第七話 『踊り子リサⅡ』
「で? 目標は?」
クラウジーニョは早くもドミニカにそう尋ねる。ベルロワ王国を熟知しているのもシルヴァンの母の顔を知っているのもドミニカだ。
クラウジーニョはリーダーだが、頼らなければ何もできないところはしっかりとドミニカに頼っている。
「王都にいる……はず」
だが、ベルロワ王国に戻ってきたばかりのドミニカにはその確信がなかった。ドミニカは申し訳なくなって視線を逸らして答えたが、その先には偶然にもシルヴァンがいる。
シルヴァンはきょとんとした表情でクラウジーニョとドミニカの話を聞いていた。目標、王都、そんな曖昧な単語ではシルヴァンには何も伝わらない。リサがシルヴァンの背中をそっと撫でるとシルヴァンはびくっと羽を逆立たせた。
クラウジーニョは申し訳なさそうにしているドミニカに文句を言わない。アリアドネを一瞥すると、アリアドネは首を左右に振った。
「さすがにそこまではわからないわ。よっぽどの豪運じゃないと」
「徳積んでへんかったか」
アリアドネの言うことは理解できないが豪運ではないということはそういうことだ。うんうんと頷く黒兎をアリアドネは無表情で一瞥する。
黒兎の言うことは理解できないが褒められた訳ではないことはわかる。アリアドネは「海の中から宝石を探せと?」と肩を竦めた。
「王都から一人を探せってことやもんな」
黒兎も空気を読んでその人をシルヴァンの母とは言わない。
「王都にいるって確定した訳でもないしねぇ」
アリアドネは頬杖をついて困ったように眉を下げた。
「じゃあ聞けばいいじゃん」
カレンは近くを見回して男の客に「ねぇ──」と声を掛ける。男の客はすぐにカレンに体を向けたが、「ちょっと待てぇい!」と黒兎に止められた。
「なんもあらへんから!」
黒兎は男の客に必死に誤魔化す。カレンもなんでもないような態度を取って相手の興味を逸らすことに成功すると、二人揃って疲れたような表情を出した。
本当に腹違いの姉弟のようなよく似た二人だ。
「アホ」
「ご、ごめぇん」
だが、違うところもある。姉弟が逆になったような二人のやり取りを聞いてリサはくすっと笑みを零した。
「笑い事ちゃう」
黒兎は不貞腐れるが、「聞けばいいんですよね」とリサはカレンと同じことを言う。
「せやから──」
「私ならこの子から話を聞けます」
リサが抱き上げたのはそろそろとテーブルに近付いてきた青みがかった灰色の猫だ。
「ニャア! 何すんだあんた!」
猫はシルヴァンと同じように毛を逆立たせる。猫はオスらしくその声は低い。同じオスでもセバスチャンとは違う雰囲気を纏う猫だ。
「ごめんなさい、少し力を貸してくれる?」
猫はじろりとリサを睨む。リサを睨む男はいないがリサを睨むオスはいる。リサにとって自分を特別扱いしない存在は人間であれ動物であれ貴重だった。
「もしかしてそいつ、なんか喋ってるん?」
黒兎はニャアニャアと鳴く猫を観察する。セバスチャンの言葉はわかるが猫の言葉はわからないらしい。リサにはその感覚の方がわからないが、魔法学校では動物と話してはいけないと言った両親の気持ちは改めて理解できた。
「力? 何言ってんだあんた! この非力な体が見えないのか?!」
「ごめんなさい、違うの! 安心して、そういう力じゃないから!」
リサは猫に人を探していることを話す。猫をよく抱き上げていたリサから逃れられない猫は渋々リサの話を聞いていたが、「で?」と溜息を吐いた。
「人を探して俺になんのメリットがある。猫をナメてもらっちゃあ困るぜ」
「舐めてないわ。私はトロイメライじゃないわよ」
「多分その舐めるちゃうぞ」
黒兎は猫の言葉が聞こえていなくても脊髄反射でツッコむ。逆に何故誰もツッコまないのかと気分が悪くなる程だ。
「メリット……」
黒兎はシルヴァンに報酬を求めた。クラウジーニョもシルヴァンに報酬を求めている。それが労働だとリサは知っている。
「ンニャア!」
瞬間、猫が素早く手を伸ばした。その手はテーブルを掠めるが、猫の手がテーブルに届く前にテーブルにいた動物がいる。
「わぁ! びっくりした! 危ないことしちゃメッ! だよ! おにーちゃん!」
怒っているのは猫を見上げる可愛らしい声の褐色の鼠だ。鼠は食べられそうになったことに気付いていないのか、怯えることなくテーブルの上に散らばったパンの屑を食べている。
「うおっ?! 鼠?!」
黒兎は勢いよく椅子から立ち上がって身を引くが、ドミニカは「王都にはもっといるんだけど」と正直に話した。
「なんでやねん!」
「ほんとかそれ!」
ドン引きする黒兎と違って嬉しそうなのが猫だ。鼠もドミニカの話に興味があるのか食べ物を食べる手を止める。
「下水道があるから」
「え? そんなのあるん?」
「ベルロワのこと馬鹿にしてる?」
黒兎は全力で首や手を左右に振る。ドミニカも《黒の迷い子》がそのような煽りができるとは本気で思っていない。
「王都だ!」
下水道がどういったものなのか虎獅狼やカレンと共に考えていたリサは、急に叫び出した猫に驚いた。
「王都に連れて行け! なら人探しを手伝ってやる!」
「まぁ! いいの? どうもありがとう!」
シルヴァンの力になれることが嬉しいリサは満面の笑みを浮かべる。そんなリサの腕に飛び移って肩に移動したのは鼠だった。
「おれも! おれも行きたい!」
「そうなの? じゃあ賑やかになるわね!」
猫は鼠に手を伸ばすが、どうしても届かない。この瞬間は鼠に手を出すことを諦めてリサに大人しく撫でられる。今まで人間に撫でられたことはないが、リサになら撫でられてもいいと本気で思って脱力した。
「猫と鼠はなんて?」
虎獅狼は好奇心で身を乗り出す。するとカレンも瞳を輝かせて身を乗り出す。
「王都に行って一緒に探してくれるって!」
「だから王都にいるかは今はわからな……」
「ねぇねぇ、誰の話をしてるの?」
「女王様よ」
リサは小声なら大丈夫だろうと肩の鼠にこそっと教える。
「女王様? あっ! ねぇ知ってる? 女王様今度しょけーされるんだって!」
「えっ? 処刑?」
「え、処刑?」
ドミニカは途中から自分の話を聞かなくなったリサを睨もうとして思考が止まる。シルヴァンも首を伸ばして鼠に視線を注いでいた。
「なんでやねん!」
鼠の数よりも女王の未来の方が気になる。黒兎は頭を抱えてドミニカとシルヴァンの反応を窺った。
「えっとぉ、ツミを償うんだって。ツミってなぁに?」
「罪を償うらしいわ」
ドミニカは翻訳された鼠の話を聞いて眉間に皺を寄せる。罪人に対する公開処刑はベルロワ王国では珍しくないが、女王が罪を犯すとは考えられなかった。
そんなドミニカを見たからなのか、クラウジーニョとアリアドネはセルヴォワーズを一気に飲み干して「行くか」と立ち上がる。
「どこに行くん?」
何も飲んでいない黒兎は外に出ることは構わないようだが、行き先を知らないままクラウジーニョについて行く気はないようだった。
「ギルドだ。他は先にそっちに行ってる」
他、ということはクラウジーニョとアリアドネ以外にも人がいるらしい。何も知らないリサは頭の中で話を整理してうんうんと頷く。
「こないなとこにもギルドあるん?」
「違う違う。こういうところにしかないのよ」
アリアドネは何も知らない黒兎を小動物を見るような目で眺め、「ベルロワ王国はレンガ道と繋がっていないでしょう?」と人差し指を立てた。
「せやな」
「あー……」
カレンはわかったようなわかっていないような声を漏らす。感覚では理解できたが頭では理解できていないようだ。世間知らずのリサとシルヴァンは考えることを放棄する。虎獅狼は険しい表情で首を傾げた。
「ここに来る大半は冒険者よ。安全な道では辿り着けないからね」
「あー。王族も商人も観光客もおらんってことか」
「そういうこと」
アリアドネが黒兎の頭を撫でると、黒兎は「何すんねん!」と恥ずかしそうにアリアドネの手を払う。
「可愛いなぁって思って」
「誰が鳥頭や!」
「誰もそんなこと言ってないですよ?!」
黒兎は悪口に敏感になっているのかもしれない。リサは黒兎を止めるが、黒兎は自分を鳥頭扱いしたドミニカの仲間であるアリアドネを信じていないようだった。
黒兎がアリアドネを警戒しているならば、虎獅狼もカレンも動かない。ハインツとリサは三人が動かないならば動けない。シルヴァンもドミニカについて行こうとはしなかった。
「てめぇらだけで何ができるんだ」
クラウジーニョは行動を共にすることを拒否されたと思ったらしい。黒兎、虎獅狼、カレン、リサ、シルヴァンを睨む。
「別になんかできるとは思てへんで」
クラウジーニョと争う気がない黒兎は渋々と立ち上がった。
「自分らと一緒におったらなんかできるとも思てへんけど」
黒兎は何故年上のクラウジーニョ相手にそのような態度を取れるのだろう。クラウジーニョは「なんだと」と眉間に皺を寄せる。
「自分ら俺らに負けたやん」
その言葉にリサは耳を疑った。
「総合力ならてめぇらの方が上かもな。だが、鳥頭二人と世間知らず二人と馬鹿王子のパーティでこの先もやっていけると思わない方がいい」
リサは黒兎たちがクラウジーニョに勝ったことがある事実に驚きつつも、クラウジーニョの評価は妥当だと思う。必要以上に自分を卑下するつもりはないが、それらはすべて事実だった。
「それは俺もそう思う」
黒兎もその自覚はある。予想外の返答に面を食らったクラウジーニョとアリアドネは、手鏡──ハインツを握り締めた黒兎のそういう性格を嫌いになれなかった。




