10 惟光初登場
短いです
千鶴:8歳
「いらっしゃいまし、千鶴君さま。まあ、殿もいらっしゃいましたの?」
玉鬘を幸せにし隊を結成してから3日後の今日、ちい姫は和歌の授業があり、僕は明石の上のところに父様と来ていた。
「千鶴が行くならば私も行こうかと思ってね」
「父様は母様の目が怖くて逃げてきたのです」
「まあ、殿ったら。対の上さまのお気持ちもお考えくださいな」
明石の上の夫である源氏とまだ子どもの僕しかいないので、明石の上の御簾の内側に入れてもらっている。
「紫の上のことは大切にしているよ。もちろん君もね」
明石の上の耳元で源氏が甘く囁いて抱き寄せた。
「殿、おやめくださいな。千鶴さまがいらっしゃいますのよ」
「はい、います。やめてください」
「おいおい、2人は似ているね。分かった、やめるよ」
額に手を当てて大袈裟にジェスチャーをする源氏。とりあえず明石の上から離れてくれたからいいや。
「最近、ちい姫が拗ねてしまって。宥めるのが大変でした」
「そう、ごめんなさいね。ちい姫が……」
「ああ、君と私の娘は日に日に可愛らしく育っていくよ」
「……それは、良かったですわ」
はらはらと涙を零した明石の上。
「泣かないで、愛しい人よ。これからは私と千鶴が来るのだから」
「ええ、そうですね。千鶴君さまがいらして、様子を教えてくださるのですもの。とても嬉しい」
あー、なんだか、結局僕は邪魔かな? 帰ろうかな? あとは源氏に任せるよ。
「明石の上、父様との邪魔をしたくはありませんので、僕はここで失礼しますね。また3日後のこの時間に来ます」
「ええ、またいらして、千鶴君」
「千鶴、戻るのかい? すまないね」
「いいえ、好色な父様には慣れていますから」
「千鶴が酷いことを言う。ああ、明石、私を慰めてくれ」
「僕をだしにいちゃつかないでください!」
一言怒鳴ってから退出した。
ついてきた源氏に、何か話があるのかと思っていたが何もないようだった。
「そうだ、中納言。犬君って呼んでいい?」
「いきなりどういたしました、千鶴君さま」
春の町までの帰り道で犬君と話す。
「だって父様と母様は犬君と呼んでいるのだもの。僕も犬君と呼んでいいでしょう?」
「千鶴さまが主でございます。どのようにお呼びになってもよろしいですよ」
「じゃあ犬君って呼ぶね」
なぜこのようなことを犬君に話しているのかというと、犬君&珠子兄妹懐柔計画を実行するためだ。
いやね、僕も自分の手となり足となる情報を集めてきてくれる人材が欲しいんだよ。珠子とその兄2人(ちなみに名前は菊丸と竹丸)とは十分仲良くなっているし、兄2人には忍び的な行動もできるように練習しておけと言ってある。2人は不思議に思われただろうけど。
だから最後の砦、彼らの母親である犬君に、多少のお目溢しを許してもらうために懐柔するのだ。
これからどんどん懐に入っていくぞー!
よし、元気チャージのために早く帰って母様と2人っきりの時間を謳歌しなきゃ。
ーーー
「惟光。千鶴のことをどう思った?」
果ててしまった明石の君を置いて外に出た。側にいるであろう惟光に向かって話しかける。
「殿の御子息とありまして、大変にお美しいお子でございましたね。2代目光る君とでもお呼びした方がよろしいですか?」
決して外見は悪くない乳兄弟が主君の私に気軽に話しかけてくる。だが忠義には超が付くほど厚いので使い勝手がいい。今も草むらから飛び出してきて、大真面目な顔をして話している。
「よろしくない。それに容姿ではなく中身について聞きたいのだ」
「中身と申しましても、私はそこまで存じ上げませんよ」
「深くなくて良い。今日見た限りはどうだ?」
「頭の回転が早いと言いますか、大人の事情はよく分かっていらっしゃるようでしたね」
そうなのだ。誰が教えたのかは分からないが、男女の逢瀬をしようとするときには必ず千鶴は気を利かせてくれる。それに、私と当事者程度しか知らないようなことも知っている。勘が良いというのか、聡いというのか。だが多少不気味だと思ってしまうのも仕方はあるまい。
「誰かが千鶴の間諜になって動いているのかもしれない。そやつを炙り出せ」
「殿にとってよ私のような存在ですね。かしこまりました」
「そうだ。だが勝手に手を出してはならない。特定だけしろ」
「ええ、かしこまりました。それでは私はこれで、殿」
惟光は夜明けの薄暗い闇に溶けていなくなった。




