、この所ずっと忙しいのですか?あまり私の部屋に来られませんが」
「ええ、あの人がいなくなってから、村では色々問題があるのです。貴女の事はキキラに任せているから、何かあったら彼女に言いなさい」
「はい。でもお母様、お顔の色が優れませんし、体調がお悪いのでは?ずっとご様子もおかしいですし」
「その様な事、貴女が気にする必要はありません。貴女は自分の事だけを考えていれば良いのです」
「・・・・・・・・お母様、私の事を名を呼ばなくなって大分経ちましたね。偶には名を呼んで貰えませんか?」
「甘えては駄目だと言ったでしょう」
厳しい言葉を言われた娘だと思われる人が落ち込むのが感じられた。母親が偽物だと分かっている私は、此れ以上聞いていられずに魔法を停止すると、首を振ってからルードルとタマミズキに毅然と告げた。
「此れ以上、悪趣味な見世物を見る心算はないわ。一気に踏み込んで私の手で偽物を処分します。タマミズキは娘の確保を、ルードルは他に敵が居たらその処分をお願いします」
「分かったわ。でも敵が何なのか分からないのだから、絶対に触らない様にしなさい。血を得て擬態するのならカリーナの血を与えるのは不味いわ」
「・・・・ええ、そうね。注意するわ」
返事をした私は扉を勢いよく開くと、娘らしき人の傍で話す、先程見た女性が痩せていなければ同じだろうと思える女性の穏やかな笑みが目に映った。しかし偽物と分かって要る私には作り物の笑みに見え、一瞬で湧き上がった嫌悪感と共に風の砲弾を放っていた。そして綺麗に掃除された普通の部屋だが、それ以外の館の状態を考えると異常でしかない部屋の中に踏み込んだ。
「何者です・・・・・・」
咄嗟に立ちあがって誰何した女性の胸に、私が放っていた風の砲弾がドスっと音をたてて当たり、その体を壁まで吹き飛ばし、勢いよく叩きつけていた。そして女性と壁がぶつかった瞬間、ベチャッと音がしたと思うと、体の一部がブヨブヨした物体に変わった。
「エッ・・・・・いやああーーーーー、お母様ーーーーーーーーー」
「静かになさい。貴女の母親はあんなブヨブヨした物体ではないでしょう。良く見なさい」
飛んで行った物体と娘の間に割り込んだ私の背で、タマミズキの頬を叩く音と叱責が響いた。そして娘のものと思われる息を呑む気配がした。
「此れを読みなさい。娘なら誰の字かは分かるでしょう」
「此れは・・・・・エッ・・・・嘘・・・・・」
そんなやり取りが聞こえる中、私はジッと物体を観察して警戒していた。すると物体は無事だった右腕の拳を振るった。五メーラ以上離れているのに何をやっていると思ったのだが、何と腕がビヨーンと伸びて鞭の様に飛んで来た。
「きゃあ、危ないわね。この」
私は一瞬驚いたものの警戒していたのでサッと避けて、素早く鞭を出して振るった。そして颯爽と飛んで来た腕を斬り飛ばした所までは良かったのだが、その後がいけなかった。
「ぎゃああああああーーーー、お兄ちゃーーーーーん」
乙女にあるまじき悲鳴を上げた私は、恥も外聞も無くそれから逃げた。其れとはビヨーンと首が伸びて、私の顔に向かって飛んで来たきたブヨブヨした顔だ。我慢できない生理的嫌悪感から腰を抜かしかけ、地面を転がって這うように逃げた私は、昔聞いたどこぞのお化けみたいな姿に戦慄していた。私はお化けやゾンビなどが生理的に受け付けないのだ。
「危ない、主」
ルードルの叫び声が響き、追尾する様に飛んで来たブヨブヨの首に、横から鋭い爪が振り下ろされた。ザンッと切り裂かれた首は、原形をグズグズに崩しながらゴロゴロと私の目の前に転がって来た。そして未だ原形を止めていた目と、私の視線がぶつかった時に、心の中でブチッと何かが切れる音がして、ドクンと疼いた痛みに促される様に右腕を振るっていた。
「ぎゃああああああーーーーーー、消えろ、消えろ、消えろ。私の前から消えて無くなりなさい」
鳥人である私は息をする様に得意な金の炎を操り、手当たり次第にぶつけていた。そして狂乱する私は、その炎の色が少し暗くなっている事に気づけなかった。
「ちょ、なにやっているの、カリーナ。正気に戻りなさい。此のまま館を火の海にする心算なの!?」
「主、冷静に・・・うお・・あつ・・・ある・・・・じ・・・・」
「ルードル、窓をぶち破って外に逃げるわよ。この子を背負って頂戴」
「ナッ、主を放って行くのか、そんな事・・・」
「今の金の炎はルードルの毛も燃やしたわ。其れが如何言う事か分かるでしょう」
「それは・・・・だが・・・・」
「金の炎の中でカリーナが傷つく事は無いわ。むしろ此のまま此処にいて、私達が傷ついた方が問題よ。後でカリーナが後悔して傷つく事になるのは分かるでしょう」
「グッ、分かった。少し大きくなるから背中に乗せて捕まる様に言ってくれ。クッ、やはりあれから精神が安定していないのか・・・・」
苦渋の表情で言葉を絞り出すルードルに、私は突然の事態についていけない娘を乗せて捕まらせた。
「何か失ってはいけない物はあるかしら。あるなら今すぐ言って頂戴」
「アッ、あの机の上の宝石箱だけは・・・・」
「分かったわ。私が持って行く。貴女は先に行って頂戴」
ルードルがガシャンと音をたてて窓から飛び降り、すぐに私も宝石箱を持って後に続いた。そして私が地面に降り立った時には、背後の館の上層部分が燃え広がった金の炎に包まれつつあった。
「・・・・・・私の館が・・・・・」
「村が炎に気づいて騒がしくなったぞ。如何する、タマミズキ?」
呆然して呟く娘の声を聞き流しながら、村が騒がしくなったのを気にするルードルの呼びかけにも答えず、私は館の入り口をジッと見つめていた。こんな事態になったらもう潜入とは言えず、もはや姿を隠す必要もなかった。何より此処に来て知った状況を考慮すれば、今は居るはずの重要人物を逃がさない様にするのが先決だった。
「何がありましたの?カリーナは何所ですの?」
「あの中よ。正気を失って無差別に炎をまき散らしているわ」
私が入り口から視線を逸らさずに簡潔に答えて説明すると、フレイは険しい顔で真紅の炎を身に纏った。
「私はカリーナの元に向かいます。暫く任せます」
フレイが壊れた窓から部屋に飛び込むのと同時に、入り口の扉が音をたてて開かれた。中から出てきたのは慌てた様子の侍女服の女と、それに付き従う館の使用人の服装の人々だ。
「ルードル、あの中に何人の人間がいるか分かる」
「先頭の女の匂いしかしない。いや・・・今分かったのだが、嫌な臭いの元凶はあの女だ。人間の匂いもすると言うのが正解だ。普通の人間じゃないのだろう」
「・・・・・そう、分かったわ。逃がす訳にもいかないし、私が全員処分するわ。ルードルは此処でその娘を守っていて頂戴」
ルードルが頷いて下がったので、私は堂々と姿を晒して駆け寄った。そして驚く女に、にこやかに話し掛けた。
「こんばんわ。貴女がキキラで良いのかしら」
「・・・・此れはお前の仕業なの」
「答えてくれないのね。ふふ、まあ良いわ。その警戒した表情を見れば一目瞭然だし。さて、私は此れから彼方達を処分する心算なんだけど、その前に貴女と後ろの奴らが何なのか答える気はあるかしら。人と入れ替えて何をする心算だったの」
「あはは、答える訳無いでしょう。さあこの女を殺しなさい」
キキラの声に従った使用人の姿の者達は一斉に動き始めた。手足をビヨーンと伸ばす者、胴体を伸ばす者、指を伸ばす者など、兎に角色々な場所を出鱈目に伸ばして攻撃してきた。
「ほんと気持ち悪い奴らね。でも・・・其れだけね。遅いわ」
私に飛んでくる攻撃は驚く程遅く、数百の雷の矢をのんびりと準備しても、まだ到達してこなかった。
「ふふ、此の耳が見えていないのかしら?私が容赦するとは思わないでね」
私は冷笑を浮かべて右手を振り、容赦なく雷の矢を放った。バチバチと音を響かせて飛んで行った第一陣の雷の矢は、次々と攻撃として向かって来ていた物体に突き刺さって内側から破裂させた。辺りにベチャッと音をたてて物体が飛び散る中で、私は左手を振って第二陣の雷の矢をキキラに向かって放った。すると伸ばした攻撃を迎撃された奴らが、キキラの盾になる様に矢にぶつかっていった。
「己を犠牲にして盾になったのは凄いけど、此れでもう貴女の手勢はいなくなったわよ。さあ、私は天狐でも悪狐だから、大人しく質問に答えた方が身の為よ」
「あはははは、ねえ知ってるかしら、此奴らの力で擬態出来るのは血を取り込んだ者だけなの」
「だからなに」
一瞬で追い詰められたはずなのに笑っているキキラに、私は目を細めて警戒した。
「あは、こういう事よ」
暗い笑みを浮かべたキキラが叫んだのと同時に、耳と尻尾が生えて私達天狐にそっくりな姿になった。虚を突かれた私は数瞬呆然としてしまった。その隙に飛び散っていた物体から私に対する攻撃が行われた。
「ナッ、飛び散ってもう破片なのに、まだ動けると言うの?」
数瞬の反応が遅れた私は、すでに後ろ以外に逃げ道が無く、後ろに跳んでも攻撃は避けられないと悟ると、自分の体を水の球体で包み込んで防いだ。
「あらあら、その様で何時まで防げるかしら。水で弾いた所で無駄よ」
「・・・・・・答えなさい。その姿は天狐の血を取り込んでいると言う事ね。何時どうやって手に入れたの」
私がスッと目を細めて睨み付けると、キキラは楽しそうに答えた。
「教える訳無いでしょう。それにしても水で身を守ったのは間違いだったわね。知っているわよ。天狐は複数の魔法を当たり前の様に同時に使えるけど、火と水の魔法を同時に使うのは苦手なのよね。まあ熟練者になると問題無いそうだけど、貴女は如何なのかしら?此れの弱点は火で燃やす事よ。もっとも燃やすと毒素を発生させるから、部屋の中にいた馬鹿はもう死んでいるでしょうし、貴女も其の状況では燃やせないでしょう。あはははははは」
「・・・・・・・死んだ?ふふ、あり得ないわね。どうやって部屋の中の事を知っているのか分からないけど、慌てて出てきたのだから、詳しくは知れないんでしょう。まあ確かに毒素が出るのなら、囲まれた状況で燃やすのは愚行ね。でも燃やす以外の方法が無いわけではないのよ。ふふ、小娘が調子に乗り過ぎたわね。天狐の血をどうやって手に入れたか必ず吐いて貰うわよ」
私がかつての自分の雰囲気に戻して殺気を込めて睨み付けると、小娘は目を見開いて後ずさっていた。其れを見ながら私は朗々と声を響かせた。
「母なる命の水よ、多くの命を生み出せし水よ、その力を反転させ、全てを呑みこみ分解消滅させる魔水となれ、魔分消水」
私の体を守っていた水の外側の色が藍色に変わり、攻撃して触れた物体をアッサリと分解消滅させた。目を見開いて驚くキキラに、私は冷たい笑みを浮かべて見せ付ける様に歩いて近づいていった。
「相手が悪かったわね。私の水の魔法は天狐の中でも屈指のもので、こんな芸当は当たり前なの。ふふ、其れにこれは藍水とも言って、炎鳥の纏う真紅の炎を見て対抗手段として開発した、天狐の王族だけが使う攻防一体型の古代魔法よ。ふふふふふ、ねえ、さっき面白い事を話していたわね。なんで貴女が天狐の魔法の事を知っているのかしら。私を見て怯えずに向かって来た事と言い、貴女には天狐の血の事も含めて色々話して貰うわよ」
「お、王族?く、来るな。その女を足止めしなさい」
キキラは慌てて踵を返すと、出てきた館の入り口から中に入ろうとした。しかし中に一歩踏み込んだ瞬間に、後ろに飛び跳ねていた。
「ふふふふふ、一階の貴女の部屋とその横の大部屋を見たわ。貴女があれの元凶ね。此処で何をしていたのか、そして此の人に何をしたのか話して貰うわよ」
目を血走らせて殺気を漂わせるカリーナは、右手に一本の小太刀をギュッと握っていた。しかし私の目には、この人と言っているが、後ろにはフレイが居るだけで、他の人は見当たらなかった。そして私はカリーナの言動とキキラが天狐に詳しかった事、更に真紅の剣を関連させて、あり得ないと思いながらも、まさかと思う気持ちを抑えられなかった。
次話の投稿は9日夜以降になります。次話もよろしくお願いします。




