第十二話 『関わり』
「コノエ坊、急がなくてもウーリ坊は逃げない」
トロイメライから離れた瞬間にハインツが黒兎に声を掛ける。
「せやろなぁ! あいつは俺のことしばきたくてしゃあないんやろ!」
「まぁ否定はしない」
ハインツはリタだけではなくウーリも見ている。ダンジョン内で幾つか鏡を見つけていた黒兎は、ウーリがトレステイン王国から出て黄金郷によく来ていたことを最初から知っていたのだと気付いていた。
ハインツは良くも悪くも余計なことを言わない。黒兎も黄金郷に関わらなければウーリがどこで何をしていても興味がなかっただろう。
「ほんで?! カラマのねーちゃんはなんて!」
ハインツのことだ。既にカラマたちに話は聞いているだろう。
「ウーリ坊は黄金郷の伝説を信じているらしい」
「黄金はあるもんな!」
黄金郷に関わった全員がそう言っている。黒兎も最初に黄金はあると言われていなければ黄金郷なんて信じなかっただろう。
「そっちじゃなくてリサ嬢の方だ」
「リサ? リタやなくて?」
言い間違いか聞き間違いかと思ったがそうではない。
「リサ嬢はそこで眠っている王女のことだ」
初めて王女の名前を聞いた。黒兎は一階で見た美しい王女の絵を思い出す。
「美しい女性が茨の中に眠っている、その女性は五百年後に目を覚ます──大陸の人間ならば誰もが一度は耳にする話だが、それを信じている者はほとんどいない」
「有り得へんもんな、五百年生きる人間なんて」
口にする前からずっとそう思っていた。眠っているとはいえ人間は五百年も生きられない。それを可能にしているのが魔法、いや呪いなのだ。
「ウーリ坊は自分が生きている間に五百年経つことを知ってから、ずっと黄金郷に足を運んでいる」
それはカラマから聞いた話ではなくハインツが見てきたウーリだ。
「ウーリ坊はリサ嬢に会いたいんだろう」
ハインツの言葉に耳を疑う。
「あいつはリタの夫やで!!」
言いたくはないがそれが事実だ。浮気は絶対に許さない。
「リサ嬢はウーリ坊のロマンだよ」
「知るか! ここに来てる時点で浮気や!」
黒兎は走る速度を上げていく。
ウーリがリタに会いに行っていないことを聞いて安堵したが、だからといってしてはいけないことがある。
「コノエ坊は許せないのか?」
ハインツは意外に思った。リタがこのことを知って離婚すると決意すれば、ウーリとリタの関わりは消える。それは黒兎にとって喜ばしいことのはずだ。
「リタをこれ以上悲しませる奴はぶちのめしたる!」
ハインツは驚きつつも納得する。
黒兎はリタに騎士になってほしいと言われた時、故郷に帰らなければならないと言って断った。同時に皇帝陛下の矛で盾だとも。
黒兎は昔から王とは一定の距離を保っていたのだ。ならばリタにも必要以上には近付かない。
黒兎が知っているのかは知らないが、そもそもリタはウーリがどんな人間でも離婚することができない。
国の再興の為に今も外に出ている彼女は、国民から話を聞いて廃墟からどのような街にしようか話し合っている。そんな女王をハインツは知らない。まるで聖女フローラの全盛期のようだ。
「コノエ坊、ウーリ坊は上だ」
ハインツもリタをこれ以上悲しませたくない。国を壊しリタを不幸にした罪を償う為に。リタを幸せにする為にリタが生きている間はリタに尽くすと決めている。
あの革命でリタを救ったのはウーリだろう。だが、真の意味でリタを救ったのは黒兎だとハインツは思う。
「上やな!」
黒兎は今も、すぐに視界に入った螺旋階段を迷うことなく上っていく。
塔のような場所に向かっているのか長い間そうしていると、最上階で金青色の旗を持った騎士二人に遭遇した。
「あ」
黒兎は騎士たちに見覚えは無いが、騎士たちはあの日ウーリに向かって「ぶち殺す」と言った黒兎を覚えている。そして、ウーリが高笑いしながら黒兎がトレステイン王国から出た瞬間に黒兎の討伐依頼書を出したことも。
「そこ退けや!」
騎士団にとって黒兎は不敬罪が服を着て歩いているような男だ。
ウーリのしたことで他国の国王たちから反感を買っても、単純にウーリの性格が悪くても、それ故に黒兎の不敬が冤罪だったとしても、通す訳にはいかなかった。
「王に敵意を持っている人間を通せるか!」
「向こうも俺に敵意持っとるから問題ない!」
「問題あるわ馬鹿か!」
さすが《黒の迷い子》だ。まったく論理的ではないことを言う。
とはいえ一定の常識はあるらしく、黒兎は銃をしまって両手を上げたまま突き進んでくる。騎士は旗を置いてそんな黒兎の両肩を押すが、あまりにも力が強くて押し負けた。
「通るで!」
「いやなんでだよ!」
もう一人は辺りを警戒していたが、一人で黒兎を対応することはできないと判断して近付いてくる。
「ウーーーーリーーーー!!!!」
そしてどちらも声量に負けた。
「「あぁぁあ耳がぁぁああ!」」
二人揃って両耳を抑えて黒兎から離れる。黒兎はトレステイン王国にとって大罪人でヴァルトラウトを殺害した張本人だが、ウーリに害を与えるような人間ではないような気がして追い掛けることはしなかった。
騎士たちがいる奥には階段があり、上がると重厚な扉が見える。
開け放つと、そこは可愛らしい高級そうな家具が溢れる部屋だった。中央にはウーリと十数人の騎士たちが大きなベッドを囲んでいる。
「ン〜! ナイスタイミング!」
指を鳴らして黒兎を指差したのはウーリだ。
「はぁ?」
初めて会ったあの日と同じ反応をするウーリはまったく黒兎に敵意を抱いていない。黒兎も思わず敵意を忘れて顔を顰める。
「ヘイユー! これを運びたまえ!」
これ、というのは黒兎が最も気になっていた大きなベッド木の箱だった。そこに一人の美しい少女が眠っている。
「アホか! ここから動かしたらあかん! つかどこに運ぶねん!」
「ボクの城に決まっているだろう」
ウーリは不思議そうだ。カレンがそんな表情をするのはわかるがウーリがそんな表情をすると腹が立つ。
「ぶち殺すぞ自分!」
今度は誰も黒兎を咎めない。最低限の警戒はしているが視線を逸らしている。あまり関わりたくなさそうだ。
「なら退いてくれ。邪魔だ」
ウーリはしっしっと手で黒兎を追い払う。そして「やっぱりユーたちに頼むよ」と騎士に命じた。
「…………承知致しました」
少しの間があって騎士たちが答える。大人が三人横になってもまだ余裕がありそうな広さのベッドを持ち上げようとしているが、黒兎がそうはさせない。
「せやから動かしたらあかん言うてるやろ! ちゅーか城に連れ去って何する気やねん!」
この部屋から出た瞬間に亡くなる訳ではない。とにかく連れ去られたくなくて黒兎はそう言う。
「何するって、飾るに決まっているだろう」
ウーリはまた心底不思議そうな表情を見せた。
「馬鹿野郎ッ!!」
思えばウーリはリタの遺体を黒兎に運ばせようとした男だ。事情を知らなかった黒兎はウーリの指示に従ったが、今は事情を知っている。
黒兎は部屋を見回して椅子を手に取った。そのままウーリへと駆けて行くがそれはさすがに騎士が止める。
「離せッ! 離せぇッ!」
「落ち着け傭兵!」
「落ち着けるか! 俺はこいつを殺してオズに行く!」
だが、黒兎は力を合わせた騎士全員から追い出される。ウーリは相変わらず面倒臭い奴だと思いつつ、すぐにようやく会えたリサへと視線を戻した。
リタも美人だがリサも負けず劣らず美しい。白肌に映える黒髪か光り輝く金髪か。曲線が多い顔か直線が多い顔か。
どのような容姿でも芸術品のように整っていれば関係ない。ウーリは口角を上げてリサを隅々まで観察する。
「──やはり素晴らしい」
リタもそうだが、リサもウーリが見てきたどの女よりも群を抜いていた。そんな女に短期間で二回も会えた自分の豪運を誇らしく思う。
「神は見ているものだね」
女騎士全員がリタの騎士になったことは痛手だったが、リサがいればしばらくは何も要らない。
ウーリは両目を閉じて神に感謝する。ヴィガとスヴァイン、そしてヒルデとエスタがリタとの結婚式に来なくても。ヴィガとヒルデの結婚式に呼ばれなくても。リタやリサがいれば幼馴染みでさえ要らない。
「…………ウーリ様、やはりベッドごとでなければならないでしょうか?」
恐る恐る声を掛けてきたのは戻ってきた騎士だ。
「当たり前だろう。彼女に触れるな」
自分でさえリサには絶対に触らない。
「しかし部屋から出せません」
「何とかしろ」
リタが入っていた棺桶をノームたちから貰っておけば良かったかもしれない。そんなことを考えていると遠くの方から爆発音が聞こえる。
「クラウジーニョか」
ダンジョンである以上爆発音はたまに聞こえてくる。方角から察するに来たばかりの時に声を掛けたクラウジーニョが犯人だろう。ということは、クラウジーニョがいる場所の正反対から聞こえていた爆発音は黒兎が犯人か。
黄金が目当てのクラウジーニョと王女が目当てウーリは利害が一致している。挨拶を最後に関わらないと約束を交わしたが、魔獣と戦っているならば自分には関係ないとはいえない。
「おい。偵察して来い」
逃げた魔獣がこちらに来たら厄介だ。ウーリはやれやれと溜息を吐いた。




