第27話:聖都への宣戦布告:これより、神の資産を査定します
「――さて、枢機卿。倒れる前に『破産申立書』の準備はよろしいかしら?」
静寂が戻った聖都の中央広場。
干からびたジュリアンという「燃料」の残滓を背に、私は震えるセシル枢機卿へ歩み寄った。
聖都を包んでいた黄金の光は、私のハッキングによって今や無機質な「システムコード」として空中に露出し、ノイズを撒き散らしている。
「……ありえない。神の奇跡を、単なるエネルギーの『転送』だと言い切るのか……。貴様は、世界を、信仰を何だと思っている!」
「信仰? 枢機卿、あなたの言うそれは、ただの『サンクコスト(回収不能な費用)』ですわ」
私は、手にした銀のペンのスイッチを切り替えた。
ペン先から放たれた光が、大聖堂の奥深く、石造りの壁を透かして「真の帳簿」を虚空に映し出す。
「見なさい。これが、あなたが神の名を借りて行っていた『不正融資』の実態です」
映し出されたのは、複雑に絡み合う魔力のフローチャート。
民衆から「祈り」として徴収された魔力は、救済に使われることなく、その六割が教会の「秘密裏の軍備」へ、そして残りの四割が――聖都の地下に眠る、正体不明の『巨大な虚無』へと吸い込まれていた。
「……世界の魔力不足は、神が求めたものではない。あなたがこの『虚無』を維持し、自らの権威を神格化するために、世界の帳簿からマナを『着服』し続けていた結果ですわ」
「そ、れは……世界を安定させるための維持費だ! 私がいなければ、このシステムは暴走し……!」
「いいえ。維持費にしては、代表者の接待費が多すぎますわね。セシル枢機卿」
私は、カシアンが差し出した「壊れた時計」を手に取った。
今やその時計は、かつてないほど完璧な円を描いて秒針を刻んでいる。
「カシアン卿、監査の最終段階へ移行します。……あなたの時計の中に眠る『真実のコード』。……これこそが、この不当な独占を解除するための『署名』ですわ」
「……ああ。好きなだけ使え、エレナ。私の過去も、未来も、全て君に預けてある」
カシアンの熱い視線が背中に刺さる。
私は時計を大聖堂の「隠し扉」へと押し当てた。
**ガガ、ガギィィィィィンッ!**
聖都全体が、悲鳴を上げるような振動に包まれる。
大聖堂の最深部――「神の座」と呼ばれた禁足地の扉が、千年の封印を解いて左右に分かたれた。
そこにあったのは、神像でも、楽園でもなかった。
脈動する、巨大な「黒い心臓」。
そしてその周囲を囲む、数千、数万の『負債の記録』。
「……。これが、世界の『端数』の正体……。……枢機卿、あなたは神の代理人ではなく、ただの『負債の管理人』だったわけですね」
セシルが、その場に崩れ落ちた。
彼の法衣は泥に汚れ、黄金の十字架は力なく石畳に転がる。
「……ふふ、ははは……。そうだ。……この世界は最初から『赤字』だったのだ。魔力は無限ではない。放っておけば、この『虚無』が全てを呑み込む。……だから私は、民から搾り取ってでも、世界を延命させてきたのだ……!」
「延命、ですか。……。あまりに非効率な延命措置ですわね」
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、その「黒い心臓」――世界システムのバグへと歩み寄った。
「足りないのなら、外部から『資本』を注入すればいい。……私が作った魔力塩。……そして、帝国が掌握した経済圏。……これら全てをこのシステムに『出資』として組み込みます」
「な……神に、出資するだと!? 正気か!」
「ええ。今日この瞬間をもって、私は『世界システム』の筆頭株主になります。……セシル枢機卿。あなたは解任です。……あなたの管理責任による特別損失は、あなたの命(資産)をもって補填していただきますわ」
私は銀のペンを、黒い心臓へと突き立てた。
私の脳内に、世界の収支計算式が溢れ出す。
$$\text{Total Mana} = \text{Source} - \text{Usage} - \text{Corruption}$$
この $\text{Corruption}$ (汚職・欠損)の数値を、私が今、北方塩湖で得た『無限の資産』で上書きする。
**「清算開始ですわ」**
眩いばかりの純白の光が、大聖堂の地下から、聖都の空へと突き抜けた。
教会の嘘に塗り固められた「奇跡」が、エレナの「論理」によって本物の『エネルギー』へと書き換えられていく。
聖都にいた巡礼者たちの体が、温かな光に包まれる。
病が癒えるのではない。魔力の欠乏による「飢え」が、適正な価格で供給されたマナによって満たされていくのだ。
「……。これが、お姉様のやり方なのね」
いつの間にか背後に立っていたミレアが、感嘆したように空を見上げた。
「信仰ではなく、正当な『対価』による救済。……神様、これからはお姉様の帳簿に従ってもらうわよ?」
◇
光が収まった時、聖都サン・ミシェルは、全く別の顔を持っていた。
教会の権威は失墜し、枢機卿は捕縛された。
だが、街には活気が溢れている。
エレナが「魔力」を「公共財」として定義し直したことで、魔法は特権階級のものではなく、誰の手にも届く資産へと変わったのだ。
私は、大聖堂の階段に腰掛け、手帳の最後の一頁にチェックを入れた。
「……これで、第2部の『決算』も終了ですわね」
「お疲れ様。……。私の顧問。……いや、もう世界の支配者と呼ぶべきか?」
カシアンが私の隣に座り、その大きな手で私の頭を優しく撫でた。
彼の懐中時計は、今や完璧なリズムで『生きている時間』を刻んでいる。
「支配者など、維持費がかかるだけの役職には興味ありませんわ。……私はただの、一介の会計士ですから。……もっとも」
私は眼鏡を直し、いたずらっぽく微笑んだ。
「……私のコンサルティング料、これからは『世界予算』の数パーセントを頂戴することになりますが……カシアン卿、支払えますこと?」
「ああ。……一生をかけて、君に貢いでやるとも」
私たちは、新しい朝を迎えた聖都を見渡した。
だが、その時。
私の銀のペンが、僅かに赤く明滅した。
――未回収の項目:1。
――対象:海の向こうの『未知なる大陸』。
「……あら。まだ、私の帳簿を認めていない『不届きな市場』があるようですね」
「……まだやるのか、エレナ」
「当然ですわ。……世界中の富が、私の帳簿で完璧に整うまで……私の残業は、終わりませんの」
帳簿の聖女、エレナ・フォン・ロスタンド。
彼女の不敵な笑みが、次なる「世界規模の買収」を予感させた。
(第2部:聖都激動編 完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これをもって『帳簿の聖女エレナ・フォン・ロスタンドの終末監査』、全編完結となります。
当初は「120億の受領証」という一枚の紙切れから始まった復讐劇でしたが、
エレナのペン先は国家、宗教、そしてついには「世界システム」そのものまでを査定し、
正当な価値(黒字)へと書き換えるに至りました。
カシアンと共に歩むエレナの未来に、もはや「不透明な赤字」は存在しないでしょう。
読者の皆様という「最良の投資家」の方々に支えられ、
この物語は一度も「不渡り」を出すことなく、最高の形で決算(完結)を迎えることができました。
皆様が注いでくださったお時間は、作者にとって何物にも代えがたい「無形の資産」です。
「エレナの断罪にスカッとした!」「最後に世界の理を解明する展開が最高だった!」
と感じていただけましたら、完結記念の祝儀代わりに、
ぜひ下の【★★★★★】と【ブックマーク】で、エレナの物語を華やかに締めくくっていただければ幸いです。
皆様の評価という名の「配当」が、作者の次なる物語への軍資金となりますわ。
それでは、また別の「帳簿」でお会いしましょう!




