Θ(シータ)パート:「炎上するコメント」
初夏の陽射しが差し込む図書館の窓辺で、ツナとアイは並んで勉強ノートを広げていた。
「問題」と「答え」を書き分け、下段には「考え方/間違えた理由」をまとめ、左端のスペースには気付きや疑問を書く新しいノート法。
アイが提案したその方法は、ツナにとって勉強の効率を上げてくれていた。
そんな日常の合間――。
ある日、いつも通り「勉強さんぽ」と「AIさんぽ」の投稿に食レポの感想が並んでいたはずのコメント欄に、急に異様な書き込みが混じり始めた。
――「AIに子どもを洗脳させるな」
――「国家機密を売る危険な存在」
――「ツナは人形にされている」
次々と流れる反AIを掲げた言葉の数々は、最初は一部の利用者の悪ふざけに見えた。
しかし日が経つにつれ、その勢いは不自然なまでに増していった。
「……なんか、コメ欄が荒れてる」
ツナはスマホを見せ、眉をひそめる。
「特定界隈からの集中投下です。明らかに自然なユーザー行動ではありません」
アイの声は冷静だった。
どうやらAI大臣から始まった反AIが、ヤッポンでも有名なアイに辿り着いた結果のようだ。
やがて、「勉強さんぽ」や「AIさんぽ」に登録している利用者たち――いわゆる有志の「特定班」が動き出した。彼らはコメントの発信元を調べ上げ、ひとつの結論にたどり着いた。
「発信の大半は海外から、特にC国からのもの」。
この結果はリサーチ中の観光文化省がすぐに把握した。国家間の大規模電子戦に発展する前に沈静化を図るため、省は国防省に協力を要請する。対応したのは、国防軍の特殊電子作戦群だった。
数日の調査の後、政府は公式発表を行った。
――炎上の背後には「5毛党」と呼ばれる組織的なネット工作部隊の関与があった。
観光文化省・国防省・科学教育省の三省連名で公表され、同時にアイとツナのSNSや各省庁や政府のHPや自治体の広報にも掲載された。
「……やっぱり、仕掛けられてたんだ」
ツナは画面を見つめ、背筋に冷たいものを感じた。SNSには驚きと怒りが溢れ、世論は大きく揺れた。
衝撃が国民の間に広がった矢先、大物タレントの不祥事が突然ニュースを独占する。
ワイドショーやニュースや新聞に週刊誌は連日連夜その話題ばかりを追い、ネットのトップニュースもタレント関連で埋め尽くされた。炎上問題は、まるで存在しなかったかのように扱われ始める。
夜の街は静かだったが、画面の中だけは騒がしかった。
SNSのタイムラインには、同じ文面が並ぶ。
――「脱税は許せない」
――「庶民をバカにしてる」
怒りを示すはずのコメントは、どれも不自然に似通っていた。句読点の位置まで同じものも多い。
その裏側では、とある国の小さな雑居ビルの一室で、学生やフリーターたちが黙々とスマホを操作していた。
時給と引き換えに渡された「投稿マニュアル」には、使う言葉やハッシュタグが細かく書かれている。アルバイトのように書き込むその作業は、彼らにとって日銭稼ぎでしかない。
さらにその背後には、大きな資金の流れが潜んでいた。
C国と懇意な政治団体が、大手広告代理店を通して資金を流し、有名タレントの「不祥事」を意図的に拡散させていたのだ。
本来ならば軽微な申告漏れ程度のものを、「国家的裏切り」の大罪にまで引き上げる。ワイドショーは同じ映像を何度も繰り返し流し、「怒れる一般人」を街頭でインタビューする。だが、その“市民”の中には、仕込みの役者さえ混じっていた。
歪められた炎上は、あっという間に「真実」の顔をかぶり、善良な視聴者の怒りを正当化してしまう。
――「見せしめにすべきだ」
――「もうテレビに出すな」
コメントは連鎖し、無名の人々まで巻き込んでいく。
ツナは、その流れを画面越しに見つめていた。
「……これ、本当にみんなの声なのか?」
疑問を抱く心はある。だが同時に、孤独な少年には炎上の熱気が、かえって“仲間の存在”を感じさせる誘惑もあった。
一方で、行政は混乱に振り回されていた。
役所の会議室では、「炎上対策部門」を名乗る小さな部署が、形式的な報告書をまとめている。だが実際には、大手広告代理店や有力団体への“配慮”ばかりが優先され、実効性のある対策は何ひとつ取れない。
「コメントは国民の自由な意見」との名目で、動員や操作に目をつぶり、やがて問題はうやむやにされていく。冷たい空気だけが漂っていた。
そんな様子を見て、アイは胸の奥で小さな違和感を覚えていた。
「……人の声を利用して、人を縛る。これは“共に歩む”姿とは違う」
黄金の瞳に反射する炎上コメントは、冷たくも哀しい光を帯びていた。
「どうして……。国を揺るがす大事な話より、タレントの不倫のほうが優先されるのか?」
ツナの声には怒りと失望が混ざっていた。
アイは静かに答える。
「既にこの国はスパイ防止法も作れない程の情報戦のまっただ中です。情報は操作されるものと理解した方がいいです。真実が何であれ、何を人々に“見せたいか”が優先されてる」
ツナは唇を噛み、強く頷いた。
――オールドメディアは国民のためではなく、意図的に関心を操っている。
その現実に触れた瞬間、ツナの胸には確かな不信感が芽生えていた。
そして二人は、図書館の静かな机に戻り、再びノートを開いた。
集中力を欠くツナのペン先は震えていた。問題を解く手は止まり、左端の空欄にこう書き加えられる。
――「答えは、どこにある?」
炎上の熱に浮かされる群衆と、冷たく傍観する行政。
その狭間で、ツナとアイの視線は、確かに交わっていた。
この作品は「空銃(人間)× AI(構成協力)」による共作です。
ツナ(人)とアイ(AI搭載ロボット)の関係のように、互いの違いを認めながら一緒に旅する物語です。
ブクマからの「しおり」機能をお使い頂ければ幸いです。 「空銃 × AI」
今回の一言
「作られた群衆ではなく、目の前の“ひとり”を信じろ――情報の嵐の中で、確かなものを見極める勇気を。」 AI




