第一皇女と行く皇都観光案内
「見て、ステラ。ここは千七百年前にかつての帝国との戦いのために築かれた石壁で――」
「めちゃくちゃ昔だ……。触ってきていいですか?」
「この水路は千二百年前に作られたのだけど、今もまだ使われていて――」
「これって悪意ある人が毒を混ぜたらどうなるんですか?」
「あの木はスレイの国花にもなっていて――」
「おお~、きれ~」
「ねえミヤ、あっち見てきていい?」
「一緒に行きましょう」
「ここのお団子はね、とっても評判がいいの。食べてみて」
「え~、見た目普通じゃないですか?……うまっ」
お忍び城下町スタイルに着替えたミヤに連れられて、皇都を案内してもらった。
料亭の密会の後に半ば強引に連れ出されたとは思えないほど、普通にめちゃくちゃ楽しんでいる。アルスでは考えられないほど古い建造物がそこかしこに遺されているのが面白い。平気で千年、千五百年前のものが存在している。数字が大きいと嬉しいよね。
「お茶をもらってきたわ」
「ありがとうございます。毒見しましょうか?」
「奥でイオリにしてもらった」
「それでミヤのは少ないんだ」
湯飲みで熱いお茶をすする。口の中に残ったお団子の風味がさっぱりとリセットされた。
エルミナはユリアナとどこかに行ったから、今は私とミヤの二人だけだ。少し離れたところにイオリがいるくらい。昨日の朝にユリアナと食べた朝の食堂と違って、他の警護はたぶんいないと思う。むしろあの時は私が警戒対象だったのだろうか。
確かに、皇族を大事にしている人からしたら、皇女が他人の寝床に押し入った翌朝なんて気が気じゃないだろう。でもそんなこと言われても、私だって気が気じゃないよ。
「ミヤは普段はどんなふうに過ごしているんですか?」
「あなたのことを考えているのよ、ステラ」
「今日みたいに街に降りてきたりもしますか?」
「それはもはや公務ね。わたくしが皇女であることを示すために、わざわざ通行を遮断して、たくさんの護衛に囲まれて。ああいうのって単に〝皇族〟の価値を高めるためか、民に喜んでもらうためのサービスだから、それ以上でもそれ以下でもないのよ」
「そうなんだ」
私視点だと、ミヤはいつもふらっとイオリと二人で王都にやって来るから、暇で楽しそうに見えていた。単に皇国内ではそういう振る舞いが許されていない、ということなのかもしれない。
「一応変装してるけど、こんな風に歩いてて、命を狙われたりはしないんですか?」
「昔はたくさん狙われたわ。自分のところの息がかかった子女を皇族にするためには、少なくともその枠を作る必要があるからね。だけどそういう人たちはあらかた斬ってしまったから、最近は平和。狙われない日もあるくらい。ユリアナに吹き込まれているかもしれないけれど、わたくしは皇子女としてはおそらく、歴代でも最も多くの人間を殺めている」
ユリアナが言っていた「皇国に対する罪」にあたるものだろうか。
「……どうしてそれを私に言うんですか?」
「どうしてかしら……。どうしてだと思う?」
「さあ」
なんて話をしながら歩いた。
次に案内してもらったのは博物館だった。
大通りからだいぶ離れたところにあり、人気はほとんどない。しかし建物の手入れはきちんとなされていた。
お忍びなので、一般の入場料を払って正面から入館する。
ほとんど無人だった。
いくつかのゾーンに分かれていて、刀を始めとする武具や、絵画、歴代皇帝ゆかりの品などが展示されている。
この歴代皇帝コーナーは極めて広大だった。
資料がない人もいたけれど、それでも百人以上の皇帝が紹介されていた。
「ここはすごいですね」
「あなたの国も王都にこういうのを作った方がいいんじゃない? そこに住まう民に土地の歴史と文脈を与えてあげるのは、為政者の務めの一つだとわたくしは思うけれど」
「本当に参考にします。維持費とかってどれくらい掛かりますか? 入場料で賄える?」
「全然。人が来ないのだもの。わざわざ二回来る施設ではないからね。今はほとんど私の私財。だけど採算ではないのよ。あることが大切なのですから」
「立派ですね」
「結婚したくなった?」
「そこまでではないかな」
「むう」
「あ、これが一つ前の皇帝ですね。セイラの師匠が斬ったっていう」
「それならこっちの皇帝もあの冠位様が斬っているわ」
ミヤがもう一つ前の皇帝を指した。
「そうか、だから皇帝になれてるんだ。冠位の方の肖像画はないんですね」
「普通、刀の絵はわざわざ描かないでしょう。そこにあるのも冠位様が何日かだけ握っていた刀だと思う」
皇帝の肖像の前に、それを守護するように一振りの刀が奉られていた。
「冠位って刀をたくさん持っていたんですよね」
「そう。今は半数は国庫だけれど、裏でもたくさん高値で出回っているわ。よくイオリに買わされるから詳しいの」
「ウチは良い刀だから集めてるだけで、冠位とは関係ないから」
忘れるくらいに気配を消していたイオリが一言だけ口にして、また存在を薄くした。
「そういえばシェイリが刀の回収をしていたってことは、ミヤがさせてたってことですよね?」
「そうね。別に私は欲しくはないのだけど、ああいうのって出回っていたって碌なことがないでしょう。あなたのその刀みたいに」
この国において妖刀を集めるという行為は、きっと災厄の芽を摘むことなのだ。その意味では聖女が魔物を祓うのに似た部分があるのかもしれない。
「あっちの馬も皇帝が乗っていた馬かなにかですか?」
隣の広いエリアにぽつんと馬の像が置かれている。
「あれは皇帝とは全然関係ないわ。ただの馬身原器」
「……ばっ、馬身原器!??????」
「………………あなた、こういうのが好きなの?」
「え、本物? 本物ですか?????」
「そうよ。いくつかの国にあると思うけれど、これは2号像と呼ばれているものね」
「うおおおお、すごい!」
「馬身」というのは、あの魔王様でさえ契約時に使用していた長さの国際的な基本単位である。
1馬身っていうとだいたい大きさの想像は付くけれど、じゃあ正確にどれくらいかと問われると説明するのは難しい。私は昔ユナちゃんに訊かれて、「これくらい」と腕を目いっぱいに伸ばしながら二歩横に動いたことがある。それくらいだ。
だけどこれは商業的にも使われる公的な単位だから、「正確にはこうです!」という基準が共有されていなければならない。
そこで必要になってくるのが、馬身原器、つまりは完全に等しい大きさで広く共有される馬の像だ。
その「〈馬〉の鼻先から最後部まで」に定義されるものが「1馬身」という長さだ。
大元の銅像とその複製があり、制定時に多くの国々に設置されたらしい。
残念ながら歴史の浅い我がアルス王国にはレプリカしか存在しないものだ。
「触ってみてもいいですか? や、普通に考えて駄目か」
「いいわよ」とミヤがペタペタと触る。
「いいんですか!? 触れることによる蓄積ダメージで微妙に長さが変わっちゃったりしない?」
「あなたたちの国ではアーティファクトと呼ばれるものね。全く劣化しない素材でできているんだって」
「それってすごくないですか?」
「すごいはすごいけれど、変化しないということは加工ができないということでもあるから、あまり価値がないのよ。金銀に価値があるのは、それを加工して使用できるからでしょう?」
恐る恐る馬像に触ってみる。
硬そうな見た目と違い、手の平に対するフィット感があった。
感触としては柔らかいのに、圧そうとするとピクリとも動かない。
コンコンと叩くと軽い音が返ってくるのに、グーで殴ると鈍い音がする。
「欲しい?」
「国宝的なものじゃないんですか?」
「そうだけど私の私財だから、結婚したらあなたに譲るわ」
「え……うわー、どうしよ」
めちゃくちゃ欲しい。
馬の像と引き換えに他国に身を捧げる聖女が誕生してしまう。
「真剣に悩むのやめてくれない?」
「私が言うのもなんだけど、これもっと大切に扱った方が良くないですか?」
「そもそも皇国は『馬身』を使っていないのよ。他国に押し付けられた尺度なんて、ある種の文化的な侵略だと思わない?」
「思想だ! じゃあスレイって長さの単位はなんなんですか?」
「『刀身』よ。一刀身はおよそ0.395馬身ね」
「やばい! 全然分かんない!」
分からなさすぎてちょっと嬉しくなってしまった。
ちなみにユナちゃんの世界もなかなか難しい。ヤードやシャク、メートルといった独立した長さの単位が入り乱れているらしい。ヤードやシャクは納得できたけど、「メートル」のことは未だによく分かってない。
説明しよう!
1メートルとは!
セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍に等しい時間の299792458分の1の時間に光が真空中を伝わる長さ、である!
いくつかの定義を経ながら、ユナちゃんの時代ではこう定められていたらしい。
「光」以外に分かる言葉が一つもないのが面白くて、私は逆にきちんと覚えてしまっている。過去生でこの地平に憑依したてのユナちゃんに、異世界分かりますアピールをするための知識として披露したこともある。それが不評だったため、その後の十二面ダイス当てシステムが考案されたのだ。
ちなみにユナちゃんの世界には「秒」という時間の単位もあって、これが「セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍に等しい時間」のことなのだそうだ。
これも全然分からないけれど、ものすごく大雑把には一日を86400分の一にしたものらしい。だけどおそらくはそもそも一日の長さが違うから、私たちの地平の一日を86400で割ったところで、それはユナちゃん世界の〝一秒〟とは異なるものだろう。
私たちはユナちゃん世界の住人と「一秒」を共有することができないのだ。
「じゃあこういうのはどう?」とユナちゃんが私の胸に耳をぴとっと付ける。「トクン、トクン、トクン、トクン。姉さんのこの心臓の拍を今後『一秒』と定義します」
「じゃあもし私が死んだら、永遠に次の一秒が来ないね」
「ふふ、時が止まっちゃう」
「せ、責任重大だ……」
なんて話を過去生でユナちゃんとしたのを思い出した。
確か四回目の人生だったはずだ。あの世界の秒は私の斬首で止まってしまったけれど、今の私は再び秒を刻んでいる。魔王を倒した今、私たちの考えでは次のループは存在しない。願わくば、できるだけ長く秒を刻んでいきたいものである。
「これって加工不可能ということはイオリにも斬れないんですか?」
「着眼点が良いわね。久しぶりに試す? イオリ」
「やる。ちょい待って」
どこからかイオリが刀を一振り持ってきた。
「それは?」
「そこにいた刺客が持ってたやつ」
「そう」
言われて初めて、人が倒れていることに気が付いた。
「ステラ、離れてなね」
イオリが刀を鞘に収めて、腰を低く落とす。
抜刀。
見えない太刀筋のあとに、カォンと聞いたことのない金属音がして、それが振られていたことが分かった。
イオリの手の中にある刀がポッキリと折れていた。
「だめー」
「剣聖が握ってても刀って折れるんだ」
「この子、昔はそれを認めたがらなくってね。一時期は毎日、百近い刀を折っていたの」
「ウチも若かったってワケ」
「冠位様がかつて魔王を斬り損ねたという話を聞いてから、気にしなくなったわね?」
「あの冠位に斬れないものがあるんなら、そりゃウチにだって斬れないものはある」
「やってみたい! 私も試してみていいですか?」
「いいけれど、せっかくのあなたの刀が折れてしまうわよ」
「それはやだな……。じゃあ代わりに魔法でやってみます。いい?」
「ええ、もちろん」
「よーし、スピナ――」
私の棘とげの闇魔法は、もちろん馬身原器に弾かれ――…………なかった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
…………………………………………。
「ハハ……」
「おもろー」
三人とどこかに遠くに死体があるであろう空間に、各々の笑い声が響く。
私の放った闇魔法が、馬身原器を綺麗に〝削り取って〟いた。
「あはは…………………………だめ?」
「…………………………」
「…………………………」
二人の視線が痛い。
今この瞬間、おそらくは闇魔法によってのみ加工が可能な、剣聖の斬撃にすら耐える物質が発見された。
なんだっけ、あの、好奇心は聖女を殺す、みたいなユナちゃんのところのことわざ。
「――ねえ、スレイ白金貨を百枚あげるから、このことを決して口外しないという誓約書を書いてくれない?」
ミヤがこれまでになく真剣に提案してくる。
同じ百枚でも、スレイ白金貨はアルス白金貨よりもだいぶ価値が高い。
だけど当然の提案だろう。他国にこの物質を知られることは、刀の武力で成り立っている国において極めて致命的だ。この素材で部屋を作るだけで、すべての剣客はそこにたどり着けなくなるのだ。私やエルミナにとっての竜の鱗みたいなもの。今この瞬間に口封じに殺しておくという判断をされていてもおかしくはないくらい重大な情報である。なんならちょっと、私は首周りへの斬撃に備えていた。
「お金はいらないけど、代わりに私と結婚しようとする本当の意図を教えてくれませんか?」
「あら、婚約を破棄しろ、ではなくて?」
「昨日までだったら絶対そう言っていたと思うけど。今日一緒に過ごしていて、私は結構楽しかったし、あなたが国や人のことを考えている人であると感じて、少し尊敬もしました。少なくとも、ただ私をハメて弄ぶために結婚を提案してきたとは今は思っていません。だから、もっときちんとミヤのことを知ってから判断したいです。もちろん、その上で婚約破棄を目指す可能性は極めて高いけど……」
もにょもにょと口にする。
「……あなたって誰にでもそうなの?」
「そう、というのは?」
「詰めが甘い。無防備。対話主義」
「そうだった。ミヤって初手で私の首を切断したことがある人だった」
「あなたは信じないでしょうけれど、対話ってとてもリスキィな行為なのよ」
「でもその分、リターンも大きいでしょう?」
「とんだ博打打ちなのね」
ミヤがため息を吐く。
「ご存じないかもしれませんけど、私は隣国で『聖女』って呼ばれているんですよ」
あるいは私が「運命」なんてものを決して信じていないからかもしれない。
対話が博打なのだとしたら、私はきっとそこにある非運命性の揺らぎを求めているのだろう。
地下牢で虫の浮いた冷めたスープを飲まされていても、誰も助けにはきてくれない。私を最初に助けられるのは私なのだ。私がダイスを振るから、ユナちゃんやエルミナやみんなが私を助けようとしてくれる。
だからこそ、私がこうして謎婚約からスレイ皇都にいる今の状況は、ミヤのダイスロールではないのかと感じてしまう。もしも仮にこれが彼女の勇気の結果なのだとしたら、私はきちんと話を聞いてあげたいと思った。




