表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/210

第九話  『溺れる恋』

 隣国の国王が城内に入って、ようやく黒兎くろとたちも中に入ることを許される。

 馬車としょうゆと武器を預けると虎獅狼こじろうと共に騎士たちに挟まれ、有無を言わさず連行された場所はテーブルと長椅子が中央に置かれた大広間だった。


「なんで俺ヴィガ殿下に呼ばれたん?」


 黒兎は近くに立っている虎獅狼と同年代の騎士に声を掛ける。


「俺たちは知りません。静かに待っていてください」


「あれって門に置かれている宝石ですよね?」


 仕方なく口を閉ざすと今度は虎獅狼が口を開いた。見ると、確かに部屋の隅に例の宝石が置かれている。


「そうですけど、それがなんですか」


「あれってどこかに売ってるんですか?」


「買うたらあかん言うてるやろ!」


 買ってどうするのか。虎獅狼は長椅子から腰を浮かせて宝石へと体を傾けている。


「あれは魔法ギルドが売っているものです。売る人間を選んでいるので魔法職でも王族でもない貴方が買う方法はありませんよ」


「俺魔法使いになろうかな」


「剣士どないすんねん」


 カラマ、タラ、ローラを思い出す。戦場にいた黒兎とリタの下に駆け付けたのはカラマのみで、タラとローラは遠くから援護するだけだった。剣士がいなければ少し困る。


「大丈夫、兼任する」


「何が大丈夫やねん」


 立てられた虎獅狼の親指を掴んでへし折ろうとする──その瞬間に扉が開いた。


「……何をしているんですか?」


 見ると、騎士に扉を開けさせた見目麗しい男が立っている。


「折檻や」


「本当に何をしているんですか?!」


 王太子殿下は黒兎の想像以上に温室育ちらしい。阿倍あべから散々殴られたことを思い出して溜息を吐いた。


「貴方たち無礼ですよ!」


「あ、いや、それは大丈夫です。彼らは《黒の迷い子》ですから」


 そう言われて気付く。不味い、下手をすればこの国からも討伐を依頼されてしまう。それだけはなんとしてでも避けなければならない。ヴァルトラウトと同類になるのだけは御免だ。


「初めまして、ヴィガ・グレンダールです」


 銀色の短髪に緑青色の瞳を持つマーヴァル王国の第一王子は、爽やかな笑顔を浮かべて黒兎たちの正面の長椅子に腰を下ろした。


近衛このえ黒兎です」


工藤くどう虎獅狼です」


「はい、知ってます。隣の貴方は知りませんでしたけど」


 ヴィガはメイドが茶を淹れたカップを手に取る。

 どうぞ、と勧められて手に取ると、ハーブのような匂いが鼻腔を擽った。


「コノエはもうこれを見たんですよね?」


 ヴィガが騎士から受け取ってテーブルの上に置いたのは、黒兎の討伐依頼書だ。黒兎は口に含んだハーブティーをなんとか飲み込み、顔を逸らして盛大に噎せる。


「これ凄いですね。描いたんですか?」


「光属性の魔法を使うと本物そっくりの顔が紙に映るんです。それを討伐依頼書に貼って複製しています」


 人が話せない間に虎獅狼が尋ねた。カメラで撮影した訳ではなかったが、仕組みはほとんど同じだろう。

 黒兎はモノクロの自分の顔を眺める。背景がぼやけているせいでいつ撮られたのかさっぱりわからないが、意外と写真写りは悪くなかった。


「これを出した国王は私の()()なんです。コノエをここに呼んだのは、何をしたら知人がここまで怒るのかな、と興味があって」


 成程、そういうことだったのか。ヴィガはくすくすと笑っている。黒兎は心当たりを思い出して唇を尖らせた。


 ウーリからとある依頼を受けて報酬を要求したこと。その際トレステイン王国では侮辱となるハンドサインをしてしまったこと。自分の故郷では別の意味になることを説明しつつ謝罪して、ステーキを食べられたこと。もう長いこと肉を食べていないことまで話す。


「ぎゃははははっ!」


 大きく口を開けて笑ったのはまさかのヴィガだ。自分の太腿を執拗に叩く程に笑う王太子殿下は、次第に苦しそうに呼吸をする。


「ヴィガ殿下、品がないですよ」


 注意するのは老年のメイドだ。長くマーヴァル王国の王族に仕えているのか、他の騎士や従者が戸惑う中ヴィガを正そうとする。


「すみません、取り乱しました」


「もう遅いで」


 ヴィガはすぐに取り繕ったが、爽やかそうな王太子殿下として見るのはもう無理だ。


「見なかったことにしてください」


 そう言われたら黒兎も虎獅狼も返す言葉がない。素直に頼んだ王太子殿下に従う。


「そういう事情でしたか。大変でしたね」


 黒兎はヴィガの哄笑を見なかったことにして話を進めた。


「頭おかしいで、あの国王」


「凄く大人気なかったです」


 ウーリに関しては虎獅狼と意見が合う。敵の敵は味方とはよく言ったものである。


「そうですよね……」


 ヴィガは眉を下げて二人に同意した。ヴィガもウーリに思うことがあるようだ。

 黒兎はヴィガにウーリがヴィガを幼馴染みだと話していたことを伝えた。


「昔はそうでしたね」


 ヴィガは苦い顔をする。それはヴィガの傍にいる騎士や従者もそうだった。


「リタ……ドナトリア王国の女王との結婚式に来いひんかったから処刑やって」


 随分前に国際問題に発展した何かがあったのかもしれない。報酬はないが黒兎はウーリの言葉も伝える。マーヴァル王国から怒られてしまえ、と思った。


「確かに招待状は来てましたけど、行くなんて言ってないですからね」


 だから処刑される謂れはない。ヴィガは面倒臭そうな表情を見せたが、伝言役の黒兎と虎獅狼に言っても仕方ないと表情を変えた。


「まぁ、ドナトリア王国の女王がどういう人なのかは気になりますけど」


 討伐依頼書が出ているはずだが、リタのことを考えて言葉を飲み込む。


「普通の人や」


 そう言って言葉を濁した。


「そうなんですか? ウーリには勿体ない美人に見えますが」


 ヴィガが黒兎の討伐依頼書を捲ると、リタの討伐依頼書が出てくる。


「知っとるんかい!」


 天井を仰いだ。ヴィガにそのつもりはなくても鎌をかけられた気分になる。


「勿体ないと思います」


「それは俺もそう思う」


 とりあえず虎獅狼には同意する。

 ヴィガは黒兎と虎獅狼を見比べて、二人は兄弟なのだろうか? と思った。


「リタのドレス姿は見てみたかったですが、どちらにせよ溺れて死に掛けていたので無理でしたね」


「なんや、王太子殿下も溺れるんか」


「海って怖いですねぇ」


 溺れるまで泳ぐという概念さえ知らなかった黒兎と虎獅狼だ。海と共に生きてきたような男でさえ溺れるならばカナヅチは恥ではないと思える。


「仕方ないですよ。人間は水中では生きられませんから」


 ヴィガは窓の外に視線を向ける。マーヴァル王国は海崖の上にあるが、都の中心から少し離れているからか砂浜が見えた。

 黒兎と虎獅狼も釣られて海を眺めていると、閉められた扉を叩く音が聞こえる。少々荒っぽい音だ。急ぎなのかもしれない。


「どうぞ」


 ヴィガは黒兎とリタの討伐依頼書を伏せた。

 扉を開いたのは背筋を伸ばした騎士だった。


「ヴィガ殿下、お取り込み中失礼致します。エスタ殿下がお呼びです」


「エスタが? わかりました。コノエ、クドウ。良かったら今日は城に泊まってください。今晩は肉料理を用意します」


「良いんですか?!」


 表情を輝かせて立ち上がったのは虎獅狼だ。


「っしゃあ!」


 遅れて黒兎も拳を上げる。タダで、しかも肉料理を食べられるなんて。喜ばない人間がいるだろうか。いや、いない。


「ではこれで。イェンス、二人を頼みます」


「はっ!」


 敬礼したのは最初に声を掛けた若い騎士だ。

 ヴィガは尋ねてきた騎士の下へと歩き、「エスタはどこに?」と尋ねる。


「こちらです」


 そして廊下に出て行った。


「エスタってヴィガ殿下の弟かなんかか?」


「異母弟です。マーヴァル王国の第二王子ですね」


「エスタ殿下って呼べば良いんですか?」


「まぁそうですね」


 イェンスはヴィガと同じように廊下に出る黒兎と虎獅狼について行く。

 イェンス曰くどこに行ってもいいらしい。なら風呂を借りようか──。


「ヴィガー!」


「ぐぇっ」


 黒兎を突き飛ばしたのは黄色い声を上げるドレス姿の女だった。倒れることはないが猪が来たのかと勘違いする程の威力があったのは間違いない。

 廊下の先にいたヴィガは振り向いて、暴れる猪を視界に入れる。


「ヒルデ!」


「お話はもう終わったのでしょう? 一体どこに行くんですの?」


 猪はヒルデという名前らしい。栗色の縦ロールやレースが多いドレスが鬱陶しいヒルデは青色の瞳を輝かせてヴィガに尋ねた。


「すまない、エスタに呼ばれているんだ」


 ヴィガとヒルデは随分と仲が良いらしい。兄妹には見えないが、王太子殿下に対する態度にも見えなかった。


「ならわたくしも行きますわ!」


 ヒルデは手をヴィガの腕に絡ませる。いつものことなのかヴィガは気にせずヒルデと共に行く。


「ヒルデ様はヴィガ殿下の婚約者です」


 黒兎と虎獅狼の視線を察してイェンスが補足する。あの距離の近さはそういう意味だった。


「あ。あの人隣国の王女やろ」


 確証はないがそう思う。


「はい。キルデルシュ王国の王女様です」


 だからキルデルシュ王国の国王がマーヴァル王国に来たのか。点と点が繋がった。腕を組んで頷くとそのヒルデの悲鳴が聞こえる。

 虎獅狼と同時に走り出して階段を駆け下りると、ヒルデはヴィガの背中に隠れていた。


「ど、どうしたんだエスタ」


 ヴィガも戸惑っている。異母弟相手にどんな態度だと思って前に出ると、黒兎と同年代の男が全身水に濡れた少女を支えていた。


「うわーっ! どないしたん?!」


 黒兎もヒルデと同じように悲鳴を上げる。


「早く乾かしましょう」


 虎獅狼はすぐに掌に火を灯したが、少女は火が怖いのか逃げるように身動きをした。


「大丈夫です、怖くないですよ」


 エスタは少女を落ち着かせる為に声を掛ける。黒兎は掌から風を出したが、溺れたのだろう。風で乾かしても海水で濡れた体はベタベタしていた。


「風呂や! 風呂!」


 驚いて固まっているヴィガに声を掛ける。エスタがヴィガを呼んだのはヴィガではないとできないことがあるからだ。


「あ、あぁ!」


 ヴィガは頷いて遠巻きに自分たちを眺めていた従者たちに声を掛ける。

 ヴィガに命じられたら従者たちは素早く動いた。駆け寄ってきたメイドたちはエスタから少女を任されたが、少女はヴィガをじっと見つめる。


「どうしました?」


 ヴィガが声を掛けると少女は恥ずかしそうに俯いた。そして、一言も話さないままメイドたちに浴場へと連れ去られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ