18 宿直
千鶴:8歳
「千鶴、何を呆けている。私の話はつまらなかったか?」
「何をおっしゃいますか、宮様。逆です。面白くて余韻に浸っていたのです」
今日は春宮様の御所で宿直である。後宮に泊まって一晩中、宮様のお相手をするのだ。
布団に二人で寝転がり、大殿油のろうそくに照らされてお話している。
「次は千鶴の話も聞かせてくれ」
「私の話ですか? 大した話はございませんが」
急な無茶振りに眉を下げる。
「そうと言わず。近ごろ何かいつもと違うことなかったか?」
優しげに微笑みながら宮様が先を促す。
「そうですね……。あ、最近、新しい小舎人童を雇ったんです」
「ほう。どのような童なのだ?」
「頼まれた仕事は、無駄口を叩かず黙々と進めるような者です」
海燕を思い出して言った。
鋭く上がった一見不機嫌そうな目をしているが、実際は寡黙な職人肌だ。一いえば十やってくれるような有能さも持つ。
菊丸の一つ年下だからか、菊丸にライバル意識を持っているみたいである。
「それは良い。其方の人徳のおかげか」
「そうだと嬉しいですね」
二人で笑い合った。
ひと息ついて、寒くなってきたので掛け布団を首まで掛ける。
「其方の姉、ちい姫と言ったか?」
「はい」
「彼女はどのような様子か? 将来入内するのであろう?」
宮様が恋バナをする男の子の顔をした。いつもは澄ましているのに珍しい。
しかし皇太子といえども、宮様はまだ10歳の少年なのだ。友人と恋バナくらいしたい年頃かな。
「最近、随分と大人びてきたんですよ。そこそこ会っている僕でも時々見惚れるくらいで」
「なんと。源氏の大臣の愛娘で、千鶴の姉ならば大層な美姫に違いはないだろう」
今日も参内する前にちい姫に会った。
お正月に源氏が入内の準備を進めると言っており、今年は習い事など忙しそうにしていた。
以前のように一緒に遊ぶということもなくなり、3日に一度くらいしか会えなくなった。
正直寂しい。姪っ子のようなテンションでちい姫のこと見守っていたのに。
でもなかなか会えない分、会った時には満面の笑みと楽しそうに弾んだ声で、僕の乳母子の珠子と迎えてくれる。
ものすごく可愛い。漫画に出てくる清楚系デレ多め美少女かってくらい。
「早く後宮に来て欲しいものだ」
「我が姉のこと大切にしてくださいね、宮様」
「もちろんだとも。其方の姉だ。無下にする理由がない」
「いつだったか、入内が少し不安だと話していたんです。あと、姉は相思相愛が結婚の理想だそうですよ」
この話をかなり前に聞いたような気がする。
とりあえず宮様に言っておくか。
「ははは、夢があって可愛らしいな。そう言うからには私のことは愛してくれるのだろうな」
「それはどうでしょう。宮様が愛される努力をしないといけないかもしれませんよ」
「これは手厳しい。善処するとしよう」
天井を向いて笑っていた宮様が顔をこちらに向けた。
「千鶴の結婚の理想はなんだ?」
「そうですね……。私も相思相愛というのは憧れます。あと、たとえ恋心がなくなっても互いに尊重できる仲でいるのが良いですね」
前世の両親がそうだった。熟年夫婦の時には既にカップルのような関係性ではなかったが、同志のような強い絆では結ばれていた。
「良いな。人との関係は色恋が全てではないものな」
宮様が目を細めて優しく微笑む。
気恥ずかしさが襲ってきた。顔が赤くなっていると自覚する。薄暗くって良かった。
「そういう宮様はどう思っているんですか?」
「私か? 私は……、綺麗事を言うならば其方らの言うように、対等で恋だけを考えていればよい関係が良い」
冷たい外気がろうそくを揺らす。
「なかなかそうは行かないがな」
宮様が皮肉げに口角を上げた。
「千鶴も分かるだろう? 時めく源氏の大臣の息子よ」
「……残念なことに分かってしまいます」
「純粋な恋愛を楽しみたいのに、どうにも義父たちの思惑が見えてしまう。だが其方ならば遊べはするよな」
「妻を選ぶのは私の意思ではどうしようもないですが、愛人を作ることは可能ですからね」
その点、皇太子や帝となれば、下心がない者はいないだろう。誰も彼も政治的野心を持っている中で、純粋な恋愛を楽しむのは少々厳しい。
「この立場に生を受けたのだ。覚悟はしているがな」
10歳にして自由恋愛を諦めている姿を見ると何も言えない。
平安時代、高位貴族たちの結婚は、家同士のつながりを重視するため様々な思惑が渦巻く政略結婚である。夫婦間で愛だの恋だのといった感情が芽生えるかは、当人同士の相性だけにかかっているわけではない。
「……千鶴とは話していて楽しいのだよ。源氏の大臣に言われてはいるのだろうが、其方自身は特に何も考えていないだろう」
「え」
あれ、もしかして馬鹿にされてる? 何も考えていないあんぽんたんと言われている? そこまでは言ってない?
「従兄弟で歳も近く、身分もそう離れてはいない。下心があって近づいているわけではない。気軽に友情を楽しめるのだ。其方の存在はありがたい」
あーそういうことね。日々重圧がかかっている中で、能天気な僕と話すのが息抜きになって楽ってことなんだろうけど。……なんか重いな。
「……ありがとうございます?」
いや必要としてくれているのは嬉しいけどね? ただ童殿上自体、将来のコネ作りのためだし下心はあるんだよ。そういうのは言いにくくなっちゃった。
「気負う必要はないからな。今まで通り私の良き友人でいてくれ」
「もちろんですよ。ずっと宮様をお支えします」
宮様が満足そうな顔をして、ろうそくを消した。




