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皇女と皇女と宰相と犬

「――……来ちゃった」

「お、お前っ~~~~!」


 変な声が出た。


「ユリアナ様、この度は私の婚約者ステラを皇都までエスコートしてくれてありがとう。もうお帰りいただいても結構よ。おみやに好きなお料理を持って帰ってくださいね」


 私の〝第一〟婚約者であるミヤ皇女が、〝第二〟婚約者であるユリアナ皇女を部屋から押し出そうとする。


「あら、ミヤ様。わたくしとステラは同じ寝台で一晩を過ごした間柄なのよ。誠に残念ですが、諦めていただくしか……」


 やめろ~。最悪な言い方をしないでくれ~。


「あら、ステラとの同衾回数で結婚相手が決まるのでしたら、当然、わたくしということになりますわね」


 エルミナが謎の参戦をしてくる。

 一緒のベッドで寝た回数で相手が決まるのなら、私は今頃アルのところの犬たちと結婚しているよ。


 いや、というか動揺して私が悪いみたいな気持ちになってるけど、落ち着いて考えてみよう。


 例えば、エディング王子とエルミナが婚約していたとする。

 その後、エディング王子が別の人(わたし)とも結婚の約束をしたとする。この場合、婚約者(エルミナ)がキレるべきは、

 ①エディング王子

 ②私

 どっちでしょう。

 流石にエディング王子じゃない?


 そしてその関係を現状に当てはめるなら、エディング王子が私で、エルミナとステラが二人の皇女のポジションだ。つまり……!


 攻められるのはユリアナ第二皇女!


 私は知りませ~ん。


「あなた、なに開き直っているの?」


 即ミヤ皇女に咎められた。


 そうだよ、私は毎回こんな感じで断罪されていたんだ。


「ごめんなさい……。ねえ、ユリアナ、その……あれのあれは?」


 よく分からないジェスチャで尋ねる。

 元々、私とユリアナの仮婚約はミヤの「皇国に対する罪」の証拠を周知できるかどうかで決まるのだ。そのための準備がバレた今でも継続されているかどうかで私の身の振り方が大きく変わってくる。


「証拠ね」

「証拠?」


 ミヤ皇女が首を傾げる。


「そう、これ。貴女がわたくしの愛するステラに釣り合わないことを示した、悪行の数々が記された資料よ。よくご存じでしょう」


 ミヤが受け取った資料をパラパラと眺めた。


「……不思議だわ」

「身に覚えがないと?」

「まさか。ただ、まるで私があなたが断罪されるべき証拠を持っていないような言い方だなと思って」


 ミヤ皇女がユリアナ皇女の耳元でささやく。


「…………ステラ、エルミナ様、少し、手前のお部屋でお待ちいただいてもよろしくって。ミヤ皇女と二人で話しますわ」

「ええ、ご自由に好きなだけお話になればいいでしょう」

「二人ともそのままずっと部屋から出てこなくてもいいですよ」


 そそくさとエルミナと二人で部屋を出た。


***


「お、イオリだ」

「はろー、ステラ」

「わしもおるんじゃが」

「こんにちは、キリヱ」

「うむ」


 皇族付きの二人の剣聖が手前の部屋でサーブ前の料理の毒見をしていた。

 この中途半端に広いスペースはどうやらそのための場所らしい。

 空いている椅子に腰を下ろす。扉一枚隣と比べて、なんて居心地のいい空間なのだろう。


「キリヱ、毒見っていうか普通に全部食べてない?」

「ユリアナちゃんはほーとんど飯を食わんからな。はようわしが全部食べてやるのじゃ」

「確かに、ユリアナは軽いですよね。エルミナはキャッチすると足の骨が折れるからね――あいたっ」

「そういうところですわ」

「なあ、セイラは来とらんの?」

「まだ会ってないですね。そのうち皇都に来るとは思うけど」

「わしは絶対セイラと遊ぶからな!」

「はいはい」

「他の剣聖の生き死にって、あなたたちの継承のシステムとやらで分かるものですの? 皇国の方々のセイラへの評価を聞いていますと、他国の舞踏会で死亡したと言われても安易には信じられなさそうな気がしますけれど」


 確かにそれはそうだ。夜会で皇子を人質に取られてセイラが自らの首に刃を入れたとき、ものすごく血を噴いていた。あれを見ていた人たちが彼女の死亡を確信することに違和感はない。けれどそれを遠くにいる人々が信じるかどうかはまた別の話だ。特にこの国の人たちはセイラを高く評価しているようだから。


「脱落したのは分かる。じゃなかったら誰も信じないでしょ……や、でも冠位だって死ぬときは死ぬからナー」


 つまり、かつて私がセイラを運んで治療したとき、皇国の判定では既死と見なされるような状態だったのだろう。


「あ…………」


 ……もしかしてその時に、私が聖女パワーで皇国のシステムを出し抜い(クラック)たと思われてる……? だから、実質的なセイラの握り手のユナちゃんでも、書類上の雇用主であるエルミナでもなく、私が皇女二人に目を付けられた……?


 ……そういうのって、すごく困る。


 私はシステムの穴をついたわけではなくて、純粋にセイラを治しただけだし、じゃあ他の人も等しく治せるかというとそうでもない。

 私が治せるのは、ユナちゃん、エルミナ、セイラ、レッカ、キサキ王妃、シェイリくらいだ。

 先日のシェイリはかなり久しぶりだった。

 実際のところ、年一人増えるかなくらいのペースなのだ。

 仲良し後輩のメイやライカ、付き合いの長いジルだって私は治せない。

 こういうのって時間や心的距離の問題ではないのだ。

 それのせいで過去生でどれだけ石を投げられたことか。

 でもそういうのって言ったところで、分かってもらえない。

 というか自分でも上手く説明できない。

「治せるな」というときは確信を持てるけれど、その確信がどこから来るのかと問われると、答えに窮してしまう。


 好感を抱いた人……というのは大前提であるけれど、それ以上に、根源的にズバッとかち合うものがあるかどうかだ。セイラなんて言葉を交わさずに、瞬き一つのあいだ目が合っただけで確信できた。


「治せる相手のことが好き」は真だけど、「好きな相手なら治せる」は偽なのだ。


 仮に今、目の前に深手を負った魔王がいたなら、私は治すことが可能だと思う。最悪な人だったけど、ズバッと感はあったから。それに結構好きだった。今でも失敗したり、嫌なことがあると、「こういうとき魔王様だったらなんて言うかな」とも考えてしまう。


 私の中のイマジナリー魔王様は「わっはっは、実に愚かだな、短命種。案ずるなよ、我がその愚かさを愛してやろう。人間らしくて実に愛いではないか」なんて言ってくれる。


 やっていたことは最悪だったけれど、あの人の周りに人が集まっていたのもそれなりに理解できる。うちの王妃様も好きだったに違いない。あの魔王は煽りでもなんでもなく、本当に人間の愚かさを愛し、楽しんでいた。その点は、素敵だったと思う。……いや、これは私が勝ったからいい思い出に補正されているだけかも。仮に今も魔王が存在したなら普通に唾を吐いているかもしれない。

 かつてユナちゃんと、「死んだ人間だけが良い人間」という話をしたのを思い出した。


「そうだ、ステラ、ほれ、忘れないうちに渡しとく」


 イオリが鞘のまま投げてきた刀をキャッチする。

 魔法杖にはない、ずしりと重い感覚。風呂敷に包まれたままでも、掴んだ瞬間に分かった。この子は……


「残雪……!」


 私のかわいい刀!


「お、わかるやつじゃん! そう! 残雪ね!」


 急にイオリのテンションが上がった。そういえばセイラ曰く、イオリは刀コレクターらしい。


「どうしてこれを?」

「あげる。刀を差して歩かないと、皇国のことは分からないと思うからってミヤからのプレゼント。進言したシェイリに感謝しな」

「う、嬉しすぎる!」


 第一皇女陣営のことが好きになってきた。

 自国の第一王子に白銀等級の契約魔石をもらった時よりもずっと嬉しい。


「あなた、ちょっとチョロすぎません?」とエルミナ。

「ウチが昨日のうちに禊ぎを済ませたし、刀剣局の許可もあるから完全な適法だよ」

「ありがとう、イオリ!」

「それはミヤに言ったげなね」

「皇国公認の剣客聖女を名乗れちゃうかな」

「邪光なんとかよりは良いかもしれませんわね」

「わしはエルミナちゃんに持ってきたぞぉ。ほれ、これはユリアナちゃんからじゃ」


 キリヱが投げた細い包みをエルミナが受け取る。


「杖、ですの?」

「ほれ、あそこの、あれがいいんじゃろ。……忘れた!」

「それ結構上物の魔法杖じゃないですか?」


 旅の初手でエルフに没収されたネココ魔法杖とまではいかなくとも、結構な出力上昇が期待できそうな杖だった。

 エルミナは私よりも魔法側に能力を振っているから、良杖の有無が私よりも性能に直結しやすいのだ。


「……すぐに手に馴染むいい魔法杖ですわね。ありがとうございます」

 エルミナが苦い顔で口にする。


「……いや、ユリアナ様はそんなにエルミナみたいなことはしないのでは?」


 今のはかなり伝わりにくかったと思うのでエルミナ一級解説師の私目が説明させていただきますと、エルミナはこのプレゼントを友好の証としてではなく、「お前が竜に攫われるほど弱くなければ、妖刀を奪われずに済んだんだぞ」というユリアナからの嫌味であると受け取ったのだ。

 流石にそれは穿ち過ぎじゃない? と思いつつも、いやでもユリアナはこういうことをやりそうだよねという気持ちも確かに分かる。


「少なくともエルミナはやりそうですよね。こういう皮肉みたいなの」

「あなたはわたくしをなんだと思っていますの?」

「あれ、そこに変な継ぎ目ありません?」


 杖の先端を引っ張ってみると外れて、中から小指ほどの長さの仕込み刀が現れた。

 杖の先が小刀の鞘みたいになっていたのだ。


「か、カッコいい……!」

「なるほど、次に不覚を取ったらこれで自死しろということですわね」

「いいな! いいな! いいないいないいな! 私も竜に攫われたらもらえるかな」

「刺しますわよ」


 早速、針のように細い刃を向けられる。


「使い勝手がいいですね」

「そのようですわね」

「その手のやつは、握り手が下手だとすぐ折れるから気を付けて」とイオリ。


 私はめちゃくちゃカッコいいと思うけれど、イオリのコレクター琴線には触れないものらしい。


「わしは折らずに千人斬ったことがあるけどぉ」

「すごいすごい」

「これは、本来はどういう意図の刀ですの?」


 確かに用途が想像しずらい。どうやって使うものなのだろう。


「今は美術品扱いだね。元はエルフ狩り刀ってやつ」とイオリが説明してくれた。


 千年以上の歴史の中で、皇国とエルフ族は何度か大きな争いをしている。まさに剣と魔法の戦いだ。その結果として、現在のエルフにはあらゆる権利が認められておらず、その政策の一環として魔法も必要以上に軽んじられている。


 それを踏まえて、この刀が使われそうな場面を想像してみると……、


 ①杖を持って、刀使いではありませんよー、私は魔法使い陣営ですよー、という顔をしてエルフに近づく。

 ②抜刀!


「偽装用なんだ」

「そんで当時は斬ったエルフの耳を切り落として、その数を功績にしていたらしいよ。薬にもしてたって。ほら、その刃って耳を斬り落とすのににちょうどいい長さでしょ」

「嫌すぎる……」


 そういえばかつて私たちが殺した剣聖五位も、聖女(わたし)の内臓を煎じて飲むというようなこと言っていた。


「人体を煎じたりするのって、スレイでは一般的な文化だったりする?」

「しないよ」

「でも魔王と戦う前に初めて話したとき、ミヤも私の眼球を舐めたいとか言ってたよね」

「茶に浮かべたい、ね」


 苦笑するイオリに訂正された。


「婉曲表現かと思ってたけど、あれも実は本気だった?」

「や、あれはミヤのセンスが終わってるだけ」

「そうなんだ」

「せっかくの()()()ですから、こちらはありがたくいただいておきますわ。ところでこの刀の機能としての意図(デザイン)は分かりましたけど、わたくしたちにこういったものを供与する意図の方をまだ聞けていませんわね」

「――それについては私がしてあげる」


 ミヤ皇女が言いながら入ってきた。後ろにユリアナ皇女も続いている。


「もしかしてイオリが『ミヤのセンスが終わってる』って言ったところから聞いてました?」

「イオリィ!」

「いや、これはステラでしょ」

「……ったく、あなたたち、わたくしがその気なら全員これだわ」


 ミヤ皇女の首を斬るジェスチャーにエルミナが抗議する。


「わたくしが入っているのはおかしくありませんこと? それで、なにをすればよろしいのかしら」

「ユリアナから聞きましたよ。あなたたちがアルス王国とルートのあるエルフ密売組織を潰すために、スレイで密かに捜査を行っていたと。自国の汚点でしょうから、わたくしの元に嫁ぐ前にどうしてもやっておきたかったという点は理解してあげる。第一皇女(わたくし)の迎えを待たずに入国したことについては、許しましょう」


 今のミヤの言い回しを翻訳すると、「密入国した件を見逃してほしければ、手土産に地下組織の一つでも潰してこい」だ。

 それ自体は全然構わないのだけど、ただ「はい」と頷くのも癪なので、


「そういった組織が摘発されずに今日まで放置されている理由は何ですか?」と嫌がらせ質問をしてみる。

「当該組織はアルスでのエルフ売買で得た利益に対し、適切な税を我が皇国に納めている。何一つ、法に触れていない。そもそも摘発される理由がないでしょう?」


 ユリアナが答えた。


 現在のエルフは扱いとしては人ではなく「商品」になるから、そもそもこの国では売買自体は問題がないということだ。先ほどのエルフ狩り刀のエピソードを聞いた後では、余計に陰湿に思えてくれる。


「むしろ私たちの方が法に触れませんか? なにも問題のない組織を潰しちゃうなんて」

「いいえ、貴女たちには理由がある」

「……エルフが真に『高価な商品』だとするのなら、本来なら持ち込む際にアルスに税が支払われるべきですわね」


 エルミナが呟いた。


「そうか、アルス側からしたら、そのロジックでいくなら脱税みたいなことをされてるんだ」

「はい、これ、書面。スレイ皇国とアルス王国における犯罪人の捜査と引き渡しに関わる条規。これがあれば、あなたたちは自国の不利益をもたらす犯罪人について、スレイ皇国内で取り調べることができる。あら、偶然にも権限を持つ宰相様がいらっしゃるから、署名をいただければ今この場で効力を持たせられるわね。目を通して問題がなければ、そこにサインをしてね」

「これが私と婚約した理由?」


 エルミナが慎重に書面に目を通す間、私が時間つぶし係を担ってミヤに尋ねる。

 仮にミヤがエルフの売買を妨害したいと考えていたならば、今この状況が発生している時点で、私への婚約が結果的に最適解になっている。「でもそれだったら、こんな回りくどいことをする前に、皇国内の法の方を変えたらいいんじゃないですか?」


「あなたは気まぐれでアルス王国法を変えられるの?」

「それは……むずいです」

「軽く根回しをして、他国との間にスレイに有利な条規を一つ通すのは?」

「それはできそう」

「そういうこと」

「なるほど」

「貴女はもう少し、丸め込まれない練習をした方がいいんじゃない?」


 ユリアナが口をはさむ。


「なるほど……」


 なるほど。


「私ね、あなたと結婚したらやってみたかったことリストが今27まであるの。その中から今日できそうなものを持ってきただけ」

「他はどんなのなんですか」

「変装して一緒に下町を散歩するとか、一緒に釣った魚を食べるとか、好きな本を紹介するとか、継承戦を終わらせるとか、二人で夜景を眺めるとか、天位を斬るとか、真夜中にお茶会をするとか、そういった他愛のない幸せなものよ」

「なんか変なの混じってたなぁ」

「あなたは私にしてほしいことある? なんでもいいわよ。あなたの望むことはなんでもしてあげたい」


 その言い方が存外いじらしくて、「帰国したいです」とは言いにくかった。


 きっと私たちを呼び寄せた真の理由は別にあるのだろうけれど、純粋に私たちと戯れたい気持ちもあるのかな、なんて思ったりする。キサキ王妃もそうだけど、国の上に立つ人って、たぶん対等な遊び相手がいないのだ。私だって、エルミナがいるからこそ楽しく聖女をやれているけれど、そうでなかったら息苦しくて仕方がないだろう。過去生で地下に監禁されていたこともあるから私は詳しいんだ。


 だからもし私をそういう相手だと思って選んでくれているのなら、それに応えたい気持ちもあった。


「そうですねぇ、皇都のパン屋さんに行きたいです。あとは道場破りをみたいな」

「いいわね、行きましょう」とミヤ。

「あら、当然わたくしも行っていいのよね」とユリアナ。

「え゛っ……」


 変な声が出る。

 私のダブル婚約は二人で話して解決したわけじゃなかったの。


「というか二人って仲いいんですか?」

「「まったく」」


 ミヤとユリアナの声が重なる。

 もしかするとこれって私とエルミナのパターンかもしれない。

 対外的には敵対してるんだけど、実はそうでもないかと思いきや、素で仲が悪そうに見えつつもその実……、みたいなやつ。……いや、分かんないな。

 自分がされる立場になってみると結構嫌なことが分かった。

 適切な立ち振る舞い方が分からなくなる。


「何年振りでしょうね。ミヤ第一皇女とこんなに会話をするのは。顔も見たくないのよ。今は貴女という共通の問題がありますから、そうも言っていられないけれど」


 楽しそうにユリアナが言う。

 もしかして、私を間に挟むことで二人が話す口実を作ってるのか?


 確かに普段顔を合わせない二人がこそこそ悪だくみをするのなら、表の理由は必要だろう。例えば今だって、「なぜ敵同士であるはずの皇女二人が同じ料亭にいるのか」と誰かが疑問に思った場合に、「ステラと話をつけるため」という公式の非公式(エクスキュース)を用意できる。優れたアイデアだと思う。唯一問題点があるとすれば、この国における私の評判が刻一刻と下がっていることくらいだ。


「ミヤ皇女、少しよろしいかしら。こちらに署名はできませんわ」黙々と書面を読んでいたエルミナが顔を上げた。「この書き方ですと、皇国の犯罪人がアルス王国に逃げ込んだ際に、あなた方は軍隊を引き連れての越境が可能になってしまいますわね」

「あら、大変失礼いたしました。確かに曖昧でよくないですね。誤って修正前の方をお渡ししていたみたい。はい、どうぞ」


 ミヤから予め準備されていた二枚目が出てきた。


「そうでしたの。あなたのミスから貴国の名誉が不当に損なわれるようなことがなく、わたくしも嬉しく思います。……貸し一つですわね」


 そう言ってエルミナが新しい契約書を破き捨てる。


「……いいでしょう。試すような真似をして悪かったわ」


 三枚目の修正文章が出てきた。

 どうやら文言の罠に気付いて気持ちよくなっているところを別の罠で狩るための二枚目だったらしい。こういうのを普通にやってくるのは怖いね。

 きちんと時間をかけて読み込んだだエルミナが二部に署名する。


「これであなたたち二人には今日から六日後の大刀神例祭当日までの期限付きで、皇国における特別捜査権が付与されました。私の皇都公共安全保障局から、人材(シェイリ)を貸しますから、好きに使ってちょうだい。はい、これがあなたたちの身分証」


 皇国の紋章が入った印籠と書状を受け取る。

 書状には、



    皇都公共安全保障局 国際特別捜査官

       ステラ・ツー・グランス



 か、カッコいい……!


「その服装だと浮くでしょうから、公安保の羽織袴も用意しておいたわ。お仕事の時はそれに着替えてね。サイズを見たいから合わせてみせてくれる?」

「こう、ですか……?」


 せっかくなので残雪も腰に差してみる。


「じゃじゃーん!」

「素敵よ。似合っているわ。とてもかわいい」


 ミヤ皇女が無邪気にほほ笑む。

 私はこの人のことがちょっと好きになってきた。

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