表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/210

第七話  『俺、御尋ね者です』

 トレステイン王国の時と同じく、紫色の宝石に触れてマーヴァル王国に入国する。


 開いた門の先で黒兎くろとたちを待っていたのは、大きな広場だった。どこを見ても色とりどりの花たちが美しく咲いている。だが、花の匂いは一切しない。

 匂うのは昨日からずっと黒兎の鼻を擽っている海の匂いだ。マーヴァル王国は海崖の上に建っている。ドナトリア王国もトレステイン王国も寒かったが、海風が吹くマーヴァル王国も負けていなかった。


「寒いのに花咲くんやなぁ」


 月光国げっこうこくにも冬に咲く花はあるが、こんなにも色とりどりの花ではなかった。


「マーヴァルは聖女フローラの出身国だもの」


 カラマは広場の中心に置かれた銅像を指す。愛されているのか、美しい女の全身は色とりどりの花で飾られていた。


「何した人なんですか?」


 銅像になる程だ。何か偉業を成し遂げたに違いない。虎獅狼こじろうは御者台から身を乗り出す。


「この大陸を救ったんじゃよ。飢えに苦しむ国では野菜を育て、日照りで苦しむ国では雨を降らせた。聖女フローラのおかげで戦争がなくなったと言っても過言ではないの」


「そうですね」


 カラマは頷いた。


「それに、聖女フローラは回復魔法を作った人でもあるわ。戦争をする理由もなくなったし、戦争をしても回復魔法があるおかげでいつまで経っても決着が付かなかったから、人々は争うことをやめて共に生きることにしたの。大体の国には聖女フローラの銅像があるわよ」


「皆聖女フローラが大好きじゃからの。勿論、わしも聖女フローラが大好きじゃ」


 アブラハムは嬉しそうに笑う。

 国も人種も関係ない。誰もが愛する聖女がこのマーヴァル王国で生まれ育った。それを国民は誇っているようだ。


「聖女フローラは花を愛していたわ。だからマーヴァル人は花を枯らさないことに命を懸けているの」


 馬車に揺られている間も聖女フローラの銅像に花を捧げる人がいた。黒兎は改めて聖女フローラの銅像を眺める。


「ん〜……。それにしても、どっかで見たことある顔やなぁ」


「何言ってるの。そんな訳ないでしょう」


 ドナトリア王国にもトレステイン王国にも聖女フローラの銅像はない。大陸の端に位置している二国が聖女フローラと関わることはほとんどなかったのだ。


「ん〜……。まぁ、べっぴんさんは大体顔似てるしな」


「銅像だから本人と似てない可能性もあるしね。ところでこれどこに行けばいいんですか?」


 虎獅狼は先程からずっと広場の道をぐるぐると回っている。


「冒険者ギルドに行きましょう。アブラハムさんはどうしますか?」


「わしも冒険者ギルドまで頼む。そこに行かねば報酬を払えんからの。場所は案内しよう」


「詳しいんですね。マーヴァル出身なんですか?」


 思えばアブラハムはマーヴァル王国周辺の危険を熟知してした。

 人口が最も多いオズ王国と黄色いレンガ道で繋がれているマーヴァル王国は、聖女フローラの出身国ということもあり観光客が非常に多い。だが、何が危険なのかを理解している人間はひと握りもいないだろう。


 安全が保障されている黄色いレンガ道を通ってくるのだ。トロールやフェンリルが出るだとか、海の魔女がいるだとか、彼らが知る必要はない。

 そして、戦闘職ではない吟遊詩人も危険を知る必要はない。逆を言えば熟知しているのは戦闘職だけだ。


「いいや。わしはキルデルシュ王国出身じゃ。キルデルシュはマーヴァルの東にある国じゃよ」


 アブラハムは《黒の迷い子》の二人に向けて説明する。


「それでギルドはあっちじゃ」


 そして広場の奥を指した。

 広場を抜けると店と思われる建物が幾つかあり、そのすべてに京紫色の旗が掲げられている。あの旗がマーヴァル王国の旗らしい。


「馬車はここに停めてくれ。ギルドはそこだ」


「門から結構近いんですね」


「遠くにあったら不便じゃろ」


 虎獅狼はアブラハムの指示に従う。アブラハムが指した場所には他にも馬車が停まっており、それを管理している男が近付いてきた。


「ギルドの利用者だな」


「はい」


「銅貨一枚だ」


 金を払わなければいけないらしい。黒兎は渋々金を払い、馬車としょうゆを男に任せる。

 隣接している巨大な建物に入ると、五十人程の人間がいた。一つのテーブルを囲んでいる集団もいれば、討伐依頼書らしき紙が貼られた掲示板を眺めている集団もいる。そして、一人でいる人間に声を掛ける集団もいた。


「ここで魔法職の人間を仲間に入れなさい。私は人を雇ってトレステイン王国に帰るから」


「カラマのねーちゃんほんまに帰るん……?」


 最初からそういう決まりだったが、何故かカラマは最後までついて来てくれるような気がしていた。確認するがカラマの意思は変わらない。


「帰るわ。私はリタ様の騎士よ」


 カラマは真っ直ぐに黒兎の瞳を見つめる。はっきりと告げるのは黒兎もリタの騎士だからだ。


「リタ様は私が守るから、貴方たちは行きなさい」


 それでもリタとカラマは黒兎を縛らない。突き放すような言い方をする。


「こっちじゃこっち」


 アブラハムは虎獅狼ではなく黒兎の腕を引いた。アブラハムを助けると決めたのは黒兎だ。アブラハムはそれを理解している。

 アブラハムが黒兎を連れて来たのはカウンターで、そこに立っている男の一人に声を掛けた。


「よぉ。じーさん久しぶりだな、生きてたのか」


「人を勝手に殺すな。わしはまだまだ生きるぞ」


 二人は顔見知りらしい。


「金を引き出したいんじゃ。あー……お前さん金貨三枚で良いかの?」


「相場は?」


 ウーリからは金貨十枚貰ったが、ウーリは王族だ。それが相場だとは思っていない。


「じーさんに何したんだ?」


「地面に埋まってるの助けてマーヴァル王国まで送り届けたで」


「なら相場は金貨二枚だな」


「ブラハのじーちゃん三枚もくれんの?!」


 いや、黒兎はアブラハムの恩人だがアブラハムは黒兎の恩人だ。三枚も貰うことはできない。


「勿論じゃ」


「欲し……いや、二枚でええ! じーちゃんも俺らの恩人やろ? な?」


「お前さんたちは若いからの。貰っておくれ」


 アブラハムは譲らなかった。まだ生きているとはいえ老い先短い。黒兎だけではなく他の冒険者たちにもそうしている。


「おいおいお二人さん、そういうのは決めてから来いよ」


 男が呆れた。不毛なやり取りで長時間拘束されるのは勘弁だ。


「金貨四枚じゃ」


「りょーかい。待ってな」


「増えとるやんけ!」


 だから男はすぐに黒兎たちに背中を向けて奥にある部屋に姿を消す。


「奥には何があるんですか?」


 金に関することは黒兎に丸投げすると決めた虎獅狼が奥を指した。


「金じゃよ。手元に報酬があればそれで良いが、全額は持ち歩けないからの。わしはギルドに預けてるんじゃ」


「待たせたな」


 戻ってきた男は黒兎に金貨四枚を、アブラハムに紙を渡す。


「それは?」


「残金が書かれておる。お前さんたちもギルドに登録して金を預ければ、他国のギルドで金を引き出せるぞ」


「銀行みたいなもんか」


 黒兎は金貨四枚を有難くいただく。これはカラマに渡そう。黒兎と虎獅狼が不甲斐ないせいでカラマにここまでついて来てもらったのだ。アブラハムから報酬を貰うなら、カラマに報酬を渡さなければ筋が通らない。


「ところでお前、名前コノエか?」


「え?」


 顔を上げると、男が黒兎の顔をまじまじと見つめていた。


「そうやけど何? 俺有名なん?」


 冗談でそう言う。本心ではそんな訳ないと思っているが。


「いやぁ……まぁまぁ?」


 男はそう言ってカウンターの下から紙を取り出した。見ると、紙には黒兎の写真が印刷されている。


「これ、昨日届いたんだよ」


 それは、黒兎の討伐依頼書だった。


「なんでやねん!」


 男から紙を奪い取る。文字が読めなくても見ればわかる。それは、ヴァルトラウトやリタと同じものだった。


 リタは守る。


 カラマがそう言ったのは、リタが女王で王妃だからという理由だけではない。討伐依頼を出したヴァルトラウトは亡くなったが、リタの討伐依頼が取り下げられた訳ではないのだ。


「なんなんこれ! 出したの誰なん?!」


「トレステイン王国の国王だよ」


「なんやねんあいつ! ほんま腹立つ!」


 黒兎はハンドサインを見せただけだ。それだけで討伐されるなんて信じられない。狂人にも程がある。


「俺も討伐依頼出す! 報酬上乗せすればええの?!」


「そうだな、あそこの国王は既に討伐依頼書出てるし。けどトレステイン王国から出ないから上乗せしてもあんま意味ないぞ?」


「クソッ! カス! ボケェ!」


 悔しくて語彙力が低下する。拳でカウンターを複数叩いて頭を落とした。


「それに、一昨日襲撃を受けたって話もあるしな」


「なんと」


 驚いたのはアブラハムだ。長く生きているが、戦争以外で王族の命が狙われた話は聞いたことがない。ウーリはそれだけ多くの人間から恨まれている。


「生きてんの?」


「あぁ。国王を狙ったのは三人で、全員拷問して殺したんだと」


 黒兎は唾を飲み込んだ。ウーリの生死はどうでもいい。問題はリタだ。

 リタはトレステイン王国の王妃でもある。彼女がトレステイン王国の城にいたら。リタの首を狙う者がドナトリア王国に辿り着いたら。考えれば考える程カラマの言葉が重く伸し掛かる。


「それで、俺たちギルドの人間はあんたがここに来たら城に来いって言えって王太子殿下から言われてるんだよ」


 男は黒兎を殺そうと思っていないらしい。ウーリの依頼ならば報酬はかなりのもののような気がするが、まともに取り合う人間は黒兎が思っているよりもいないようだ。


「それって、ヴィガって名前の王子か?」


「そうそう。お前、不敬だから王太子殿下の前ではちゃんと殿下って呼べよ」


 黒兎はウーリとの会話を思い出す。ヴィガが黒兎に用があるように、黒兎もヴィガに用がまったくない訳ではない。


「紹介状書くからちょっと待ってな」


 男はもう一度奥の部屋に姿を消した。


 戻ってきた男から手紙を受け取ると、「絶対に城に行けよ」と念を押される。何故かと尋ねたら、《黒の迷い子》はすぐに物を忘れるからと返ってきた。

 黒兎は虎獅狼から片時も目を外さないままカウンターを後にする。集団に声を掛けていたカラマに近付くと、ちょうど交渉成立したようで握手が交わされていた。


「ねーちゃん、決まったん?」


「えぇ。今から帰るわ」


「もう行くん?」


「一日でも早く帰れるでしょう?」


 黒兎はカラマにウーリが襲撃された話をする。だが、カラマは驚いていなかった。


「そういう人なの。気にするだけ無駄よ」


 どういうことなのかさっぱりわからなかったが、知りたいとは思わない。

 一日でも早く帰りたいと言うカラマの気持ちを汲んで、黒兎と虎獅狼──そして虎獅狼の胸ポケットにいるハインツはカラマに別れを告げた。そこに、カラマにも挨拶をしようとしていたアブラハムが加わる。


「カラマのねーちゃん、ほんまにおおきに。これ報酬やから使ってくれ」


「ありがとう。遠慮なく受け取るわ」


 これで貸し借りなしだ。別れは寂しいが、カラマにはリタの傍にいてほしい。黒兎とカラマも握手を交わす。


「カラマさん。色々ありがとうございました。近衛このえたちのことも御者も料理も任せてください」


「期待しないでおくわ」


 虎獅狼とカラマも握手を交わす。いつでも会話できるハインツは何も言わず、アブラハムはカラマにも礼を言って、カラマは手を振ってギルドを去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ