塩とタレ、みたいな
早朝、勤務明けのルーに別れを告げて、彼女が紹介してくれた乗合馬車でメグリの街に向かっていく。
乗合馬車は道中でぎちぎちの満員になったにも関わらず、終始静かだった。
本当はこの国のことを色んな人に訊いてみるつもりだったのだけど、「眠る人のために馬車内では静かにする」というマナーがあったので素直に従った。
ユナちゃん風に言うところの、「スレイではスレイ人のように振る舞え」というやつだ。しかし乗合馬車で眠るのって相当に治安がいいか、相当に気が抜けていないとできないことだと思う。少なくとも我がアルスでは推奨しません。
「あなた、起きなさい」
エルミナに肩を揺さぶられて目を開けると、客車にはもう私たちしかいなかった。
「……ふわぁ、おはようございます」
「メグリに着きましたわ。よくもまあこんなところで眠れますわね」
「や、寝てないです。目を瞑ってただけなんで」
馬車を降りると、そこはもう〝街〟だった。
「わぁ……!」
活気、喧噪、往来、におい、見慣れない建築様式、道幅、子どもの声。
それは昨日のミドにはなかった明確な〝異国感〟だった!
馬車を降りて一歩目ですでに楽しい!
「別の国だ……!」
街の雰囲気が、絶対的にアルスではないのだ。
一番の要素は建物だろうか。
見渡す限りの建物がユイン領にあるリョカンのような、私が期待する〝スレイ的な〟造りをしていた。横に長い二階建てで、屋根には独特のタイルが貼られている。どこも店舗には入り口の扉に半身ほどの布がかかっていて、これが通りとの仕切りの代わりを果たしている。
もしかしたらこれはリョカンで温泉に入るときにくぐるのと同じ概念なのかな。他にも部分部分としてはアルス王国ユイン領でも見たことのある光景だけど、それが街全体のスケールで目の前に立ち上がっているから、否が応でも盛り上がってしまう。楽しくなってしまう。
遠いところに来たんだ! というワクワク感。
どんなところにだって行けるんだ! という高揚感。
一度目の人生で聖女と判定され、初めて平民街を出て貴族門をくぐったときのことを思い出した。もういつのことだったかすら思い出せないけれど、あの頃の私はどんなだっただろうか。
〈聖女〉という使命に燃えていた?
いつか家族に楽な生活をさせてあげるぞと夢見ていた?
貴族しかいない学園で緊張しながらも馴染めるように頑張ろうと誓っていた?
少なくとも、今の〈私〉とはほとんど別人だろう。
あの頃の私には、どんな星空が見えていただろう。
「見て! エルミナ! 串焼き買ってきた! これあれですよ、キエルヒで食べた美味しいやつ。……うわ、おいしっ」
「忙しい人ですわね」
私が食べたのをさりげなく確認してから、エルミナも小さく齧る。
「ん、悪くありませんわ」
「昔食べたときに串が美味しい説あったけど、そうじゃなくて実は美味しいものだけ串に刺していい法律があるんじゃないですか?」
「適当なことを言って……」
「このタレ味の方は、王都で流行ってるテリヤキに似てますね」
アルス王都にテリヤキ文化をもたらしたのはユナちゃんだ。「テキヤキ」とはちょっと違うけれど、むしろユナちゃんが再現したかったのはこの味なのではないかという気もする。ユナちゃんの出身とスレイ皇国は比較的共通点が多いらしい。
「でもなんでわざわざ串に刺すんでしょうね」
塩味の方も食べてみる。
こちらはよくある焼いた鳥肉の味だった。
「私はタレの方が好きかも。エルミナは塩が好きそう」
「根拠なき偏見ですわね。串に刺すのは、食べやすさとか焼きやすさとか、なにかしら理由があるのではなくて?」
さっきのお店に戻って、二本買い足した。
待っている間に串に刺す理由を店主に訊いてみたけど、「だって美味いっしょ!」とかいう漠然とした答えが返ってきただけだった。
「まあ、店主があなたの質問に正しく答える義理もないでしょう」
「今回の旅のテーマにしようかな。なぜ人は串に刺すのか――。やっぱやめよ。エルミナはどっちが好きですか?」
「塩ですわね。この塩はアルスのものと成分が違うのではないかしら」
「塩のエルミナとタレのステラ……光と闇――みたいなものかもしれませんね」
「あなた、もしかして酔ってます?」
「いえ、素面でこれです。ただ盛り上がっていて元気なだけです。フフ、私が怖いですか?」
「怖いですわ~」
食べながら、中央通りをぶらぶらと散策してみる。
串焼きの魅力が高すぎて二の次になってしまったけれど、メグリでは刀を腰に差した人たちの割合が昨日のミドの町よりも圧倒的に高かった。
「刀を提げてる人たちって、どういう基準なんだろう。この街の警備兵……というわけでもないですよね」
「でしょうね」
エルミナの視線の先には、刀を放ってぐでんぐでんに酔っぱらっている二人組がいた。他にも刀を腰に差して普通に買い物をしている人もいる。
木剣で遊んでいる子供たちもいた。
「そこのお二人さぁ~ん、観光ですか~? 良ければお土産に刀を買っていきませんかぁ。うちのお店そこですよぉ~」
客引きに声をかけられる。
「あんまりお金がないんです」
馬車代と串焼き代で結構使ってしまったから、賭け事用に残りは節約しておきたい。
「大丈夫ですよ、うちはお得ですからぁ~」
この街に住んでいる人から情報を得たかったから、とりあえずお店まではついていってみることにした。
「ここら辺の人たちってなんで刀を持っているんですか? 街中で魔物みたいなものが出るわけでもなさそうだし……。治安もそこまで悪くないですよね?」
「文化ぁ、というしかないですねぇ~。お客さんたちはどこから?」
「アルスです」
「だったらどの街にも教会があるでしょう。私はなんでぇって思いますねぇ」
「確かに、なんかありますよね」
「そのぉ、『なんか』にあたるものが、この国では刀なんですねぇ~。着きましたぁ」
路地を入ったところにあるお店は、分かりやすく刀屋だった。
壁一面にたくさんの刀が飾ってある。見栄えを意識したディスプレイだ。私たちが魔法杖を作ってもらったネココのお店を思い出した。
「あの、もしかしてアルスに親戚がいませんか? ネココっていう、魔法杖屋をやってる」
思い出してみると、この店主の喋り方や方向性が似ている気がしてきたので聞いてみる。
「…………あ~、そういう親戚もいたかもしれませんねぇ~。うちの家系はそういう人が多いです~」
「聞いてみるもんですね」
「もしよければぁ、その魔法杖を見せてもらっても?」
「ゔっ……」
あなたの親戚が丹精込めて作ってくれた杖はエルフの里を空から破壊したせいで没収されちゃいました、とは言い難い。
「大事なものですから、今は預けてありますわ」
嘘を吐くことなく、こういう言葉をスラスラと吐ける人間は絶対に悪いやつだ。
「そうですかぁ~。見てみたかったですねぇ~。ご予算はどれくらいですかぁ~?」
「それでご相談なんですけど、ここらへんで一発当てられるところってないですか? 今はほとんどお金を持っていないので、正直それ次第っていうか……」
「……なるほどぉ~」
店主が悪そうに目を細めた。
隣にやってきて、吐息のかかる距離で全身を観察される。
「手を見せてくださぁ~い」
言われるがまま開いた手のひらを、店主がむんずとつかむ。
「これはぁ、相当振ってますねぇ~」
「割と剣にも興味があって……」
確かに、剣聖に何年も稽古をつけてもらっている人間はスレイにだってそうはいないだろう。
「……一発当てられるところあるんですけどぉ、死んじゃってもいいですかぁ~?」
「…………」
「…………」
エルミナと目を合わせる。
無言のやり取りがあったあとで、「オーケーです」と答えた。
***
血を吸わせて育てている刀があるので、それで剣術大会に出てほしいとのが店主――ネミミの望みだった。以前まで依頼していた剣客が旅に出たので、出場者探しに困っていたそうだ。賭け試合で優勝者には賞金も出て、それは全額私たちがもらってもいいとのこと。流石に死ぬ可能性のある大会なだけあって、馬二頭くらいなら問題なく買えそうな賞金だった。
「あんまり斬らずに優勝しても大丈夫ですか?」
「それはそれでぇ~。一流の使い手の刀には血が付きませんからねぇ~。この子のためにもなるでしょう」
カウンターの奥から持ってきた、育てているという刀をネミミが撫でる。
「うわっ……」
その刀は――――。
「……ヤバいですわね、これは」
エルミナが喉を鳴らすほどには破滅的な刀だった。
もっとも、見た目はただの刀だ。
そこら辺の街の人がぶら下げていても全く不思議ではない。
だけど、例えば私には人間に擬態していたとしても魔王が〈魔王〉だと認識る。
あるいは、斬首される瞬間、私は首元に刃が触れる前にそこに暗闇が見える。
そう。これはその類の、刀に擬態した〝死〟だ。
……そうか、これってネミミ的には吸わせるのは別に私の血でもいいんだな。
いなくなっても探されなさそうな旅行者というのは都合が良いのだろう。
以前の使用者が旅に出たというのも、単にこの刀の養分になっただけに違いない。
「持ってみても?」
「ええ、どうぞ」
「……うわ……おっ……お゙っ……」
もしも説明なくいきなりこの刀を握らされていたなら、私は即座にステラを全方位に向けて撃っていただろう。それくらい背筋が冷たい。存在それ自体が、直感に反している。
そこに崖があると分かっていながら、目隠しして走り回っているみたい。
次の瞬間に破滅したとして、「どうして?」とは思はない。だってこの刀を握っているから。そういう死への説得力のようなものが、右手に握られている。
「左手で持つと楽かもしれませんよぉ~」
「本当だ……なんでだろう」
「あなたの左腕ってあなたのものではないですよねぇ?」
「なるほど……」
私の左腕は魔王の闇に斬り落とされたものをさらにセイラに斬ってもらって、その後で無理やり光魔法でつないだものだ。最近はそれなりに指も動かせるけれど、あまり自分の腕という感じはしていない。そのおかげで左腕の繋ぎ目で〝死〟が緩和されているのかもしれない。
「よく分かりましたね」
そういえばネココのにも一発で闇魔法を使うことを見抜かれた。
「だって私はぁ、刀作りですからぁ~」




