外伝Ⅲ 『聖女フローラの善意Ⅰ』
「聖女フローラ、目を閉じてくれ」
湖を復活させてから数週間が経って、キョウトにある宮殿の大広間で久し振りにゆっくりとしているとイザナに声を掛けられた。
「はい、わかりました」
私はイザナに言われた通り目を閉じる。すると、イザナが驚いたような声を出した。
「え。どうしたんですか?」
目を開けずに尋ねると、イザナは「いや」と戸惑う。
「理由を聞かないのか?」
「あっ! 聞いてほしかったんですか?!」
「いや違う! そういう訳じゃない!」
「そ、そうなんですか……?」
どういうことなのでしょう。イザナの考えていることはわからないけれど、イザナは絶対に誰かを傷付けることはしない。それだけはわかるから私はイザナを信じて今も目を閉じている。
「聖女フローラ、手を」
手を伸ばすと何かが指先にぎこちなく触れた。それは間違いなくイザナの手だ。温かくて熱があるのかと思うくらい。目を閉じる前にイザナを見たからイザナが元気なのはわかるけれど。
「立ち上がってついて来てくれ。目は……なるべく開けないでほしい」
「ふふっ。開けません」
何か見せたいものがあるのかしら。驚かせたいから目を閉じてと言ったなら、イザナのことを可愛いと思う。
「聖女フローラ、護衛はきちんといますので安心してください」
それはオオノの声だ。職員さんも軍人さんも近くにいるのね。姿はイザナしか見えなかったけれど。
「勿論です」
彼らは敵ではない。季節が一つ変わるくらい長い間一緒にいるから、私は彼らを信じている。
「ありがとう、聖女フローラ」
イザナはゆっくりと私の手を引いた。
「その速度では日が暮れますよ!」
オオノの近くにいるのかしら。オオノの声が聞こえてきた方向からイシガミの声も聞こえてくる。
「そうなったら大変ですね」
「だからといってこれ以上強く引けないだろう」
イザナは私を壊れやすい物だと思っているのかしら。指先から手に触れられたけれど、添えられているだけとも言える。丁寧に、慎重に、大切にしてくれているのは嬉しいくらいに伝わってきた。
「大丈夫ですよ、イザナ」
そう言って、メルヒェン大陸にいた時の出来事を思い出す。
私の師匠のカロリーナは、力を持つ者は力を持たない者の為にその力を使うべきだと思っている人だった。カロリーナだって努力をして魔法が使えるようになったのに、どうして努力をしていない人たちの為に魔法を使うのだろう。不思議で仕方なかったけれど、そんな私をカロリーナが助けた人々の笑顔が癒してくれた。
カロリーナはかなりのお人好しだ。私もカロリーナに連れ回されてそれなりのお人好しになったと思う。
困っている人々を放っておくことはできないから、私もカロリーナも杖を持って魔獣とよく戦っていた。
「私はドラゴンも倒せますから」
殺したい訳ではないけれど、人間とドラゴンの命だったら人間の私は人間を選ぶ。
選ばなければ誰も救えない。選んだから救われた人々がいる。
「ドラゴン?! 聖女フローラの世界にはドラゴンがいるのか?!」
「はい」
そういえば、私がいた世界のことをイザナたちには話していなかったかもしれない。この世界にドラゴンのような魔獣がいないことは気配でなんとなくわかっていたのだけれど、はっきりといないと断言されると私がいた世界はどこにあるのかしらと少し不安に思う。
「だから私は倒れません」
魔法もない。魔獣もいない。こんな世界に違う世界で聖女と呼ばれた私がいる。
力を持つ者は力を持たない者の為にその力を使うべきだ──カロリーナの言うことに完全に同意していた訳ではなかったけれど、今だからすんなりと納得できる。
私はイザナたちの為に魔法使う。ドラゴンが襲ってきたとしても戦える。
それを伝えたくてイザナの手を強く握り締めた。イザナは私の手を握り返してくれたけれど、それでもその手は包み込むように優しかった。
「聖女フローラ、目を開けてくれ」
イザナの優しさを噛み締めているとあっという間に目的地に着いたらしい。
「いいんですか?」
「見てほしいんだ」
少し意地悪だったかもしれない。私は緊張しながら目を開ける。
イザナは私を喜ばせようとしているみたいだけど、喜べなかったらどうしよう。そんな私の不安を視界いっぱいに広がった花が拭っていった。
「わぁっ!」
思わず声が出る。イザナを見上げるとイザナは嬉しそうに微笑んでいる。
「イザナ! これは……?!」
「聖女フローラの温室だ」
「おんしつ?」
「聖女フローラの花畑だ」
イザナは私にもわかるように言い換える。花畑──その言葉が相応しいくらい地面にも木にも色とりどりの花が咲いている。
「素敵……」
私はしゃがんで地面に咲いている桃色の花に指で触れた。それだけでも瑞々しさが充分過ぎる程に伝わってくる、この子が喜んでいることが伝わってくる。屋内に見えるのにどうしてこんなにも花たちが生き生きとしているのかしら。
魔法もない。魔獣もいない。それでもこの世界には私たちが知らない力がある。
それがとても不思議で、その不思議さが私は好きだった。
「貴方の名前はなんて言うの〜?」
「聖女フローラは歌も好きだな」
「その花はシラネアオイです」
イザナの代わりにイシガミが答える。近くにいるオオノたち職員さんはみんな「へぇ〜」と相槌を打った。
「聖女フローラの為に取り寄せました」
「私の為に〜? とっても嬉しいわ!」
「石上! 後は俺に説明させてくれ!」
シラネアオイを愛でようとすると、私とイシガミの間にイザナが割って入る。
「失礼致しました」
「勉強しましたもんねぇ」
イシガミは年下のイザナに頭を下げる。
オオノは何故かにやにやと笑っていた。
「ラララ〜イザナ〜この子の名前は〜?」
次は黄色く色付いた小さな花に触れる。シラネアオイも素敵だけどこっちの花も可愛らしくてすっごく素敵。
「それは菊だ」
「菊さん〜初めまして〜」
イザナは私が尋ねた花の名前をすべて答えてくれる。出会ったばかりの頃は何も知らなかったから、勉強したというのは本当らしい。私はメルヒェン大陸にはなかったたくさんの花たちにすっかり心を奪われる。
「あっ!」
「どうした聖女フローラ!」
「イザナ! これ、私の花畑って言いました?!」
花が素敵過ぎて最初にイザナが言っていたことをすっかり忘れていた。
「聖女フローラの為に俺たちが用意した花畑だ」
イザナは職員さんと外にいる軍人さんを手で指して私に教えてくれる。その人数は一人でも二人でも十人でもない。百人くらいの人たちが関わってくれたみたい。
「花が咲く国は素敵だろう」
イザナは誇らしそうに笑っている。
「ずっと前から知っています」
私は負けじとまだ蕾の花を咲かせる。私の花の魔法を知らない人々から驚きの声が漏れたけれど、イザナは楽しそうに笑っていた。
「ありがとうございます、皆さん。大切に育てます」
イザナは私の言葉を覚えていた。
私もイザナの言葉は忘れたくない。
『頼む。この国を救ってくれ』
この花畑がなくても頑張れるけれど、この花畑を贈ってくれた皆さんの気持ちには絶対に応えたい。
「それは俺たちの言葉だ」
「これからもよろしくお願いします。聖女フローラ」
イザナの次に私と関わっているオオノが一歩前に出て来る。イシガミは慌ててオオノの肩を掴んで戻そうとする。オオノはそんなイシガミを引き摺っていた。
挿入歌
『心の泉』
歌唱:フローラ/イザナ
作詞作曲:その場のノリ




