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私は親友と一緒に転生しました  作者: Black Spice/ブラック・スパイス
魔法の習得
3/3

師匠と弟子

 レイナの屋敷に迎え入れられ、名を与えられてから、彼女はすぐに私を弟子として引き取った。


 だが、その修行は決して優しいものではなかった。


 この日は、そんな訓練の最中だった。


 ドンッ!


「きゃああ!」


 屋敷の訓練場が、土煙に包まれる。

 そして私は、その上空へと吹き飛ばされていた。


 あまりにも高くまで飛ばされ、もしかしたらヴィスマギアの街全体が見えたかもしれない。

 まあ、意識があれば、の話だが。


 屋敷は街外れの人目につかない場所に建っている。小さなスズメでさえ、私ほどの高さまでは飛べない……たぶん。

 正直、その時は意識がなかったので確認しようがない。


 ※※※


 ……うう。


 私はベッドの上でうめいた。

 意識の霞がようやく晴れかけた、その瞬間――


 悪夢から目覚めたかのように、叫び声を上げて跳ね起きた。


「……ここは?」


「やっと目を覚ましたわね」


「……師匠……」


 ベッドの傍らに腰掛けていたのは、私の師匠――レイナ・スタシアだった。

 普段は、マスター・レイと呼んでいる。


「……頭が、痛い……」


 額に手を当て、ズキズキと脈打つ痛みを抑えようとする。

 まるで、頭の中にもう一つ心臓があるかのようだった。


「そりゃそうよ。さっき、空から落ちたんだから」


「……」


「ぷふ……ぷふふふ……」


 彼女は口元を押さえたが、笑い声は抑えきれなかった。


「……落ち方が、ほんとに面白かったのよ」


「はぁ!? 本気で笑ってるんですか!?」


 彼女は片手でお腹を押さえ、もう片方の手で口を覆いながら、必死に笑いをこらえていた。


 ミスト国の森でメアリーに拾われ、この屋敷に連れて来られてから、半年が経っていた。


 それからすぐ、レイナ師匠は私を弟子として迎え、戦闘の訓練を始めた。


 ……訓練、という名目ではあったが。


 ほとんどの場合、実験台にされている気分だった。


 なぜか彼女は、戦いの中での私の成長を観察することに興味を示していた。

 鍛えたいのか、調べたいのか――今でもよく分からない。


 おそらく、その両方だ。


 訓練の大半は、体力、速度、筋力、そして反応速度を鍛えるものだった。

 避けて、受けて、耐えて、生き残る。


「まずは、丈夫な身体よ」


 それが、彼女の口癖だった。


 攻撃は、何か月もの間、禁じられていた。

 だが今日は、ついに模擬戦へ進むことになった。


 初めて、今まで学んできたすべてを使って、師匠に攻撃していい日。


 本来なら、喜ぶべきことだった。


 ……本来なら。


「師匠、そろそろ強力な魔法を使うのはやめてくれませんか?剣の稽古だけのはずじゃなかったんですか?」


「ふふふ……ははは!」


「笑うのもやめてください!」


「ほう……何を言っているの?私は強力な魔法なんて使っていないわ。あれはただの低級火魔法よ」


 彼女は私の正当な抗議を完全に無視し、

 訓練場を吹き飛ばすのが当然であるかのように、

 自分の魔法を正当化した。


「自分で言ってておかしいと思わないんですか?」


 私は気力の抜けた顔で、低い声を出した。


「低級火魔法で、訓練場が吹き飛ぶわけないでしょう!」


「それは弱者の泣き言ね」


 彼女は手をひらひらと振り、私の言葉を一蹴した。

 まるで、それが私の弱さの証明でしかないかのように。


 当然ながら、責任を取る気は微塵もないらしい。


 私はあまりにも疲れていて、

 これ以上言い争っても無駄だと分かっていた。

 どうせまた、私の力不足の話にすり替えられるだけだ。


 ――その時、ふと疑問が浮かんだ。


「……待ってください。火魔法は師匠の得意分野じゃなかったはずですよね?じゃあ、さっきのは何だったんですか?」


「ああ、あれはスキルよ」


 彼女は、あまりにもあっさりと言った。


「……スキル?」


 この世界には魔法がある。

 だが、ごく一部の者は、通常の魔法とは異なる特別な力を持っている。


 それが、スキルだ。


 スキルは魔法そのものではないが、魔法と併用したり、魔法を強化したりすることができる。


 だが、心身や魔力の限界を押し広げた者だけが、ようやく得られる力。


 生まれつきスキルを持つ者は、さらに稀だった。


 私の知る限りでは、メアリーさん、レイナ師匠、そしてマーカス卿。

 スキルを持つのは、その三人だけだ。


 そして彼らは皆、過酷な鍛錬の果てに、その力を手に入れていた。


 ――私は違う。


「かわいそうに」


 レイナ師匠は、にやりと笑った。


「あなたには、スキルすらないものね」


 私は歯を食いしばり、拳を強く握った。


 ……なんだその顔は。

 弟子を堂々と嘲るその態度。

 この人に、恥という概念は存在しないのだろうか。


「……ちっ。クソババア」


 気づいた時には、口から言葉が零れていた。


 わざとではない。

 だが――取り消すことはできない。


 レイナ師匠の表情から、笑みが消えた。


 次の瞬間、その顔は怒りに塗り替えられる。


 額に血管が浮かび上がり、彼女の身体を、淡い青色のオーラが包み込んだ。


 色合いだけ見れば、どこか涼しげで美しい。

 だが、そこから伝わってくる気配は、まるで違う。


 背筋にぞっとする寒気が走った。


 ――ああ、これはまずい。


 レイナ師匠は拳を振り上げた。


 ほとんど一瞬だった。


 魔力に覆われた、全力の一撃。


 直撃すれば、また意識を失うだろう。

 いや、それだけで済むかどうか……。


 その時――


 パンッ!


 乾いた音が、部屋に響いた。


 拳は、私の顔の寸前で止まった。


 一瞬、助かったと思った。


 だが、扉の方を見て、すぐに悟る。


 ……違う。


 立っていたのは、メアリーだった。


 目を閉じ、穏やかな笑みを浮かべたまま、

 彼女の身体から、黒い魔力が滲み出ている。


 怒鳴り散らし、暴れ回るような怒りではない。


 それよりも、ずっと質が悪い。


 静かで、丁寧で、

 ――恐ろしい。


 目を閉じているのに、

 部屋のすべてを見通しているような感覚があった。


 メアリーは美しい。


 だがその瞬間、私は確信した。


 この世界で一番怖い人は、

 間違いなく彼女だ。


「……おい?」


 メアリーは柔らかな声でそう言った。


「この騒ぎについて、どちらか説明してくれるかしら?」


「……」


 師匠と私は、同時に動きを止めた。


 一瞬、沈黙が落ちる。

 だが、何を言っても結果は変わらないと、二人とも分かっていた。


 これは質問ではない。

 処罰の前に形式だけを整えているだけだ。


「えっと……その、メアリーさん――」


 ドスッ! ドスッ!


 鈍い音が二つ響いた。


 次の瞬間、師匠と私は揃って頭を押さえ、

 行儀よく床に正座させられていた。

 まるで、悪戯を叱られる子供のように。


 メアリーの権威は、戦闘力によるものではない。

 沈黙と信頼――それだけで、誰も逆らえなくなる力だった。


「無駄話はそこまでです」


 彼女は淡々と言った。


「今日はまだ、マーカスとの訓練が残っていますよ」


「えええっ!?

 でも、さっき師匠との訓練が終わったばかりじゃないですか!少しくらい休ませてくれても――」


「……」


 メアリーの目が、静かに陰った。


「……おねがい、します?」


 私は必死に、できる限り可愛く見えるように懇願した。

 普段の彼女は優しくて穏やかだ。

 だから、少しは甘くしてくれるかもしれない――そう思った。


「休憩は、訓練が終わってからです」


 彼女は微笑んだまま言った。


「それとも……死んでから休みたいですか?」


「……いいえ、結構です」


 声が裏返った。


 この瞬間、はっきり理解した。

 本気でメアリーを怒らせたら、冗談では済まない。


 背中を、冷たい汗が伝う。


 死にたくはない。

 だから、選択肢は一つしかなかった。


 逃げることも考えられなくはない。

 だが、それでは何も解決しない。


 弱いままで、

 失望されて、

 心配をかけるだけだ。


 そんなのは、嫌だった。


「よろしい」


 メアリーは満足そうに頷いた。


「では、良い子にしてマーカスのところへ行きなさい」


 私は言われた通り立ち上がり、

 身体中の痛みを抱えたまま部屋を後にした。


 屋敷を出て、訓練場へ向かう。


 そこには、すでに一人の男が待っていた。


 訓練場の中央に、堂々と立つ影があった。


 ※※※


 私が部屋を出た後、

 師匠とメアリーは、静かに言葉を交わしていた。


 私に聞かせるつもりは、最初からない。

 実際、その声は、もう私の耳には届いていなかった。


「……ずいぶん成長したわね」


 レイナ師匠は、先ほどまで私と並んで正座していたとは思えないほど、

 気楽な姿勢で床に座っていた。

 脚を折り、膝の上に手を置きながら、

 その場の空気を完全に支配している。


「はい」


 メアリーは静かに答えた。


「ですが、まだ危険な状態です。

 残された時間も、あまり多くありません」


「……」


 レイナ師匠は何も言わなかった。


 その表情から、いつもの軽薄さは消えている。


 ただ、扉の方を見つめていた。


 まるで―そこにいない私の姿を、見通そうとするかのように。


「さあ、クライ坊ちゃん。そんなもんか?」


 マーカスは、木剣を手にして私の前に立っていた。


 彼はこの屋敷の執事で、年の頃は五十代くらいに見える。


 見せかけの筋肉ではなく、長年鍛え上げられてきた身体。

 その体格は、ただ立っているだけでも圧を感じさせた。


 白髪に、白い顎髭。

 片目の下には、斜めに走る傷跡があり、顔に十字を描いている。


 ……五十歳くらいで、こんなに白髪になるものなんだろうか?


「油断していると、怪我をするぞ」


 マーカスは木剣の握りを調整しながら言った。


 片眼鏡の奥の視線は、穏やかそうに見えて、まったく油断ならない。


 私は剣の柄を掴み、身体を支えながら立ち上がった。


 顔は痣だらけ、服は土まみれ。

 全身に痛みが走り、まともに喋るのも辛い。


「……うるさい、じいさん」


 こんな状態でも、なぜか口が勝手に動いた。


 まただ。


 私は歯を食いしばり、剣を両手で握り直す。

 次の一撃に備え、構えを取った。


「ほう……じいさん、か」


 マーカスは片手を背中から離し、腰を落とした。


 木剣は正面ではなく、やや横に構えられている。

 防ぐための構えではない。

 解き放つための構えだ。


「では……この老いぼれの力、とくと見せてやろう」


 ――速い。


 次の瞬間、マーカスは踏み込んでいた。


 土煙が舞い、距離が一気に詰まる。

 空気が裂けるような感覚が、肌を打った。


 五十代に見える動きじゃない。


 カンッ!


 間一髪で、私はその一撃を受け止めた。


「ほう。今のが見えたか」


 木剣同士が噛み合う。


 受け流せない。

 弾けない。


 防ぐしかない。


 ――重い。


 腕が悲鳴を上げ、膝が軋む。

 立っているだけで精一杯だった。


 その時、マーカスが微笑んだ。


「身体強化魔法――マナ・ビルド」


 彼の身体が、淡く光り始める。


 四方から、色とりどりの魔力が流れ込んでいく。無数の微細な魔力粒子――マナキュルが、彼の身体へと吸い込まれていった。


 やがて、虹色にも見える光が、彼を包み込む。


 ……少なくとも、私の位置からは、そう見えた。


「ちょっと待ってください!

 自分に強化魔法使うのは反則でしょう!」


「老体でな」


 マーカスは平然と答えた。


「助けは多い方がいい」


 ――消えた。


 瞬きもしていない。

 目を逸らしてもいない。


 それなのに、彼は消えていた。


 次の瞬間――


 左。

 右。

 背後。

 上。


 あらゆる方向から、攻撃が降ってくる。


 見えない。

 反応できない。


 次の一撃を予測することすら不可能だった。


 私はただ、じいさんと呼ばれた報いを、全身で受け取るしかできなかった。


 気が付いた時には、地面に倒れていた。


 全身が痛みで悲鳴を上げ、顔の感覚すらほとんど残っていない。


 マーカスは、満足そうな笑みを浮かべながら、消えかけた光の中で私を見下ろしていた。


「では、この老骨は休ませてもらおうか」


 木剣を肩に乗せ、彼は笑った。


 ……怖すぎる。


 こんな化け物みたいな使用人、師匠はいったいどこから連れてきたんだ。


 口を開こうとしたが、うまく言葉にならない。


「……ああ……なんで、毎回、口に出しちゃうんだ……」


 マーカスは背を向け、歩き出した。


 私は地面に寝転がったまま、荒い息を整える。


 身体強化魔法。

 マナ・ビルド。


 その言葉が、頭の中で何度も反響した。


 師匠が放つ派手な魔法とは違う。

 マーカスは、自分自身を強化していた。


 速くなり。

 強くなり。

 手が届かないほどに。


「……俺、遠すぎるな」


 思わず、言葉が零れた。


 この世界に来てから初めて、胸の奥で、危険な何かが蠢くのを感じた。


 もしかしたら……


 もしかしたら――


 あれは、俺にも使える力なんじゃないか。


「今日はここまでだ」


 途中で立ち止まり、マーカスは振り返った。


「好きに過ごすといい」


 そう言い残して、屋敷へと戻っていった。


 マーカスとの訓練という名のそれは、実質、袋叩きだった。


 だから、思ったより早く終わった。


 私はしばらく空を見上げたまま、倒れていた。


 どうすれば、あの人たちに追いつけるのか――。


「……考えすぎても仕方ないか」


 そう呟き、私は立ち上がって土を払った。


「……まだ半年だ。時間さえあれば、追いついてみせる」


 確か、師匠が冒険者ギルドに行くと言っていたはずだ。


 ……様子を見に行ってみるか。

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