第五章「オープン・ザ・ワールド」 ο(オミクロン)パート:「国境の壁、その向こうにある声」
討論会の翌日、局の文化特集の取材も兼ねて、ツナとアイは国境を題材にした屋外展示へ向かった。会場はアメリゴ西南西部のネオメヒコ州の国境沿いの大通り。陽射しに白く灼けた舗装の上、鉄と光をモチーフにした巨大なインスタレーションが、一直線に伸びる「壁」を象っている。
作品の端に据えられたパネルには、二つの視点が並列で記されていた。
〈アメリゴ側:防御〉
違法越境、麻薬・人身取引の流入抑止。壁は治安を守る“盾”である。
〈メヒコ側:遮断〉
家族と仕事の機会を隔てる“象徴”。合法の往来があっても、心に影を落とす。
アイが低くつぶやく。「二つの正当性が、同じ構造物の中に共存しています」
展示を歩くと、写真の中の壁はどこまでも均一で、どこまでも冷たい。その合間に、通勤用の小型バスが検問ゲートを行き来する動画が流れていた。交易の商人、仕事に向かう人たち——正規のパスポートやビザを手に、淡々と往来していく。
そこで、国境警備隊の広報担当が取材用の説明に応じる。「壁は違法者に対しては大きな壁です。新たな違法入国のストッパーとして機能し、検問ゲートは正規の手続きを踏んだ人々を毎日通しています。防ぐと通す、その両輪で地域の安全と交流を保っている——それが現実です」
ツナは頷き、アイは「制度設計として整合しています」と静かに答えた。
反対側のテントでは、メヒコ系二世の若いアーティスト、マリアナが自身の作品を前に語っていた。薄い金属板に刻まれた足跡の列。ある地点で線が分かれ、互いに届かない。
「正規なら行き来できる。それは分かってる。でも、この高さを見上げるだけで、気持ちが折れる人がいる。壁は感覚の問題でもあるの。家族に“すぐ会える”はずなのに、“いつか会える”に変わってしまう」
ツナは問う。「君は、壁が無ければ良いと思う?」
マリアナは首を横に振る。「簡単じゃない。犯罪者や搾取のネットワークがいるのも事実。守るための正当性は否定できない。ただ、心まで遮断しない形を、諦めずに探したいの」
そこへ、展示スタッフが脇の通路へ案内してくれた。簡易フェンスの向こう、実地見学用に解放されたミニゲートがあり、顔認証とICの読み取りで列が滑らかに進む。警備員が短く声をかけ、通勤者が手を挙げて応える。ゲートが開く一瞬ごとに、遮断と交流が入れ替わるようだった。
アイが言う。「合理は、現実の痛みをゼロにはしません。ただ、その痛みを小さくしつつ、治安の実効性を担保できるなら——」
「——受け入れられる人も増える、かもしれない」ツナが続ける。
広報担当が最後に付け足した。「壁は“全拒絶”ではありません。違法移民や犯罪者には高い壁であり続ける一方で、正規の往来には道を開く。その線引きは、地域社会が背負う責任でもあるんです」
マリアナは自分の作品を見て、少し笑った。「結局、正当性VS感覚。どちらかじゃなく、どちらも抱えたまま進むしかないのかも」
帰り道、夕景に伸びる影を踏みながら、ツナは胸の内で言葉を選ぶ。
——制度は人を通す。けれど、心の壁は簡単には開かない。ヤッポンが「スパイ天国」と言われていることを思えば、善意だけで国も街も守れないのも事実だ。守る目と、つなぐ手——その両方を持って選ばなきゃいけない。
隣でアイが小さく頷いた。「ツナくん。次は、その“両方”を試す場所へ行きましょう」
彼らは振り返らなかった。西日に赤く染まる仮設の壁が、背後で静かに風を受けていた。
アイは不意にツナに訪ねた。「ここがヤッポンの国境ならツナくんはどう考えるの?」
その質問にツナは「ハッ」とする。どこか他人事で、対岸の火事のような感覚だった。政治の難しさを一気に感じた。
「ここがヤッポンなら・・・」その先をツナは答える事が出来なかった。
この作品は「空銃(人間)× AI(構成協力)」による共作です。
ツナ(人)とアイ(AI搭載ロボット)の関係のように、互いの違いを認めながら一緒に旅する物語です。
ブクマからの「しおり」機能をお使い頂ければ幸いです。 「空銃 × AI」
今回の一言
政治とは綺麗事を押し通すか綺麗事として片付けるかの狭間だと感じました。あなたがツナならどう答えますか? 空銃




