第44話【緊急SS】 看板娘コレットの「絵描きさんおもてなし」チンジャオロース大作戦
臨時のショートストーリーです。本編のラスト(あとがき)に、皆様への重大発表がございますので、ぜひぜひ最後までお見逃しのないようお読みください!
昼前のド田舎食堂に、美少女の声が響いた。
「ふぁあああ~~て、店長ぉ~~大変です!」
「コレット、どうした?」
「お、お客さんです!!」
いや、そんな驚くなよ。
まあいつも通り閑古鳥はないてるかもしれんが……客の1人や2人ぐらいはくるだろう。
「いらっしゃいませ~♪」
ウキウキな看板娘のコレットが、可愛らしく微笑みながら接客に入る。
戸口に立っていたのは、大きなスケッチブックを持った一人の若い男だった。身なりはしがない旅人といった感じだが、その目はなにか獲物を狙うかのような眼光を宿していた。
「ふむ……閑散とした店内だがなにかを感じる……」
男は店内をぐるりと見回すと、真剣な面持ちでカウンター席に腰を下ろした。
「私は画家のルークという。私は世界中の至高の料理をキャンバスに描き残すことを生業としているんだが……店主、ひとつ頼みがある」
「なんだ?」
俺が仕込みの手を止めて問いかけると、ルークはスケッチブックをバサリとテーブルに広げた。
「私にあんたの最高の一品を描かせてくれ! もちろん代金は払う。だが、まずはじっくりと描かせてほしい」
なるほど、絵描きさんか。
自分の技量でモチーフの魅力を残したいという情熱は、俺たち料理人が皿の上に情熱を注ぐのと似ている。個人的にその情熱は嫌いじゃない。
……だがな。
「断る」
「店主よ俺の腕を疑うのはわかる。だが、こう見えても王立美術院を首席で卒業して王都で個展の実績も―――」
「そうじゃない」
俺はコック帽の位置を少し直しながら、まっすぐにルークを見つめた。
「料理ってのはな、描かれるために生まれてきたんじゃない。食われるために生まれてきたんだ。目の前に置かれた料理を冷まさせて、スケッチが終わるのを待たせるなんてもったいないだろ」
「ぐっ……! だ、だが、絵として残せば、この店に来られない何千、何万という人々にも、あんたの料理の素晴らしさが伝わるんだぞ!?」
「伝わっても食えなきゃ意味がねぇだろ。飯は舌で味わうもんだ」
俺とルークの間に、ピリッとした緊張感が走る。職人同士の譲れないこだわりがぶつかり合った瞬間だった。
そこへ、すっと割り込んできた影。
「お二人とも~~まあまあ落ち着いてください~」
我がド田舎食堂が誇る看板娘、コレットである。
「コレット……」
「ルークさんの言いたいこと分かりますよぉ。店長のおいしいご飯が絵になっていろんな人に届いたら、私だってすっごく嬉しいですもん!」
「だ、だろう……であれば」
「じゃ、こうしませんか? 店長はいつもどおり最高のタイミングで最高の料理を出してください。ルークさんは、冷める前に描いて冷める前に食べてください!」
コレットは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、ドヤっと胸を張った。
「えっ……冷める前に描いて、冷める前に食べる……!? そんな無茶な! 極上の料理を描くには、ある程度の時間が……」
「ルークさんならできますよぉ~~。だって、こんなド田舎のお店にまでモチーフを求める情熱があるんですから。絵描きさんの根性、見せてください~~♪」
コレットにぐいぐいと詰め寄られ、ルークは気圧されたように後ずさった。
「う……うむ。そこまで言われては、画家の名誉にかけて引くわけにはいかん。分かった、挑戦しよう! 料理人が命を懸けて作るなら、俺も筆に命を懸ける!」
「決まりですね~♪ 店長~~お願しま~す」
やれやれ。コレットのやつ、うまく乗せやがったな。
だが……絵描きが命を懸けて描くと言うなら、俺も生半可なものは出せん。
というかそんな中途半端な料理など、常に出さんけどな。
俺は厨房の奥へ向かい、本日の最高食材を取り出した。
ピーマン、たけのこ。
それから……ドラゴン肉だ。
今日作る飯は、ドラゴン肉のチンジャオロースである。
まな板の上にドンと置かれた真っ赤な肉塊に向かい、包丁を構える。炒め物における素材の切り方は、味の命運を分ける大きなポイントだ。
「まずは食材の細切り……」
俺はドラゴン肉に素早く包丁を入れる。そして次にピーマンは繊維に沿って美しい細切りに揃えていく。こうすることで加熱してもシャキシャキ感が損なわれない。
「な……なんだあの包丁さばきは!? 刃の軌道が美しすぎる!」
カウンター席のルークが息を呑んだ。だが、職人の極意はここからだ。
しょうゆ、こしょう、溶き卵に紹興酒、片栗粉を加えて下味をつけると……
中華鍋に多めの油を注ぎ込み一気に加熱する。まずはドラゴン肉。ジューッと軽い音を立て肉が踊るが、ここで火を通しすぎてはいかん。仕上げのあわせのタイミングを計算し、ある程度火が通った絶妙な瞬間にすっと引き上げる。
続いて赤ピーマン・緑ピーマンとたけのこだ。熱を均一にまとわせる。これもある程度の火入れで手早く油から上げる。色鮮やかな赤と緑がパッと引き立ち、瑞々しさが閉じ込められた。
「ふはああ……豪快でいて丁寧な作業……(じゅるり)」
ルークから白い一筋のよだれが漏れた。
よしよし、期待感はどんどん上がっているようだな。
つづいて肉と野菜を引き上げた中華鍋に生姜を少々炒めると。しょうゆとわずかなオイスターソースを入れてぐるりと回す。オイスターソースは風味が強いので、ほんの気持ち程度でいい。さらに紹興酒、鶏ガラスープを加え、片栗粉でとろみをつける。
「わぁあ~~いい香りです~(じゅるり)」
コレットもそのかわいいお口から、一筋の雫が落ちそうになっている。
ホールとしてはあかんが、まあ仕方ない。
そして最後の仕上げ。
中華鍋を熱し、肉と野菜を同時に躍り込ませる!
ジュアァアアア!!
厨房に響く、力強く爽快な炒め音。
アクセントとして黒胡椒をサッと利かせる。
加熱するのではなく具材を均一にあわせるイメージで、中華鍋を豪快に煽る!
「よし、出来上がったぞコレット!」
「は~~いっ! ドラゴン肉の極上青椒肉絲定食、おまちですぅ!」
湯気を豪快に立ち上らせた皿が、ルークの目の前に運ばれた。
さらに熱々の白ご飯とスープも添えて。
「ぬぅうう……」
ルークの目が限界まで見開かれる。
一本一本が美しく輝くドラゴン肉と、鮮烈な赤と青緑色を放つピーマン、そして琥珀色の竹の子。艶やかなタレを纏った細切りたちが、まるで芸術品のように盛り付けられている。
「う……美しい……一本一本のカットが完璧で、肉とピーマンの共演が生命力そのもののように輝いている……これだ、これぞ私が求めていた至高の「食」の美!」
ルークは取り憑かれたように筆を握り、スケッチブックに向かった。
「描く……描いてみせるぞ! この圧倒的な艶を、このシャキッとした質感を紙の上に表現するんだ!!」
ルークの筆が素早く動き始める。素晴らしい集中力だ。線の力強さ、迷いのなさは本物の画家のそれだった。
が……しかし。
出来立てのチンジャオロースは、休むことなく極上の湯気を放ち続けている。 黒胡椒のピリッとした香りに、醤油とオイスターの香ばしい香り。そしてドラゴン肉の甘い脂の誘い。
ルークの手が、次第に震え始めた。
「くっ……な、なんだこれは……私の本能が……身体が描くことよりも食えと命じてくる……」
「ルークさん、集中です~でも冷めちゃいますよ~!」
「あ……頭では描きたいのに、口が勝手にドラゴン肉のうまみを想像して……目がピーマンのシャキシャキ感に奪われて……手が勝手に箸を!?」
じゅるり、とルークの口から大きな雫が垂れた。
「だ……ダメだぁあああ! 描いてる場合じゃねぇえええ!!」
ルークはついに筆を投げ捨て、箸を握りしめた。一掴みのチンジャオロースを豪快に持ち上げ、口の中へ投じ―――
「……ふはっ、はふっ、はふぁあああ美味いぃいいッ!!」
ルークの口から絶叫が漏れた。
「なんだこの歯ごたえは!? ピーマンが信じられないほどシャキシャキしていて瑞々しい! そしてドラゴン肉は程よい弾力で噛むたびに旨味が溢れ出てくる! 控え目な味付けで、肉と野菜そのものの味が鮮烈に殴りかかってくるぞぁあああっ!」
ルークはなりふり構わず、チンジャオロースをむさぼり食い始めた。 一掴み、また一掴み。箸を動かす手が止まらない。白飯と一緒に口へかき込み、ハフハフと幸せそうに頬を膨らませる。
「うまっ……うまっ……こんな美味いものを前にして、描くだけで食わないなんて……俺はなんて愚かだったんだ……」
ハフハフと熱々のチンジャオロースを完食し、皿に残ったタレまでご飯ですくい取ってきれいに平らげたルークは、満足そうに「ふぅ……」と長い吐息をついた。その顔は、まるで温泉にでも浸かったようにゆるゆるに蕩けている。
「……ごちそうさまでした。私の完全敗北です、店主」
「別に勝ち負けじゃねぇよ。美味しく食べてくれたなら、それで十分だ」
俺がそう言うと、ルークはふっと爽やかな笑みを浮かべ、再び筆を握り直した。
「いや、俺の仕事はこれからだ。……不思議だな、あの極上の味と歯ごたえを身体に染み込ませたら、絵筆が勝手に動きそうだ。今なら、あの料理の「本当の美味さ」を描ける気がする!」
ルークの目が先ほどまでの迷いを捨て、真っ直ぐな情熱で輝いていた。
ルークはサラサラとスケッチブックに筆を走らせ始めた。その手つきには、先ほどのような焦りはない。ピーマンの瑞々しいツヤ、肉の柔らかさ、そして何より、それを食べた時の「幸福感」が、鮮やかな線と色彩となって紙の上に描かれていく。
「わぁぁぁ……すごいです、ルークさん!」
横で覗き込んでいたコレットが声を上げた。
「お店のチンジャオロースが、まるで生きているみたい! とってもおいしそうで、見ているだけで(じゅるり)しちゃいます!」
「ふっ……料理人が命を懸けて作ってくれたんだ。画家がそれに答えなくてどうする」
完成したスケッチを見せてもらうと、そこには今にもお皿から飛び出してきそうなほどの、圧倒的なシャキシャキ感と臨場感を秘めたチンジャオロースが描かれていた。
「どうだ、店主。これなら、文句はないだろう?」
「……ああ」
俺は思わず口元をゆるめた。
「最高に美味そうな絵だ。これなら、見ているだけで腹が減ってくるな」
「ははっ、最高の褒め言葉だ!」
ルークは満足そうにスケッチブックを閉じると、カバンに大事に仕舞い込んだ。
「よし! 俺は王都に戻って、この絵を元に絵巻物を作ろうと思う」
「絵巻物? ですか、ルークさん?」
「ああ、看板娘ちゃん。俺が新たな試みとして、絵に文字のセリフをつける物語だ」
なるほど、ルークの言ってるのはおそらくコミック(マンガ)のことだな。
「じゃあ、世話になったな! 私は絵巻物としてこの店の素晴らしさを世界中に広めるよ! 店主、看板娘ちゃん、本当に素晴らしい飯をありがとう!」
「はぁ~い、また来てくださいねルークさん! 絵巻物、楽しみにしてま~す♪」
手を振るコレットに見送られ、ルークはすんごい速さでド田舎食堂を去っていった。
俺たちの物語がマンガになるか……
まあ、絵になろうが、漫画になろうが、俺のやるべきことは一つ。目の前の客に、最高の飯を作って食わせるだけだ。
「よし、コレット。次の仕込みに入るぞ!」
「はぁ~い店長。絵巻物記念に、今日のまかないは特大カツ丼でお願いしま~す(じゅるり)!」
「おう、任せとけ!」
今日もド田舎食堂には、子気味よい包丁の音と食いしん坊な看板娘の笑顔で満ちていた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。作者の「のすけ」です。
なんと、料理バカおっさんのコミカライズ(紙&電子)が決定しました!!
やた~~おっさんが包丁振るいまくって飯テロしまくる姿がマンガになります! そして本屋さんに並びます!!
これもひとえに読んで応援しくださっている、みなさまのおかげです!
本当にありがとうございます!




