契約者達と館の部屋
窓から飛び込んだ私が目にしたのは、ゴウゴウと猛り狂う炎に包まれた部屋の中央で、金の炎を纏って周囲に炎をまき散らす香織の姿だった。特に香織の近くは炎の勢いが凄まじく、館の床や壁が焼失しないのが不思議なぐらいで、炎鳥の私ですら部屋の中程からは一歩も近づけず、悔しさを胸に大声で呼びかける事になってしまった。
「クッ、カリーナ、何をしているのです。炎を収めなさい、カリーナ。私の声に答えなさい、カリーナ」
その後も何度も何度も名を呼んだのだが、私の必死の呼びかけは、今の香織には全く聞こえていない様だった。その瞳に意思の光は無く、明らかに様子のおかしい香織に焦った私は、一縷の望みを託して本来の名で呼びかける事にした。
「香織、此のままでは直哉に迷惑がかかりますわよ。すぐに正気に戻りなさい。直哉は今も香織を信頼して、無事に帰って来るのを待っているのですよ」
本来の名と直哉の名を声にする度に、香織の体がピクリと反応して動きが緩慢になってきた。私はもう一息だと考えて声を張り上げた。
「香織、自分の今までの努力を無にする心算なのですか。香織は直哉の隣に立ちたいのでしょう。こんな事では直哉の隣に別の女が立つ事になりますわよ」
「・・・・う・うう・・・・お兄ちゃん・・・渡さない・・・うう・・フレイ・・・」
ようやく反応して私の名を呼んでくれた香織は、此方を認識してすぐに脂汗を流し始めて膝をつくと、右腕を左手でガシッと掴んでいた。その痛みを我慢する様子に、私は慌てて怪我でもしたのかとジッと見つめたのだが、そこには何もおかしな所が見当たらなかった。
「カリーナ、腕が如何かしたのですか?」
「はあはあ、ズキズキと疼くのよ」
「原因は?何か思い当たらないのですか?」
「はあはあ、分からない。クッ・・・・・・・」
「分かりました、カリーナ。兎に角私が調べて治療しますから、金の炎を収めてください。今の貴女の周囲は炎に耐性のある私でも近寄れません」
「・・・・・ごめん、完全には抑えられない」
香織が言う様に、炎の勢いは半減したものの、未だに周囲にまき散らされていた。私は何とか自身の真紅の炎で相殺して香織の元に向かうと、右腕に色々な魔法をかけて調査と治療を試みた。しかし元々傷も無く、異常も見当たらなかったので、私の試せる調査法も治療法も一つを除いて尽きてしまった。
「・・・・・・・仕方ありません。此の状況で私までおかしくなったら不味いと思ったので、出来ればやりたくなかったのですが・・・・共感能力を使います。ジッとしていてくださいね、カリーナ」
「はあはあ、うん、わかった」
返事と同時に私は共感能力を使った。すると香織が感じている痛みが私にも襲い掛かってきた。
「ウッ・・・・・・覚悟していましたが・・・クッ・・・これは・・・・まさか・・・・」
あまりの痛みに脂汗を掻き始めた私は、このゴリゴリと神経をやすりにかけられる様な直接響く痛みが、精神的なもの特有の痛みだと気づいた。
「カリーナ、貴女、精神を負傷しましたね。クッ、何時ですと問い質したいところですが、考えるまでも無くあの時ですわね。クッ・・・・何故今まで言わなかったのですか」
「エッ、アッ、まさか・・・・うそ、あの時斬られたのが原因なのーーー。ああーーー、そう言えば私、怪我の治療をしてなかったーーー」
襲いくる痛みに歯を食い縛って質問する私の目の前で、香織はハッとした表情を浮かべてから、耳が痛くなる程の大絶叫を上げた。そして焦燥感タップリに、当時の事を細大漏らさずに話してくれた。その話の内容は度肝を抜くもので、私は聞いた瞬間にへたり込まなかった自分を褒めたくなった。しかも香織の話は突っ込み所が多すぎて、何所から対処すれば良いのかと考えると頭痛がし、あまりの非常識さと自覚のなさに眩暈を感じてしまった。
「・・・・精神世界で斬り合いをして、斬られたまま放置したですって。馬鹿ですか貴女は」
「そんなに怒らなくても良いでしょう。私もよく分かっていなかったんだから。フレイから貰った知識にも無かったわよ」
「クッ、そんな事は当たり前ですわ。精神世界を構築する能力なんて、前代未聞ですわよ。ハッキリ言って馬鹿げているにも程がありますわ。しかも其れだけで大概なのに、斬り合いまで出来るなんて、もはや想像の埒外ですわ。貴方達二人は自身の異常さをもっと自覚するべきですわ」
感情のままに叫ぶ私に香織が何か言いたそうにしていたが、ギロッと睨みつけると何かをボソッと呟いてから視線を逸らして話を逸らした。
「うわ、ひど。あー、その、ウッ、フレイのお怒りは分かったから、今は其れよりこの痛みを何とかして欲しいかな。クッ、何とかならないの?フレイ」
「・・・・・真面な治療では無駄でしょう。今は共感能力で干渉して、感じる痛みを遮断しますわ。ですが此れは治す訳ではないので、一時的な処置ですからね。此処から帰ったら皆に相談します。言うまでも無いと思いますが、勿論ロベールも含めてですわよ」
「・・・・・・・・・・はあーーーー」
私の顔色を窺う視線にロベールの名を出すと、カリーナは無言になって諦めた様に深いため息を吐いた。その顔色からは心中で、また迷惑を掛けたとか、また心配させたとか、また足を引っ張ったとか考えているのが、筒抜けだった。
「・・・・・ふう、如何ですか?まだ痛みますか?」
「うーん、多少の違和感はあるかな・・・・でももう痛みも感じないし、力の制御も問題無いわ。はあ、ようやく金の炎を収められたわ。しかし自分でも何で此処までの事をしてしまったのか分からないのよね。いくらああいうのが苦手でも、此処までするのは論外だわ」
「そうですわね。猛省してください。あっちだったら大惨事ですわよ。さあ、皆は先に外に行っていますわ。私達も行きましょう」
「・・・・・待って、フレイ。ルードルは下でも人の匂いがすると言ったわ。避難は如何なっているの?下は確かめたの?」
「・・・・いえ、多分この騒動で逃げる者を倒すので精一杯だと思いますわ。ルードルは娘を背に乗せていましたし」
「そう、なら階段から下に降りて探索するわよ。こんな事で人死にを出したら目覚めが悪いわ。フレイ、ついて来てくれる」
「もう、仕方ありませんわね。行くなら早くしましょう。何時までも館が持つとは思えませんわ」
私が返事をすると香織は頷いて、慌てた様子で部屋を出て行った。そして私はその背を見て付いて行きながら、今の香織は片時も目を放す訳にはいかないと思った。杞憂であってくれれば良いのだが、遮断した時にざらつく思念の様な物を薄らと感じたのだ。私は後でタマミズキ達に相談しようと固く心に刻んでいた。
「此処にも人はいないわね。まあ、またそれ以外はいるけど・・・・」
部屋の扉を開けると、中にいたブヨブヨした物体が網の様に広がって、私に覆い被さろうとしてきた。素早く金の炎を放って迎撃する私だったが、物体は燃やされながらもグネグネと動いて近寄ってきた。
「もう、うっとうしいわね。コノッ、大人しく焼かれなさい」
ブヨブヨした物体に容赦なく止めの金の炎をぶつけると、ようやくジュッと音をたてて蒸発しながら黒い煙を出した。
「カリーナ、煙を吸う前に早く移動しますわよ」
「ええ、分かっているわ。さっき吸って喉が痛くなったばかりだもの。ほんっと気持ち悪い上に毒素まで出すなんて最悪な物体だわ」
「そうですわね。どこからともなく湧いて出てきますし、もう百以上倒しているのにまだいる以上、元を断たないと駄目かも知れませんわ」
「そうね。なら私は此のまま右に行くわ。フレイは左をお願い」
「待ってください。二手に分かれるのは・・・・」
「フレイ、このまま時間を消費すると人が居ても助けられなくなるかも知れないわ。私を心配する気持ちは分かるけど、無理はしないから此処は目を瞑って頂戴」
「・・・・・何かあったらすぐに声を出してくださいね」
「分かったわ。約束するわ」
素早く部屋から出た私達は二手に分かれて此の階を探査する事にした。金の炎に包まれた館は脆くなっているので何時まで持つか分からないのだ。
「こっちはいませんわ」
「そう、こっちもいな・・・・・きゃあ・・・このっ、脅かさないでよ。さっさと消えなさい」
天井から落ちてきた物体を反射的に燃やした私は、発生した毒素を避けて退避しながら止めの一撃を放った。
「全く・・・人はいないのに謎の物体の方だけいるんだから・・・・ウワッ、まだいるの?もう、いい加減にしてよね。はあーー、しかし炎の所為か、既に完全に擬態が解けているのだけが救いね。半端な状態なら生理的嫌悪で戦えなかったわよ」
新しい物体が窓からぞろぞろと部屋に現れ、ウンザリした私は炸裂する火炎球を部屋に叩き込んだ。そして一瞬で業火に包まれた部屋の扉を閉じた私は、ブツブツと文句を言いながらフレイと合流して一階に移動し、近場から次々と扉を開け放って部屋の中を確認して行ったのだった。
「カリーナ、本当にまだ人間が居るのでしょうか?もう逃げているとは考えられませんか?」
「それならそれで良いのよ。外にはタマミズキ達が居るのだから、きっと上手くやってくれるわ。さあ、残りはあと数部屋だし、次に行くわよ」
「アッ、待ってください、カリーナ。確か前の部屋は横に長く狭かったですわよね。そして此の部屋は縦に長く狭いし、前の前の部屋も同じだったはずですわ。だとしたらおかしいですわよ」
同じ事を繰り返す中で、何時の間にか扉を開けて人がいるかだけを確かめていた私は、フレイの言葉にハッとさせられた。そして慌てて奥の窓に駆け寄って開け放ち、首を出して横の壁を確かめた。
「窓はないけど壁は普通にあるわね。・・・とすると三つの部屋はコの字型だから、中央の空間があるはずだわ。これは・・・隠し部屋ね。フレイ、お手柄よ。たぶん隠し扉があると思うから急いで探すわよ」
頷き合った私達は、隠し部屋に面する壁をぺたぺたと隈なく触っていった。
「カリーナ、ありましたわ。微かにですが空気が動いています。此処に隠し扉があるのは間違いありませんわ」
「やったわね、フレイ。ふふふ、私も今おかしな所を見つけたわ。此処何だけど・・・叩いた音が他と違うから空洞になっているんじゃないかしら?こういう時は・・・・」
ごそごそと弄ると案の定、壁が外れてスイッチが現れた。私はニッコリ笑ってスイッチを押すと、すぐにガコンと音が響いてフレイの前の壁が横に動いた。
「ふふ、やったわね。さあ、鬼が出るか蛇が出るか知らないけど、この先にある真実を見せて貰いましょうか」
勢い込んで踏み込んだ部屋は、研究部屋と言う言葉がピッタリの空間だった。私がパッと見ても、沢山の本、大きな器に入った妖しい臭いの液体、用途の分からない数々の道具達、そして培養されていると思われるブヨブヨの物体が目に付いた。
「・・・フレイ、あれが元かな?でも今の所、問題無いみたいだし、まずは本の方から確かめましょう。あの机にある開いたままの本なんか良さそうよね。・・・・フレイ?」
私が話し掛けたのに、何故かフレイは返事をしなかった。何かあったのかと思って頭上を見ると、そこには真っ青な顔をして、フラフラと落ちて来ているフレイがいた。
「ちょ、フレイ、大丈夫?まさか毒素にやられたんじゃないでしょうね」
私が手を差し伸べると、フレイは手のひらに降りてきた。そしてブルリと身を震わせて荒い息と共に掠れる声を出した。
「はあはあ・・・・・違いますわ。ちょっと目にした物が尋常ではなかっただけですわ。はあはあ、カリーナは本棚などの後ろになっていて見えないのでしょうが、見るのなら覚悟を決めて悲鳴をあげない様に歯を食い縛ってください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
尋常では無いフレイの様子に、私は無言になってゴクリと喉をならしていた。ハッキリ言って行きたくないが、此処での真実を知る為には行くしかなかった。重たい足を一歩一歩前に進めて移動した私の前に、ついにフレイの見たそれが姿を現した。
「ヒッ・・・・・ななななな・・・・・・・ななななななな・・・・・・」
自分の口から意味をなさない声が漏れているのを聞きながら、私の頭の中は動揺と混乱に埋め尽くされようとしていた。其処にあったものは数十人の寝かされたミイラの様な人間だ。しかもその胴体に剣、槍、小太刀、斧などの武器を突き刺されていて、明らかに常人なら死んでいそうなものなのだが、うーとか、あーとか、言う微かな呻き声や息遣いが聞え、この状態でも全員生きているのが分かった。
「ハッハッハッ・・・・・・・・」
異常な光景に過呼吸に陥りそうな私にとっては、もうこれだけで冷や汗などが止まらないのだが、残念な事にフレイがあんな風になった原因はこの先だった。
「はあはあ、ちょ、何なのよ・あれ・・・・・何で生きているのに胴体がない人がいるの?それに胴体に刺さっていたと思われる剣の周りが、グチャッと歪んで見えるわよ。これじゃまるで、剣に取り込まれて・・・いえ、食われている様に見えるわよ。何なのよ・・・ねえ、何なのよ、此れは・・・」
顔を歪めた私の叫ぶ声がむなしく部屋に響いた。そして立ち尽くす私の目の前で、ドクンと剣が脈打った瞬間、胴体は無くともあった両腕がグチャッと原形を崩して、剣の歪みに取り込まれていった。私は目の前で起きた現象に寒気を感じて後ずさり、無意識に手の平のフレイの体温を感じ様として強く掴んでしまった。
「カリーナ、痛いですわ。私は此処にいて何所にも行きませんから、冷静になって離してください」
「アッ、ごめん、フレイ」
私が慌てて力を抜くと、フレイは仕方ないなと苦笑してした。そして其れを見てホッと一息ついていると、今度は背後からガタガタと音が響いた。ビクンと驚きに身を震わせた私は、さっと振り向いて身構えた。しかし其処には誰も居なかった。
「・・・・・・・・・・・確かに音はしたのに気配も何も感じないわ。フレイは何かの気配を感じる?」
「いえ、私も感じませんわ。初めは物体が動いたのかと思いましたが・・・・・違いますわね」
フレイは音が鳴るのと同時に飛び立っていて、物体を見ながら答えてくれた。私はその答えに緊張を増して、些細な変化も逃さない様に周囲を窺った。そして一瞬が無限にも感じられる緊迫感の中で、またガタガタと音が響いた。
「・・・・・・・・フレイ、今私の目にはあの机の上の小太刀が音をたてた様に聞こえたんだけど?」
「ええ、私にもそう聞こえましたし、微かに震えた様に見えましたからあっていますわ。それとあの小太刀は後ろの奴と同じ型の様ですわ」
「・・・・・・・・・はあーーー、次から次へと、ほんとーーに嫌になるわね。小太刀が勝手に動くなんて、この館は大嫌いなお化け屋敷も真っ蒼な場所だわ。来た事を後悔しそうよ」
潤みそうになる目を閉じて頬をパチパチと叩いた私は、やけになった様にズンズンと歩いて小太刀をガシッと掴んだ。すると一瞬の眩暈と共に透き通った女性の小さな声が頭に響いた。
「聞こえますか?私はルルファ、この館の警備をしていた者の一人です」
「・・・・・聞えているわ、ルルファさん。フレイ、私は大丈夫だから周囲の警戒をお願い」
頷くフレイを一瞥しながら、私は声を聞き逃さない様に集中した。
「ああ、良かった。先程から貴女達の様子を窺っていました。貴女達はキキラの仲間では無いのでしょう。何故此処に居るのですか?」
「私達はジェスター将軍の家族を保護しに来たのよ。既に母娘は仲間が確保しているわ」
「本当ですか?ならお嬢様は御無事なのですね」
「ええ、無事よ。母親の方は・・・・・・と言う状況だからどうなるか分からないけど。其れより此方の事情を説明するわ。・・・・・・と言う訳だから何か知らないかしら」
「・・・・・まさかあれから二年以上も時間が経っているなんて・・・・・それに貴女は蒼王国の人間では無いのですね・・・・。お嬢様達を如何なさるお積りですか?」
「お兄ちゃんの元に連れて行くわ。二人の治療も、お兄ちゃんなら何とか出来るはずよ。其処からはお兄ちゃんの判断しだいね。私はお兄ちゃんに意見する心算はないわ」
「・・・・・・・・私が貴女の武器として力になります。そして貴女が知りたい事を教えましょう。だからその対価に三つの願いを聞いて貰えませんか?」
「うーん、内容次第ね」
「まずはお嬢様達の身の安全と生活の保障。次は其処にいる者達と村を安らかに眠らせてあげてください。村人はもう生きていません。そして最後にキキラと研究内容の処分です」
「・・・助けるではなく、眠らせるなのね」
私が剣などを刺された人達を見て尋ねると、湿った声音で絞り出す様に言葉が放たれた。
「はい。此処まで肉体が取り込まれてしまっていては助けられません。そして私の様に魂が定着する可能性もほぼ無いでしょう。キキラも気づいていませんが、私が唯一の成功例です。私が知る限り、百人以上が失敗して魂を消滅させられています。消滅すれは生まれ変わる事も出来なくなりますし、消滅時に地獄の苦しみを味わう事になります。私はもう魂の悲鳴を聞きたくはありません。どうか魂だけでも助けてください」
「・・・・・そう、分かったわ。でも研究内容の処分は保留させて貰うわ。私は貴女以外に意思を持っているらしい剣を知っているのよ。その剣に対する対処法を知るのも目的なの」
「そんな・・・私以外の成功例はありません。何かの間違いでは?」
「残念ながら嘘では無いわ。でも、貴女と同じではないとも思うわ。今小太刀を手に持っているから、なおさら良く分かるけど、あの真紅の剣は一目で内包する力が貴女とは違うと分かる程なの」
「・・・・・・・対処法を見つける為で、私の様な者を生まないと誓って貰えますか?この様な姿で動く事も出来ずに、人としての自意識を持ったまま生き続けるなど・・・・・どうか私だけで終りにしてください。それならすぐに処分しなくても目を瞑ります」
「お兄ちゃんに誓って約束するわ」
「兄にですか?」
「うん、私の中では神に誓うより重たいのよ。だから安心して頂戴」
「ふふふ、分かりました。どうやら貴女は愉快な人の様ですね。カリーナさん、此れからよろしくお願いします」
「愉快って・・・もう・・・。フレイ、話は終わったわ。此処にある研究資料を空間に入れた後、此処は全て焼き払うわ。万が一にも焼き残しの無いように、フレイも手伝って頂戴」
「・・・・・・・・・・・その小太刀は安全なのですか?あの剣の様な力があったら問題ですわよ」
心配するフレイに会話の内容を説明して納得させた私は、近くにある本や道具を手当たり次第に空間に叩き込んでいった。そして全ての作業を終えて研究部屋を出ると、フレイと共に炎の魔法を中に何度も何度も執拗に放った。するとすぐに轟々と音をたてて金と真紅の炎が踊り狂い、部屋の中を焼き尽くしていった。
「これで良いわね、ルルファ」
「ええ、これで皆も安らかに眠れるでしょう。うう・・・・」
頭の中に響く泣き声に歯を食い縛って耐えると、私は小太刀をギュッと握りしめてクルリと踵を返し、疾風の様に走って館の入り口に向かった。ルルファの話では、キキラは館に炎を放たれた事に気づいて、物体を迎撃に回して慌てて外に逃げて行ったそうだ。だから急がないと外にいるタマミズキの手で決着がついてしまっているかも知れなかった。でも私は悲しい鳴き声と、罪の無い人達を手にかける原因を作ったキキラだけは、自分の手で始末をつけたいと思っていた。
「あの部屋を見たのなら、もう大体の事は分かっているのでしょう。今更説明はいらないでしょうし、する心算も無いわよ。其れより貴女、今面白い事を言ったわね。その失敗作をこの人と言ったでしょう。あはははは、此れは傑作だわ。もしかして私の研究は成功していたのかしら・・・。だとしたら今日は厄日ではなく、吉日だったみたいね。さあ、其れを渡しなさい」
私の言葉を一考だにせず、身勝手な事を言う目の前の女に、溜まっていた怒りと殺意があふれ出た。
「そう、そんなに此れが欲しいの。なら御望み通りにくれてやるわよ」
私はそう叫ぶと力強く床を蹴って、キキラに疾風すら置き去りにする速度で跳びかかっていった。そして私の動きに付いて来れず、棒立ちのキキラの腹に小太刀をブスリと突き刺した。
「え?何で?」
いきなり自分の腹に突き刺さっている小太刀を認識して、理解出来ないと言った風情のキキラに、私は至近距離で顔を睨んで冷たく告げた。
「ルルファの苦しみと思いを思い知りなさい」
私が握った小太刀をグリンと回転させて腹を抉ると、キキラは身の毛のよだつ絶叫を放った。
「ぐぎゃああああああああああああああーーーーーー」
「煩いわよ。お前が犠牲にした人達の痛みはこんな物じゃ無いわ。黙りなさい」
私は右足を振り上げると、キキラを容赦なく蹴り飛ばした。ドスと音を響かせて左肩に直撃した攻撃は肩の骨を粉砕し、更にキキラの体を十メーラ以上吹っ飛ばしていた。しかも刺さっていた小太刀が左脇腹を抉って抜けるおまけ付きで、血肉をまき散らしてのた打ち回っていた。
「あああああああああああ、おおおおおおおおおおおお」
小太刀を振るって刀身についた血肉を吹き飛ばした私は、その様子を冷たく見つめていた。するとキキラの傷の傍がグニャリと歪んで、ブヨブヨした物体の様になった。そして暫くすると形が整い、そこには傷一つない綺麗な肌があった。
「ふーん、耳と尻尾があるから普通じゃないとは思っていたけど、まさか貴女自身も気持ちの悪いブヨブヨの物体のお仲間だとは思わなかったわ」
「・・・私を一緒にするな。あれは唯の擬態人形よ。ある様に見える意思も擬似的なもので、言われた事をするだけのものよ」
キキラがふらつきながら立ちあがって、私を鋭く睨み付けてきた。しかし私は冷笑を浮かべて吐き捨てる様に言ってやった。
「まさか自分は人間だとでも言う心算?そんな体をしている上に、平然と人を犠牲にする研究をして、すでに人の心も失っているお前は、もはやあれと同じ気持ち悪い存在よ。私にとっては何も変わらないわ」
「貴様ーーーーーーー」
キキラは顔を真っ赤にして激昂し、雷の矢の魔法を放ってきた。音をたてて飛んで来る五十の雷の矢に、私は目を細めて肩を竦めると、素早く金の炎を纏って攻撃を避けもせずに受け止めた。
「無駄よ。五十もの矢を一度に放てるのは凄いと思うけど、威力が全く足らないわ。ハッキリ言って一本一本の矢の力は、貴女より普通の人の矢の方が威力があるわね」
「クッ、此れならどう」
キキラは懲りずに今度は水の矢を放ってきた。放たれた水の矢は数も大体五十程で、先程と変わったのは雷と水の属性くらいだった。私が避ける必要を感じずに同じ様に受けると、蒸発した水の矢から黒い煙が発生した。
「此れは・・・物体と同じ毒素ね」
「あははは、そうよ、油断したわね。しかもそれは私自身の物だから威力も桁違いよ。ちょっとでも吸ったらコロッといくわよ」
キキラの言う通り、この毒は強く、吸った私は眩暈を起こして地に膝をついてしまった。しかしまあ其れだけだ。契約者の私の耐毒性は群を抜いていて、この程度の毒では死にたくても死ねないのだ。それにお兄ちゃんには言えないが、こっそり手に入れた物の中には薬毒辞典の様な物と現物の毒もあり、その薬毒辞典に書いてあった通りに少量服毒して、耐毒性を高める訓練もしているのだ。ちなみに、前に針に塗っていた痛覚を増す薬も、その時手に入れた物の一つだ。
「ふう、喉も痛いし、外だから吹き飛ばしましょうか」
私は風の魔法で天高くまで毒素を吹き飛ばした。そして暫くすると、もう自身の治癒力だけで自然回復していた。
「ヨッと、さて毒素も抜けたわ。どうするの?」
私が掛け声と共に、何事も無かった様に立ちあがるのを見たキキラは、目を見開いて後ずさっていた。
「あ、あれは、天狐でも真面に動けなくなる毒素なのよ。なんであんたは平然としてるのよ」
「ふふん、そんなの分かり切っているでしょう。私があっちにいる天狐より上だからよ」
私が指さして得意げに告げるとキキラの顔が引きつり、タマミズキはムッとした顔で睨みながら近づいてきた。
「誰が誰の上ですって?カリーナ」
「ふふん、私が貴女の上だと言ったのよ」
「・・・・・・良いでしょう。其処の言葉覚えて置きなさい。今度後悔させてあげますわ」
タマミズキは私の様子を窺うように見つめてから、フレイを見て何かを納得した様に頷いていた。そしてキキラの方を向いて凍り付く様な殺気を飛ばした。
「毒素が天狐に効くと知っているのは見過ごせませんわ。まあだから先程、私を毒素で倒そうとしたのでしょうけど、貴女には色々と聞きたい事ばかりです。全て包み隠さずに吐いて貰いますわよ」
「あはは、私が大人しく言うと思って・・・・・ぎゃああああああああああ」
私が言葉の途中で素早く足に針を投擲すると、キキラは絶叫を上げて倒れ、のた打ち回ってくれた。
「何を笑っているのよ。私達は吐かせると言っているのよ。言いたくないなら黙っていても良いけれど、段々酷くなるわよ」
私は毒々しい紫の液体の入った小瓶を取り出して見せ付けた。
「これはゲッチャーの毒液よ。そう言えば後は分かるでしょう?」
一瞬で皆の雰囲気が戦慄したものに変わって、この場の雰囲気がピーンと張りつめてしまった。私はそんな雰囲気の中、一人寛いで周囲の人の様子を窺った。すると、キキラは痛みすら忘れて釘付けになった様に私の顔と小瓶を見つめ、フレイは現実を否定する様に首を振り続け、タマミズキは余裕を見せようとして失敗し、耳と尻尾をピクピクさせていた。そして遠くにいたルードルは雰囲気を察したのか、距離を大きくとっていた。
「効能は知っての通り、ただの脱毛剤だから問題無いわね。うふふふふ」
「ふふふ、ふざけんじゃないわよ。其れがただの脱毛剤な訳無いでしょう。使ったら最後、二度と生えて来なくなるのよ」
「だからなに?肌が荒れて毛が抜けて二度と生えないくらい、貴女がやった事に比べたら大した事無いでしょう。それに此れ位で驚いて貰っては困るわ。例えば此れなんてどう?」
黄色い綺麗な液体の入った小瓶を出しただけで、周りの皆はビクついていた。その事に少し嗜虐心を刺激された私は、館で溜まったストレスもあり、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。
「キャラヌの濃縮樹液よ。知っての通り、毛穴などから浸透してかゆくなるわ。ククククク、ゲッチャーの毒液の後に使ったらどうなるのかしらね」
皆はゾッとした表情で絶句していた。かゆくなるなどと言っているが、それは穏やかな言い方だ。正確に言うと血が出るまで引っ掻いても、収まらないかゆみに襲われるのだ。しかも濃縮されているので効果時間は五日と言う鬼畜仕様だ。
「こここ、この悪魔。私に手を出して無事に済むと・・・・・・」
私は最後まで言わせずにキキラの胸倉を掴んで視線を合わせた。
「お前の後ろに誰かが居るのは分かっているわ。村ひとつ壊滅させて一人で隠蔽できるはずが無いもの。でもね、私の後ろにもお兄ちゃんが付いているのよ。お兄ちゃんなら私の為に如何とでもするわ。うふふふふ」
笑う私を見ていたキキラの顔が絶望に染まり、体から力が抜けたのが分かった。此の時、自分では自覚していなかったけど、私の笑みは狂気が見え隠れしていたそうだ。そして痛みが無かったので自身では気づかなかったけど、斬られた右腕の状態はより酷くなっていたのだった。
次話の投稿は16日の夜以降になります。次話もよろしくお願いします。




