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第十二話 『悲劇のヒロイン』

 電気がないメルヒェン大陸の人間は、日が沈むとすぐに眠りにつく。

 火属性や光属性の魔法を使えば電気の代わりにはなるが、スマホやテレビなどの娯楽もない世界だ。起きている利点があまりないと判断した黒兎くろともカレンに墨を拭ってもらって眠りにつく。


 静寂に包まれたマーヴァル王国の城で銃声が聞こえたのは、熟睡している最中だった。


「コノエ坊! クドウ坊!」


 すぐにハインツが声を掛けるが、黒兎も──そして今回は虎獅狼こじろうも飛び起きる。


工藤くどう、火! 行くで!」


「え」


 黒兎はハインツを左手で持ち、嫌がる虎獅狼の首根っこを右手で捕まえて遠慮なく引き摺った。


「俺たちマーヴァルの騎士じゃないよね?」


「それが行かへん理由になるか! アホ!」


 発砲された場所はわからないが、足音が集まる場所ならばわかる。首が絞まることを嫌がった虎獅狼は渋々黒兎と並走し、階段を下りて騎士たちが集まる場所に辿り着いた。


「イェンス!」


 騎士たちの中心にいる若い騎士に声を掛ける。イェンスは黒兎と虎獅狼に気が付いて、微妙そうな表情を浮かべた。


「なんやねん! どないしたん!」


 彼らの傍には開け放たれた扉がある。中から聞こえてきたのは、ヒルデを呼ぶスヴァインの声だった。


「ヒルデか?! 無事なん?!」


「い、一命は取り留めました!」


 回復魔法が使える騎士がいたらしい。黒兎は安堵し聖女フローラの偉大さを思い知る。


 黒兎も自分が部外者である自覚はあった。必要以上に近付かないでいると、中から中年の騎士が出てきた。


「お前たちは襲撃犯を探せ! お前たちは城のすべての出入口を封鎖、お前たちはここでヒルデ様とスヴァイン様の護衛だ! 行け!」


 マーヴァル王国の騎士とキルデルシュ王国の騎士の半数以上が一瞬で散っていく。

 残ったイェンスに近付くと、マーヴァル王国の中年の騎士がイェンスに命じた。


「拘束しろ!」


 中年の騎士は虎獅狼の、イェンスは黒兎の背後に回って手首を掴む。


「なんでなん?!」


 黒兎も虎獅狼も避けようと思えば避けられたが、この状況で避けるのは不味い気がして抵抗せずに受け入れる。それでも理由を聞かずにはいられなかった。


「ヒルデ様が何者かに撃たれた」


 中年の騎士は悔しさで顔を歪ませる。責任感の強い男のようだ。切腹してもおかしくない状態に見える。


「おっちゃんは悪ない……」


 黒兎は震える声で訴えた。

 ヒルデの部屋に視線を移すと、血塗れのヒルデと彼女を支えるスヴァインがいる。ベッドで寝ている最中に撃たれたようだ。ヒルデはスヴァインの手を握り返し、彼の胸の中で震えていた。


 黒兎が中年の騎士の立場だったらそう言われても嬉しくない──それどころかどんな形であれ責任を取ろうとするだろう。


「……悪いんは襲撃犯や」


 それでも声を振り絞った。


「この階は要人専用です。階段には見張りの騎士を複数人付けています。今回はマーヴァル王国とキルデルシュ王国の騎士を付けていました」


 要人ではない黒兎と虎獅狼の部屋はこの階の二階下にある。ヒルデの部屋の真下ではなくそれなりに離れた場所だ。二人に見張りの騎士は付いていなかったがヒルデを撃てる訳がない。


「俺たちは襲撃犯ではないですよ」


 魔法職でもないのだ。瞬間移動や空中浮遊だって二人にはできない。

 だが、城に泊まっていた部外者は黒兎と虎獅狼──ついでにハインツしかいない。真っ先に疑いの目が向けられるのは理解できる。それでも。


「俺たちの武器は預けたままやもんな」


 銃を所持する狙撃手としてこれだけは言わなければならなかった。

 黒兎の銃が使われた証拠が出てきたならば、マーヴァル王国の騎士の管理の甘さを指摘する。やっていないことをやったと言うことだけはしたくない。


 中年の騎士もイェンスもそれを指摘されたら何も言えなくなるからか、拘束する手に力を込めることはしなかった。中年の騎士は残った騎士に「彼らの武器を確認して来い」と命じる。


「すまないが、確認できるまではこうさせてほしい」


「かまへんよ」


「ところで中に入ってもいいですか?」


 足を踏み潰してやろうかと思った。黒兎はヒルデの部屋へと体を傾ける虎獅狼を睨む。

 回復魔法で死を免れたとはいえ、心に深い傷を負ったヒルデと怒りに震えるスヴァインがいるのだ。部外者でもある虎獅狼が入っていい訳がない。


「駄目だ」


 黒兎が言わなくても中年の騎士が言う。虎獅狼はじっと複数のランプに照らされた部屋の中を見て、「近衛このえ」と黒兎を呼んだ。


「なんや」


 両手が使えない虎獅狼が顎で何かを指す。渋々部屋の中をよく見ると、その先にはヒルデの血が付着した鏡台があった。

 黒兎は無言で左手に力を込める。虎獅狼は黒兎の左手を見下ろす。目撃者として黒兎と虎獅狼に確保されたハインツは何も言わなかった。


 大人しく確認結果を待っていると、騎士は数分で戻ってくる。


「団長! 彼らの武器を確認したところ、使用された形跡はありませんでした!」


 団長と呼ばれた中年の騎士とイェンスは黒兎と虎獅狼を離し、「疑って悪かった」と頭を下げた。


「ええよ別に。しゃーないもん」


「朝食も肉料理がいいですね」


 冗談でそんなことを言う虎獅狼ではない。

 足を踏み潰しながら目配せをして人気のない場所に行こうとする。


「団長! 失声症の従者を捕らえました!」


 疑いが晴れた瞬間に怪しまれる行動を取ろうとした黒兎の歩みを止めたのは、別の騎士の報告だった。


 歩き出した虎獅狼の首根っこを右手で掴み、「どこにおるん?!」と騎士に詰め寄る。


「襲撃犯はカレンですわッ!」


 カレンが犯人な訳がない。そう叫ぼうとした黒兎をヒルデが遮る。

 ヒルデの身を案じるスヴァインを押し退けて今にも倒れそうになりながら歩くヒルデは、大粒の涙を流していた。


 撃たれたのは左肩らしい。あと少し下に逸れていたら即死だっただろう。

 スヴァインもそれを理解している。「ヒルデ! 危険だ!」とヒルデの腕を引っ張った。


「ヒルデ様、カレンとはどなたのことですか」


「その失声症の従者の名や! 手荒な真似はしてへんやろな!」


 黒兎は左手のハインツへと視線を落とした。違うなら違うと言ってほしかった。


「お前たちは引き続きお二人の護衛をしろ! お前はカレンの下へと案内してくれ!」


 黒兎はハインツを虎獅狼に押し付けて走り出した騎士について行く。

 カレンが眠っていた場所は、キッチンの隣にあるメイド専用の部屋だった。


 廊下に出たメイドたちは騎士に拘束されたカレンを怯えた目で眺めている。そのカレンも怯えた目で辺りを見回しており、黒兎を視界に入れた瞬間に大粒の涙をぼろぼろと流した。


「カレンッ! 大丈夫か!」


 魔女に呪われて、声を失い、デュアル王国から一人飛び出して種族が違う者たちに囲まれたカレンの心細さはどれ程なのだろう。

 黒兎の下へと体が傾くカレンの肩を騎士が乱暴に掴んで止める。


「何すんねん!」


 その手首を掴んでカレンの肩から離した。


「カレンがやった証拠でもあんのか!」


 そうではないならやり過ぎだ。自分が疑われたままの方が数倍いい。


「ヒルデ様がこの女がやったと証言した」


 黒兎の手首は団長に掴まれる。黒兎は振り払って団長を睨んだ。


「カレンはやってへん!」


 ハインツからは何も聞いていない。カレンがやっていない証拠も出せない。それでも黒兎はカレンはやっていないと信じている。


「ヒルデはカレンがやったと思っとるだけや!」


 カレンはヴィガとの恋を邪魔する悪女に見えただろう。

 黒兎は黒兎から目を逸らさないまま無音で泣いたカレンを悪女だとは思わない。


 ヒルデはヴィガとの恋を邪魔する悪女に見えただろう。

 黒兎は辺りを赤く染める程出血して恐怖で泣いたヒルデを悪女だとは思わない。


 黒兎はヒルデを信じていない訳ではないが、寝ている最中に撃たれたヒルデが襲撃犯の顔を見ているとは思わなかった。


「ヒルデを撃ったのは本当ですか」


 カレンの顔色が青白く染まる。騎士に囲まれながら駆け付けたのはヴィガとエスタで、ヴィガは信じられないとでも言いたそうな表情をしていた。


 カレンは力なく首を横に振る。黒兎がカレンを信じているのに、ヴィガには信じてもらえないと諦めているのか絶望的な表情をしていた。


「ヒルデがそう思い込んどるだけなんやって! ヒルデが落ち着いたら改めて話を聞くべきや!」


 黒兎はカレンを庇うのをやめない。

 カレンの姉妹からカレンを託されていなくても、黒兎自身がこの流れに納得できなかった。


「証言は証拠やない!」


 これが月光国げっこうこくの常識だ。

 メルヒェン大陸の常識ではないなら黒兎は月光国の常識でメルヒェン大陸と戦う。


「兄様、責任は僕にもあります」


 迷うヴィガにエスタが訴えた。


「彼女を罰するなら僕を罰してください」


 ヴィガに詰め寄るが喜んで罰を受けたいエスタではない。

 エスタはカレンを城に入れた責任がある。真っ先に疑いの目が向けられたのは、黒兎と虎獅狼だけではなかった。


「……コノエの言う通りです」


 エスタに愛がないヴィガではない。

 ヴィガはエスタの言葉で決断を下した。


「ですが、申し訳ございません。コノエとクドウにはやっていない証拠がありますが、カレンにはやった証拠もやっていない証拠もありません。罰は与えませんが疑いが晴れるまでは牢屋にいてくれますか」


 ヴィガは片足を付いてカレンに頼んだ。

 カレンは唇を震わせたがこんな時でも何も言えない。ぼろぼろと涙を流し続ける。


「カレン!」


 黒兎も片足を付いて目線をカレンに合わせた。


「俺がお前の無実を証明したる! せやからちょっとだけ待っとって!」


 カレンはゆっくりと頷く。頼れる人間は黒兎しかいない。カレンの命は黒兎に懸かっていると言っても過言ではなかった。


「あととりあえず手は洗わんといて! カレンに手荒な真似したら許さへんからな! イェンス頼むで! ヴィガとエスタは気ぃ付けや!」


 全方向に声を掛けた黒兎はメイドからランプを貰って走った。

 黒兎と虎獅狼の部屋に戻るが虎獅狼はおらず、黒兎はとりあえず鏡台へと走る。


「カレンは犯人ちゃうよな?!」


「クドウ坊にも話したが、ヒルデ嬢を撃ったのはカレン嬢ではない」


 ハインツは回りくどい言い方をする。


「暗闇ではっきりと見えた訳ではないが、足音と手は男のものだった」


 それが目撃者の証言だった。

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