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第21話 おっさん、巨大ガニをスパッとさばく

「ピギィイイイ―――ッ!」


 海鳴りに奇声をのせたような咆哮とともに、クラブロードが浜辺に這い出してきた。

 赤黒い甲羅はまるで城壁のように分厚く、潮を浴びて鈍い光を放つ。

 波打ち際を一歩進むたび、砂浜がドンッと震えた。


 その不気味な鳴き声は、捕食者であることを疑わぬような俺たちを威圧する音だ。


「こ、これが……クラブロードの全容……!」


 ロメリーが息を呑む。

 その後ろから、コレットが顔を出してクラブロードを見上げた。


「わぁひいいぃ~~で、でっかいですぅ~」


 俺は包丁を構える。潮風に濡れた刃が、陽を浴びてギラリと光った。


「こいつの出番だな―――」


 取り出した包丁は中華包丁。分厚く、四角く、輝く鉄の塊。

 刃渡り三十センチ、重さ三キロの掘り出し物。普通の料理人なら持ち上げるだけで手首が死ぬ代物だ。


「ピギィイイイギィイ!」


 クラブロードが巨大なハサミを振り上げると、日の光りが遮られて俺たちの周囲が暗くなる。


 次の瞬間―――


 凄まじい圧力で、巨大なハサミが振り下ろされてきた。

 俺はクラブロードの一撃を右に跳んでかわす。


 かわした瞬間、ズドーンという音が鼓膜を揺らした。


 砂が巻き上がり浜が大きく抉られ、その衝撃波で、ロメリーたちが吹き飛ばされそうになった。

 むっ……想像以上の力だ。さすが上物、そう楽にはゲットできないな……。

 それに、ロメリーとコレットもいるので俺が好き勝手に暴れると、彼女たちも巻き込まれるかもしれん。


 すると後方から光が溢れ出た。


 その輝きはロメリーの髪を照らし、神聖な光の膜がロメリーとコレットの周囲を包む。


「コレットさん、ワタクシの【結界】から出てはいけません! あれは冗談抜きで危険です!」

「ひぃい~っ、わ、わかりましたぁ!」


 ロメリーの展開した【結界】のなかでちょこんと正座するコレット。

 よし、これで2人は大丈夫だな。


「うし、ナイスだロメリー。2人とも【結界】からでるなよ。これなら思いっきりいけるぜ」

「え? い、いける……? あ、あの、し、シゲルさん!?」


「ちと暴れるって――――――ことだ!」


 ロメリーが慌てて言葉を続けようとするが、その声は爆音にかき消された。


 クラブロードのハサミが砂浜をえぐり、俺の立っていた場所が一瞬で陥没する。

 砂が舞い上がる―――だが、そこに俺の姿はもうない。


「はっ!? い、いない!?」


 次の瞬間、ロメリーの視界の先―――

 クラブロードの足元に立つ俺の姿があった。


 中華包丁をグッと握り、低い姿勢で構える。


「よし、今日のメインディッシュだ。硬い殻でも遠慮はしねぇぞ」


「し、しげるさん! 1人は流石に無茶です! これまでのシゲルさんの攻撃を見る限り、ゴーストやリッチーといった霊体に特化した一撃なのでは? で、ですが、この魔物は実体そのもので質量の塊です!―――つまり包丁ではどうにもならないんじゃ……」


 ロメリーがなにやら叫んでいるが。


 海風が一瞬止まった。



「中華包丁―――八方ざく切り!!」



 スパッ――――――!


 関節の根本から切り離されたデカいハサミが、空を舞った。


「ふんっ!―――もう一丁ざく切り!!」


 太くて長い左足の一本が甲羅から切り離されて、砂浜にズドンとめり込む。



「ピキィイィ……キィイイ!」



 クラブロードが再び不気味な鳴き声を上げる。が、それは先ほどとは変わって捕食者の威圧感はない。

 そうだ……


「おまえは食材だ! 中華包丁―――ざく切り連刃ぁああ!!」


 ズバッ、スパッ、ズドン―――


 クラブロードのハサミと長い足が次々に宙を舞った。


「ひぃいいい! スパスパ切ってるぅうう! あの硬いの切ってるうう! 激ツヨ物理攻撃だったぁぁ!!」


「ロメリー、さっきからうるさいぞ。ってうお! ちょっとカニみそ漏れたぁああ!」

「そんな心配している場合ですかぁああ! シゲルさんまえ!」


「ピギィイイイイ!」


 クラブロードが怒り狂って海面を叩く。波が跳ね、岩が砕ける。

 残った脚で巨大な甲羅を持ち上げ、からだ全体で俺を押しつぶそうとこちらに倒れてきた。


「むぅ、これ以上余計な傷をつけるわけにはいかん!」


 俺は迫りくるクラブロードに向けて中華包丁を振りぬいた。


 目のつけに当たる箇所がパシュっと音とたてて、切り落とされる。

 と同時に、クラブロードはその場にズーンと倒れ込み、動かなくなった。


 海風が静まり返る。

 潮の香りの中に、ほのかに甘い香り―――綺麗に部位ごとに切られたカニが、その場に転がっていた。




 ◇◇◇




「ふぅ……これで本日の食材確保は終了っと」


「ふはぁぁ~……り、リッチーの次は巨大カニまで……店長、ほんとうに何者なんですかぁ~」


 コレットが何かを期待するような目つきで見つめてくるが、そんなキラキラの瞳されてもな。

 悪いが俺はガチのおっさん料理人でしかない。


 俺は中華包丁を洗いながら、海を眺めた。

 うむ、ひと仕事のあとで気持ちが良い。


「ふぅう、色々ありすぎて……凄い濃厚な一日でした……ふふ」


 ロメリーが砂浜に座り込み、脱力したように笑う。

 白い肌に潮風があたり、エメラルドグリーンの髪がふわりと揺れた。


「まあ、開放的なところに来るだけでも気分は変わるだろ?」

「え? そ、そうですね。……シゲルさん、ありがとうございます」


 ロメリーの笑顔が少し柔らかく見えた。

 俺は包丁を拭きながら、ふと思いついたことを口にする。


「全部自分でやらなくてもいいんだよ」

「……はい。なんだか、少しだけ心が軽くなった気がします」


 この子はずっと1人で仕事を抱えていたんだろう。

 リッチーとの戦いでは自分でなんとかしようとしてたし、クラブロードとの戦いでも率先して何かをやろうとしていた。

 それ自体は悪い事ではないんだが……もうちょい他人に甘えることも覚えんとな。


 ま、それは休みの間に少しづつ覚えていくとして……立ち上がったロメリーが「うぅ~~ん」と伸びをした。

 うむ……俺は凄くヤバい事に気付いてしまった。


「それから……もうちょい自分の胸元に注意しろ」


「え? 胸元? ……え?」


 ロメリーが自分の身体を見下ろし―――そのかわいい顔が、みるみるうちに真っ赤になる。


「あ、あれぇ……ワタクシの、び、び、ビキニどこへ!? き、きぃああああっ!! シゲルさんの変態っ!!」


 いや、俺は悪くないぞ。変態扱いしないでくれ。


 巨大ガニの大捕り物だったが……

 結局、ロメリーのビキニ探しが一番時間かかった。


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