刀の国にようこそ
宿を借りて、ミリンとショウユ味のご飯を食べて、湯浴みでばっちり元気になってから、剣術大会に向かった。
会場には見るからに豪華な馬車が何台か止まっていて、御者たちが馬の手入れをしている。きっと金持ちたちが観戦するのだろう。
こんな時間に開催されることからも分かるように、当然まともな大会ではなかった。
観戦には、許可証といくらかの観戦料も必要らしい。
ネミミが払ってくれたから良かったけれど、それだけで馬が何頭も買えそうな金額だった。
「これだけの額を払って試合を見に来てくれているとなると、戦う方も緊張しますね」
「あなたって変なところで律儀ですわね。殺し合いを見物しに来る悪趣味な人間を楽しませる義理もないでしょうに」
「ステラさんはぁ、エンターテイナなんですねぇ~。でも大丈夫ですよぉ~、本当に剣技を見たい人間は王都に行くので、ここに来る人たちは出場者の拙さや浅ましさを期待しているんですぅ~」
「ろくでもないな!」
私の知っているろくでもない大会だと、例えば義姉のやっている魔獣を作って戦わせる裏賭博がある。ここではその「魔獣」にあたるものが私をはじめとする出場者なのだった。
「私が言えることでもないんですけど、よくよく考えたら見ず知らずの私をこの大会に出させるネミミも相当ろくでもないですね!」
「まさかぁ~。どこをとっても適法ですよぉ~」
観覧席に行くエルミナたちと別れて、トーナメントの手続きと抽選を行った。
抽選といっても、他の十五枠は既に決まっていたらしく、くじを引くまでもなかった。私の番号は2。番号順に対戦カードが組まれる。つまりは初戦だった。
「控室がありますが、そちらで待たれますか? 軽食もありますよ」
「じゃあお願いします」
「それではご案内しますね」
と受付の人案内された部屋は、血が飛散していた。真新しい血が壁にべったりと張り付いている。中央の血だまりの上に死体が横たわっていた。
「………………」
「こちらで待たれますか?」
「ここで!? このまま!?」
「そちらは8番の方ですね。まあ、たまにあることですよ。彼女の初戦は払い戻しになるでしょう。逆のブロックですので、ステファさんの優勝までの試合数は変わりません」
「……あの、上の観覧席に知り合いがいるんですけど、やっぱりそっちで待機してもいいですか?」
「それではご案内しますね」
「あら、早かったですわね」
観覧室で待機していると、エルミナが一人で戻ってきた。
「おかえりなさい。なんですか、そのマスク。舞踏会?」
「観覧者のマナーだそうですわ」
「仮面舞踏会みたいな立ち位置なんだ……」
提供されていた茶葉の中にアルスっぽい香りのものを見つけたので淹れてみる。
馬鹿みたいに高い観戦料を払っているだけあって、給仕環境の整った豪華な客室だった。剣技場に面したバルコニーには、装飾性の高いチェアが置かれている。
「ネミミは?」
「急にインスピレーションが湧いただとかで帰りましたわ」
「創り手ですね」
「あなたが死んだなら、わたくしが刀を回収するように指示されましたわ」
「あの人、手慣れてる感ありますよね。こういうことを何度もやってそう。じゃあまあ私は、エルミナが雑用をしなくていいように頑張らなきゃですね」
「せいぜい期待していますわ。他の出場者はどうでしたの?」
「受付だけだったから見てないです。あ、や、控室に一人いたんですけど、死んでました」
「…………ごほっ……ごほ……失礼」
エルミナが飲みかけの紅茶をむせる。
「……それは、少し面白いですわね」
「ね。あー、せっかくならあの血だまりにこの刀を浸してくれば良かったな。それで出場者の血を吸わせたら任務完了でしたね」
「流石にそういうものではないのではなくて?」
「私が刀職人になったら、食用の牛の血だけで妖刀を作ってみようかな」
「あなたに作られる刀はさぞかし無念でしょうね」
「でも実のところ、刀には無念も有念もないらしいですよ。セイラが言っていました」
元剣聖三位曰く、刀に振り回されたり、「刀に選ばれた」と感じるのは二流なのだそうだ。剣聖にとって、刀はただそこに存在するだけだし、刀は自らが選ぶものだ。それはそうと、セイラは愛刀を妹のように可愛がっているけれど。
バルコニーに出て丸い剣技場を見下ろしてみる。
きっとあそこの土には、たくさんの血が染み込んでいるのだろう。
エルミナが、背の高い椅子に腰を下ろす。
お風呂上がりで艶が戻った髪の毛に加えて、目の上に仮面をつけているから、どう見ても悪い人に見える。
「あ、分かった。ちょっとそのままでいてくださいね。さっきあっちに猫ちゃんがいたんですよ」
ちょうど部屋の外にいたので、がんばって捕獲してエルミナの膝に乗せた。
「か、完璧だ……」
猫を膝に乗せ、紅茶をたしなみながら殺しの大会を見下ろす謎の貴族令嬢だ。
ユナちゃんが絶対に喜ぶやつ。
「あなたが無理やり嫁がされる国で変わり果てた姿にならないよう、せいぜい応援して差し上げますわ」
サービス精神旺盛な悪役宰相に撫でられて、猫がにやんと短く鳴いた。
***
エルミナと猫と遊んで癒されたので、いよいよ私は大会を頑張ることにする。
ルールは単純。
相手を行動不能にすれば勝ち。殺してもオーケー。
相手への攻撃は刀のみ使用可。
トーナメント形式で、四回勝てば優勝。
特に開始のセレモニー等はなく、案内員に促されて、剣技場の中央に出る。
私は初戦なのだ。
客席を見上げるといくつかのバルコニーに明かりが灯っていた。しかし決して満員御礼というわけではないようだった。たぶんほとんどが出場者の関係者なのではないだろうか。魔獣を作って遊ぶみたいに、そこら辺の人をお金で釣って戦わせて遊ぶ、みたいな。……私じゃん。
当然、トーレスの魔法大会のような活気はない。むしろ、静かな死の気配で満ちている。
反対サイドから、女が出てきた。
「キモノだ。知ってますよ、死に装束っていうやつですよね」
審判がいなかったから、勝手に声をかける。
案内の人曰く、昔はちゃんと審判がいたそうだ。だけど試合中に審判が斬られてしまうことがままあったから、その役目を強い人が担うようになった。結果、審判の優勝が続いたらしい。
全然意味が分からなくて、私はこのバカみたいな大会のことがちょっと好きになった。
女が静かに刀を抜いた。
とても上品な所作だった。
そういう感じなのか。温度感を間違えたせいで、私が馬鹿みたいになっちゃった。
待ってくれているようだったので、私も刀を抜く。
その刀身を見た女の表情が、余裕の不動から大きく揺らいだのが分かった。
「……~~っ。貴、あなっ、……ん……。なんて刀を持ってるの……ッ。はァ……こんな場末で、ったく、なんてご機嫌な一日」
女が重そうな足袋を脱いだ。
彼女が右足を引いて、手の甲を頬骨に当てるように、刃を地面に水平に構える。
ピリピリと目の奥が痺れるような殺気。冬の朝の湖面のような凛と張り詰めたその冷たさに、逆に心地よさすら覚える。
たぶん私の変な刀のせいで相手が本気モードに入っちゃった気がするけれど、釈明は無粋だろう。私だって対峙する相手がこの刀を抜いたなら、殺すか殺されるかの二択で考える。
私も刀を構えた。
静寂。
審判はいない。
女が跳んだ。
「……――ッ!」
眼前!
まっすぐに額に向かってきた刃を、左脚を軸に横から叩きつけて薙ぎ払う。
私の追撃よりも早く、女が踏み込みからくるんとターン。
美しい半円の軌跡が、喉元をかすめる。
その右腕を私が落としに行く。
女の切り返しの方が早く、受けられた。
踏み込んで間合いを詰める。
相手も詰めてくる。
二本の刀を挟んで、甘い口づけができそうなほどに二つの身体が密着する。
からの、バックステップ。これはタイミングが同じだった。引き斬り。
私が胴を狙ったのに対し、相手は私の手首を狙っていた。
着地。
重心を前後させるのは危ない気がして、勢いそのまま敢えて後ろに転がる。
その一瞬相手が視野から外れて、気付いたら当然のように彼女が眼前にいる。
私が人生であと一日でもトレーニングをさぼっていたなら、この足首はもはや私のものではなくなっていただろう。
……なんて感慨にふける間はない。
ぐいぐいぐいと迫ってくる。
私のことが好きなのか?
相手に弾かれた勢いを利用して宙で回転してカウンターを入れる。
攻守が入れ替わる。
受けに回ると重心の持ち直しが難しいので、このまま攻め切りたい。
「このまま攻め切りたい」で攻められるならとっくに勝ってるんだよ。
力を受け流される。
二回フェイントを入れて牽制。
「…………っ」
今のフェイントがやりにくかったのか、女がいったん距離を置いた。
間合いと構えが、試合開始時点に戻る。
間。
「…………名は」
女が低い声で尋ねる。
「――ステラ」
ここで偽名を答えるのは、この人に対して敬意を欠くと感じた。
光魔法で身体能力を上げていなければ、私はとっくに斬られている。
ただの一度目の攻防。
硬い黒パンを飲み込むよりも短い時間の斬り合い。
だけど今の動きをするために、この人がこなしたであろう鍛錬の量が私には想像できた。
人間の挙動の後ろに見える日々の積み重ね――それに対して抱く感情を、私は「尊敬」と呼んでいる。
「……シェイリ」
彼女が応えた。
「あはっ」
思わず、笑みが漏れる。
ただ名乗り合っただけなのに、ああ、楽しい。なんて楽しいのだろう。
剣聖たちが、その頂きを目指す理由が分かる。
「この国に来てよかった」
「あなたは皇国の人間ではない?」
「はい。旅行者です」
「そう。ようこそ、刀の国――スレイ皇国へ」
シェイリが小さく微笑んだ。
***
それから六度、似たような攻防があった。
シェイリが攻めて、私が受けつつ反撃をし、それに切り返される――。
傍目から描写するとそれだけだが、動作までに至らない牽制がその十倍はある。
互いの間を理解し、それを崩し、また適応する。
私の剣は、試合前よりも格段に上達した。
魔法も刀も本質は同じなのだと分かってきた。
魔術師が魔法陣でやることを、剣士は目線や動作の淀みでやるのだ。
これがあることで、相手は次手の選択肢がぐっと減る。
やる側からしたら手数が増える、すなわち剣速が倍になったようにすら感じられる。
刀という重い鉄の棒を、二倍の速度で振れるというのはとても実戦効果が高い。
きっとこれを極めていくとセイラとイオリが刀なしでよくやっているあれに行きつくのだろう。
そのレベルの地平の一端を垣間見られたことに、思わず口角が上がってしまう。
「随分と楽しそうだ」
ステップで刀を躱す。そのステップにも相手目線では三つの選択肢が付与されている。
鼻先スレスレに刀の幕が下りる。
「私はこの国に向いているのかもしれません」
今のは本来なら絶対に聖女キックの間合いなのだけど、これは試合だ――右下から斬り上げる――そんなもったいない無粋はしない――突きをはらう――そしてこれは相手も同じだ――間合いを詰める――この時間をしょうもないやり方で終わらせたくない。
私たちは「剣術」で戦っている。
決着は、そこから四度目の交わりだった。
極めて〝剣術大会的な〟終わりだった。
試合開始の段階では、光魔法による身体強化込みでも、彼女の方が強かったと思う。
だけど凌ぎつつ、高め合い、その中でやや、本当にやや私が上回った。
彼女の刀が降り下ろされたタイミングに、刀を完璧に合わせることができた。
右胸から左肩にかけて、彼女の身体にまっすぐな線を引いた。
「……っ……見事……」
静止したあと、シェイリがその場に頽れた。
雪原に咲く一凛の花のように、一筋の赤が滲んでいった。




