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外伝Ⅰ  『聖女フローラの召喚Ⅱ』

 月光国げっこうこくに雨が降った数時間後に私がいたのは、外だった。一階に下りた時に見えていた地面は菜園だったらしく、杖を振って土属性の魔法で耕す。


「聖女フローラ! 頼むから傘を差してくれ!」


「ラララララ〜次は肥料〜」


「それはここに……じゃない! 聖女フローラ! 風邪を引くぞ!」


 私はイザナが用意した肥料を風属性の魔法で撒いた。

 あぁ、わくわくする! 育ててくれと言われたのは野菜だけど、野菜だって花を咲かせるわ! 早くその美しい花が見たい、私は今花に飢えているの!


「種を〜撒いて〜水は〜天からの恵み〜」


「聖女フローラ、何故先程から歌っている! 頼むから私の話を聞いてくれ!」


「与え過ぎるのは良くないの〜」


 風属性の魔法でその辺に落ちていた布を運び、簡単な屋根を作る。この布、布なのに毛でできていないから雨を弾くの。イザナはビニールシートって言っていたかしら。素晴らしい物だわ。


「根を張って! 吸い込んで! 光を浴びて〜」


 光属性の魔法は太陽の代わりになる。ビニールシートの下で太陽を作り、闇属性で夜を作る。


「そしてきっと育つ〜素敵なお野菜ちゃん!」


 くるくると杖を振るとぐんぐんと野菜が成長した。


「きゃあぁぁあぁ!」


「どうした聖女フローラ! 虫か?!」


「花よ! 花が咲いたわ〜!」


「花……」


 しゃがんで指先で花弁に触れる。するとあっという間に実が生った。


「あぁ……もう……終わってしまったのね〜」


 両手で実を持ち上げる。私の両手でやっと持てる程の大きさだ。これは本当に食べれるの? 見たことがない野菜だわ……。


「収穫〜しましょう〜貴方の名前は〜?」


「かぼちゃだ」


「かぼちゃ? 可愛い響き! お花もとっても素敵だったわよ〜」


 イザナが持ってきた大きな鋏で軸を切った。ずっしりと重い。花程ではないけれど私は野菜も大好きだ。


「そうだな。とても美味しそうだ……ってもう実が生ったのか?!」


「えぇ! それが何か?」


 振り向いてイザナを見上げる。イザナは私に傘を差していた。


「えっ? 何をしているのですか?! 濡れてしまいますよ!」


「私はずっとそう言っていたんだが……」


 イザナが呆れたような表情をする。私は気付かなかったけれど、イザナは本当にそう言ったのね。師匠も前にそう言っていた気がする。


「……それに、聖女フローラも濡れている」


 言われてようやく自分の状態に気が付いた。イザナの言う通り、私のドレスは水と泥で汚れている。


「これが何か?」


 私にとってはいつも通りだ。首を傾げると、イザナは信じられないと言いたそうな表情を見せた。





「えぇぇぇえ?!」


「どうした聖女フローラ! 不服か?!」


「湯浴み! 湯浴みするのですか?! 私が?!」


「あぁ……そうだ……」


 イザナが私を連れて来た場所は浴場らしい。イザナは私に女湯はこっち、男湯はこっち、と教えてくれる。凄い、ちゃんと別々なのね。


「お待たせ致しました!」


 振り返ると、かなり慌てた男性が走ってくる。私やイザナよりも少しだけ歳上に見える男性だ。


「こちら、タオルと着替えでございます!」


 男性は膝を突いて先にイザナに、次に私にそれを差し出す。


「ありがとうございます。貴方のお名前は?」


「えっ?」


 男性は目を丸くした。どうしてそんな表情をするのだろう。名前を尋ねることってそんなにおかしなことかしら?


「えっと……私は大野行おおのいくと申します」


 両手が空いたオオノはイシガミのように両手を付けて頭を下げた。

 この国の人々は全員礼儀正しいのかしら。気軽に接してくれる人もいたメルヒェン大陸と比べると少し窮屈だわ。


「頭を上げてください。ありがとうございます、オオノ!」


 私は礼を言ってイザナが指した扉へと手を伸ばす。掴もうとして、そこにあるはずのものがないことに気付いた。


「あら? 大変、この扉取手がないですよ!」


「聖女フローラ、それは引き戸だ!」


 困っているとイザナが凹んでいる部分に手を掛けて腕を横に移動させる。すると、扉もそのように開いた。


「あっ! 成程、そういうことなんですね!」


 面白くてしばらく扉を開閉する。


「聖女フローラ、風邪を引くからいい加減風呂に入ってくれ……」


「貴方様もです!」


 悪いことをしたつもりはなかったけれど、懇願するイザナとオオノを見ていると何故だか申し訳ない気持ちになって私はすぐに中に入った。

 中は広く、きょろきょろと辺りを見回してたくさんの人がいることに気付く。


「まぁ! は、初めまして、私はフローラ……」


 そこまで名乗ってまた気付いた。ここにいるのは全員私だ。凄く綺麗なたくさんの鏡に私の姿が映っている。


「不思議……毛穴まで見えるわ……」


 近付いてまじまじと観察するけれど、イザナとオオノに懇願されたことを思い出して慌てて離れた。

 ここは脱衣場なのかしら? もう一つの扉は半透明で奥に湯気が見える。


「あそこで湯浴みができるのね。あっ……私この服一人では脱げないわ!」


 私が今着ているのは、聖女だからとフルール王国のメイドたちが着せてくれたお高いドレスだ。


「大変! イザナに……頼んだら怒られそうな気がするわね……」


 どうしようと悩み、ぽんと両手を叩く。


「シルフ! ウンディーネ!」


 再び召喚したのは風の精霊と水の精霊だ。彼女たちは今でも姿を見せてくれない。


「お願い、服を脱ぎたいの。手伝ってくれる?」


 お願いすると、シルフもウンディーネも姿を現してくれた。シルフは可愛らしい少女の姿を、ウンディーネは綺麗な女性の姿をしている。


「まったく、精霊使いが荒いですわ!」


「次こんなくだらないことをやらせる為に召喚したら許しませんわよ!」


 二人は誇り高い精霊だ。そういう性格だから私の召喚に引っ掛かるのだろう。聖女も楽ではない。

 二人は私のドレスの紐を引っ張るだけですぐに消えてしまった。私は力技でドレスを脱いで扉を横に移動させる。


「あっつ!」


 すぐに全身に襲い掛かってきたのは湯気だった。こんなにたくさん? 熱くて脱衣場に避難してしまう。


「きっと湯船のお湯もあっつあっつなんだわ」


 私は脱いだドレスから杖を取り出して浴室に突入した。使う魔法は水属性。水を撒き散らながら湯船のお湯に触れる。


「やっぱりあっつあっつだわ!」


 湯浴みを断念した。湯船以外はよくわからないものばかりだし、水を被ってすぐに出よう。

 体を乾かすのはタオルで、髪を乾かすのは風属性の魔法ですぐに終わる。オオノが貸してくれた服は不思議な形だったけれど、ドレスの簡易版なのかもしれない。


 上手く着れた私はイザナと別れた場所まで戻り、待っていたオオノに驚かれた。


「聖女フローラ?! もう上がったのですか?!」


「はい?」


 私、何か不味いことでもしたのかしら。異国って不思議だわ。


「えっと。では、聖女フローラのお部屋まで案内します」


 私がそんな反応をするからかオオノはそれ以上何も聞いてこなかった。


「ありがとうございます」


 まだ雨が降ってほんの少しの野菜が収穫できただけだ。私のこの国の役割はまだ終わっていない。


「オオノはこの国に雨が降らなかった原因を知っているんですか?」


「知りません。対策チームの人間ならば知っているかもしれませんが」


「雨が降らなかったら飲水もないですよね? それに、湯浴みだってできなかったはずです。あのお湯はどこから?」


「飲水は貯水していた分でなんとか凌いでいました。湯浴みはさすがに禁止していましたが、聖女フローラが降らせた雨で聖女フローラの体を温めることは可能ですよ」


 オオノの気持ちは凄く嬉しいけれど、私、お湯で体を温めていないわ……。というかすっごく熱かったけれど、もしかして、あの温度って普通なのかしら。もしそうなら少し怖いわ。


「海や川はどうなっていたんですか?」


 今は深く考えるのはやめよう。


月光国げっこうこくには海も川もありません。湖ならありましたけどね」


 オオノのその言い方に答えがあった。


「その湖は干上がりましたか?」


「はい。近くにあるので、いつかそこにも雨を降らせてほしいですね」


「勿論です」


 その期待には応えたい。けれど。


「海も川もないなら、また同じことが起きますね」


 雨は水を天に送ることで降る。地上に大きな水溜まりがないから雨が降らないのだ。


「いいえ! 半年前は降っていたんですよ?! でなきゃ貯水もできないでしょう?!」


「えぇっ?!」


 振り向いて私を見下ろしたオオノは、まるで怖い話をするかのように怯えている。でも、オオノの言う通りなら確かに不思議だ。何かきっと原因が──。


「やっぱり呪いなんですかね?!」


「……誰が呪われたんですか?」


 私は花の魔女とも呼ばれている。私は聖女であると同時に、他者を呪い殺せる力を持つ魔女なのだ。

 他者を呪う為に必要なものはない。魔力を鍛え、魔法を勉強し、様々な属性の魔法を扱えるようになって初めて闇の精霊が脳裏に囁く。


 魔女や魔法使いに人を呪う気がなくても、その囁きで、人を呪える者にさせられる。そうやって闇に溺れた者を歴史が知っている。


「それは……わからないですけど……」


 オオノは私が冷静だったからか徐々に小声になっていった。


「魔女や魔法使いは人しか呪えません。呪われた人は項に痣ができます」


 私は自分の項をとんとんと叩く。オオノは私の項を見たけれど、私は呪われていない。


「ベラドンナの形の痣を持つ人間は高確率で呪われています。まぁ、呪われた人が見つかっても、その人が日照りの原因とは思えないですけどね」


 日照りは呪われた本人だけでなく周りの人も苦しめる。呪いは呪われた本人だけを苦しめるものだ。だから日照りの原因が呪いだとは考えられない。


「ベラドンナってなんですか?」


「ベラドンナは花ですよ。別名は悪魔の草、または魔女の花です。この国には咲いていないんですかね?」


 オオノは「聞いたことないですね」と考え込んだ。


「この後調べてみます」


 オオノは調べることが好きなのかしら。今までもわからないことを聞く人はいたけれど、自らの意思で学ぼうとする人は少なかったように思う。

 まぁ、生活に余裕がないと生活に不要なものを学ぼうという気にはなれないだろう。その点私は恵まれていた。王族や貴族ではなさそうだけど、すぐに調べようと思ったオオノもかなり恵まれた環境にいたのだろう。


「私も知りたいです」


 オオノが私を連れて来た廊下にも窓があった。雨はまだ降っていて、知らない街を潤していく。

 その街には知らない建物があって、知らない人が暮らしていて、知らない植物や知らない動物もきっとある。


「かぼちゃも食べてみたいですし」


 どんな味がするのだろう。いや、凄く硬かったからそもそも噛み砕けないかもしれない。


「なら、シェフに頼んでみます」


「本当?! お願いします!」


 不安はあるけれど異文化に触れるのは嫌いじゃなかった。そこには知らない花がある。その花を愛する人がいる。

 私、きっと、楽しそうな人の笑顔も好きだったのね。


「聖女フローラ!」


 イザナの声が聞こえて振り返った。イザナの髪は濡れたままで、タオルを持ったイシガミがイザナの奥から走ってくる。


「どうしたんですか? 風邪引きますよ?」


 持ったままの杖を振って風を発生させる。風はあっという間にイザナの髪を乾かして、私たちに追い付いたイシガミはタオルを持ったままぽかんとイザナの髪を見つめた。


「もう風呂から上がったのか?!」


「はい」


 イザナは他にも何かを言いたそうにしていたけれど、やめたみたい。黙ったまま色んなところに視線を送る。


「あ、あぁ、そうだ。これからのことなんだが」


「はい。たくさん植えてたくさん花を咲かせてたくさん収穫しましょう!」


 先回りをしてイザナが言おうとしていたことを伝える。


「そうだな」


 イザナは一瞬驚いて、微笑んだ。数時間前はそんな顔ができるとはまったく思っていなかったけれど、イザナは笑うことができる。


 花が咲いたら──イザナだって笑ってくれる。


「ふふっ」


「何がおかしい」


 笑われたことがそんなに嫌だったのか、イザナは恥ずかしそうにしている。そんな顔ができるとも思っていなかった。


 私が知らないだけでイザナは表情豊かな人なんだわ。


「私、イザナのことも知りたいです」


「はっ?」


 そう告げるともっと恥ずかしそうな表情を見せる。私は、イザナのたくさんの表情を見たい。


「イシガミのことも、オオノのことも。だからたくさん教えてください!」


 瞬間、イシガミとオオノがひっくり返った。


「きゃあぁぁあぁ! どうしたんですか?! 毒でも盛られましたか?!」


 揺さ振るとすぐに起き上がる。けれど二人とも立ち上がることはしなかった。


「あぁ、良かったです! 心配させないでください!」


「……申し訳ございません、聖女フローラ」


「……まさか我々もとは思っておらず……」


 二人は何を言っているんだろう。親子じゃないはずなのに息ぴったりで、ほんの少しだけ感心する。


「……すまない聖女フローラ。全員色々と取り乱した」


 しばらくして咳払いをしたイザナがそう言った。良かった、もう恥ずかしくないみたい。


「あと少しだけ、よろしく頼む」


 イザナが頭を下げると、イシガミとオオノはまた両手を付けて頭を下げた。


 私はイザナの言葉を心の中で繰り返す。

 あと少しだけ。そのあと少しってどれくらいなのかしら。


 早く終わってほしい訳じゃない。もっと掛かってもいいって思ってる訳でもない。


「はい」


 知りたいと思うこの気持ちは、そのあと少しで満たされるのかしら。

 降り続ける雨を見上げる。日照りの原因がわからなければ、私はずっとこの国にいるのでしょうか──。

挿入歌

『Vegetables Party』

歌唱:フローラ/イザナ

作詞作曲:その場のノリ

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